私の猫生、前途多難

 カルワリアの砦は、地面に開いた大穴からそびえ立つ石柱を、まるで彫刻のごとく削って作ったのではないかと思わせた。そうして生えた砦から四方に橋が伸び、大穴を囲う城壁へと繋がっている。
 私はどうやらその城壁の外側で拾われたらしい。つまりは城下町であり、そこすらも戦場になるほど逼迫した状況のようだが……大穴から生えた砦という独特の地形により、容易に落とされることもないのだろう。これは私の勝手な推測だが、この砦の最深部――つまりは深淵の底――に敵が目指すマザートリガーがあるのではないかと思う。

『起きろ、ユーマ』
「……んん……」
『今日の訓練は午後だ。その前に出かけるんだろう?』

 レプリカの声が部屋の中に響く。続いて聞こえてくるのは眠そうな遊真くんの声。彼らの平和な朝の風景のすぐ傍で、私は身体を丸めてまどろむ。
 遊真くんに宛がわれた部屋は砦の下部にあるようだった。部屋のベランダから見えるのは、針のむしろを体現しているかのように並ぶ尖った岩山。大穴の壁面すべてにこれが並んでいるとしたら、敵が大穴を下りず愚直に砦を目指すのも納得だ。

「……リアは? いるか?」
『すぐそこで丸まっている。ベッドから下りる時に踏むなよ』
「大丈夫だって」

 ぎしぎしとベッドの軋む音が響く。それからかたりと物音がするのは、たぶん遊真くんが靴をはいてベッドから下りたから。備えつけの洗面所に歩いていく音、ばしゃばしゃと顔を洗っているような音。最後には戻ってきて、着替えているらしい布ずれの音。
 念のため言及しておくが、私は目を閉じたままだ。いやさすがに、着替えをのぞいてしまうのは良心が痛むので……。

「よし、リア。外に行くぞ」

 すっかり目が覚めた様子の遊真くんに声をかけられ、私はようやく目を開けた。年相応の楽しそうな笑顔を見せる黒髪の遊真くんは、ためらいもなく私を抱きかかえる。それと同時に、ぷわぷわと浮いていたレプリカはしゅるんと姿を消してしまった。
 そうして意気揚々と部屋を出ていく遊真くんの腕の中。よくわからないまま始まった私の猫生二日目にして途方もない壁が、連れていかれた先に立ちはだかる。

「ほら、あれだぞあれ」
「まだ子どもだから難しいんじゃないの?」
「リア、がんばれ!」

 三者三様の反応に見守られながら、私はうなだれるばかり。
 遊真くんがあれ、と言って示すのは城下町を散歩している途中で見つけた野鳥だ。近界にも野鳥くらいはいるのか。作った星の生態系を維持する程度の野生動物はいるんだな、くらいには考えていた。だが――

「ほら、猫は狩りができないと食うもんに困るだろ」

 遊真くんは真面目だ。確かに、家畜でない限り自力で餌を確保できなければ生きていけない。遊真くんも小さい頃からお父さんと二人旅をしてきたのだし、自活は当然と言わんばかりだ。
 けれど猫になったばかりの私が狩りをできるのか……正直、私にもわからない。よくわからないまま四つ足で歩けるようになったのだから、案外本能的ななにかでできるようになってしまうのかも? と思わなくはない。

「でも、こんなに小さいんだよ? いきなり狩りなんてできるの?」

 心配そうなイズカちゃんが唯一の良心だ。自分ではわからないが私は小柄なようで、子猫にいきなり狩りをさせるなんて、と戸惑っている。その心配が身に沁みるよ……。
 すると遊真くんが「ふむ」と少し考える様子を見せて――ふと、なにかに気づいた様子。遊真くんの指が鳥から足元に向けられる。

「じゃあ、これなら大丈夫だろ」

 ……えぇと。あの、遊真くん。その指の先にいるの、私の見間違いじゃなければ……なにはともかく虫、なんですが。

「リア、まけるな!」

 ヴィッターノくんの無邪気な応援がつらい。いや、ちょっと待って。まさか本気で私に虫を狩らせようとしてる? え、猫って虫食べれるんだっけ? いや食べれるとしても関係ない。
 私は猫の恰好をした人間みたいなものです! 虫は食べたくありません! 鳥も狩れません!! せめて羽根を抜いて血抜きした上で火を通してください!!!
 悲痛さを織り交ぜた叫びはよほど必死な鳴き声になったのだろう。私は鳴いて訴えながらもイズカちゃんのほうに逃げ、遊真くんとヴィッターノくんに無理だと鳴き続ける。

「ほら、リアが困ってるじゃない。やめてあげようよ」
「えー」
「ふむ、ダメそうだな」

 ヴィッターノくんはどうやら猫が狩る瞬間を見たかったようで、残念そうに肩を落とす。けれど遊真くんはあっさりと諦め、仕方ないと言わんばかりに首を横に振る。

「しょうがない、やっぱり餌はおれたちのをわけてやるか」

 うぅ、これはこれで私の良心が痛むのだけど。それでも右も左も……それどころか自分すらもよくわからない状態では、頼れるところはなるべく頼りたい。よろしくお願いします、の言葉はにゃぁん、という甘えた鳴き声で響く。

「あとは動物の世話ってなんだ? 餌と、水と……」
「やっぱり掃除じゃないかな? 馬小屋とか、汚れるから掃除するでしょう?」

 イズカちゃんの意見にちょっとだけ緊張してしまった。これはたぶん、排泄の心配をされているのだろう。
 動物を飼う上で無視できないのが排泄問題。対処方法に関しては動物によるが、特にペットに関してはまずトイレのしつけが重要だろう。するべき場所でトイレをする。これができなければ、人間と共同生活というのは大変なものだから。
 だけれど、これに関しては――実は昨晩の時点でトイレに行きたくなるという緊急事態が発生し、レプリカに協力を仰ぎ、トイレで用を済ませることができたので――目途が立っている。いるのだけど、それを保証してくれるレプリカはうんともすんとも言わない。朝、部屋を出る時に姿を消してそれっきりだ。

「ちゃんと掃除しないとダメよ、ユーマ」
「大丈夫だよ、それくらい」

 イズカちゃんの心配を軽く流す遊真くん。掃除の心配をされて不服そうだけど、私も不服です。とは伝わらないのが悲しい。
 そんなこんなで本来の目的は頓挫したものの、三人は特に気にした様子もない。むしろ早々にやることがなくなったからか市街地をのんびり散歩しはじめた。街の人は私を物珍しそうに眺め、連れている当人たちは私を蹴飛ばさないよう注意しながらも楽しそうに歩く。

(……みんな、猫と遊びたかったのかな)

 なんとなく覚えのある感情にちょっとだけ安心感。たとえ世界が違っても、戦争中であっても、こうして動物を構いたい気持ちは一緒だったりするのだろう。
 私が思わず零した鳴き声に、三人は顔を綻ばせる。そういうことならと、私は皆の望むがまま、愛くるしい猫であろうと彼らの後をついて歩くのだった。



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ねこてん!

 

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