約束の日がきた。『B級個人ランク戦。三本勝負』とのアナウンスを聞きながら緩やかに眼を開く。最初のステージは何の変哲もない住宅街。
『空閑、対、金子』
目の前に立つのは当然空閑くんだ。とても自然な調子で立っていて、だからこそ、いつ仕掛けてくるのか読めない不思議な雰囲気。
私は弧月を出すべく構える。出し入れが簡単なスコーピオンとは違って、弧月はまず出しておかなければ話にならないからだ。深呼吸。一瞬で勝負が決まってしまわないように、初撃をしのぐべく集中する。
『試合開始――』
言い終わるや否や、空閑くんは地を蹴った。タン、と軽い拍子なのにも関わらず勢いよく寄ってくるので、弧月を構えつつ待つ。空閑くんが右手を振り被るので、心の準備。直前でしっかりとシールドを張って受けた後――弧月を反対へと薙ぐ。
案の定、ガキン、と音が聞こえた。空閑くんの膝からはスコーピオンの刃が覗いていて、ピキ、とわずかにヒビ。そのまま折り切ってしまおうかと力をこめれば、空閑くんは一旦その場を退く。
「いいね」
にんまりとした笑顔。ぞくりと粟立つような感覚は武者震いだと言い聞かせて、今度は私から仕掛けるべく地を蹴る。
――初手は軽くていいんじゃないか? 金子さん、本気で振った時にシールドで防がれる反動に弱いみたいだし。
奥寺先輩のアドバイスを思い出す。倒すことに執着しすぎたらダメ。重要なのは一撃離脱だと口が酸っぱくなりそうなほど言われた。相手を切ることに拘るほど、視野の狭くなった私は簡単に仕留められると。
「ほう?」
私が正面から来たのが予想外だったのだろうか。最初は不思議そうな顔をしたものの、けれど私と戦り合うつもりにはなってくれたようだ。初手は軽く。弾いて、弾かれて、シールドで防いで。空閑くんと私は淡々と切り結んでいく。
――斬り合いが続くとじれったいんだよな〜。でも、欲張るとだいたい隙を突かれるんだよ。
そう言っていたのは小荒井先輩。だからと私は踏み込みたくなるのをぐっと堪えてチャンスを待つ。必死に猛攻を凌いで、凌いで――空閑くんが再び、体術で来た。
「行くよ!」
狙いを定めて――場所を間違えたら意味がないから――グラスホッパー空閑くんの足、膝辺りへ。
さっきの足技のように、空閑くんは膝から出したスコーピオンで不意を突こうとしていたのだろう。だからそこに分割したグラスホッパーの一枚を置けば、予想通り空閑くんの体勢が崩れる。
「――!」
言うならば、空閑くんが村上先輩にグラスホッパーを踏ませたあの戦いをイメージしたもの。自分の想像と身体の動きが構わないと、人間不意を突かれるものだから。
空閑くんの上半身が弧を描いてガクリと落ちる。足がグラスホッパーの出力で押し返されれば、自然とそういう体勢にならざるを得ないのだ。しかも出力がまだ若干強かったのか、片足が浮いているようで妙な落ち方。
今が、勝負時。予想通り差し出された空閑くんの首筋を狙って弧月を――振り下ろせば、ガチンと音が鳴る。手に響くこの感覚はシールドで、しまった、と瞬間的に頭が真っ白になる。
「――っ、と」
その間にも空閑くんは、私のグラスホッパーの推進力すら利用して身体を翻す。勢いよく落ちた上半身の勢いのまま手を突き、くるんと一回転。そのまま背後に回られるわけにはいかないと振り返るも、一瞬の隙にスコーピオンで見事に片腕を落とされてしまう。
「っ、うわ」
やばい、と口をついて出そうになりつつ。私は分割して足元に置いていた緊急用のグラスホッパーに片足をのせる。
踏んで飛びのいた後、もう一枚、自分の背後に用意しておく。
案の定、空閑くんが私を追って仕留めるべくグラスホッパーを踏んできたから、背後の一枚で今度、思いっきり踏み込んだ。もちろん、交差する瞬間に空閑くんのスコーピオンをいなしてかわしておくのも忘れずに。
