真似て、学べ、いざ勝負
 みっつの合同訓練を終えて、途端に賑やかになった訓練場。私としても、とりあえずはなんとか訓練を終えられてひと安心だ。
 けれど、それで終わりにしてしまうには心残りがあったもので。辺りを見回していると、喧噪の中でも友人の私を伺う声が聞こえてくる。

「どうしたの? 帰らない?」
「ん〜、いや、その前に……」

 あ、見つけた。一人だけ声をかけられそうな人が目に留まったので、急いで駆け寄る。

「あの……木虎さん」
「はい、なにか?」

 ショートカットに凛々しい顔つき。ちょっと取っつきにくい印象だけど、確か彼女は同い年のハズだ。先輩隊員の中でも声をかけやすく、私は勇気を出して自白する。

「私、その……訓練の最中に、白い頭で黒い隊服の男の子を参考にしてたんです」
「ちょ、沙智?」

 私の後を追って駆け寄ってきたらしい友人が、動揺したような声を漏らす。いっぽうで、木虎さんは顔色ひとつ変えず「それで?」と続きを促した。

「カンニング……みたいな、そういう罰則ってありますか」

 伺えば、友人も隣で「あの、」と声を上げる。「もしそういうのがあるなら、私も彼女と一緒に訓練してたので私にも責任が……」とまで言いかけたところで、木虎さんは大袈裟にはぁ、とため息をついた。

「……人を真似て訓練に取り組んではならない、なんて説明したかしら?」
「え?」
「あなたたちのそれを咎めるなら、あなたたちの行動にヒントを得て訓練を行った隊員もみんな罰則を受けることになるでしょう」

 木虎さんはあきれたように前髪一房を撫でつけつつ、姿勢を正して私たちを見据える。

「自分たちだけでどうにかできるなんて、思い上がりもいいところだわ。あなたたちは訓練生よ。できる人間のやり方を参考にしないで、どうやってできるようになるつもり?」

 木虎さんの正論に、ぐうの音も出ず黙り込む。私を見据える真っ直ぐな瞳は、不正行為を咎めているものではない。
 訓練生である私たちはトリガーだって使い始めたばかり。換装した身体でビルの間を飛ぶように動けることを、自分が選んだトリガーだけでなく、レーダーや連絡手段も使えるということを、今日初めて知ったくらいなのだから。

「当然、人の真似だけでは限界がくるでしょう。けれど訓練生であるあなたたちがやるべきことはまず、人に倣うことよ。学んだことを覚えているかどうかを問う試験とは違うんだから、そんなことを気にする必要はないわ」
「は、はい!」
「話はそれだけ?」
「大丈夫です、ありがとうございました!」

 あまりに堂々とした立ち居振る舞いに、私たちもそろって背筋を伸ばす。そのままお礼を言って頭を下げれば、木虎さんは「それじゃあ失礼するわ」と言ってその場から去っていった。
 なんだかドキドキしてしまった。同い年とは思えない貫禄だ。威風堂々といった雰囲気に恐縮しっぱなしだったけど、私たちの申し出をきちんと諭し、今の私たちがすべきことを示してくれて。

「……やばい。私、木虎さんのファンになりそう」
「気持ちはわかる……けど沙智、びっくりさせないでよ。急になに言い出すかと思えば」
「ごめんごめん、カンニングだったのかって気になっちゃってさ……」
「……私もごめん。言い方がよくなかった」

 互いに顔を見合わせて笑い、ようやく緊張の糸が緩む。さてと気をとりなおせば、どうやら友人も同じ気持ちのようだ。

「木虎さんにあんな風に言われたあとじゃ、帰るって気分にならないね」
「じゃあ行こうよ、この前ちょっと説明があった、ランク戦ってやつ」
「いいね、そうしよっか」

 私と友人は踝を返し、自分たちだけでボーダー本部建物内へと歩き出す。目指すは、ランク戦が行われている場所だ。
 本部の廊下をうろついている内に辿りついたのは、これもまた大きなホールだった。中にはソファーが並べられていて、合同訓練で見かけた訓練生たちが寛いだり、歓談したりと自由に過ごしている様子。
 いっぽうで壁には大きな電光板があった。百一から始まって三桁の数字が並んでいて、壁一面にも三桁の数字がふられた扉が並んでいる。

「ここがランク戦ロビー、かな?」
「そうっぽいけど……」

 二人で呆然と並んだ部屋を眺める。扉の間隔はそれほど広くないから、小部屋が並んでる感じなんだろう。とはいえここまで部屋数があると圧倒される。
 そう呆けていたからだろう。向こうから見慣れた赤い隊服の人――時枝先輩――が現れて、私たちに声をかけてくれる。

