そうして土日を挟んだ月曜日。明日は終業式か、なんて考えながらのんびりと登校してきた昇降口にて……なぜか、目の前には場違いな笑顔を浮かべる出水君が立ちはだかっている。
「おはよう、水沢」
「……おは、よう」
いつもだったら「はよ〜」くらいのテンションなのに、今日はやけに気合が入った朝の挨拶じゃないか。というか、若干目が据わってて怖いんだけど……。
私が上履きに履き替える間にも、出水君はじっとそこに立っている。さて教室に、と体を向ければ否応なく出水君に見下ろされるので、渋々と「なに……?」と伺う羽目に。
「今日の昼飯、屋上でどうだ?」
怖いお誘いに、ひくりと頬が引き攣った。模擬戦闘のこと、わりと根に持ってないかな。そう腰が引けていると、背後から誰かにぽん、と背中を叩かれる。
「仕事の話だし、ちょうどいいじゃん?」
……どうして米屋君まで? と、聞いたら逃げられなくなる。とはいえ前にも後ろにも逃げ場はなく、かといって昇降口という生徒が多く行き交うこの場所で『仕事』の話題を振るわけにもいかず。
「「な?」」
二人からの笑顔と眼差しの圧力に、私は渋々と首を縦に振った。たぶん、首を縦に振るまで脅し……いや、交渉が続きそうだし。私が頷いたからか、出水君は「逃げるなよ」とまで釘を指して、二人は何事もなかったかのように教室へ向かっていく。
しかし米屋君まで混ざってきたあたり、城戸司令から直々に下された箝口令はどうなったんだろう。模擬戦闘が終わったあと私が報告に上がるまで、出水君は多少話を聞いていたのかもしれないけど……と、ぐるぐる考えるほど憂鬱な気分だ。おかげで午前中の授業にまったく身が入らない。
気づけば、あっという間に昼休みの時間になってしまった。チャイムが鳴ると同時に授業の片付けをすませ、お昼ごはんを片手に私の席までやってくる出水君。
「ほら、行くぞ水沢」
「わかってるよ……」
私もお昼ごはんを片手に渋々立ち上がる。米屋君もやってきて、それじゃあ行くかと連れあって屋上へ。
十二月も終わりの寒い季節、人気の少ない屋上の隅にまとまって腰を下ろした。とりあえずお昼を……と私が手を動かしている間に、出水君も今日のお昼ごはんらしいコロッケパンの包装を破きながら話しはじめる。
「この前の模擬戦闘、それ自体が秘匿事項だって太刀川さんがすっかり忘れててさ」
「ずりーぞ、太刀川隊ばっか。三輪隊は?」
「任務の直前にこいつにも、水沢と戦うって話してたんだよな」
ポンコツか、と思わず失礼なツッコミが脳裏をよぎる。いや、腹黒って言われたのでお互い様ということにしておいて。まぁ、模擬戦闘を秘匿しておけ、なんてめったにない指令だからかな。でも太刀川さん、隊長なんだからしっかりしてください……。
お昼ごはんを口に運びつつ話に耳を傾ける。というか、そのあとに城戸司令に口止めされてたのは聞かなかったことになってるのかな。そう思ったのが顔に出ていたのか、出水君は「そんで」と話を続ける。
「バレてるついでに負けたって話はしたんだよ」
「A級一位がB級一人にやられるなんて、まぁおかしいじゃん? っつー話をしたいわけ」
米屋君がブラックトリガーとはっきり口にしないのは、箝口令への配慮なのだろう。出水君がどういう話をしたのかは知らないけど、二人の視線はわかるだろとでも言いたげだ。好奇心を隠そうともしないクラスメイトに肩を落とすほかない。
「……私にも秘匿義務があるんだけど……?」
「いーじゃん。もう知ってるんだし、クラスメイトのよしみでさぁ」
はぁ、と思わずため息が出てしまう。確かに、クラスメイトという縁もあって二人には助けてもらっているところが多い。特にボーダーにおいて貴重な、気が置けない知り合いでもある。少なくとも知られてしまったことを肯定するくらいはいいかと諦めることにする。
「まぁ、だいたいは想像のとおりだと思うけど」
「は〜〜? マジ、よく今まで隠してたな」
出水君は驚いたような様子でしみじみと私を眺めている。まさか、ボーダーでもパッとしないクラスメイトがブラックトリガーを隠し持っていた、なんて青天の霹靂なのだろう。
米屋君は実際に相対していないからか実感は薄いようで、「水沢ってオレより後にボーダー入ったんじゃなかったっけ?」なんてこぼしている。あまり話しすぎるのも……とお昼を食べて返事を濁せば、米屋君はさらに食いついてくる。
「なぁ、弾バカをキューブの海に沈めたってマジ?」
「やべーぞあれ。マジ死んだと思った」
「……そのわりに耐えてたよね?」
「まぁ、追加弾がギリギリ間に合ったのと、前の太刀川さんが壁になってた」
勢いよくコロッケパンを食べ終えた出水君は、満足気にフェンスへと背中を預けた。カシャン、と鳴る音に混じって「いやー、あれは綺麗だった〜」と感嘆の声。しかも、心なしか嬉しそうに。
