オリジナルトリガー
「猫用のトリガーを作れだぁ!? 寝ぼけておるのか、迅」

 鬼怒田さんの大声がラボ内に響いて、何人かのエンジニアがちらちらとこちらを気にしている。
 事の発端は迅さんが、遊真くんと私をボーダー本部に連れてきたことだった。修くんが無事に目覚めたので、遊真くんはあと数日以内にB級に上がりたい。だからランク戦でポイントを稼ぐためにボーダー本部に行きたい。それならついでに私の件にも着手しよう、ということで善は急げと言わんばかりに連れてこられたのだ。

「大体、オリジナルトリガーなんてどれほど苦労すると思っておる! 猫になんかトリガーくれてやったところで宝の持ち腐れだろうが!」
「よ〜しリア、玉狛にあった訓練用トリガー貸してやるから、ちょっと見せてやってくれ」

 かっかする鬼怒田さんの怒声を聞き流しながら、迅さんは私の前にトリガーを置く。私は眼前におかれたトリガーに手をかけ、『トリガー起動』と鳴いた。あっという間にスキャンがはじまり、私は換装を終えた姿で鬼怒田さんに向き合う。

「……わしは夢でも見ておるのか」
「驚くことに現実なんだな〜、これが」

 しん、と静まり返ったラボ。その後すぐに周囲にいた研究員がわっと集まってきた。

「ちょ、今確かに起動したわね!? ちょっと、このトリオン体の解析! 急いで!」
「君の猫なのかな? ちょっと借りるよ」
「奥から換装体のデータ測定セット持ってきて! はやく!!」

 猫が換装したということで、ラボ内はてんやわんやだ。鬼怒田さんがラボ員に「静かにやれ!」と一喝して……え、静かにしろってだけ? やるなとは言わないんだ?

「おい空閑、解析をさせてもらう。ここでやるから、構わんな?」
「いいよ。まぁ、あんまリアが嫌がることはしないでやってくれ」
「ふん」

 遊真くんの要望に鬼怒田さんは軽く鼻を鳴らす。けれどすぐに研究員に「無理はさせるな! 負荷をかけるなよ!」と一喝していたので受け入れてはくれたらしい。
 私はなにやら機械の上に乗せられた。そうして幾つもの光線が私をスキャンするかのように何度も身体中を滑っていく。研究員はあれは、これはと互いに意見を出し合い、その都度何かのデータを取り、記録をしての繰り返しだ。

「……で、猫用のトリガーを作れというのは空閑の要望か」
「うん。いくらで作ってくれる?」
「…………金より、こちらから条件を設けたい」

 鬼怒田さんの声がやけに低く響く。鬼怒田さんはちらりと私を一瞥して、すぐに遊真くんに向き合った。

「トリガーが使える動物がいる、という記録は非常に貴重だ。しかしここはボーダー開発室で、隊員が使用するトリガーの研究・開発が主だ。猫の研究に割いている時間はない。そこで、だ」

 ――なんとなく、内容を察してしまう。

「ボーダーと提携している大学にトリオンの研究を行っておる研究室がある。そこで動物とトリオンについての研究を進めるべくこの猫を借りたい。協力してもらえるなら、研究費から費用を出す」
「ほう」
「あ〜、鬼怒田さん。いちおうレプリカ先生が用意してたトリガーの設計図があるんだ。ちょっと見てみてくんない?」

 迅さんがそう言って記録媒体を差し出すので、受け取った鬼怒田さんはサクサクとそのデータを確認しはじめる。
 そうしている内に私のデータをいろいろとっていた研究員たちの興味もいったんは落ち着いたのだろう。一人から「もういいよ〜」なんて声がかけられて、研究台から床へと戻された。やはりある程度の実験動物扱いはされるものだなぁ、と思いつつも一息つく。

 遊真くんの足元に戻って『トリガー停止』。換装を解けば、見守っていたらしい研究員から「おぉ」と感嘆の声が漏れた。同時に、鬼怒田さんも私を一瞥。設計図が表示されているのだろうディスプレイと私とを交互に見比べ、唸りつつまた空閑くんに話を切り出す。

「おそらく、これよりはもう少し小型化が可能だ。重ければ猫の身体には負担だろう、対策も必要だな」
「作るのにどれくらいかかる?」
「……なるべく早くする。というより奴らはもうやる気満々のようだからな」

 鬼怒田さんがそう言って、ちらりと後ろを振り返る。さっき私のデータを様々とっていた研究員の一人が、「室長! 大学にアポとっときますね!」だとか「今とったデータまとめて、大学提出用の資料まとめときます」だとかで楽しそうだ。
 鬼怒田さんは「先にトリガーの作成を進める! 設計図の洗い出しと小型化のための再設計からだ!」とまた一喝した。研究員は「はい!」と元気に返事をしたかと思えば、「はやく設計図のデータください!」なんて鬼怒田さんに催促する始末。

「……すごい勢いだな。いつもこんななのか?」
「ここしばらく、研究員も気が滅入っていた。いい気晴らしになるだろう」

 鬼怒田さんはそう呟いて研究員を眺める。それぞれに大規模侵攻に想うところがあるということだろう。それにしたって、猫用トリガーにこれほど好反応があるとは思っていなかった。

「鬼怒田さん、城戸さんに許可は取らなくていいの? 遊真の猫にトリガー与えるなんて決めちゃって大丈夫?」
「確認は取るが、なんとしても許可を取るわい。こんな前代未聞のこと、研究者として放ってはおけん。……あぁ、しかし空閑」
「なに?」

 鬼怒田さんは最初とは打って変わって真摯な姿勢だ。おそらく意味不明な提案をする面倒なヤツから、研究の協力者くらいにまで認識が格上げされたんだろう。

「ボーダーで作るトリガーは、すべてボーダーの管理下におかれる。使用記録や移動記録はボーダーに残るから、そのつもりでいろ」
「りょうかい」

 そういえば、ボーダーのトリガーって場所とかがわかるようになってたんだっけ。遊真くんの希望とも合致しているからか、間髪入れずに頷く遊真くん。確認も終わったことだし、これから本格的に作成開始となるだろう。
 一部始終を見守っていた迅さんはふいにしゃがみ込み、私の頭を撫でくりまわす。

「よかったな〜リア。トリガーがあれば、おまえも本部を自由に出入りできるぞ」

 なんだかまるで、私までボーダーの一員になった気分だ。嬉しくて(ありがとう)と鳴けば、迅さんもにっこり笑ってくれた。




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ねこてん!

 

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