平和と見間違うような
 よくわからないまま始まった私の猫生は、遊真くんに餌をもらって遊真くんの部屋で過ごすという環境に落ち着きつつある。そんな私の一日はまず、遊真くんを見送ることからはじまる。
 
「じゃあ、いってくるからな」

 部屋の扉の前で声をかけてくれる遊真くんの足元に擦り寄って、にゃぁんと一鳴き。遊真くんは少しだけ頬を緩めてからしゃがみ込み、私の頭を撫でくりまわす。そうして「いい子にしてるんだぞ」と言ってから立ち上がり、遊真くんは今日も戦地へと赴く。

(いってらっしゃい、気をつけて!)

 カルワリアは戦争中なのだから、物資も限られているだろうことは想像がつく。けれど遊真くんにはじまり有吾さんやライモンドさん一家は、嫌な顔一つせず私の面倒を見てくれている。たくさん可愛がってくれる。
 そんな彼らに私にできることはなんだろうか? 働かざる者食うべからず。ならば猫である私にできる働きといえば――愛嬌を振る舞うことではないか。だって猫かわいいし。かわいいは正義。正義こそパワー。
 つまり、朝はふんだんに愛嬌を振舞って遊真くんを見送るのが私の仕事だ。そうして無事に見送れば、今度はぷかりと分身レプリカが動きだすのですぐに次の仕事がはじまる。

『ではリア。今日もはじめようか』
(お願いします)

 タイミングよくにゃぁんと鳴くことにレプリカも満足げに見える。いやまぁ、そう見えるというだけだけれど。
 遊真くんがいない間のお世話役兼遊び相手として、分身レプリカが一体だけ部屋に残されている。身体にはちょっとだけ不格好に結びつけられたリボン。その先には、遊真くんがイズカちゃんに譲ってもらったお古の髪飾りがついている。わたあめみたいな、ふわふわのそれは言うなればまるで――

『では行くぞ』

 言うが早いか、分身レプリカはその小さな身体を思い切り急上昇させる。当然レプリカから垂れ下がるリボン、その先についた髪飾りもふわりと浮いて――身体が反応する。
 本能的に後ろ足を跳ねさせ髪飾りに飛び掛かるが、レプリカの方が一枚上手だ。前足がギリギリ掠めたところで逃げられてしまったが、私の目は髪飾りに釘付けのまま。宙を浮く髪飾りはゆらゆらと左右に揺れながらもじわじわ下りてくるので、私はまたタイミングを伺う。

『うむ、これはどうだろうか』

 つまり、レプリカは即席猫じゃらしで私と遊んでくれるのだ。闘牛を相手にするかのようにリボンを踊らせるレプリカは、さながらマタドールのよう。緩急つけてふわふわと揺れ、浮き、沈み、翻弄されるがままにじゃれて運動する。

『今日はこのくらいにしておこう』
(ありがとうございました!)

 さて、適度に遊んでもらったら次は、ベランダ近くを陣取って日光浴。猫の日光浴は栄養補給にも必要らしいし、なによりお日さまの香りがする猫っていいじゃない? つまり、これも大事な仕事。適度にぽかぽかしたら毛づくろいもすませておく。遊真くんを出迎えるまでに身ぎれいにしておきたいし。
 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、気づけば窓の向こうは夕暮れ色の空に変わっていた。窓の端には風で漂ってきたらしい黒煙も見える。どうやら今日はずいぶんと戦いが長引いているようだ。
 ふと、ばたばたとした足音が廊下に響いてきた。これほど元気な足音はおそらくヴィッターノくんだろう。私はゆるりと瞼を上げて、開くだろう扉を見つめて待つ。

「リア、えさだぞ!」

 開いた扉の向こうには、餌皿を持ったヴィッターノくん。その後ろから顔を覗かせたのは、水皿を持ったイズカちゃん。二人揃って世話をしにきてくれたということは、つまりそういうことだ。

「まだ敵が退いてないみたい。だから、頼まれてたエサ持ってきたよ」

 ありがとう、と鳴けばイズカちゃんはにっこり笑顔。ヴィッターノくんは待ちきれないとばかりに私の前にしゃがみこむと、鼻先に押し付けるような勢いで餌皿を置いてくれる。

「どうだ? うまいぞ?」

 ヴィッターノくんのキラキラとした目にちょっとだけ気後れするが、すぐそこにある餌を無視するつもりもなく。かぶりつけば小さく「おぉ」と感嘆の声が聞こえてくるので、視線を感じながらも心を無にして餌を食べていく。

