遊真くんと私の視線を一身に受けたレプリカ。どういった逡巡があったのかはわからないが、最終的にレプリカは遊真くんに告げる。
『……それを決めるのは私ではない、ユーマだ』
これまでにない回答に遊真くんは驚いた様子だった。ちょっとだけ戸惑うような「え」の声が聞こえてきて、それっきり。
そして私も、ちょっとだけ驚く。レプリカのこの言葉を初めて聞いたことに、今頃になって気づいたからだ。おぼろげだった記憶が急速に再構築されていく感覚。私の知るレプリカはよく、こうやって選択を遊真くんに委ねていた、と。
「いいのか、連れてって」
『大変なのがわかっていて、それでも連れていきたいのだろう』
遊真くんは少し躊躇って、けれどしっかり「うん」と頷いた。レプリカは感慨深げに『うむ』と相槌を打つと、確かめるように遊真くんをじっと見つめる。遊真くんは応えるようにゆるりと話しはじめる。
「……リアも、もしかしてニホンから来たんじゃないのかと思ったんだ」
『ふむ』
「トリガーが使えるリアがニホンに行きたいっていうなら……もしかしたら、帰りたいのかもしれないだろ」
私は虚をつかれてドキリとした。まさか、遊真くんたちについていきたいから、というだけの理由を帰りたいからと解釈されているとは。
これは、どういう反応を返すのが正解だろう。鳴いたら肯定しているように受け取られてしまいそう。ドギマギしつつも動けないでいると、レプリカはじいっと私を見つめたあとで再び遊真くんと向きあう。
『もちろんその可能性はある。だが……私には、それだけでないようにも見える』
「なんだ、それ」
『少なからずリアにも、ユーマと同じ気持ちがあるということだ』
レプリカの追及に、途端に勢いをなくしてそっぽを向いた遊真くん。押し黙り、けれどレプリカは返事を待っている様子。
えぇと、私にあるのはただただ皆と一緒にいたいというそれだけで、置いていかれると寂しいというだけなんですけども……。
三者三様に口を噤んで沈黙。その中で、一番最初に折れたのは遊真くんだ。
「……恥ずかしいだろ」
『……なるほど』
遊真くんの呟き。相槌を打つレプリカ。
さすがは相棒というべきか、二人はたったそれだけのやりとりで意思疎通できてしまったらしい。えっと、私だけなんか噛み合ってなくて置いてけぼりなんですけど。
『理由はどうあれ、ユーマがそう望むのなら。私はお目付け役として手伝うだけだ』
「……そうか、なら」
遊真くんは横目で私を伺う。それから首元を軽く撫でてくれたと思えば、レプリカと向き合った遊真くんは宣言した。
「ニホンに、リアも連れて行く。手伝ってくれ、レプリカ」
『承知した』
*
そこからはあっという間だった。今後の星の動きから旅のルートを決めて、旅支度に奔走する遊真くんとレプリカ。私はと言えば、手伝えることもないのでただただ部屋でいつも通り過ごしていただけだったけど……。
「レプリカ、確認なんだが」
『なんだ』
「おれのトリガーは置いてっていいよな?」
旅支度を進めていくなかでレプリカを伺った遊真くん。その手にはこの前も見た、遊真くんが元々使っていたノーマルトリガーが握られている。
「リアがトリガー使えるなら、換装しとくのもいいと思ったんだが」
『ふむ、それはそうだが……』
「途中でリアがトリガー使ってるとこ見られでもしたら、たぶんめんどくさいことになる」
遊真くんの口振りに、ふと私がトリガーを使った時のレプリカを思い出した。動物がトリガーを使うだなんて、と驚いていたレプリカ。
正直、私自身もまさかトリガーが使えるなんて思っていなかった。動物でも使えるんだっけ? 確か動物にもトリオン器官はあるけど、トリガーを使うにはその意志を示す必要があるから難しい、という話だったような。
「ニホンに行くだけなら、なるべく戦わないほうがいいだろ。それならトリガーはあったほうが邪魔になりそうだと思うんだが、どうだ?」
