合同訓練。それは週二回行われる訓練生を集めた全体訓練で、今日はそのために友人ともどもボーダーへとやってきた。トリガーを使って基地内に入り、最初に向かうのは隊員用のロッカールーム。
「あれ、この前より埋まってない?」
「この前は入隊式だったからね。合同訓練だし、他の訓練生も使うんじゃない?」
例えるなら、公衆プールとか温泉の脱衣所、というのが近いだろうか。ロッカーが大量に並べられていて、訓練生は必要に応じて貴重品や荷物などを保管してよいと指導されている。
このロッカーの凄いところは鍵がないところだ。施錠、解錠はなんと、トリガーまたはトリオン体で行う。基地に入る認証システムと同じような理屈で作動するんだろうけど、同じことがトリオン体でもできるのが便利。換装した状態で認証パネルに触れるだけで、私とそうでない人を区別して作動するのだから。
「さて。じゃあ行こうよ、沙智」
友人に促され、私もスクールバックをロッカーに押し込んで施錠する。
週に二回行われる合同訓練の日程については、随時ロッカールーム近くの掲示板にて知らされる。改めて二人で掲示板を見て、集合場所を再確認。時間に遅れないように移動すれば、もう既に多くの訓練生がぞろぞろと集まっている。
「さて、ではこれより合同訓練を始める!」
開始の音頭を取ったのは嵐山さんだった。どうやら今回も、合同訓練を指揮するのは嵐山隊らしい。
集合した私たちは嵐山隊の誘導により、早々に大きな訓練場に押し込められた。そして転送される……というよりは、訓練場そのものが変化していく。舞台はどうやら市街地らしい。同時に、最初の訓練内容が伝えられた。
その一、地形踏破訓練。目的地であるビルの屋上に到達しろとのこと。ただし、ビル内部に入ることは禁止だとか。
「……ベランダはないね」
「これ、頑張ったらよじ登れるかな……」
友人と二人、途方に暮れて空を仰ぐばかり。周りの訓練生達は私たちと同じように呆然と空を見上げていたり、屋上を渡るつもりなのか、別のビルをよじ登ったり様々だ。やっぱ皆も困ってるっぽい。さて、どうしたものか。
そう周りの状況を見ていた中で、一際目立つ黒い隊服。
少年は地を蹴ると、まるで無重力状態にいるかのようにビルの間を飛び上がった。そのままあっという間に屋上へと昇りつめてしまい、高みの見物と言わんばかりに地面を一瞥。
「……あれ、できると思う?」
「ずっこけて恥ずかしくないならやれば?」
「ん〜…………じゃあやる」
え、と友人が若干引いたような声をあげるが、気にしない。誰だって、初めから恰好がつくわけがないんだから。
そりゃあこれだけ同じ訓練生がいる中で、思いっきり転んだりひっくり返ったら絶対恥ずかしいだろう。だから多少迷いはしたけども、呆然と眺めてなにもしないよりカッコ悪くても挑戦したい。
――だって、あの少年みたいにできたら、絶対かっこいいじゃん。
「失敗しても他人のフリしないでね」
「いまさらでしょ。頑張れ〜」
気のない友人の声援を背中に受けて、私は駆けだした。とりあえず、助走をつけて壁へ向かってジャンプ。両足で踏ん張って、壁を蹴る。
「うぇ、っえぇ!?」
――と、勢いのまま吹っ飛んで、背中から地面に落ちた。
「言わんこっちゃない……沙智、大丈夫?」
「ねぇ聞いて! なんかすごいよこれ!」
はぁ? と不審げな友人に、私は今起こったことを一生懸命説明する。
もちろん、傍からみたら私は壁を蹴った勢いのまま落ちた間抜けだろう。ただ、想像していたことと大きく違うことがふたつあった。
ひとつは、思っているより自分の身体が軽かったということ。いや、もしくは足の力が強くなってるのかもしれない。とにかく、普通なら重力に負けて簡単に落ちてしまうだろう自分の身体がふわりと浮いたような感覚がしたのだ。たとえるならそう、ジェットコースターで落ちる瞬間に身体が浮きそうになるあれ。
そしてもうひとつは、そう浮く感覚を持て余して地面に落ちた私だが、痛くないのだ。本当なら、背中から落ちるなんてすっごく痛いハズ。なのに、当たった感覚はするけど痛くない。今ならマットなんてなくても地面の上でハンドスプリングできそうなくらい。
「……ホントに〜?」
「ホントだって! ヤバイ、なんか楽しくなってきた!」
転んでも落ちても痛くないなら、尻込みする理由もない。私はもう一度壁に向かって助走をつけて、壁に向かってとびかかる。
落ちない。壁を蹴った足の力のお陰か、換装したお陰で重力の影響を受けづらくなるのか、不思議な感覚だ。もしかして体重軽くなったりしてるんじゃないのってくらい。
――と、今度は勢いのまま背中を、向かいのビルの壁に打ち付けた。
そのままずるずると地面に落ちてしまったけど、私はと言えばまた痛みがないことに感動していて。
「ねぇすごいよ! やってみなって!」
「……ほんと、ボーダーの応募に付き合ってくれたのが沙智でよかったわ」
さて、と言って友人もやる気を出したのか、屈伸運動を数回。そうして助走をつけたと思ったら、見事な壁ジャンプを見せてくれた。
「えっ!? すごい!」
歓声をあげながら見ていると、二回、壁を蹴った後で友人は壁に激突してしまった。そのまま転げるように落ちてきたので駆け寄る。
「今のどうやったの!?」
「沙智みたいにビルに真正面からぶつかってったらそりゃあ次は背中があたるでしょ。だから、横向きにさ」
なるほど、と頷く。振り子みたいに、右の壁は右足、左の壁は左足で蹴っていく。そうイメージしたら、なんか、できそうな感じするかも!
その後私と友人で盛り上がり、二人で何度も壁を蹴っては落ちてを繰り返した。その内に段々身軽になった感覚も、身体の動かし方も慣れてきて、少なくとも背中を地面に打ち付けるようなカッコ悪い落ち方はしなくなっていた。繰り返すうちに段々と、落ち方もわかってきたのだ。
「体育でさ〜、柔道で受け身の練習散々させられた時とか面倒だったじゃん?」
「あれね〜」
「今すごい感謝してる。受け身大事だわ」
「わかる〜!!」
生身の時は痛みを軽減するためのものだったけど、トリオン体になった今はどちらかと言うとすぐに体勢を整えるためのもの、って感じ。痛くないし、驚くほど疲れないから黙々と二人壁へと向かっていく。
結局、非常に時間がかかった分減点されてしまったけど、私と友人は無事に地形踏破訓練、ビル踏破を達成したのだった。