想定外のカミングアウト
 何事もなく放課後を迎え、今日はどうしようかと端末を開く。表示されたのは鬼怒田さんから『念のため計測に来い』とのメッセージだ。安定傾向にあるからと週末は休ませてもらったぶん、今日は現状を確認したほうがいいのだろう。
 ……と、別に届いている一件の未読メッセージが目についた。

『今日は来なさいよね』

 小南からの淡白な一言に、しまったと思うも後の祭りだ。頭の隅にはあったものの、模擬戦闘やら報告会やらで連絡も入れないまま約束を反故にしてしまった。既読もついてしまったことだし、素直に『了解』のスタンプを返す。
 そうと決まれば、まずは急いで本部へ。計測結果を確認した鬼怒田さんいわく、とりあえずは警戒を解いてよいだろうとのこと。これでしばらくは定期計測だけで済みそうだ。
 そうして玉狛支部へやってきたが、足を踏み入れた眼前に待ち構えるのは仁王立ちの小南だった。
 
「遅かったじゃない。また来ないのかと思ったわ」
「うぅ、ごめん……」

 待ちくたびれたと言わんばかりの表情に、私はおずおずと頭を下げる。ふん、と鼻を鳴らすも怒りを収めてくれたようで、小南は続けて「それで?」と首をかしげる。

「なんで来なかったのよ。あんた、そういう時は連絡くれるのに」
「それは……」
「城戸司令に捕まったんだよな、おれと一緒に」

 会話に混ざってきたのは迅さんだった。なんだ、今日はもう玉狛にいるのかと驚いたのも束の間、小南は「はぁ?!」と声を荒立てる。

「なによ、なんかやらかしたの?」
「……迅さんがいろいろ暗躍してたみたいでね……」
「えっ?」
「じーんー?」

 助け舟を出してもらったことだし、ここは沈んでもらおうと正直な理由を告げる。間違ったことは言ってないし、迅さんの動揺した視線も知らん顔。梯子を外されたと言わんばかりの迅さんを小南に任せて上へと向かう。
 そろそろ夕飯の時間だからか、次第にいい香りがしてきた。今日は夕飯をお願いしていないんだけど、どうしようか。相談しようと扉を開ければ、ちょうど夕飯の支度を手伝っていたらしい栞たちの姿があった。

「お、和音おつかれ〜」
「おつかれ。ね、今日の夕飯は……」
「今日は人数も多いから野菜炒めだ。水沢の分もある」

 死角にいたレイジさんの手には大皿がふたつ。それぞれレイジさんの肉肉肉野菜炒めがこんもりと乗っかっていて、今日はそんなに人数が多いのかと驚いてしまう。
 見渡せば、カウンター前のダイニングテーブルを拭いている三雲君がぺこりと頭を下げ、隣でお椀――お味噌汁かな?――を配膳する空閑君が「おつかれ」と手を振っている。「おつかれさま」と返しつつ、もういっぽうのローテーブルでは台を拭く栞と――

「えっと、はじめまして。雨取千佳です」
「あれ? 千佳ちゃんは和音と会ったことなかったんだっけ?」

 栞が驚いたように千佳ちゃんを見るが、私も驚きだ。この前の訓練の様子を見ていたから初対面という気がしなかった。私は応えるべく慌てて頭を下げる。

「こちらこそ、はじめまして。水沢和音です」
「和音は本部所属のB級ソロプレイヤーだよ〜」
「えっ? 玉狛の先輩じゃないんですか……?」

 千佳ちゃんの純真な眼差しにうっと言葉に詰まってしまう。本部所属の私が頻繁に玉狛支部へと足を運んでいる理由としては――

「水沢は一人だと飯を横着するからな」
「おれは何度か誘ってるんだけどね〜」

 レイジさんの指摘にぐうの音もでず、いつの間にか上がってきた迅さんの追撃にうなだれるしかない。
 実際のところ、ひとりでの食事が面倒だというのはそう。それに玉狛での食事は本部の食堂とも違う、誰かと食卓を囲む温かさがある。それが恋しくて来てしまうという本音は恥ずかしくて言えないし、迅さんにいくら誘われても玉狛支部に転任なんて――ブラックトリガーがあるかぎり――できようはずもないし。

「えっとまぁ……そんな感じで、夕飯にお邪魔したりするんだ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

