これからの話
 それからしばらく、遊真くんは淡々と迅さんに昔話を続けていた。私もそれを聞きながら、きっと同じ頃、修くんも話を聞いているのだろうなぁと思いを馳せる。
 話し終えた遊真くんは「むこうに帰るよ」と告げた。迅さんはそれを引き止めるでもなく「そうか」と頷く。思い出した記憶をなぞるようなやり取りにぼんやりしていれば、ふいに遊真くんから落ちた言葉。

「だから、リアはよろしくな」

 一瞬、息が止まったかと思った。せっかく一緒に連れてきてもらったのに、遊真くんは私を日本においていくつもりなのか、と驚いてしまったのだ。
 そして、よろしくと言われた迅さんも呆けた顔。不思議そうに眉根を寄せて、首まで傾げながら遊真くんを伺う。

「おいていくのか?」
「迅さんたちの猫じゃないの?」
「違うよ。……あぁ、もしかして、だから遠慮してたのか」

 迅さんは合点がいったようで、ふっと笑うと私たちの元へ。優しく頭を撫でてくれたあとで首を――たぶん、首輪と一緒に――なぞるように撫でる。

「別に、元々おれたちが飼ってたとかそういう話でもないよ」
「そうなのか?」
「少なくともこいつは、おまえを主人だと思ってるみたいだったし」

 迅さんは「なぁ?」と伺うように穏やかな眼差しを私に向ける。そうだよ、と返した鳴き声はちゃんと肯定に聞こえたかな。見上げても、遊真くんは唸りながら眉根を寄せて難しい顔。

「まぁ、ゆっくりするといいよ。夜は長いからな」

 そう言って、迅さんはいよいよ屋上から去っていってしまった。
 私は遊真くんの膝の上で目を閉じた。とっても久しぶりで、懐かしくて落ち着く。くつろいでいれば、遊真くんも遊真くんで私をゆるゆる撫でながら呟く。
 
「おまえ、本気だすとはやいんだな」

 褒められてる……と受け取っていいのか。遊真くんは独り言のように「豆粒レプリカが追いついたからよかったけど」と話を続ける。

(……豆粒レプリカ、いたんだ?)

 どこにいたんだろう。部屋の中? それとも玉狛支部の外? 全然気づかなかった。
 いずれにせよ私の居所は遊真くんに伝わっていたのか。ってことはもしかして、部屋探しの時いの一番に迅さんの部屋にきてくれたのって、心配してくれたからとか……。

(……で、あの、遊真くん……?)

 考えている間にも、遊真くんはなぜか私のお腹周りをまさぐっている、ような……。いや、いいんだけども。でも気持ちいいような、くすぐったいような。聞いてみたいけど意図が通じるわけもなく、けれど遊真くんは満足気に頷く。

「エサもちゃんともらってたみたいだし、よかったな」

 なんと、お腹をまさぐっていたのも遊真くんなりの心配だったらしい。ちゃんとご飯をもらっていたので当然、やせ細ったとかはないだろう。安心したのか、遊真くんは撫でる手をまた腹から背中に移した。私は大人しく撫でられながら、遊真くんの膝の上で再び目を閉じる。
 そのまま静かに過ごすことしばらく。再び屋上に来訪者が現われた。

「……空閑」
「おー、オサム。どうした?」

 予想どおり、来てくれたのは修くんだった。よかったと思う反面、私が居合わせてしまっていいのか、ちょっと迷う。
 ためらっている間にも歩み寄ってくる修くん。そうして遊真くんの隣に座ろうとしたので――ぱちりと、目があってしまった。

「もしかしてその猫が、おまえが連れてきたって言ってた猫か?」
「そうだよ。犬に追いかけられてそのままいなくなったから、家に帰ったかと思ってたんだが……」

 話しながらも、遊真くんはまた難しい顔に戻ってしまう。表情の変化を不思議に思ったのか、修くんもおずおずと「どうかしたのか?」と尋ねる。
 遊真くんは少しして「いや、まぁ」と区切った。一転して穏やかな表情に戻ったと思えば「無事でよかったよ」と笑うので、修くんもほっと息をついた様子。
 その区切りを好機とみたのだろう。修くんがいよいよ本題を切り出した。

