『――二本目、開始』
アナウンスと同時に空閑くんが踏み込んできたから、今度は私も遅れを取らないよう踏み込む。弧月を構え、シールドも忘れず、空閑くんと早速切り結ぶ展開に。
「誰かに教わったのか?」
「っ、え?」
「上手くなってるけど、おれを見た動きじゃないから」
スコーピオンの太刀筋を見極めつつ、必要に応じてシールドのオン、オフ。さらには空閑くんとの会話だなんて、私の頭はいっぱいいっぱいだ。それでもどうにか、「奥寺先輩、と、小荒井先輩」とだけ言えば伝わったのか、「そうか」と返事があって。
「じゃあ、こうか」
ふ、と空閑くんが引く。急に空いた間合いに私は追うことも引くこともできない。そう次の行動に迷っている間に空閑くんは急に踏み込んで――グラスホッパーだ。
グラスホッパーは同時に枚数を出すほど出力が下がる。けれど空閑くんの元々の機動力があれば、推進力を落としてでも枚数を増やすことには意味があるのだ。
私の周りに沢山浮かぶグラスホッパー。空閑くんは次から次へとそれを足場に飛び回り、一本だけのスコーピオンで確実に私を狙ってくる。
「――っく」
「近くにいる時に隙を見せたらダメだぞ」
また片腕を獲られた、と動揺した間に片膝から下まで落とされてしまった。一瞬の内に一気に展開が変わった私は焦って脱出を試みるけど、貼り巡らされたグラスホッパーの隙間を縫って逃げられるのか。
――取り乱せばすぐに、獲られてしまうと知ってたのに。
『戦闘体活動不能、ベイルアウト』
ぼふん、と背中から落ちて悔しさに悶える。さっき、片腕片足になっても粘れないとって言われたばっかじゃん。実際にそうなるとどうにもならなくて、わかっていたハズでも動けなかったことに悔しさが募る。
『次で最後だな』
ブースに響く空閑くんの声は淡々としている。楽しみ、という雰囲気ではなく、寂しい、という雰囲気でもない、不思議な響き。
私は悔しさの勢いでそのまま転送ボタンを押そうとして、一旦止める。深呼吸を一回、二回。もう終わってしまうのだ。だから焦らず、せめて少しでも長く、ランク戦を楽しめるように。
「……よし」
次はもっと迷わないように、悪手でも、とにかく一歩踏み出すように。手も足も出せないまま落とされてしまうのは悔しいから。
気合は十分。転送開始のボタンに触れて、最後の舞台への転送を待つ。
『――三本目、試合、開始』
転送後、すぐに弧月の柄を握って構える。一方で空閑くんは、これまでとは違って待ちの姿勢だ。普段と同じようにゆるりと力を抜いて立っているのに、目だけが鋭く私を射抜いている。
いつ来てもいい、と言われているようだと思った。口にしないのはまるで、私を試しているようで。相手の思惑に乗るのが良いかはわからないけど、挑まなければ何も始まらない。私は思い切って地を蹴り、空閑くんの間合いに入る。
――当然、正面から行くわけにもいかないから、グラスホッパーを踏んで回りこみつつ。
「うむ、手堅くくるな。いいことだ」
いつも背後に回りこんでいたから、今度は横から。そう思ったけど空閑くんはしっかり私に対応してきて、ガキン、と刃がぶつかり合う。
敵の誘いに乗るからには、能天気ではいられない。忘れるな、基本は一撃離脱。いつでもグラスホッパーとシールドを切り替えられるように意識しながら、まずは一撃を――と踏み込んだ先で、身体が浮く。
「さっきのおかえしだ」
踏まされた。そう気づいたのは目の前に広がる地面と、私を見上げる空閑くんがいたからだ。意識して踏んだわけじゃないから、バランスを崩してなんとも不格好な飛び方になってしまった。
それでも私には、空閑くんが構えるのが見える。あれは、たぶん――マンティス。
「……っ、」
「いい反応だな。よく見えてる」
空閑くんはそう褒めてくれるけど、私の片腕はまたしっかりと持っていかれてしまった。シールドを張ったのは自分の真正面だけで、腕、しかも肘から下はガードしきれなかった。とは言え、これを受けるからには無傷でいられないだろうことは想像に難くない。このダメージについては気にしない方向で。