そうして一度距離ができると、ようやく少しだけ視野が広くなる。空閑くんは変わらず私を見据えていて、その表情にはかつてないほど真剣な色が宿っていた。いつもと違う雰囲気に、私はおそるおそる声をかける
「……及第点?」
「十分だろ。今のはなかなか面白い“くずし”だったし」
空閑くんはわずかに口角を上げていて、口元だけ見れば笑っているようにも見える。
けど、目の色だけが違う。笑っていない。けど、怒っているわけでもない。恐ろしいほどに静かで、ただ、真っ直ぐに逸らされることなく私を見据える紅い瞳。
何かに呑まれてしまいそうだと思った。そんな考えを振り払うように、私は弧月の切っ先を空閑くんに合わせ、宣言する。
「……じゃあ、勝負」
片腕が軽い分、バランスが取りづらくて切っ先が揺らいでいるのが私にも見て取れる。支えるための片手がない以上、まともに切り結べば圧し負けるだろう。そして空閑くんもそれをわかっているはず。
つまり今、私が考えることは、どうやったら当てやすくなるか。
「いいぞ」
空閑くんはいつもでいいと言わんばかりだ。自然な構えは、どこから手を出していいかわからないほど。
利き手しか残っていない今、追い詰められているからこそ大胆不敵な手も選択肢に入れていく。ここで逃げの手を打ったところで意味がない。だってこれは、私と空閑くんしかいない戦いなのだから。
動きをイメージして、駆ける。空閑くんは待ち構える姿勢だ。ならばとまず一枚、グラスホッパーを足元へ。
踏んで、その勢いに遅れないようにグラスホッパーを再び二枚。一枚は空閑くんにも見える位置だ。横に飛びのくためのそれに空閑くんも気付いたのだろう。スコーピオンを構えながらも、まだ振る様子を見せない。
――だから、移動した先にもう一枚を用意してあるのだけど。
一瞬だ。空閑くんの眼前のグラスホッパーを踏んで横へ退いたところで空閑くんのスコーピオンが振り下ろされる。だから、一旦弧月をオフ。シールドを出して防ぎ、さらに二枚目で瞬時に移動。目指すは空閑君の背後だ。
シールドを切って、再び弧月をオン。全身をねじるようにして渾身の力で弧月を振るえば、空閑くんの片足を剣先が掠める。……けれど。
『トリオン供給器官、切断。戦闘不能』
視界が真っ白になって、そのままベイルアウトだ。ぼふん、と背中をベットに包まれて一息。一気に緊張の糸が切れてしまう。
『勝負に持ち込むのが早すぎるぞ。あと片足が落とされるくらいまでは粘れるだろ』
「えぇ……? だって片足なかったら動けないじゃん」
『何のためにグラスホッパー持ってるんだ? そういう時にも役立つぞ、あれ』
考えると、確かに、とは思う。最近でも玉狛第二と戦っていた香取隊長が、片足を落とされた状態からでも、落ちた機動力をグラスホッパーでカバーして三雲隊長を落とす一面があった。
とはいえそんなレベルを要求されるのか、攻撃手って……。
『引いて守って、時間を稼ぐ。今のじゃ、時間を稼いだとは言えないぞ』
「……時間を稼ぐことも戦果、なんだっけ」
『うん。そのためにも、片腕片足まで粘れるくらいには頑張らないとな』
「…………は〜い」
戦うってなんとも奥が深い。勝敗だけじゃなく、いろんな目的があるわけだ。少なくとも今の私にとっては“空閑くんに勝つこと”より“空閑くんと長く戦り合うこと”の方が現実的な目標。だから、自分の“不利な状況”というボーダーラインをもう少し下げないといけないらしい。
『さて、じゃあ二本目行けるか?』
「大丈夫。行きまーす」
端末に表示された転送準備のパネルをタップ。さぁ、戦いはまだ始まったばかりだ。