訓練、訓練。ちらつく姿
 無事に地形踏破訓練を終えた達成感の余韻もそこそこに、再びステージが変わる。また市街地だったけれど、違うのは、空中にふよふよとなにかが浮いていること。
 告げられたのは合同訓練二つ目、隠密行動訓練。指定されたポイント――今回は、舞台中央に大きな公園があるらしい――まで、近界民に捕まることなく到達せよ、とのお達しだ。ただし、近界民を討伐するのは禁止、と。

「あの近界民、どうやって浮いてると思う?」

 建物が立ち並ぶ街中で、路地裏に隠れつつ友人に訊ねてみる。さぁね? と答えた友人は、同じように大通り上空に浮かぶ近界民を見つめる。

「あ、また誰か捕まった」
「やっぱ入隊式の時の訓練のヤツと同じで、あの目玉見えてるのかな」

 鳥みたいな足で訓練生を掴み、浮遊する近界民。捕まった訓練生が近界民にふわふわと連れ去られていくのを見届けて、私と友人はほっと息を吐く。

「トリガー使っちゃダメなんだっけ?」
「そりゃ隠密だからね」

 友人と二人、協力しながら目的地として指示された地点へと向かう。お互いに前後左右を分担しつつ、近界民が近くにいればストップ。ひたすらに近界民の隙をついて移動する。
 偵察している近界民は、なにも自由気ままに動き回っているわけではない。時間をかけて様子を見ていたら、特定のルートを巡回していることに気付いたのだ。つまり通りたい道から離れるタイミングは必ずあって、隙をつけば案外移動はできる。
 まぁ、そこに気づいて私にやり方を教えてくれたのは友人なんだけど。「兄ちゃんにスニーキングの心得は叩き込まれてるから」ということで、頼もしいばかりだ。趣味とは持つものだとしみじみ思う。
 そうしてようやく遠目に目的地が見えるようになってきた頃。私と友人は互いに目的地を睨みつつため息をつく。

「目的地はあそこだろうけど……」
「近界民、ほぼあそこから動かなくない?」

 すぐ目の前に目的の公園がある。にもかかわらず、公園入口の上空に構えている近界民。これまでの近界民が決まったルートを巡回していたのに対し、あいつはふわふわと浮いているだけでほぼ動いていない。
 公園の周辺を沿うように他の近界民が巡回している以上、周りから入り込むのも危険だ。一番隙があるのは正面だと思うけど、動かない近界民が不気味でどうにも一歩を踏み出せない。
 どうするべきか。考えているとふいに目に留まったのはやはり。

「あそこにいるのもしかして……」

 私の声に、友人も目的地周辺にある姿に気づいたのだろう。ぼんやりと、白と黒のコントラスト。となればおそらくいつもの少年だろう。
 ゴール目前で、少年はどうするのか。見ていたら、なにやら裏路地から……空き缶? かなにかを蹴飛ばしたらしい。音と、突然自分の目の前に現れた物体に近界民は当然反応し、近づいていく。――と、近界民の挙動を見ている間に、少年はすでに目的地へと到達していた。へぇ、と感心している私の隣で友人もまた、なるほどと感嘆の息を漏らす。

「トリガー使用は禁止でも、訓練場のものを使っちゃダメとは言われてないしね」
「アリなんだ」
「敵の意識を逸らすのはいい案かも」

 とは言え、私たちはまず目的地傍にまでたどり着かなければいけない。友人から口が酸っぱくなるほど「焦らないで」と注意され、とっとと駆け抜けたい衝動をどうにか抑えつつ少しずつ前進。
 結果、時間はそれなりにかかったものの、無事に目的地へと到達できた。訓練合格だ。

「は〜もう、沙智が危なっかしいから気が気じゃなかった」
「いや〜助かったよ、ありがとね!」

 手綱を握ってくれたお陰だと言えば笑われてしまった。友人が私を引き止めてくれていなかったら、おそらく十回くらいは捕まってたと思う。
 とにもかくにもクリアできてよかったと喜んでいたのも束の間だった。再びアナウンスが流れてちょっとげんなりしたけど、本日最後の訓練となります、の一言にテンションを持ち直す。
 合同訓練その三。探知追跡訓練。指示はざっくり『近界民を探知、追跡せよ』とだけ。

「探知ってなに?」
「逆探知とかいうよね? 相手の居場所を突き止めろってこと?」

 今回の舞台はこれまでと違って森の中だ。しかも他の訓練生たちも途方に暮れているようで、森の中をうろついたり、中には木によじ登って遠くを探したりと各々が試行錯誤している。
 正直いつもの私だったら、とりあえず探すべく森を飛び出しているところだ。とはいえ、ひとつ前の訓練で散々「慎重に」と友人に釘を刺されたばかりなので、とりあえずは意見を聞くことにする。

「探知、追跡もスニーキングじゃない? どうなのそこ」
「……追跡だから、近界民がどこかに行くのを追いかけろってことだと思うんだよね」
「あ、よくある『アジトまで案内してもらおうぜ』みたいなの?」
「そんな感じ」