隣で紙パックジュースをずずずと鳴らしていた米屋君は「さすが弾バカ」と笑う。本当に、自分を狙うトリオン弾幕を前にした記憶に対して、漏らす感想がそれだから凄いというほかない。さらには同じ射手として興味があるのか、私を試すように目を細めて伺う。
「おもしろいよな。たいした量も威力もない弾だったのに」
「……さすがに、そこまでは話せないけど」
「いーよ。ただ、まるでおれたちの攻撃を溜めて返したみたいだなって思っただけ」
――さすが遠征部隊に選ばれるだけはある、とため息が漏れた。
鬼怒田さんは私のブラックトリガーを『カウンター型』と称している。トリオンを吸収する機構、トリオンを貯蔵する機構、なんらかの要因で発動するトリオン弾を吐き出す機構。それらを総合評価すれば、出水君が言うような解釈になるのは妥当だろう。
戦闘に関してはどうにも鋭いんだよなぁ。その察しの良さと思考力を勉強にも生かせればと思うが、頷くわけにもいかないので、とぼけて返すほかない。
「どうなんだろうね?」
「はいはい、次はぜってー勝つ」
「なんだよ水沢も弾バカ族かよー」
私達の駆け引きに置いてけぼりだった米屋君が、つまらなそうに紙パックをぐしゃりと潰した。残念そうな口ぶりに、どうしたのか聞けば「迅さんの弟子って言ってただろ」とのこと。
「射手と見せかけて、実は剣最強! とかありそうじゃん?」
「んな漫画みてーな」
米屋君の楽しそうな発想に出水君がけたけたと笑う。とてもじゃないけどスコーピオンで戦えるような腕前じゃないし、そもそも「迅さんには基本的な身のこなしを教わっただけだよ」と補足しておく。
米屋君は「ふーん?」と不思議そうにしながらも納得したらしい。すると今度は「そんで?」と前のめりになって私に訪ねてきた。
「いつバトってくれるんだ?」
「……戦わずにすめば一番いいんだけどなぁ……」
あくまでブラックトリガーと戦ってみたい、という好奇心だけならいいのだけど。私としては、模擬であっても戦闘は避けられるなら避けたいものだ。なにかあってからでは困るから。
私がそう思ってしまうのも、ひとえに母親の教えの賜物なんだろう。奴らだって、私の命を狙ってこなければ戦うつもりはないのに、というのが本音だ。そんな私を見て米屋君が片眉を上げて笑う。
「なんだよ、つれないこと言うじゃん?」
「そーだ、勝ち逃げなんて許さね〜かんな」
出水君まで乗っかってきて、二人で茶々を入れてくる。厄介だな……と思いつつ、ようやく食べ終えたお昼を片付けていると、ふいに出水君が「そういえばさ」と話題を変える。
「おまえ、本気で戦う時って真顔なのな」
「……へ?」
「普段へらへらしてるから、逆にすげー迫力があった」
確かにこの前は、ブラックトリガーのことを考えると気が気でなくて集中していたとは思うけれど。無自覚だったそれに驚いていると、米屋君が「へぇえ」と相槌を打ちつつ、私を見やる。
「人畜無害そうな顔してるのはフリか?」
「……と、思うじゃん?」
なにを期待されているのか、口癖を真似てみれば「おお?」と二人が食いついてしまった。予想以上に興味津々な眼差しに気後れして「冗談だよ」と誤魔化しつつ。
「さすがに、やられっぱなしにはなれないでしょ」
「そりゃな」
「でもそれで返り討ちとか、かっけーよなー」
私達の会話に重ねるように予鈴が響いてきた。すっかり話し込んでしまったようで、もうすぐ午後の授業が始まる時間だ。
結局とりとめのない会話ばかりだったけど、満足できたのだろうか。二人はすっくと立ち上がって伸びをしつつ「戻るか〜」なんてぼやいている。そして真っ先に腰を上げた米屋君は「細かい事情は知らねーけどさ」と冬空を背にして笑った。
「バトる約束、覚えとけよ?」
「もう猫被りする必要ないからな、次は思いっきりやろーぜ」
続いた出水君も強気な笑みで私を見下ろす。好戦的な二人に思わず苦笑いで返せば、見なかったことにされたのか「さー行くべ」と、どちらからともなく音頭を取る。
私も慌てて腰を上げ、二人の背中を追いかけた。たいした話はできていないけれど、気にせず誘ってくれる二人に安堵する。
「次なんだっけ?」
「現国」
「まじか、オレ絶対寝るわ」
学校の話題に戻っていく中で一人、ぼうっと思考を巡らせる。全部を話せたわけではないけれど、それでも疚しさが軽くなったような心地だ。それでも残る、いいのだろうか、という疑問が頭をよぎった時、「べつに」と言う声が聞こえた気がしたのだ。
「……男の子って、そういうものかなぁ」
呟いた声が届いてしまったのか、出水君と米屋君が「どしたー?」とこちらを振り返る。授業開始も目前で、私は「なんでもない」と頭を振って教室への足を急がせた。