「ごはんの間は触っちゃダメよ」
「わかってるよ」

 イズカちゃんが釘を刺し、ヴィッターノくんも返事はする。けれど視線は私に釘付けで、ご飯を食べ終わったらすぐにでも抱きかかえられそうだ。これは期待に応えるべく、私も急いでご飯を食べ終えねば。
 そう思っていたが響いたのは、また誰かの足音だった。

「おぉ、間に合ったかと思ったんだがな」
「ユーマ!」
「ユーマ、おかえり」

 無事に帰ってきたらしい遊真くん。有吾さんの姿が見えないが、間に合ったというからには先に戻ってきてくれたのかも。
 遊真くんは驚いた二人に応えるように「ただいま」と返事をしつつ、餌を食べる私を一瞥。ユーマくんはふっと頬を緩めると、ヴィッターノくんとイズカちゃんを見やる。

「どうせヴィッターノが、リアの面倒をみたいって聞かなかったんだろ」
「そうなの! もう、うるさくて大変だったんだから」
「なんだよ、姉ちゃんだって楽しみだって言ってたじゃんか」

 賑やかな三人をよそに一人……いや、一匹黙々とご飯を食べ続ける。
 遊真くんは私が知っているより、どこか幼く可愛らしい面が多い。イズカちゃんとヴィッターノくんと一緒の時は特に年相応といった雰囲気だ。今も楽しそうにしている遊真くんはとても新鮮。
 一方のレプリカは普段ほとんど姿を見せない。遊真くんと話している時以外だと、私と遊んでくれる分身レプリカくらいしか見ていない気がする。もしかして、イズカちゃんとヴィッターノくんには姿を見せていないのかもしれない。
 
「――お、食べ終わったか」
「じゃあだっこ! だっこする!」
「ねぇユーマ、お父さん達が帰ってくるまでいいでしょう?」
「いいよ。親父もさっき報告に行ったばっかだし、しばらくかかるだろ」

 遊真くんの快諾を受けて、さっそくと言わんばかりに私を持ち上げるヴィッターノくん。隣にいたイズカちゃんがすかさずフォローし、ヴィッターノくんが抱えられるように手伝ってくれた。
 そうして落ち着いたヴィッターノくんの腕の中、丸まったままにゃぁんと鳴く。ヴィッターノくんは満面の笑みで私を見下ろしている。

「リアはきょうもいいにおいだな〜」

 そうでしょうとも、よくぞ言ってくださいました! 毛づくろいと日光浴のたまものですから、どうぞご堪能あれ!
 なんて私の自慢は、にゃんにゃーんと甘ったるい鳴き声に。人間の感覚で返事をしてしまうと自然に鳴いてしまうらしい。けれどまぁ、それはそれでみんな喜んでくれるので問題なし。しばらくは代わる代わる抱っこされ、撫でられ、たくさんに構ってもらう。
 有吾さんもライモンドさんもいっこうに現れない。けれど陽が落ちたからなのか、しばらく遊べばイズカちゃんが「さてと」と切り上げた。察したらしいヴィッターノくんもそれに倣う。

「私たちは戻るね。おやすみ、ユーマ」
「リアもまたあした!」
「おう、また明日な」

 そうして二人が戻っていけば途端に部屋はしんとなる。
 ふぅと息をついた遊真くんは、なにとはなく洗面所の方へ歩いていった。シャワーでも浴びるのだろう。私は部屋の隅で再び毛づくろいをしつつ時間が過ぎるのを待つ。
 しばらくしてホカホカ湯気を纏いながら出てきた遊真くんはすっかりと寛いだ部屋着に着替えていた。そのまま寝る支度やら片付けを済ませたらしい遊真くんは、部屋の灯りを消してベッドへと入る。それから枕元に下りてきたレプリカに声をかけて。

「夜は頼んだぞ」
『承知している』

 わざわざ遊真くんが声をかけるのはつまり、夜中の面倒は頼んだぞという意味だ。夜に必要な世話が特別あるわけではないのだけど、遊真くんは必ずそうやって声をかける。
 なぜなら今の遊真くんは――それが当たり前ではあるのだけれど――夜になれば眠るわけで。
 
「……じゃあおやすみ、レプリカ、リア」
『うむ』

 レプリカの後に続けたおやすみなさい、の挨拶はちょっとだけ控えめなにゃぁん、の声になる。
 これで私の一日もおしまいだ。あとは待機しているレプリカの傍で身体を丸めつつ私も眠るだけ。私が見る世界はあまりに平穏すぎて、今が戦争中だなんて信じられないほど。私は明日も自分の仕事を頑張ろうと、気合を入れつつ休むのだった。




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ねこてん!

 

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