闇の中から忍び寄る未来
 よくわからないまま始まったカルワリアでの猫生で、なにより感慨深いのは遊真くんが寝ている姿を見ることだ。
 まさか、遊真くんの寝顔を見ることができるとは思っていなかった。黒髪の遊真くんは今もすぅすぅと寝息を立て、布団はゆるゆると上下に揺れている。しばらく眺めていればふいにごそごそと布ずれの音が響き、きしりと微かにきしんだ音と一緒に寝返りを打つ。

(……どんな夢を見てるんだろう)

 心の内に留めておくつもりだったのが、にゃあ、と小さな鳴き声を響かせてしまった。レプリカが少しだけこちらを見たようで、けれど反応を示さないまま夜は更けていく。
 私の世話を言いつけられているから、レプリカは寝台の傍に落ち着いたまま。私はその傍に擦り寄って、レプリカと同じように遊真くんの寝顔を見下ろす。

 うつらうつらとしていた頃、ふいに音もなく光の筋が部屋へと差し込んできた。なにかと振り返れば、僅かに開いた扉の向こうから有吾さんの顔が覗いている。

「……やっぱり、もう寝てたか」

 有吾さんの囁き声に、私はおそるおそる棚を下りて扉のほうへ。一連の動作が出たがっていると見えたのか、有吾さんはじいっと私を見下ろして様子を伺う。扉が開かれたままなので、私はするりと隙間を通り抜けて有吾さんの足元へ寄ってみた。

「なんだ、珍しいな。いつもは遊真にべったりなのに」

 そう言ってくすぐったそうに笑う有吾さん。それから「腹でも減ったのか?」と聞かれたので、にゃあんと答えてみる。
 猫の返事をどう受け取ったのかはわからないけど、有吾さんはゆっくりと歩き出した。その後に続けば、有吾さんは私を蹴り飛ばさないよう注意を払いながら進んでいく。

 とある扉の前に着くと、有吾さんは急に私を抱えあげた。連れられて入った先はどうやら兵士たちの休息所らしき部屋だ。簡素な机と椅子が何組か並んでいて、それぞれで武器を手入れしていたり、なにか打ち合わせをしたり、隅のほうでは酒盛りまで行われている様子が伺える。
 そう人でごった返しているからこそ、有吾さんは私を抱えてくれたらしい。他の兵士を避けて踏み入った先には、ジョッキを穏やかに傾けるライモンドさんが待っていた。

「なんだ、寝てたか」
「あぁ。まぁ仕方ない」

 ライモンドさんは少しだけ軍服を寛げていて、机の上を見るに軽食を摂っていたようだ。……というより酒盛りだろうか。有吾さんが飲みかけ食べかけの食器が置いてある席になんの抵抗もなく座ったあたり、元々一緒に飲んでいたのかもしれない。

「それで、代わりのお客さんか」
「なかなか華があっていいだろう?」

 有吾さんは話しながら、適当な皿につまみを一つ乗せて机に置いた。私をその前に下ろすや否や「それ以外はやらんぞ」と一言。魚の干し物に見えるけど、私が食べられるものかな。まぁ大丈夫だろうと、素直にそれに食いつく。

「……どう見る、ユーゴ」

 唐突に、ライモンドさんの低い声が響いて聞こえた。何事かと驚くより先に、有吾さんもまた低い声で答える。

「少し毛色の違う奴が増えたな」
「あぁ……。今調べさせているが、おそらく」
「……こいつが来たのも、そこから迷い込んでのことかもしれんな」

 有吾さんが呟く、その視線が私へと向かう。思わずびくりと震えてしまうが、有吾さんはすぐに表情を緩めて私を一撫でしてくれた。
 一方でライモンドさんの表情は晴れない。思いつめたような表情でぼそぼそと会話を続ける。

「どういった戦力が加わったのかはまだ掴めていないが……」
「無理はさせるな、ライモンド。情報はあるに越したことはないが、深追いさせるのは危険だ」

 なんだかずいぶんと深刻そうな雰囲気だ。そして『私が来た』のは『そこ』から迷い込んで、とは――
 ふと思い出した、『敵が他所の国から刺客を雇った』という台詞。
 もしかして、有吾さんたちは『敵が他所の国となんらかの繋がりを持った』ために生じるゲートから、私が迷い込んできたのだと推測しているのだろうか。近界では星と星を繋ぐのはゲートのはずだし、この星にいるはずもない私(という猫)がいることは敵国の情勢を疑う理由にもなり得る、と。

