玉狛第二が結成となったあとはすぐに解散。各々が部屋に戻っていくなか、私はいそいそと遊真くんについていった。
レプリカに久々に遊んでもらったり、そのあとの戦術復習会では遊真くんの膝の上で構ってもらったり。戻ってきた日常のような安堵感にうたたねをして過ごすうち、夜は呆気なく過ぎていく。
そうして迎えた翌朝。遊真くんと共に朝食を摂るべく食堂へ。足を踏み入れるや否や、栞ちゃんが私を見て「あ!」と声をあげる。
「リアじゃない? あれ、帰ってきたの?」
「栞ちゃんもリアの世話しててくれたのか?」
「うん、えぇ!? 遊真くんの猫だったんだ!」
私の相槌がにゃあんと響けば、栞ちゃんはパタパタと私の元へきてしゃがみこむ。そして「よかったね〜」とめいっぱい頭を撫でてくれた。自分のことのように喜んでくれるので、私はすっかり栞ちゃんに甘えて擦り寄る。
すると迅さんもちょうど食堂に現れた。その手には、迅さんの部屋に移動していた私の餌皿と水皿が乗ったトレー。
「宇佐美、リアのぶんもよろしく」
「あ〜迅さんが持ってたんだね? どこに片付けたかなって思ってたんだよ」
栞ちゃんは迅さんからトレーを受け取って、少し前と同じように私の朝ごはんを用意してくれた。いつもどおりのご飯に意気揚々と食いつけば、背後からは遊真くんの不思議そうな顔。
「栞ちゃん、それがリアの餌か?」
「そうそう。レイジさんがこの前買ってきてくれたやつ、まだたっぷり残ってるんだよね〜」
そんな会話から、朝食の間は日本で一般的な猫の世話のあれこれの話題に。栄養バランスの整えたキャットフードがあるとか、爪とぎとか猫じゃらしもいろいろあるんだよ、とか。
そうこうして朝ごはんを食べ終えた頃、玉狛第二の本格指導のためにミーティングをはじめる、という話に。場所をうつし、ホワイトボードを用意され、部屋の隅にはいつの間にやってきたのか陽太郎くん……を乗せた雷神丸も控えている。
陽太郎くんはまだ夢の中のようだけど、ともかく六人と二匹が集まった。栞ちゃんの「さて、諸君!」という声を皮切りに、いよいよ会議が始まる。
「諸君はこれからA級を目指す! そのためには……」
……簡潔にまとめると、今後の方針について再確認だ。遠征部隊に選ばれるためにはまずA級にならなければならない。そのためには……と逆算していき、まずは千佳ちゃんと遊真くんの入隊に向けて訓練を、という話。
眺めていれば、栞ちゃんが話すほどにじわじわと記憶が再構築されていくのを感じる。
私は話の合間に、そうっと迅さんが座るソファの後ろへと移動した。ここならば部屋の出入口から私が見えることはないだろう。しばらくは話の腰を折らないようにと隠れて丸まる。
そうして隠れ終えた頃、ナイスタイミングとばかりに勢いよく扉が開かれた。
「あたしのどら焼きがない!! 誰が食べたの!?」
まず飛び込んできたのは小南先輩だ。思っていたより勢いがあってびっくりした……。私は「またおまえか!?」と怒る小南先輩の声に脅えつつ、身を潜めたまま話が進むのを待つ。
「騒がしいな、小南」
「いつもどおりじゃないすか?」
そのあと登場するレイジさんと烏丸先輩。自己紹介が済んで、それぞれに師匠が決まった。あとはさっそく訓練をはじめようと、地下に移動するべく皆が立ち上がりはじめる。とりあえずは無事に話がまとまってなによりだ。
しかし、今度は逆に出るタイミングを失ってしまった。これ、私も地下についていったほうがいいんだろうか。そう悩んでいる間に私がいないことに気づいたのか、遊真くんが「あれ」と声を漏らす。
「リア? こないのか?」
「リア?」
「リアだと!?」
遊真くんが口にした私の名前に、レイジさんと、ようやく夢から覚めた陽太郎くんが反応した。今だと素直に姿を現せば、陽太郎くんが「おぉ!」と歓喜の声を上げる。
「リアじゃないか! ぶじだったのか!」
「なんだ、遊真が連れてきてたのか」
「うむ。そのせつはお世話になりました」
レイジさんに伺われ、お礼を言って頭を下げる遊真くん。レイジさんは「たいしたことはしていない」と言ってくれて……懐の深さに頭が下がるばかりだ。陽太郎くんもまた満面の笑顔で「あえてよかったな!」と言ってくれる。
そう再会を喜んでいるうちに、一度は部屋を出ていった小南先輩が「ちょっと、早くしなさいよ」と戻ってきた。いつまでも訓練場に来ない遊真くんを急かしにきたのだろう。
けれど小南先輩の視線が、すぐに遊真くんから私へと移る。途端に不機嫌な表情は消え、あっという間に興味津々に見つめられて。
「……えっ、猫!? かわいいじゃない、どうしたの?」
「ゆうまのねこだぞ!」
「怖くないわよ……警戒もしてないのね。いいこ」
小南先輩はそう私に声をかけていた、と思う。目線はずっと私に向いていたし。
けれど小南先輩の伸ばされた手が届く前に、私の身体はひょいと宙に浮いてしまった。遊真くんが急に、私を抱えあげたのだ。
「まぁまぁ、それはまたあとで」
「なんでよ!」
「強いんでしょ? おれに勝ったらさわらせてあげるよ」
