いくら弾幕を敷き詰めても、太刀川さんの弧月は易々とトリオン弾を切り落としていく。破裂音と煙幕に紛れて拡張された斬撃は、たやすく私へと届くが――しかし、戦闘体に損傷はない。普通なら、とっくに見るも無残な有様になっていただろうに。
「……硬ってぇな、おい」
煽るような笑顔で吐き捨てた太刀川さんが私を睨む。路地裏から鋭い弾道の変化弾も飛んできて、私は抵抗すべくトリオン弾を撃ち続けるばかり。その隙に懐へ踏み込んでくる太刀川さんの斬撃をかわしきれず――あぁ、また一撃。弧月を叩きつけるようなそれに、斬られることはなくとも勢いで吹き飛ばされる。
「やっぱダメか」
「絵面が最悪っすね」
斬られることはなくても追い詰められて余裕がない私とは対照的に、人数有利もあれば傷ひとつ負っていないために余裕がある太刀川さんと出水君。弧月をまるでバットかなにかのようにして殴る勢いで叩き斬られるとは思っていなかったが、痛覚に影響があるだけでトリオン体に損傷はない。
それでも、動悸はじわじわと激しさを増している。気が散るのを誤魔化しながら、私は淡々と弾幕を張り続けるだけ。この程度では、わざわざ模擬戦闘をしている意味がないのだ。もう少し堪えなければ――
「早くしろよ」
「……え?」
「なんか奥の手があるって顔してるぞ」
太刀川さんの強気な笑顔は受けて立つと言わんばかりだ。私が待っている“その時”を、太刀川さんも迎え撃つつもりらしい。腕試し、といったところだろうか。
ボーダーのトリガーならばベイルアウトがある。万が一のことはないからこそ、迅さんがこの場を用意したのだろう。必死で昔の記憶から気を逸らしながら、私は時が来るまで堪え続ける。
――刹那、悪寒が走った。
「ここまでのやつ相手に、出し惜しみするってわけにもいかねーよな」
出水君は、まるで都合のいい建前を見つけたと言わんばかりにトリオンキューブをふたつ出す。両攻撃――つまるところ、シンプルな力比べに出るらしい。おそらくは、私が一度に出せるトリオン弾の数に制限があることを見抜いて、数で押し切ろうと判断したのだろう。
パキ、と霧散したトリオンキューブのかけらがふわりと漂う。まるで天の川のような景色に見惚れ、意識が逸れた。
「アステロイド!」
だから、ブレーカーが落ちるかのようにバチリと心臓――にある、トリオン供給器官――が反応した。同時に、脳裏にお母さんの姿と、優しく私に話しかける声がフラッシュバックする。
――誰だって、間違えることはあるでしょう? 感情のままに返したら、また傷つくことになるのに。
母はそういう人だった。誰かを傷つけることを良しとしない……というより、悲しいことは悲しいと受け入れなさい、とよく言っていた。悲しいからと、怒りの感情に任せて振る舞うようなことはするな、というのが母の教えだ。
――立ち向かうのなら……傷つくことも、受け入れないと。
万能感に振り回されないように意識を集中させる。これまでに溜まっていたのだろうトリオンが供給される開放感に、私は思うがまま弾幕を何重にも重ねて広げ――流星のようなトリオン弾を目掛けて――片端から撃ち上げていく。
「なっ!」
出水君の猫目が大きく見開かれた。想定以上の反撃だったろうに、すぐさま待機弾を放ち、追加弾を構えた出水君の反応はさすがだ。私もまた対抗して、溢れてくるトリオンの勢いに任せて弾幕を広げていく。
駆け降りる星と駆け上がる星がぶつかりあって、激しい爆音が耳を劈いた。連続する爆発に、あっという間に辺りは煙幕で覆われてしまう。それでもブラックトリガーから供給されるトリオンの勢いは止まず、淡々とトリオン弾を放出しては打ち上げていく。
『――和音、おしまいだ』
迅さんの通信を受けたのと、煙を切り裂くような光の筋が駆け上がり、そのままボーダー本部基地まで流れていったのは同時だった。トリオン弾もすべて撃ち落としていたのだろう、反応も感じられなくなり、供給されていたトリオンの奔流が凪いでいく。
「……太刀川さん、落ちたのか」
静けさを取り戻した頃、出水君の呟きが聞こえてきた。爆煙も晴れていくと、現れたのは片膝をついた姿。よく見ると、膝から下はさっきの爆発で吹き飛ばされたようでトリオンがぽろぽろと漏れ出している。落ちるのも時間の問題だろう。
すべてのトリオン弾が打ち上げられたのを確認して、立ち会っていた迅さんが私と出水君を仲裁するように降り立った。出水君を一瞥して戦意喪失を確認したのだろう、楽しそうな笑顔で私を見やる。
「ずいぶんと派手にやったな〜」
「……さすがに、自分でも驚きました」
「おつかれ。ま、無事に決着がついてよかったよ」
私達の会話に、出水君も勝敗が決まったと判断したのだろう。ばたりと大の字で地面に倒れこんで「あ〜、クソっ」と吐き捨てる。
「なーにがB級ソロだよ、反則だぞマジで」
「A級トップチームとソロで戦わされるのも反則だと思うんだけどね……」
出水君にも文句があるのだろうが、私だってA級二人に散々甚振られたのだから、おあいこだろう。出水君はまだまだ不満たっぷりの様子で「は〜、むかつく」とぼやいてから、後ろ手をついて上半身を起こした。
