前期試験が終わった今は、後期試験に臨む生徒が日々勉強に励むばかり。授業も教科書は全て終わっているので、ただひたすらに試験対策の問題を解いては答え合わせする繰り返しだ。
私はすでに進学先を決めているし、なんだかんだでB級にも昇格した。それで今日の放課後は、友人の受験勉強に付き合っている。私は私で高校から出された課題があるので、やることはあるのだ。前期試験で受かると気を抜いてしまう生徒が多いようで、その防止策として高校から課題を出しているとか、なんとかで。
「……沙智、鳴ってるんじゃない?」
友人の指摘に、私はようやくカバンの中から響くバイブ音に気付いた。鳴り続くということは電話だろう。あまり長引かせると迷惑だし、私は手早くボーダーから支給された端末を取り出すと一旦は教室を後にする。
そうして改めて画面を見れば、表示されていたのは“空閑遊真”の名前だった。まさか、と期待に胸が高鳴るが、一度は深呼吸。ワンクッション置いてから、私はいよいよ電話に出る。
「もしもし」
『あ、金子。今大丈夫か?』
「うん、平気」
初めて聞く、電話口を通した空閑くんの声。いつもと違う声色が変な感じ。なにより、空閑くんと電話しているというこの状況がなんだか、くすぐったい。私は落ち着かなくて、「どうしたの?」と用件を急ぐ。
『明日、かげうら先輩たちと遊ぶ約束だったんだが、防衛任務のシフトが変更になって、なくなったんだ』
「へぇ……え、ってことは」
『うん。だから金子がヒマなら、どうかと思って』
「や、やりたい!」
間髪入れず返事をすれば、『そう言うと思った』と空閑くん。その声にはすこし、笑い声も滲んでいたような。電話越しだと確信は持てないけれど、そうだったらいいな、なんて嬉しく思う。
「明日は何時でもいいの?」
『うん。金子の都合に合わせるよ』
「じゃあ、学校終わったらすぐ行く! だから四時過ぎくらい、かなぁ」
『わかった。じゃあおれもそれくらいにロビーにいるようにする』
「うん、よろしくね!」
空閑くんとランク戦の約束ができるなんて。浮かれている私に、空閑くんは『うん、それじゃあ』とあっさりした返事をしたと思えば、プツリと電話を切る。
あぁ切れてしまったか、と確認した端末。その真っ暗な画面には、ゆるゆるにとろけた自分の顔が映っていた。うわ、ひっどい顔。でもそんなことすら気にならないくらいには嬉しくて、楽しみで、私はひどく浮かれた足取りで教室へと戻る。
その様子がよほど不思議だったらしい。勉強していたハズの友人がふいに顔を上げる。
「誰だったの?」
「え、空閑くん。ランク戦しようって」
「…………はぁ!?」
教室内に、友人の驚いた声が響いてしまう。クラスメイトが不思議そうにこっちを見るので、友人は「ごめん、なんでもない」と謝りつつ。改めて私をまじまじ見て、えぇ、ともう一度疑問の声。
「なに、いつの間にそんな親密になってるの?」
そんな友人の第一声に、またさらに嬉しくなってしまう。傍から見たら、そう感じるのかと。いや私だって、まさか、空閑くんからお誘いがあるとは思っていなかったし。
「昨日の夜に防衛任務だって話はしたじゃん?」
「あぁ、それで今日は学校来たの午後からだったもんね」
「その時一緒になったんだよ。そしたらさ、B級になったんだから端末持ってるだろって。暇になったらランク戦誘うからって言ってくれて、連絡先交換したんだ」
「……ちょっと、それ聞いてないけど」
「だって今追い込み時期じゃん。落ち着くまで待ってようかなって」
「そういうのいいから。待って、今日はおしまい」
友人は何やらそそくさと机の上を片付け始めてしまう。「いいの?」と聞いたら「気になって勉強に集中できない」とのこと。どうやらこれ、帰り道がてら近況について白状する流れになりそうだ。
私は友人に連れられるがまま、早々に教室を後にした。それから寄り道先の公園に着くまで、延々とこれまでのことを報告する羽目になったのだ。
*
「――って感じで。だから、明日は放課後付き合えないや。ごめんね」
「…………人が受験頑張ってる時に浮かれてさぁ……」
「だから言わないでおいたんじゃん……」
友人の恨みがましい視線。私は、手に持ったあったかいペットボトルを転がしながら言葉を濁す。ちなみに友人の分は私のおごりだ。二人であったかい飲み物を湯たんぽ代わりに、公園で適当に陣取って近況の報告会。
「っていうか、ちゃっかりチョコまで渡すとか、本当にファンなわけ?」
「ファンだから応援してるんじゃん」
「いやいや、ファンの距離を越えてるでしょ、それ」
「ちゃんと既製品にしたもん」
胸を張って言えば、友人には「そこじゃない」と突っ込まれてしまう。いや、ファンとしては重要なところでしょ。ファンの距離だって、手作りチョコを渡したり、あるいはどさくさ紛れに告白だとかしたわけでもないのに。
友人はペットボトルを持ち直して蓋を開け、ちょびりと飲んではまた閉める。さっきからそんなことの繰り返しで、量は減ってないけどだいぶ温くなってしまった。そう手元でペットボトルを弄びながら、友人は言いにくそうに口を開く。
「……沙智さぁ、好きじゃないの?」