『うむ。強いて言うならばユーマも、あまりトリガーを使わないほうがいいだろう』
「そうだな」
二人の間で淡々と話し合いと準備が進められていく様子を眺めると懐かしい気持ちになる。遊真くんが自分の考えを言い、レプリカも考えを述べ、それらを考慮したうえで結論を出す。そんな雰囲気のほうが、なんだか馴染み深いような気がするのだ。
そしてトリガーを起動したからか。遊真くんは確認するように私を伺うようにすらなった。
「リアも、それでいいか?」
(もちろん)
肯定の返事はにゃん、と軽やかな鳴き声で響く。遊真くんは私が大人しいからか、肯定と受け取ったようで「よし」と相槌を打って。
「じゃあ置いてくるか」
そうあっけなく、遊真くんはこれまで使っていたノーマルトリガーを手放したらしい。ついでにこれまでお世話になったお礼をしただとか、餞別をもらったとかなんとか。カルワリアとしては勝利の立役者である遊真くんを惜しんでいるんじゃないかと思うけど、その場にいなかった私にはわからないまま。
支度もいよいよ大詰めだ。最低限の水と食糧は用意できた。一人と、トリオン兵一体と、猫一匹の旅の荷物はリュックサックに詰められる程度。
あとはいよいよ、お世話になった人たちにお別れの挨拶を済ませるだけだ。
「ユーマがいないと寂しくなるね」
「リアも連れてっちゃうなんてズルイぞ! ユーマ!」
寂しそうに笑うイズカちゃんと、寂しさを誤魔化すように拗ねるヴィッターノくん。遊真くんは困ったように笑いながら「そうか」なんて返事をしている。
さすがに三年もすれば、二人もすっかり猫に慣れてしまった。イズカちゃんが穏やかに「おいで」と呼ぶので、私はしずしずと歩み寄って撫でてもらえるのを待つ。優しく撫でるイズカちゃんの手に甘えていれば、少ししてヴィッターノくんの手も加わった。
「リア、気をつけるんだぞ」
「ちゃんと守ってあげてよね、ユーマ」
「大丈夫だよ」
二人に優しく撫でられ、私からも大丈夫だよ、と鳴く。ただの猫だけど、遊真くんに言われたとおりにすることならできるから。
そんな私をみてふっと微笑んだイズカちゃん。揶揄うような雰囲気で遊真くんに声をかける。
「それにしても結局ユーマが面倒みるんだね」
「……なんで?」
「だって最初は、おれが飼うわけじゃないとか言ってたのにさ」
茶化された遊真くんは「そうだっけ?」と首を傾げる。イズカちゃんはどことなく懐かしんでいるような雰囲気で「そうだよ」と続けた。私の記憶もおぼろげで自信がないが、イズカちゃんがそういうのなら本当だろう。
遊真くんは思い出そうとしているのか少しの間唸る。そうして諦めたのか「まぁ、でも」と嘆息して。
「親父に頼まれたからな」
――そう答える遊真くんの表情には、少しだけ寂しさが見え隠れしている、ような。
「イズカチャ、ヴィッターノ」
「なぁに?」
「どうした、ユーマ」
名前を呼ばれたからか、二人の私を撫でる手が止まる。遊真くんと、イズカちゃん、ヴィッターノくんがじっと向かい合って自然と笑いあう。
「いろいろ世話になったな。ありがとう」
「……こちらこそ。ありがとね、ユーマ」
「楽しかったぞ、ユーマ!」
出発の日は目前まで迫っている。長く一緒にいた友達と別れるのは寂しいことのはずなのに、三人は笑顔だ。温かい雰囲気に安心して、私は遊真くんと同じようにお礼を鳴く。
たくさんお世話してくれて、遊んでくれて、かわいがってくれて。
(ありがとう、イズカちゃん、ヴィッターノくん)
言葉が通じないのは悲しいけれど、鳴いたからか、再び頭を撫でてくれた二人に目いっぱい甘える。
戦争ばかりという近界だけれど、どうかカルワリアの平和が少しでも長く続きますように。そうしてイズカちゃんもヴィッターノくんも元気に過ごせますように。