そして、だからこそ今引くわけにはいかない。私は狙いを定めて体勢を整え、グラスホッパーを踏んだ。もう一度、空閑くんの間合いに踏み込むために。
「――ん?」
少しでも手ごたえを感じた後は気が緩むというものではないか。まぁ、それは私だけかもしれないけど。
ともかくダメージを負ったからこそ、一度は引くかもしれないと考えるだろう。そこを敢えて、踏み込む。空閑くんはすぐにスコーピオンを出して構えるから、私はそれをいなしつつ周りこんで――同じように、腕を狙う。すぐに退けるよう、意識しながら。
一閃。それから、離脱。
「……ふむ、なかなかいい選択だな」
手応えを確かめる余裕はなかった。けれどそれが功を奏したようで、きっちり空閑くんの間合いから離脱できた。
そうして改めて向き合えば――空閑くんの片腕がだらりと垂れ下がっている。
「これもあずま隊の奴らに教わったのか?」
「……そうだよ。完全に切れなくても深く切り込めれば同じことだから、って」
ちょっとした達成感に身体が震えた。私は今、確かに、空閑くんの片腕を獲ったんだ。
生身だと骨にあたる部分には、トリオン体を操作するための神経のようなものがある、と。ここにさえ刃が届けばそこから先、手足は動かなくなるからというのが先輩たちの教えだ。それが実践できたことに言いようのない高揚感を覚え、堪えるべく私は弧月の柄を握りしめた。
空閑くんは「なるほどね」と――なぜか笑みを浮かべている。それでいて、しっかりと自らの手で片腕を切り落とした。「いいの?」と尋ねれば「今は、邪魔になるだけだからな」と。
「よし、最後の勝負だ」
「了解」
スコーピオンを構えた空閑くんの提案に私も頷いて弧月を構える。互いに片腕はなく、とは言え不利なのは私であることに変わりはない。
だから先に踏み込んだのは私だった。不利な方が後手にまわっては余計に不利になるだけ。私がそう考えるのを予想していたのか、どうか、空閑くんはやはり待ち構える姿勢のようだ。
だからグラスホッパーを出した。さっきと同じように、私と空閑くんの間に一枚。さらにもう一枚は、踏み込んだあとで脇に逃げるために。
空閑くんの視界に映っただろうそれに、空閑くんが動き出す。残った片腕で私を仕留めるためにタイミングを計っているんだろう。
私は弧月を構えたまま――グラスホッパーを踏まずに、地を蹴る。
踏まなかったことで、空閑くんが想定していた速度とは大きく違ったはず。堪えきれなかったのか、空閑くんはゆるりとスコーピオンを空振った。その隙に、私は空閑くんの首目掛けて弧月を真っ直ぐに突く。
「――……なるほど、そうくるとはな」
けれどここに来て、片腕での戦いに慣れてなかったことが結果に現れてしまった。剣先が思っていたよりブレていて、空閑くんの首筋にはわずかに切れ目が入っただけ。しゅう、とトリオンが漏れるのが見える。
一方で、空閑くんは私のフェイントにも冷静に対処した。不意をついたつもりだったけど、最小限の動きで即座に対応するのはさすがとしか言えない。空閑くんの手に握られたスコーピオン、その剣先はしっかりと私の心臓を捉えている。
「なかなか、おもしろかったぞ」
至近距離で空閑くんは笑った。ちょっとだけ強気な、勝負を楽しんだあとの。それでいて私を褒めるような、優しさの混じった笑顔。
どくん、と貫かれたはずの心臓が鳴った気がする。もはや落ちかけの私にはどの感覚が正しいものなのかわからない。少しずつ視界が遠のいていくような、けれど確かに、身体の中心にあるスコーピオンの感覚が身体に焼き付いていくような。
――私。この顔が見たかったんだ。だから、空閑くんとランク戦したかったんだ。
『活動不能、ベイルアウト』
そのアナウンスを最後に、私の意識は舞台から消えた。