お別れ、進んでしまった日
 その日の遊真くんは、いつも通りに部屋を出ていったのにもかかわらず、少しして部屋に戻ってきた。つまらなそうな表情を浮かべたまま乱暴にベッドに腰を下ろした遊真くん。レプリカの『訓練場に行かないか』という誘いにも「あとでな」とつっけんどんな返事をしている。
 傍からみたら拗ねているような雰囲気。どうしたのかと疑問には思うけど、遊真くんはふてくされて口数が少なく、レプリカも声をかけることなく。そうなると状況がわからなくて、私はおずおずと遊真くんの足元に擦り寄ってみる。

「……よし、とりあえず城壁で待ってるか」
『いいのか』
「砦の外ではないだろ」

 遊真くんはすっくと立ち上がると私の頭を軽く撫でた。そうして「待ってろよ」と言いおいて、レプリカと一緒に部屋を出ていく。
 私はその背中を見送りつつ考える。なんだか様子が妙だった。いつもだったら付近の警戒を行ったり、索敵部隊からの報告を受けて準備を進めたりしていたのに。
 なにより遊真くんの『砦の外ではない』から『いい』というやり取り。

(……あれ)

 記憶の片隅になにかが引っ掛かり、思わずにゃ、と鳴き声がこぼれる。
 遊真くんの話から逆算すれば『砦の中でなければならない』ということだ。それと似たようなことを有吾さんから言いつけられたとしたら――
 


 少し前、今は有吾さんがサイドエフェクトを持っているのだと『思い出した』時と、ようやくこれから先を『思い出した』時と。合わせてようやく、私は自分の記憶がおぼろげになっていることに気づいた。
 どうしてもっと早く思い出せなかったのだろうか、と悔やむ気持ちも少なからずある。けれどここはトリオンというエネルギーを用いたトリガー、つまりは私の生きた世界から見たらオーバーテクノロジーが存在する場所。ただの猫にできることはあるだろうか、とも思ってしまう。

 いずれにせよ、私にはもう受け入れるしか選択肢が残されていなかった。日が暮れてしばらくしても戻らない遊真くんたちを待つ、過ぎるだけの時間を。遊真くんのベッドの上でただ待つしかできない今の――猫という――私を。
 そうして明かりのない部屋で待ち続けてどれくらいたったか。ようやく、部屋の扉が静かに開く。

「……あぁ、リアか」

 現れた遊真くんは馴染み深い白髪へと変わっていた。私のよく知る少年の姿。けれど表情はひどく疲れていて、意気消沈している姿を見るのは初めてだ。
 ただただ心が痛い。遊真くんの悲しむ姿を見たくはなかった。せめてもの償いのように私は、ごめんね、と呟く。もちろん響くのはにゃん、と小さな鳴き声だけだけど。
 遊真くんは私をしばらく眺めて、それからベッドへと歩み寄った。座って、靴を脱いで。それからぼふりとベッドに身体を投げ出す。

「……つかれたな」

 小さな呟き。それから、ゆるりと目を閉じて、静かに呼吸を繰り返す。
 遊真くんはこれから先ずっと眠れない夜を過ごすのだろう。このあと確か五日間、遊真くんは眠ろうと試行錯誤するはず。それでも眠れなくて、だから、それ以降は夜の暇な時間にレプリカと一緒に戦術の復習をすることになるのだ。
 それまで遊真くんはこうして一人で、ベッドに横になるのだろうか。

 私はベッドに寝そべった遊真くんに寄り添うようにして丸まった。猫ならば、一緒に寝てもいいだろう。レプリカはきっともうブラックトリガーの中で休んでいるはずだ。だから一人で横になる遊真くんと一緒に寝ようって、猫なら思ってもいいだろう。
 擦り寄ったことで、力なく投げ出された遊真くんの両腕がピクリと動いた。けれど遊真くんは寝転がったままだ。有吾さんのように頭を撫でてあげることもできない身体だから、私はただ傍にいるだけ。
 少しして、遊真くんが小さく呟く。

「……親父が、死んだんだ」

 うん、と頷いたつもりだった。にゃん、と小さな鳴き声が続けて部屋に響く。

「…………明日から、親父のぶんまで戦わないとな」

 悲しい、と思った。遊真くんの静かな凛とした声が、途方もなく悲しかったのだ。
 遊真くんはお父さんの死を悲しむ暇もなかったのだろうか。確かに遊真くんの言う通り、明日も戦争は続くのだろう。私はそうと知ってしまっている。戦わなければいけないのだろうこともわかってはいるつもりだ。
 それでも。死んでしまった、と呟く遊真くんが次に、戦うことを考えなければいけないなんて。ここにいるのは猫なのだ。今くらい悲しいと思ってもいいのに。寂しいと、言ってもいいのに。

「……おまえは帰らなくていいのか」

 遊真くんは気だるげに腕を持ち上げ、私の頭を優しく撫でる。それから指先が滑り下りて首元へ。なにかを引っ張られる感覚に、今頃になって私は着けている首輪の存在を思い出す。
 誰かの飼い猫だった証。だからこそ遊真くんは、まるで私に待っている家族がいるんじゃないかと、そんな風に声をかけてくれるのだろう。

 私は人間だったはず、だと思う。それから、遊真くんたちを知っていたと思う。けれどおぼろげな記憶が度々思い出される度に、いつか私の飼い主のことも思い出すのかな、なんて不安も過ぎる。
 でもそれは少なくとも『今』じゃない。ならば何者でもない私にとっては、遊真くんとレプリカと、ヴィッターノくんやイズカちゃん、面倒を見てくれるみんなが世界のすべてだ。だから。

(……ここにいるよ)

 強く宣言したつもりだったけれど、思いの外寂し気な鳴き声に変わった。それでも、だから傍にいるよ、と思いを込めて私は遊真くんの胸元へと擦り寄る。

「…………やわらかくてあったかいな、リアは」

 遊真くんはそう言って、私に寄り添ったままだった。私も夜が明けるまでそばにい続けた。せめて少しでも慰めになればと願いながら。




[6/27]

 

ねこてん!

 

ALICE+