珍しいと思った。今まで誰が触りたいって言っても、遊真くんはダメなんて言わなかったのに。
なんでかなぁ、と思いつつ遊真くんの表情を伺えばにんまり顔。……もしかして、わざとかな。触るのがダメっていうより、嫌な態度をとって小南先輩を挑発してるみたい。強いヤツ、ってことでなんか、楽しみにしてる感じがする。
「生意気ね! ほら、さっさと来なさい! ボッコボコにしてあげるから!」
「おう」
遊真くんは、取り上げた私をそうっと陽太郎くんの傍に下ろした。先導する小南先輩に続いて、遊真くんは「あとは任せたぞ」と言って地下に向かってしまい、レイジさんもそれに続く。
つまり、残されたのは陽太郎くんと雷神丸、そして私だ。
「よし、じゃあリアはおれととっくんだ!」
どうやら皆と同じように特訓と銘打って何かをするらしい。陽太郎くんがする特訓ってなんだろう。しかも、私という猫相手に。不思議に思いつつ、陽太郎くんに言われるがままに向かったのは――
「たまこまのどうぶつはふろにはいれるようになるひつようがある」
連れていかれるのが二度目なので、たぶんお風呂場だろうとは思っていた。しかしまさか、玉狛支部に入隊(?)する動物には入浴が義務付けられているとは知らなかった……。
「おれも、らいじんまるはふろにいれてるぞ。らいじんまるはふろがスキだからな」
飼われる動物は家庭にもよるが、やはりそれなりにお風呂に入れられることも多い。カピバラはそもそも水辺で生活する動物だったはずだし、お風呂に抵抗はないのかも。
しかし猫は一般的に水を嫌うと言われている。もちろん私はそんなことないんだけど……陽太郎くんは躾の一環として、お風呂に慣れさせてくれるつもりのようだ。
「いま、おゆをだすからな。すこしずつれんしゅうするぞ」
自然に(わかった)と返事をしたのだけど、陽太郎くん「よし、えらいぞ」と答えてくれる。あぁそうだ、陽太郎くんは私の意志を汲んでくれるんだった。
せっかく陽太郎くんが楽しそうなので、私は迅さんに入れられたことは言わないことにした。みんなの特訓の間、私は陽太郎くんとお風呂特訓をすることに。
陽太郎くんの今日の特訓は、あくまでお湯に慣れるまでだった。なので足先だけミニ湯船につければすごく褒めてくれたし、そのまま大人しく座っていれば私を撫でて甘やかしてくれた。それだけでさっと上がり、タオルで拭いて、ドライヤーで乾かして終了だ。
足湯みたいなものだったけどそれでもリラックス効果はあるようで、今日の特訓は終わりだと宣言した陽太郎くんに甘えて私は食堂のソファに移動。毛づくろいも後回しにしてひと眠りにつく。
そうしてどれくらい寝ていたのだろうか。誰かの足音が響いて目が覚めたので、私はゆるゆると目を開いて扉を見つめる。
「リア、いるか〜?」
聞こえた声は、地下の訓練場から上がってきたらしい遊真くんのものだった。どうやら訓練は終わったらしい。
すぐ後ろには小南先輩も一緒だ。そうして私の姿を見るなり「あ!」と声を上げる。
「約束だったでしょ! ちょっと、さわらせなさいよ」
遊真くんも忘れてたのか「そういえば」なんて呟いている。すぐに「いいよ」と答えるので、小南先輩はそそくさと私の前にしゃがみこみ、そうっと手のひらを見せて。
「おいで、大丈夫よ」
ちょいちょいと指先を動かして、私の興味を引こうとしているらしい。そんなことをしなくても平気なのに、と思いつつ。そうっと近づいて、小南先輩の指に鼻をこすりつける。
私が安心したと思ったのか、小南先輩は今度、私の首元へと指を忍ばせた。そうしてこしょこしょと撫でるので、おとなしくされるがまま。ごろごろと喉を鳴らせば小南先輩はふふ、と優しく笑ってくれる。
「かわいい猫ね。今度は抱っこさせてね」
「別に、リアは抱っこされても怒らないぞ?」
「あたしが困るの。制服に毛がついちゃうじゃない」
……確かに。ペットといえばどうしても毛がついて気になるもの。いつも遊真くんが気にしていなかったから忘れていた。これからちょっと、抱っこされる時は気をつけた方がよさそうだ。
仕方なく腰を落ち着けると、今度は遊真くんも私の傍にしゃがみ込んだ。そうして私を撫でたと思えば「あのな」と口を開いて。
「おまえ、しばらく玉狛にいてくれ」
――ががん、と衝撃。しかしまぁ、遊真くんのこの手の話題に慣れつつある自分もいる。
「連れて帰らなくていいの?」
「ちょっと気になることがあってな。おれと一緒にいるより、玉狛にいたほうが安全そうだから」
……さすがの私も、そんな心配してくれているような遊真くんに嫌とは言えない。渋々と項垂れつつも床に寝そべれば、ここにいるという意思表示と汲んでくれたようだ。遊真くんは満足気に「よし」と頷く。
「じゃあ、明日も訓練しにくるから、またな」
「ちょっと遊真、先輩のあたしにも言うことがあるんじゃない?」
「うむ。明日はもっと勝つからな、こなみ先輩」
「そんなこと言ってられるの今だけなんだからね!!」
遊真くんと小南先輩のほのぼのした師弟関係を眺めつつ。各々荷物をまとめて帰っていくのを見送りながら、私は食堂で不貞寝することにしたのだった。