「千佳が、ボーダーに入るって言ってる」
「ほう?」

 修くんは「だから」と続けた。ボーダーへ入隊して、部隊を組んで、近界遠征を目指す。遊真くんも一緒にやらないか、と。
 私は遊真くんの膝の上で丸まったまま、二人の会話を聞いていた。遊真くんがずっと抱えていた疑問。有吾さんはどうして、遊真くんを助ける時に笑っていたのか。
 修くんも同じかと問いかけた遊真くんに返された、修くんの答え。聞き届けた遊真くんは私を抱えつつ、くるりと方向転換をした。とん、と屋上の床に足を下ろした遊真くん。そして私も同じように床に下ろし、顔を上げるのだ。

「じゃあ、おれも手伝うか」

 いよいよだ。ここからまた遊真くんの新しいはじまり。ボーダーに入隊する遊真くんが、毎日を楽しくすごすそんな日々がやってくるのだ。

「ほら、行こうオサム」
「あぁ」

 二人が支部の中に戻ろうとするので、私もその後に続く。階下の踊り場では千佳ちゃんが待っていて、遊真くんが「おれも手伝うよ」と声をかけた。話し合いの結果、リーダーは修くんに決まる。
 そうと決まれば今度は林藤支部長に話をしにいく番だ。修くんから順番に、さらに階段を下りはじめた三人を追いかけようと、私もついて階段を下りる。
 すると最後尾になっていた千佳ちゃんが、いよいよ私に気づいたらしい。

「あ、あれ? 猫が入ってきちゃったみたいだけど……」
「リアっていうんだ。おれが連れてきたんだよ」

 千佳ちゃんは「リア?」とオウム返し。遊真くんが頷き、千佳ちゃんはそっと私の前にしゃがみ込んで、視線を合わせてくれた。

「えーと……、こんばんは?」
(こんばんは!)

 当然、にゃーん、と答えただけ。レプリカみたいなものと想像していたのか、千佳ちゃんは少しきょとん顔。
 けれど、普通の猫なのだと納得してくれたようで、おずおずと手を伸ばされた。私がじっとして受け入れると、ゆるゆると優しく撫でてくれて。千佳ちゃんはほわりと笑う。

「怖がらないんだね」
「なつっこいし、賢いヤツだからな。安心していい。なんなら抱えても大丈夫だぞ」

 千佳ちゃんは「いいの?」と戸惑ったように遊真くんを伺う。けれど「放っといてもついてくるから」という遊真くんの声に、意を決したかのように私を抱えてくれた。どうやら私を運んでくれるつもりのようだ。

 そうして私は千佳ちゃんに抱っこされたまま支部長室へとやってきた。目の前には三人分の入隊、転属書類。それからデスクに座る林藤支部長と、傍に控える迅さん。私が知っているとおりの未来にほっと胸を撫で下ろす。
 その場で申込書も書くことになり、私はそっと床に下ろされた。三人の邪魔をするわけにもいかないし、私はおずおずと迅さんの方を回って、林藤支部長を伺うべく歩み寄る。

「……迅が言ってた猫ってのはこいつか?」

 眼鏡越しに私を見つめる林藤支部長。警戒している雰囲気はあまりなくて、むしろ興味津々と言わんばかりだ。あげく「ほ〜れほれこっちこ〜い」なんて手招きされるので、私は素直に歩みよる。足元に擦り寄ってみれば、林藤支部長はにっこりして私を撫でてくれた。

「陽太郎、えらい心配してたもんなぁ。これで安心だな」

 ……迅さん、私を部屋に匿うのと同時に私を行方不明にしてたりしてないか……? 姿を見せなくなった私を『家に帰ったんだろう』的な感じで……。
 もの言いたげな猫の表情、なんて通じないんだろう。迅さんはしゃがみ込んで私の喉元をくすぐるように撫でつつ「明日は遊んでやってくれよ」なんて言ってのける。
 そうこうしている内に書類も書き終えたらしい三人。林藤支部長の手によって書類はまとめられ、ともかく無事に玉狛第二が結成されたのだった。

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ねこてん!

 

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