 なるほど、と相槌を打つ。とりあえず訓練の目的はそういうことなのだろう。と一人納得している私と反対に、友人は未だ不審そうに眉根を寄せている。

「目的がわかっても、どうすればいいのかわかんないじゃん。まずどうやって近界民を見つけろっていうのか……」
「うーん……」

 言われてしまうと確かに、追跡という目的が分かっても探知をどうしたらいいのやら。まぁ、訓練生たちはわからないから、とりあえず動いて探してみてるんだろうけど。
 そう周りの動向を探っていたらふと、白黒少年がなにやらを眺めているのが見えた。なんか……なんだろう。たとえるならRPGゲームをやってる時に画面端に出てくるウィンドウ、みたいな。

「沙智?」
「あ、ねぇねぇ、今さ……」

 呼ばれて、友人を振り返ってからもう一度見た時には、白黒少年の姿が消えていた。

「なに? また少年?」

 呆れた、と言わんばかりの声色だったけど、私もからかわれるのには慣れてきたのでスルー。
 ともかく、私は少年の様子を思い出す。なんだかまるで、手のひらの上に画面が浮かんでいるような感じだった。少年がそれを使っていたということは、そうして今忽然と姿を消しているということは、あの画面でなにかヒントを得た少年が近界民の追跡を開始した、んだったりして?
 だとしたら、と私は友人を伺う。

「探知する機能っていったらなにかな?」
「えぇ? ……レーダーとか?」

 物は試しだと、手の平を上に向けて意思表示。レーダー表示、なんちゃって。
 けれどトリガーは、弧月を出現させた時と同様に私の意志に応えたらしい。ぶわんと手の上に表示されたのは十字線と、その交点を中心とする同心円。その上でポツポツと、いくつもの点が点滅している。

「うっわ! 本当に出てきた」
「なるほど〜、また沙智のカンニングが役に立ったわけね」
「か、カンニングって言わないでよ」

 友人の言葉が胸に刺さる。白黒少年が目立つからついつい見てしまうのだけど、そうして少年の攻略法を盗み見るのは……確かにカンニングっぽいかも。

「謝りにいった方がいいかな……」
「いいんじゃない? 沙智が注意されてないってことは、問題ないってことでしょ」

 カンニングだと先に言ったのは友人のくせに、今はもう私の手のひらで瞬く点の並びに夢中だ。そういうもんかな。でも気づいてないだけかもしれないし、試験官の人に後で自己申告してきた方がいいだろうか。
 そう私が罪悪感に苛まれている間に、なんだか友人は私の周りをうろうろと歩き回っている。

「……ねぇ、なに?」
「いや、この点はたぶん私だなー、って」

 友人がそう言って示した点は、十字線の交点とほぼ重なっている位置で瞬いていた。友人がこの調子だし、私はいったん気分を切り替えて同じように手中のレーダーを眺める。

「だとしたら、私を中心にして周りを探知してる、って感じ?」
「沙智が起動したんだからそうなんじゃない? だとしたら、この点の動きに注意したらいいわけだ」

 友人も要領を得たのか、ぶわんと手の上にレーダーを表示してみせる。そうして二人距離をとって、お互いの周りをレーダーで探知。一点に留まって点滅しているものは途方にくれている訓練生だったり、あるいは、ゆるゆると動いているのは歩き回って探している訓練生だったり。

「……あれ。いる、のにいない……?」

 レーダー上では確かに点滅しているのに、レーダーが示す方向には誰もいない。距離感がつかめていないのだろうかと考えていたけど、少しして訓練生が木から飛び降りてきたので納得する。レーダーは上から見たマップみたいなものだから、私たちの視点とはちょっと違うんだ。

『沙智』
「ひぇえっ!?」

 頭の中に直接響くような友人の声に、思わず驚いて悲鳴を上げてしまった。ヤバイ、と思って慌てて口を塞ぎ、周囲の確認。近くにいた訓練生が不審そうに私を見ていたくらいで済んだので、とりあえずは深呼吸する。
 すると続けざまに、まるで自分のすぐ後ろから話しかけられているような声が響く。

『沙智、あんた騒ぎすぎ』
「え、なになにどこにいるの?」
『ん〜、沙智の右後ろ、それなりに遠く』

 友人の声が言うとおり、右後ろ、木々の間を一生懸命に探す。すると友人らしき人影が、私の方へと手を振っているのが見えた。

「今手を振ってるのがそう?」
『そうそう』
「……なんで会話できてんの?」
『なんか、沙智に声よ届け〜、って思ってたら返事がきた』
「えぇ……」

 なんだそれ、と思わないわけじゃない。でもこうして会話できてるということは、私も同じようにできちゃった、みたいな感じなんだろう。地形踏破訓練でせっかくこの換装体に慣れてきたと思ったのに、まだまだ知らない機能があるらしい。

「まぁいいや。で、どうしたの?」
『私の方で近界民見つけたんだよね。移動してるところだから、たぶんこれ追いかければよさそうだと思って』
「りょーかい、じゃあそっち行くね」
『うるさくしないでよ』
「わかってるって」

 スニーキング中の友人の邪魔をしないように、私も慎重に移動する。探知さえしてしまえば、あとはさっきの隠密行動訓練と本質は同じだ。
 こうして探知追跡訓練も無事終了。私たちはひとつの訓練につき十点ちょっとをもらったところで解散の号令がかかったのだった。




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