「だから、好きだって言ってるじゃん」
「そういう意味じゃなくて。なんていうか、恋愛的な方で」
――想像していなかった問いかけに、思わず「えぇ?」と呆れた声が出てしまった。
「いやいや、ないでしょ。そういうんじゃないって」
「なんで言い切れるわけ?」
「だって恋愛的な方だったら、付き合いたい、とかそういう話になるんでしょ? 考えたことないもん」
友人は私の言い分を信じていないようで「ほんとに?」と疑わし気に私を見る。「ほんとだって」と言っても友人はまだ訝しげな表情のまま。
そんな風に見られたって私の考えは変わらないんだけどね。だって……
「沙智が、空閑くんのファンだから?」
考えていた言葉を先取りされて、さすがにちょっとびっくりした。なんだ、友人だってわかってるんじゃないか。だから「そうだよ」と肯定すれば友人はまた眉根を寄せる。
そうして少し視線を泳がせて。最後にまた私を見据えた友人は、静かに口を開くのだ。
「前から思ってたんだけどさ。沙智のそれ、言い訳っぽいっていうか、無理矢理そう言い聞かせてるみたいに聞こえるんだけど」
……胸の奥がぎゅう、と苦しくなった、気がした。私はすぐに答えが出なくて、一回、息を吸って吐く。そうして落ち着けば、自然と出てきたのは否定の言葉だ。
「……いや、別に言い訳もなにも、事実だし」
言い訳ってことは、ファンであることを盾に何かを誤魔化している、ということを言いたいのだろうか。でも、私が空閑くんのファンであることは揺らがない。強くて、カッコよくて、憧れの人である空閑くんを見ていたいと思う気持ちに嘘はないのだから。
けれど友人はそれだけでは納得できないらしい。さらに眉根を寄せたままの表情で私を伺う。
「沙智、空閑少年に会いたいでしょ? 明日会う約束して、嬉しいでしょ?」
「そりゃあ……でもそれは、ランク戦できるからで」
「なんで戦うの? 負けたいの?」
えぇ、と我ながら困惑したような声が漏れる。いやいや、負けたいがために戦うって、どんなマゾだ。
「い、いや……そりゃ空閑くんは強いけど、負けたいからっていうか、ちょっとは私もできるところを見せたいというか……」
「それ、おかしくない? だって沙智は強い空閑少年に憧れてファンになったんでしょ。ファンだったら空閑少年の活躍を応援すればよくて、空閑少年が勝つのを喜べばいいじゃん? なんで張り合ってるの?」
――なんでだろう? どうして私は、空閑くんとランク戦したいんだろう?
負けたいという気持ちはない。だから、空閑くんの勝ち星を増やしたいというわけでもない。だって別に、私がそんなことしなくたって空閑くんは強いし。空閑くんはもうとっくの昔にB級になってるんだから、ポイントにもたいして意味はないはず。少なくとも、空閑くんの目標であるA級昇格と遠征参加には。
じゃあ空閑くんを見たいから? それも変な話だ。だってぶっちゃけ、ランク戦だとかの映像記録の方がよほどしっかり見ていられる。自分が戦っている間に空閑くんの雄姿に見惚れていられるほど余裕はない。いやまぁ、不可抗力で見惚れてしまうことは例外的にあるけども。
「……あれ?」
ファンだったら、空閑くんを応援したいんじゃないかな。空閑くんの活躍を見守りたい、とか。だからサポートしたいっていうのなら理解できる。運動部でいうところのマネージャーみたいな、そんな感じ?
それならやっぱり私がランク戦に挑む必要はないはずじゃないか。だってそれは応援でも、活躍を見守ってるわけでもない。ただ、私が、そうしたいだけ。私は、目標でもある空閑くんに――
「……追いつきたいって、ファンじゃない?」
「追い越したい、までいくとライバルなのかなって思うんだけど。沙智見てると、単純に好きっぽく見える」
追いつきたい。そう手を伸ばしたくなる気持ちは、なんでかな。
話せれば嬉しくて、会えると思うと嬉しくて。もっと知りたくて、知ってもらえると嬉しい。少しでも私に興味を持ってくれたら嬉しいし、私を見てくれたらもっともっと嬉しい。好きだと思うから、好きだと思われたい……好き?
「……え〜……、段々わかんなくなってきた……」
「その反応は少なからず、思い当たりがありそうって感じだけど」
ちょっとだけ、友人の言うとおりかもなって思った。私はきっと、『ファンだから』というものの中に、友人の言うような好きを隠してきた気がする。
私はずっと、そういう好きを考えないようにしていたんだろう。好きになれば次は、期待してしまうから。だから『ファン』だって言い聞かせて、考えないようにしていたのかもしれない。
うぅん、と考えはじめた私に、友人はやけにスッキリした顔でにやりと笑う。
「まぁ、明日会えるんでしょ。だったらきっとわかるよ」
「なにが?」
「沙智が、空閑くんとどうなりたいかがさ」
散々に白状させた友人は清々しい表情だ。さらには「これで勉強に集中できそう」なんて笑っている。
けれど悔しいことに私も、ちょっとだけスッキリした気持ちになってしまっていた。風通しがよくなったような、なんだか世界が広がったように感じたのだ。
私はランク戦が楽しみだと、また少し違う気持ちで明日に期待を持つのだった。