 先輩として見苦しいところを見せたような気がしなくもないが……。千佳ちゃんはおずおずとしながらも笑顔で応えてくれたので、ほっと胸をなでおろす。
 私も手伝おうと台所に向かい、あっという間に配膳が終わって各々が席についた。迅さんの「よーし、食べるか!」の声をきっかけに「いただきます」の挨拶が重なる。ダイニングテーブルのほうには新入りの面々と栞。ローテーブルでは残りの面子でご飯をいただく。
 
「水沢、今日はちゃんと肉食ってけ」
「い、いつも食べてますってば……」

 レイジさんも一緒にいるご飯時には、もはや恒例のやり取りとなりつつあるそれ。小南は「また言ってる」とぼやいてるし、迅さんも迅さんで「レイジさんも忙しいねぇ」と相槌。
 聞くところによると、レイジさんが千佳ちゃんの師匠になったとは知っていたが、どうやら面倒見の良さも発揮しているらしい。その光景が目に浮かぶようで……微笑ましいというべきか、羨ましいというべきか。そう和気あいあいと箸を進めていれば、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

「レイジさん、ごちそうさまでした」
「おう、また食いに来い」

 順々に食べ終わった食器を下げ、少しの食後休憩を挟みつつもそれぞれ動きはじめる。
 レイジさんは、千佳ちゃんと三雲君に食後の軽い運動をするぞと号令をかける。どうやら生身の訓練はレイジさんが担当しているようで、そのままランニングもしてくるらしい。迅さんはふらりと部屋に戻って行ったみたいで、小南と空閑君は今日の修行の締めとして食後の十本勝負。
 手持ち無沙汰な私はといえば、小南達が訓練している間の話し相手にと誘われ、栞と一緒に地下のオペレータールームへ。

「仮想戦闘モード、設定完了だよー」

 ヘッドセットを通して訓練室の二人に声をかける栞。私はその後ろから、並んだディスプレイのうちのひとつを覗き込む。
 合図を受けた小南と空閑君は颯爽と換装をすませ、互いに斬り結びはじめた。鬼気迫る二人の戦いぶりには、思わず感嘆の息が漏れる。

「小南にボーダーのトリガーでついてくなんて、空閑君もすごいねぇ」
「遊真くんは……もともと戦闘経験があるみたいだから」

 ふいに、栞が「ほら、ここ」といって椅子をぽんぽんと叩いた。オペレーターデスクには椅子がひとつしかない。その半分にだけ座った栞が、もう半分に座れと言わんばかりに示すので、お言葉に甘えて腰を下ろす。
 食後のまろんだ空気のまま、弧月とスコーピオンの剣戟で画面がチカチカと瞬くのを眺める。玉狛独特の殺風景な訓練室の中で瞬くトリガーの輝きは、なんだかとても懐かしい。
 ――きっとあの時の栞も、今と同じように私と迅さんの訓練を見ていたんだろうな。
 
「ねぇ、栞」
「んー?」

 勢いのまま声をかければ、微調整にカタカタとキーボードを叩く栞が間延びした返事をする。思わず訊ねてしまったのは、きっと、クラスメイトにちょっとだけ秘密を知られてしまったからだ。

「私がB級じゃなくなったら、どうする?」
「えぇ?」

 カタン、と最後のキーを叩いた栞は「そうだなぁ……」と小さく呟いて手を止めた。栞は、なんと答えるんだろうか。ボーダー辞めちゃうの? なんて思われてしまうかな。もしくは、A級部隊にスカウトされたの? なんてありえないことまで閃いてしまうかも。
 けれど実際に返ってきたのは、穏やかで優しい声の内緒話。

「いよいよ、秘密のS級隊員の出番ってことかな?」

 思わず栞へと視線を向ければ、想像以上に近い距離だ。どきりとしたけれど、向けられているのは優しい笑顔。呆然とする私を諭すように「こっそり迅さんから聞いてたんだよ」と密やかな声で告げられる。

「……い、いつから……!?」
「和音が初めて玉狛に来た、ちょっと後くらいかなぁ」
「…………そうだったんだ……」

 栞が当時を思い出すかのように視線を宙へと向ける。私もまた同じように、初めて玉狛支部へと連れてこられた日のことを思い出していた。


[11/110]

 

サヨナラの引力

 

ALICE+