少しずつ日も沈んできて、東側の空は濃紺へと染まりつつある。夕陽を頼りに瓦礫を取り除く遊真くんと、瓦礫の隙間に潜り込んで探す私。迅さんもそう遠くない付近を探してくれていて、およそ迅さんの言う「この辺り」を探しつくすかと思われた頃。
遊真くんの動きが止まった。その背中を見て察してしまった。慌てて駆け寄るとやはり、遊真くんが瓦礫を持ち上げて見下ろす先、半分になってしまったレプリカが転がっている。
「……ふむ、なるほど」
遊真くんは静かに呟いた。けれどレプリカはピクリとも動かない。少しも喋らない。
おそるおそる(遊真くん)と呼びかけた声がにゃん、と小さく響いた。遊真くんはピクリと指先を震わせる。ゆったりとレプリカに触れて、しばらく確かめるように手を置いて。
「……よくやったな。助かったぞ、レプリカ」
激励の言葉が静かに響いた。遊真くんの表情はいつか見た、有吾さんを亡くしたあの日のように疲れている。
それでもほんのりと笑っていた。レプリカを労わる、慈愛に満ちた微笑み。
「――遊真」
すると後ろから穏やかに、迅さんが声をかけてきた。
「少し、レプリカ先生を調べさせてもらえないか?」
「うん? なにを?」
「リアもレプリカ先生の分身を持ってた。レプリカ先生のトリオンで生成されたものがまだ残っているってことなら――」
現状、迅さんの提案は遊真くんにとってあまり気分のいいものではないだろう。そうとわかっているからか、迅さんはまるで腫れ物にも触れるかのようにゆっくりと話していく。
「遠征艇に乗り込んだまま、今も生きてるはずなんだ」
迅さんの眼差しだけは、鋭さも感じるほどに真っ直ぐ遊真くんに向けられていた。説得するような、奮起させたいかのような力強さを含んだ声を聞いて、遊真くんはすっと視線を落とす。
半分になっているレプリカをしばし見つめ、そのあと――どうしてか――「リア」と私を呼ぶ。
「おまえは、それでもいいか?」
レプリカは生きてるはず。けれど私のおぼろげな記憶では説得力もないし、なにより伝える方法がない。それならばレプリカを解析してもらって『生きている』と示してもらったほうが、よっぽど遊真くんの――ひいてはしばらくして目が覚めるだろう修くんの――背中を押す理由になるだろう。
迷う理由はひとつもなかった。いいよ、と頷けば共に鳴き声が響き、遊真くんは決心したかのように顔をあげる。
「いいよ、レプリカは任せる」
「うん。じゃあ玉狛に帰ろう。宇佐美なら、なんとかしてくれるはずだから」
そうして先導する迅さん。続く遊真くんと、その後に続こうと私も歩き出そうとした、のだが。
(……あ、れ……)
ついていこうと思っても、まったく身体が動かない。意識に反して足が持ち上がらないどころか、立っていることもできずにゆるゆるとうずくまる。
「……リア? どうした」
いち早く気づいてくれた遊真くんがすぐに戻ってきてくれた。大丈夫、だと言いたくても鳴く元気もない。どっと眠くなってきたし、怠いし、ついていかなきゃと思うのに頑張れない。
「あぁ、まぁずっと無茶してたし、さすがに疲れたよなぁ」
迅さんもいよいよ足を止めてしまって、私は申し訳なさからももう一度踏ん張ろうと気合をいれる。が、体力も気力も尽きてへとへとだ。
ちょっとだけ休憩させてくれない、かな。なんて思っていたら、遊真くんは「ふむ」と唸りつつも――すぐに私を抱きかかえてくれて。
「よし、行こう迅さん」
「おう」
私はそのまま遊真くんに運んでもらった。まるで、初めて出会ったあの日のように。
*
玉狛支部について、私はそうそうに遊真くんの部屋へと連れていかれた。遊真くんが水だけは持ってきてくれたので、飲んだあとはベッドをお借りしてこんこんと眠る。
何度目かの眠りから覚めた後で、気づけば遊真くんの部屋に餌皿まで持ってきてあった。ドライフードをカリカリと頬張り、水を飲み、また眠る。私はしばらくの間ずっと飲むか食べるか眠るかばかりで時間を過ごした。
