サプライズコール
 翌朝はメッセージの通知音で目が覚めた。昨日よりはだいぶ体が楽になったなぁ。そう思いつつ端末を手繰り寄せれば、送り主は米屋君。

『冬休みの課題、預かってるぞ〜。隊室に持ってきた』

 さて、どうしようか。まだ体調は万全ではないし、すぐに取りに行くとは言いづらい。顔なじみといえば米屋君くらいのもので、いきなり隊室にお邪魔するというのは……ちょっと。
 悩んで、『取りにいける時に連絡する』と送った。『まだ調子悪いのか?』なんて返ってきたので『だいぶよくなったよ』とは返しつつ。
 
「また、本部でね、っと」

 ぴこん、とメッセージを送って端末を放り投げる。ただでさえ短い冬休み、体調不良はさっさと寝て治してしまわないと。そうしたら……。
 脳裏によぎるのは白いふわふわの髪、紅い眼差し。玉狛に行く機会があるだろうか、そうしたら会えるかな、なんて?

「いやいや……いくらなんでも……」

 滑らかに思い浮かべた姿をかき消すよう、必死で枕に顔を埋める。なに考えてるんだ、私。まるで会いたいみたいじゃないか。急にこんな気持ちになるなんて、そんなの――。

「……寝る、寝よう」

 自分にそう言い聞かせて目を瞑った。視界を遮ればまた姿を思い浮かべそうになったもので、寝返りを打って意識を散らす。
 結局、ごろごろとしているうちに寝落ちたらしい。ふっと気づいて、今は何時だろうかと確認ついでに端末を探せば、不在着信とメッセージの通知。

「……誰だろ、この番号……」

 アドレス帳に登録もしていないようだが、携帯番号っぽくはある。とはいえ、さすがに知らない番号に折り返しをかける気にはなれない。これはとりあえず放っておくことにしよう。
 さて、と次はメッセージ通知の確認だ。差出人の迅さんから、一言。

『メガネ君におまえの番号教えたから、よろしく』

 ……迅さん、個人情報は事後承諾じゃなくて事前確認のほうが嬉しいです……。まぁ、それはあとで言っておくとして。相手が三雲君なら、まぁ構わないし。
 でも、どうして私の番号を? なにか用事だろうかと考えていると、ちょうど見知らぬ番号からの着信画面に切り替わった。たぶん、これが三雲君なんだろうと応答することに。

「もしもし、三雲君?」
『残念。おれだよ』
「……へ?」

 遠くから三雲君らしき声で『空閑!』と咎める声がする。じゃあ、今の声は?
 察した瞬間、どぐりと心臓が唸った。どうして、と混乱する頭を落ち着かせるためにも、ひそかに深呼吸をひとつ。ともかく電話をかけてきたのだから、なにか用事があるはずだ。状況を確認しようと、おそるおそる受話口の向こうへと声をかける。

「……空閑君、携帯持ってたっけ?」
『いや、オサムの借りて……っ、ぉぃ』
『ぃぃ……、すみません。水沢先輩、具合悪いのに』
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」

 途中で少し揉めるような会話の後、三雲君の声が聞こえてきた。真っ先に体調を心配してくれるもので、なるべく明るい声で答えれば『すみません』と謝罪を重ねてから経緯を説明してくれる。

『空閑が先輩と連絡をとりたいと言いだしたので、迅さんに水沢先輩の番号を伺ったんです。その時体調を崩してるとも聞いたので、さっき一度だけかけました。出なかったので、今日はやめようと空閑には言ったんですが……』

 電話の後ろで空閑君の『今、大丈夫だって言ってたぞ』とふてくされる声。私に二人のやりとりが聞こえているように、電話を持っていない空閑君にも私の声は聞こえているらしい。
 とりあえず、三雲君の一生懸命な説明のおかげで状況はなんとなくわかった。

「さっき起きて着信に気づいたんだ。もう大丈夫だから気にしないで」

 三度目の『すみません……』という謝罪に「気にしてないよ」と繰り返す。空閑君の後始末をする三雲君も大変な役回りだ。
 そうして状況を理解して頭が冴えてくると、ひとつ疑問が浮かぶ。こうなるに至った、空閑君が私と連絡を取りたい理由とはなんだろう?

「それで、空閑君はなんの用だって?」
『あ、水沢先輩がいいなら代わりますが……』
「うん、お願いしてもいい?」

 三雲君の通話代が心配だけど、と言おうとしたものの、一歩遅かったのか空気の擦れる音が響いてくる。電話を代わっているんだろうと大人しく待てば、少しして空閑君が『もしもし』と声を上げた。

『レプリカが和音ちゃんと話したいんだって』
「うん、なに?」
『だから、夕方、和音ちゃん家に行ってもいいか?』

 へ、と呆けた声が出る。電話の向こうでは『なに言ってるんだ!?』と声を荒立てる三雲君。通話口から少し離れたらしい空閑君が不満気に『なんだ?』と伺えば、三雲君から『病人の家に上がるなんて失礼だろう』とマナーを説かれている様子。
 さて、どうしようかと困っていたら『和音』と第三者の声が響いた。

『このまえの件でひとつ推論を立てた。早く伝えたほうがいいと思うが、体調が思わしくないなら、こちらが出向こうと思ったのだ』

 レプリカの話も聞いて、やっと空閑君の意図が理解できた。しかし、だからといって自宅に招き入れるのは、まだちょっと心の準備ができていない。話の内容はあまり聞かれたくないけど、支部でも話せる場所はあるだろうと判断する。

「もうだいぶ元気だから、夕方には玉狛に行くよ。二人にもそう伝えて?」
『了解した。待っている』

 応答するや否や、ぷつと通話が切れた。
 さすがレプリカ。用件もわかりやすいし、終われば速やかに通信終了。もしかして、一番病人として気遣ってくれたのはレプリカなんじゃ……?

「はぁ、じゃあ起きるか」

 とりあえずは、きちんとご飯を食べて身体を起こそう。ついでに昨日今日でぐしゃぐしゃになった部屋を片付けて、夕方には玉狛に行ける支度をしなければ。
 しかし身体はすぐには動かず、もう少しだけと言い訳をして深呼吸をひとつ。

「……びっくり、したなぁ」

 残念、なんて言われてどくりとした。むしろ大当たりだ、なんて気のせい。
 ぱちんと頬を叩く。自制の効かない浮ついた気持ちを少しでも落ち着かせるために。自分の気持ちにわからないところはあれど、ちょっとだけ特別なのは認めるしかなさそうだ。

「……今は、そこまでにしとこう」

 さて、と深呼吸して私は動き始めた。やるべきことを、やろう。


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サヨナラの引力

 

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