「君たちも入隊したばかりの子かな?」
「はい、そうです」
「ランク戦をしたいのかな? やり方を教えようか」
「お願いします!」

 じゃあついてきて、と言われるがままに二人で時枝先輩の後をついていく。近くの一階には空きがなく、二階に上ったあと適当な部屋に案内された。
 その場で時枝先輩が説明してくれることには、このホールをC級ランク戦ロビーと呼び、私たちが今入った部屋はブースと呼ぶのだという。中にある端末にはリアルタイムで、他の訓練生が入ってるブース番号と、その訓練生の使用トリガー、さらにはポイントなんかも表示されるらしい。相手を選べばトリガーを使った試合が始まり、勝てばポイントがもらえるし、負ければポイントを獲られるのだとか。

「一日何戦まで、とか制限はありますか?」
「回数の制限はないよ。ただ、疲れると思うから自分たちでちゃんと休憩をとるようにね」

 時枝先輩に素直に頷く。トリガーって、長く使うほど疲れたりするのか。それもまた追々わかっていくことかと考えていると、時枝先輩が他に質問は? と私たち二人を伺う。応えるように友人が、あの、と話を切り出す。

「さっき木虎さんに、人の戦い方から学べと教わったんです」
「へぇ、木虎が」
「それで、あの、なにか実戦以外に参考になるようなことはないですか?」

 友人の問いかけにふむ、と唸った時枝先輩は、一度私たちをブースから連れ出した。そのまま再度一階ホールへ連れてこられたと思えば、あれを見て、と言って電光板を指さす。
 ――映し出されている白黒少年に目が留まった。鮮やかな一閃に思わず見惚れる。

「ちょうど彼も、ランク戦をしているみたいだね」

 時枝先輩の顔が少しだけ綻んだ。彼、って言うからには知り合いなのかな。
 本題に戻すと、どうやらこちらの電光板には現在行われているランク戦の様子が映し出されるらしい。休憩中にこうして電光掲示板でランク戦を眺めるもよし、あるいはランク戦のデータは一定の期間データベースに保管されるため、端末室に行けば試合の記録も見放題なのだとか。

「じゃあ自分の試合を見直したりもできるんだ」
「そうだね。もちろん他の人の記録も見られるから、自分と同じトリガーを使う人の記録を見てみると勉強になるよ」
「なるほど……ありがとうございました!」

 二人で時枝先輩に頭を下げれば、どういたしましてと穏やかな返事。出入口を示し、出て少し行けば自動販売機のある休憩スペースもあるから、と言って時枝先輩は去っていく。

「沙智、なに飲む?」
「え? 私も行くよ?」
「まぁまぁ、せっかくあの少年の試合見れるんだから、今のうちに見ときなって」

 友人は裏があるのかないのかよくわからない笑顔を浮かべて、私をソファーへと座らせた。私も渋々と飲み物をリクエストすれば、友人は了解、と答えて去っていく。
 せっかくだから友人の厚意に甘えることにして、私は目の前にある電光板を見上げた。ぱっと画面が切り替わり、再び白黒少年と訓練生が映る。その力量差は一目瞭然で、一試合に数秒かかっているかどうか。そもそも大型近界民との戦闘訓練だって一秒切りの記録を出しているのだ。どうやら、訓練生相手にも猛威を振るっている様子。
 しかし一試合があっという間に終わってしまうのでまったく参考にならない。というか今の私には参考にする以前の問題として、目が追いつかない。これ、ちゃんと記録取れてるのかな。
 少年のランク戦は一回があっという間に終わってしまうものの、だいぶ眺めていたような気がする。そう友人の帰りを気にし始めたころ、ようやく「おまたせ〜」と言って友人が戻ってきた。

「遅かったね」
「一回ロッカー行って財布取って来てた」
「あ、そっか。じゃあお金、後でもいい?」
「いいよ。……で? どうよ少年は」
「なんかもう、凄すぎて参考にならない」

 ちょうどまた、ぱっと画面が新しい試合のものに変わった。そうして再びあっという間の決着。友人は感動を通り越してうわ〜、と間延びした声を零してからジュースを呷った。

「なにあれ、どうやってるんだろ」
「ん〜、ちらっと見える感じだと弧月ではないっぽいんだよね」

 ふーん、と呟いた友人も、なんだかんだ少年に興味が湧いてきたらしい。私も一緒になって眺めつつ、買ってきてもらったジュースをひと口。
 ふと、奮い立ったように友人がすっくと立ちあがる。

「私、先にランク戦試してくる」
「え? 珍しいね、慎重派なのに」
「見てたらなんか、試し撃ちしたくなってきた」

 ……あぁ、そう。と、気の抜けた私の相槌を最後まで聞いていたのかどうか。空いたブース目掛けてさっさと歩いていく背中を呆然と見送る。

「う〜ん、じゃあ私もやってみようかな」

 飲みかけのジュースをそのまま持って空いたブースを探す。まぁ、試合の合間に飲む暇くらいあるでしょ。私はようやく見つけた空きブースへ意気揚々と足を踏み入れた。



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