そうしていよいよ、疲れもとれて意識もさっぱりとした目覚めのあと。部屋の扉はわずかに開いていて、私は隙間を通って部屋から出ていく。
どれくらい時間が経ったのだろうか。外は明るいから朝か昼ではあるのだろうが、だとしたら皆は出かけているだろうか。誰かいないかと、私はおずおずと食堂へ。
「……お、久々に下りてきたな」
いたのは、おやつを食べながら寛ぐ遊真くんと栞ちゃん、それから小南先輩というメンバーだ。栞ちゃんがひどく疲れた様子で「リア〜」と呼ぶので、私はとりあえず栞ちゃんの足元へ。
「リア〜〜は〜〜〜〜もふもふだね〜〜〜〜」
「ちょっと、リアが怖がるでしょ」
「悪いなリア。栞ちゃんには頑張ってもらってるから、ちょっと疲れてるんだ」
頭から首からお腹まで撫でまわし、頬を擦りよせ、肉球をふにふにしてしっぽを指先で絡めて……と私の全身で癒されようと全力の栞ちゃん。私としても、レプリカのために頑張ってくれている栞ちゃんにお礼ができるならと大人しくそれらを受け入れる。
若干呆れたように眺めていた小南先輩だったけど、ふいに「あら?」と首を傾げた。
「リア、首輪なくしたの?」
「……あ、どうりで首元がもふもふしてると思った」
小南先輩の言葉に、我に返ったように反応する栞ちゃん。あぁ、そういえばそうだったな……と思っていると、遊真くんも思い出したように「そういえば」と呟く。
「部屋に落ちてたな。ちょっと持ってくる」
手に持っていたおやつをひと口で頬張りきったと思えば、遊真くんはすっくと立ち上がり食堂を出ていった。そうしてまた小南先輩に撫でられたり栞ちゃんに肉球をもふもふされている間に、遊真くんは壊れた首輪を手に食堂へと戻ってくる。
住所の書かれた面を上にして、机の上に置かれたそれ。もちろん小南先輩も栞ちゃんもそれに気づいたようで、住所を見て驚いたように目を見開く。
「――ちょっと、リアには別の飼い主がいるの!?」
「たぶん」
「え? 遊真くんの猫じゃないの?」
「拾ったのはおれだよ。向こうで拾ったけど、どうやって迷い込んだんだろうな」
どうやって、なんてこっちが聞きたいくらいだ。というか本当なら、どうして私は猫になったんだろうね? というとこから不思議なのだから。
遊真くんは小南先輩と栞ちゃんに説明するように話しながらも、視線は私へと向けている。
「大規模侵攻の日だったな。リアの家が警戒区域にあった、リアが行きたそうにしてるっていうからレプリカに任せたんだ」
「リア!? あんた警戒区域に入ったの!?」
小南先輩の鋭い視線が刺さる。ぐ、と首をすくめていると、怒ろうとしたらしい小南先輩を栞ちゃんが「まぁまぁ」と諫めてくれる。
「今回の戦果報告会の記録見たけど……この辺り、たぶんなにも残ってないんじゃないかな」
「え、そうなの?」
「たぶん……。まぁだから、よくはないけど……大規模侵攻の日が家に帰れる最後のチャンスだったんだね」
栞ちゃんはまるで自分のことのように寂しい表情で私の頭を撫でてくれる。大変な目にあったとはいえ、結果としては栞ちゃんの言うとおりなので私は大人しく座ったままだ。小南先輩も思うところがあったのか、怒りを収めたようでふぅと息をついている。
そうして場が落ち着いた頃、遊真くんは静かに私に問うのだ。
「で、どうだったんだ?」
様子を伺うような言葉。けれど少なからず、私の意志を問うような気配も感じる。家がどうだったのか、などの詳細までは遊真くんに伝わっていないのか。あるいは知っていて、その上で私はどうしたいのかを確かめているのか。
少なくとも今の私に言えることは、あそこが見知らぬ他人の家だということ。
だって私は、今はもう記憶がおぼろげではあるが人間だったはずなのだ。それがどうしてだか猫になり、遊真くんに名付けてもらった『リア』として今を生きているだけの。だから私は誰かに飼われていた、なんてことあるはずがないのだ。
――だとしたら、この首輪はなんという名前の猫のものだったんだろう?