「つうか水沢、なんでB級なわけ?」
呆れたような声色での問いかけは、私がブラックトリガーを持っているだろうと確信があるからだろう。射手同士であれば挙動の違いで見抜くことも容易いはず。模擬戦闘も終わった今、素直な疑問を投げかけるのも当然か。
とはいえ、私が返せる答えはシンプルな一言だけ。
「……そういう約束でボーダーに入隊したからだよ」
理由まで話すつもりはなかったが、出水君も興味なさそうに「あ、そ」と相槌を打った。それから「じゃー、おれは帰るから」と残し、戦闘から離脱するとは思えないほどの気楽さでベイルアウトしていく。
ぼうっと光の筋を見上げて立ちすくめば、迅さんが「さーて」と声を上げた。
「太刀川さんたちの防衛任務はおれが引き継ぐから、和音は鬼怒田さんとこ帰んな」
「わかりました……よろしくお願いします」
おずおずと頭を下げれば、迅さんは巡回を始めるのか去っていく。一人残された途端――どっと疲れが湧いて肩を落とした。
どうにか無事に模擬戦闘を終えられた。気を張り詰めていた反動で疲労感はあるけれど、ここしばらく落ち着かなかった心臓が凪いでいることもわかる。少しは楽になりそうだ。
「……戻るか……」
気力も底をつきそうだが、どうにか奮い立たせて背筋を伸ばす。ともかく報告を済ませれば終わるのだ、はやく帰れるようにもうひとがんばりしないと。やっとの思いで地を蹴り、換装状態のまま技術開発局へ向かう。
帰還と同時に開発局へと足を運べば、見えたのは研究室に繋がる扉の前で仁王立ちしている鬼怒田さんだ。
「まったく、やっと戻ったか! はよせんか!」
そんなに急かさなくても……と口答えする気力もないので、促されるまま研究室内へ。計測機器に繋がれつつ大人しく待てば、鬼怒田さんは「ふむ……」とモニタを見て唸る。
「今は、また供給量に制限がかかっとるのか?」
「そういう感じはありますね」
「ふぅむ……換装するだけではトリオンが使用できないというのは変わらず、か……」
さて、と鬼怒田さんは手元に資料を用意したと思えば、改めて聞き取りをはじめる。
私のブラックトリガーの攻撃手段はトリオン弾だが、初期段階では私のトリオン器官と同程度の出力がやっとだ。つまり性能だけならボーダーの射手トリガーと大差なく、特別任務もそれで片がつくことが多い。
しかし、なんらかの条件を満たした場合にはブラックトリガー本来の出力にてトリオン弾を撃つことが可能になるようなのだ。今回、あれだけのトリオン弾を撃てたのも同じ状況のはずで、貴重な資料と言わんばかりに聞き取りが続く。
「反応からみて、貯蔵量が少し減っておるな。なにか気づくことは?」
「……動悸が少し落ち着きました。あとは、とくに」
鬼怒田さんは手元の資料になにやら書き留めている。普段の計測で確認している保有量から変化が表れたのだろう。もともと保有量が高いほど危険だとされていたため、減ったとなれば今回の模擬戦闘にも成果はあったと言えるだろうか。
鬼怒田さんは必要な聞き取りを終えたようで、計測機器を外しながら話題を変える。
「向こうも報告の途中だろう。水沢も行くぞ」
「……はい」
問題ないと報告する必要がある、と連れられて本日二度目の会議室。私服姿に戻った太刀川隊の二人も報告にきていたようで、足を踏み入れるやいなや視線がばっちりと絡んだ。太刀川さんは私を見てにたりと笑う。
「きたなぁ、腹黒」
「……え、私のことですか……?」
「B級の腹になんつうもん隠してやがる」
性格の話かと思って驚いたが、太刀川さんはブラックトリガーを意図してそう呼んだらしい。私のカウンターを見事に食らったのだから、それはまぁ、あまりいい気分ではないのだろう。
しかし、城戸司令がいる手前で明言はできない。そう伺った視線を汲んでか、城戸司令は私達の会話に割って入る。
「こちらが確認できる被害は特にないが、そちらはどうだ」
「問題ありませんでした」
模擬戦闘の開始から終了までハッキリ覚えているし、ブラックトリガーの制御に問題はなかった。持て余していたトリオンを消費できたことも鬼怒田さんから報告される。
城戸司令は「そうか」と頷いた。それから太刀川さんと出水君を一瞥。
「水沢の件は他言無用だ。時が来るまで待て」
城戸司令直々の箝口令に、太刀川さんと出水君は間髪いれずに了解を示した。すると「報告ご苦労だった。下がっていい」とも指示が出る。
もう帰っていいのか、と反応が遅れた間に、太刀川さんと出水君は城戸司令へと背を向けた。二人の流れに乗り遅れないように会議室の外へ出れば、太刀川さんと出水君が足を止めて振り返った。
「腹黒、今度は最初から本気出せよ」
「……はぁ」
「じゃ、また学校でな」
太刀川さんは、私を腹黒と認識してしまったのだろうか……。返事を濁していると、出水君からも声をかけられ、二人は足早に去っていく。さすがに箝口令が敷かれたばかりで私を追求するつもりもないのだろう。
私も心身ともに疲れたので、さっさと帰路につくことにする。今日はゆっくり眠れそうだと、そんなことを考えながら足を急がせた。