黒から白へ
 あれから遊真くんの顔つきが変わってしまった。そして悲しいことに、私にはそのほうが見慣れている感じがした。きっと――私が人間だった頃に――初めて出会った遊真くんとよく似ていたからだ。
 ヴィッターノくんやイズカちゃん、ライモンドさんといる時は以前と変わらない表情をたまに見せてくれるのだけど、普段はどこか遠い大人のそれ。顔つきが幼いために、表情と雰囲気のちぐはぐさが不気味にも、神々しくも感じられる。
 そう見上げていれば、視線が気に障ったのかどこか冷たい視線が下りてくる。

「レプリカ」
『なんだ』

 呼ばれて続くのは、これもまた淡々としたレプリカの声。二人に見下ろされて圧迫感を覚えていれば、遊真くんは静かに問いかける。

「リアは、いつまでここにいるんだろうな」
『……餌がもらえる以上、追い出さない限りはここを離れることもないのではないか』

 レプリカの考えに同意したのか、あるいは思うところがあったのか。相槌一つ打たない遊真くんの考えは私にはわからない。
 有吾さんが亡くなってからも、遊真くんは当然のように餌も水もきちんと用意し続けてくれる。それがありがたくもあり、不安でもあった。
 だって遊真くんはまだ十一歳なのに。悲しくて辛い出来事のあとで、取り乱すことなく淡々と私の世話をし、戦闘をこなしていくのを見ると……いつか、どこかで張り詰めたものがちぎれてしまいそうだ。

『ユーマ』

 レプリカがふいに話を切り出す。鋭い声色に、遊真くんの眼光がすぐさまレプリカに向けられた。
 
『まだ遠いが、ゲートの反応があった。じき警鐘が鳴るだろう』
「りょーかい」

 ――ほんのわずか、遊真くんの口角が上がる。

「じゃあな、リア」

 今の遊真くんにとってはたぶん、戦うことが生き甲斐なのだろう。見ていて、そう感じる。敵が来た時だけは好戦的な笑みが口元に浮かぶから。
 それがいいことなのか私にはわからないけど、いつの間にか、私も敵襲の知らせがあるとほっとするようになっていた。本当なら恐ろしいもののはずなのに、知らせを聞いた遊真くんの瞳にはすっと光が宿るから。私はその瞬間に出くわす度に、悲しくも安堵してしまう。

(……行ってらっしゃい)

 遊真くんは軽い足取りで部屋を出ていった。向かう先は間違いなく戦場だというのに、だ。
 小さく響いた鳴き声は、遊真くんの背中に届いたのだろうか。習慣づいているのであろう、当然のように閉められた扉に阻まれたのだろうか。
 私はまた大人しく遊真くんの――ほとんど使うことのない――ベッドの上で丸まった。無事に帰ってきてくれるだろう。そう未来を知っていても拭えない不安を、自分のぬくもりで慰めながら。



「……ふむ」

 遊真くんは変わらず部屋に居座る私を見て、またなんとも言えない表情を見せる。
 おかえり、の鳴き声を響かせれば、遊真くんはわずかに目を細めた。ゆるりと歩いてきたと思えば、ふわり屈んで数度頭を撫でてくれる。

「……さて、レプリカ」
『うむ。では始めるとしよう』

 けれど、そんな至福の時もあっという間に終わってしまう。夜、しかも今日は既に敵襲があったとなれば、遊真くんのすることは決まったようなものだ。
 遊真くんは室内にある木製のデスクに地図を広げはじめた。等高線が引いてあるそれは、どうやらカルワリアの砦を中心とした付近の地図らしい。椅子に腰を下ろした遊真くんはレプリカと二人で、今日はここだったな、と指さして確認しながら話をはじめるのだ。

「――しかし、あれはやられたな。動きが妙だとは思ってたが、あれしか攻撃トリガー持ってないとは思ってなかった」
『うむ。相手を捕縛するのに特化したトリガーを主として攻めてくることから、何が考えられるだろうか?』
「……親父のブラックトリガーの対策を考えてるんだろうな」
『ブラックトリガーを相手にするのは分が悪い。大抵は、まともに戦うよりも違う手段で無効化することを考えるだろう』

 遊真くんが白い頭になってから日課となったレプリカとの勉強会。戦術の復習をしているということだったけど、聞いてみればそれは反省会にも似ている。
 開戦時の敵の動きから、後の展開は予測できたか。動きを見て自分は適切に迎え撃つことができていたか。相手のどんな戦術にハマってしまったか。その打開策は他にあったか。

「まぁ、新しいトリガーが手に入ったのはよかった」
『次からはこれをうまく使うことも考えなければな』

 お父さんのぶんまで戦わないと、と言っていた遊真くんはそう在ろうと日々戦い続けている。そして戦術を復習し、次の実戦に活かせるようにレプリカと相談しあう。遊真くんの笑顔は今、そのほとんどが戦いのそばにある。
 そうなると、私としては立つ瀬がなくなるのが悩ましいところだ。愛嬌と癒しを振りまく私という猫の仕事。けれど遊真くんを笑顔にさせてあげられない、さらには和んでももらえないとなると餌をもらっている身としては非常に居心地が悪い。

(……邪魔はしないからね)

 意味のない断りをいれて、私はそっと遊真くんに歩み寄る。遊真くんは微かに響いた私の鳴き声に見向きもしない。
 さすがに地図の上に乗るのは邪魔だろう。とはいえ足元に擦り寄るくらいじゃ、きっと気にも留めてもらえない。だとしたら私が向かうべきは、座っている遊真くんの膝の上。
 後ろ足で立って、前足を椅子にひっかける。それからちょっと勢いをつけて飛び乗り、デスクと遊真くんの膝の間へと潜り込んだ。

「……そういえば今日の戦いでもう一つ考えたんだが」

 少し間はあったものの、遊真くんは特に私の行動に意識を割くことはしなかった。だからだろうか、レプリカは私の様子を見ていたようだったのに、話題に出すことはなく遊真くんの話に耳を傾けている様子。
 今この時期の遊真くんの努力が、私の知っている未来で実を結んでいく。レプリカも言っていたように、これからも続く戦争で戦いつづけるからこそ遊真くんは強くなる。だから遊真くんは日本に行って活躍し、皆と一緒の目標に向かっていけるのだろう。
 けれど三年間は長い。そのうち、ほんのわずかくらいなら猫に癒される時間があっていいと思うのだ。私は遊真くんの膝の上で丸まりながらまどろむ。

「…………レプリカ。これ、どうしたらいいんだ」
『甘えているのだろう。そのままにしてやってはどうだ?』

 いよいよ痺れを切らしたらしい遊真くんの困惑した問いかけ。レプリカの声色は淡々としているけど、ちょっとだけ揶揄いを含んでいるようにも聞こえる。
 遊真くんはふぅ、と息をついてから私の身体をゆっくりと撫ではじめた。そのままレプリカと戦術の復習を続けるので、私は満足してまどろみながら夢に祈る。
 猫の毛並みのモフモフさと温もりで、少しでも遊真くんの張り詰めたものが緩みますように。せめてもの仕事をしながら、私はこれからの三年間に思いを馳せた。




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ねこてん!

 

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