「この先も防衛戦は続くだろう。焦ると一気に持っていかれるぞ」
「……わかっている。すまない、わざわざ留まってくれているというのに」
「気にするな。半人前のあいつに実戦経験を積ませてもらえるのは助かるしな」

 そこから先は段々と声色も明るくなり、会話の内容も他愛のないものとなったので息をつく。合間合間でイズカちゃんやヴィッターノくん、遊真くんも話題に出るあたり、父親同士の酒盛りというのも楽しいのだろう。

「しかし猫というのは可愛いものだな」

 ふと、話題を向けられてびくりと反応してしまった。顔を上げれば今度はライモンドさんが私の頭をゆるりと撫でる。

「イズカチャもヴィッターノも、毎日のように今日はなにをしたか自慢げに話してくれる」
「遊真も、あぁ見えて可愛がってるみたいだ。楽しそうでなによりだよ」

 二人の反応を見るに、愛嬌と癒しを振りまく猫という仕事は案外うまくいっているらしい。よかった、と安堵に漏れた言葉はにゃ〜ん、と間延びした鳴き声になる。
 そんな私を見て、ライモンドさんも有吾さんも頬を緩ませている。さすがは猫。猫の可愛さには人類みんな勝てないんじゃないか。だって今度はライモンドさんが、お皿から肴を一切れ譲ってくれるくらいだし。
 もらった肴に喜んで食いついていると、有吾さんは目を細めながらも呟く。

「……賢い猫だ。人に慣れてるのが不思議だったが、こいつはそうやって餌をもらいながら生き延びてきたのかもしれんな」

 ちょっとだけ、どきりとした。私の打算的な考えが見抜かれているような気がしたから。
 そしてライモンドさんは、まるでそれを笑い飛ばすかのようにして口を開く。

「最初は刺客の可能性も捨てきれない、なんて考えてたがな」
「動物は読めないからなぁ……」
「さすがに、猫の嘘がわかるわけもなかったか」
(……あ)

 にゃ、と間抜けな鳴き声は、けれど特に気に留められることもなく消えていく。
 そうか、今は有吾さんが『嘘を見抜くサイドエフェクト』を持っているんだ。遊真くんはお父さんが持っていたサイドエフェクトを受け継ぐのだから。
 なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう。『嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ遊真くん』の印象が強くて、今それを持つのは有吾さんだという所まで気が回らなかった。

 読めない、と言うからには私の鳴き声に反応したりはしなかったのか。そもそも猫を相手に「お前は刺客か?」なんて真面目に聞きやしないだろうし、聞かれたとして刺客ではないと自信を持って言えるので嘘にはならない……はず。

「遊真もなにも言ってこないし、問題なさそうだ」
「取り越し苦労だったな」

 ライモンドさんのからかうような声に、有吾さんは苦笑いで応える。それから二人酒を煽り、楽しそうに酒盛りを続けていくのでほっと息をつく。
 目の前の光景に自然と、私が知っている遊真くんと修くんの姿を重ねてしまった。友人同士……いや、あるいは相棒と呼ぶべきなのか。信頼しあっている雰囲気に、その場にいる私まで不思議と安心してしまうような。

 そして同時に、いつか遊真くんが『嘘を見抜く』サイドエフェクトを受け継ぐ日を思う。意味するところは、つまり――

「さて、そろそろお開きにするか」
「そうだな。明日も忙しいぞ」

 二人はそう言って席を立ち、ゆるりと片付けをはじめた。私は終わるまで待とうと、机の上に丸まって考える。
 これから私の知る通りに世界が進むのなら、必ずやってくるだろう『その日』。私から見えるカルワリアはあまりに平和だったから、いつの間にやら私の頭の中から消えていた未来。
 訪れてほしくない気持ちと、けれど、待ち受けるのだろうその未来への覚悟を決めなければという気持ちが混ざり合う。きっと『その日』はそう遠くないという予感がした。




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ねこてん!

 

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