本部に着いて、そうそうに迅さんとは別行動だ。別れ際に「じゃ、頼むな」と念押しするあたり、空閑君の入隊許可を得るのに苦労したんだなぁ、なんて。
ともかく私は開発局へと足を向けた。室内のデスクに腰を下ろしていた鬼怒田さんが私を一瞥すると、そのまま研究室へと向かうので着いて歩く。計測機器の手伝いをして待てば、鬼怒田さんはディスプレイを見て「ふむ」と唸った。
「……どうですか?」
「大きな変化はないな……いや……しかしこれは……」
鬼怒田さんには、なにか思うところがある様子。一昨日の夜と、ついさっきは本当に空閑君にトリオンを供給しているのかもしれない。不審そうにしている鬼怒田さんには、話せるようになったら説明しないとなぁ。
ぼんやり考えていると、「これなら問題ない」と、いつもより短い時間で測定機器が外される。
「ほれ、帰っていい。なにかあればまた来い」
「ありがとうございました」
あっという間に終わってしまって、肩透かしを食らった気分だ。夕飯には少し早いし、家に帰ってから……と考えていると、ふいに鬼怒田さんから「そうだ、おい」と呼び止められる。
「昨日の防衛任務の件、忍田本部長が探しとったぞ」
ほんの数秒の間。ざぁあと血が下がる感覚がする。
「……えぇ、と」
「早く行け。無断欠勤なんぞだらしない」
言い終えて、研究室からそのまま開発局の外まで追い出された私。ちょっと待って、昨日って防衛任務のシフトがあったんだっけ? ってことは、忘れてた?
とにもかくにも、やらかした。これはまずいと慌てて本部長を探しに駆け出す。本部長ともなると忙しい人なので、果たして今はどこにいるのか。まずは宛てから探さないと、と各所で聞き込みを始め――
「忍田本部長、いらっしゃいますか?」
「おや、水沢。具合はもういいのか」
どうやら今日はなにかの会議があるらしい。準備のために会議室にいるのでは、という情報を得たので急いで会議室へと駆け込むと、資料かなにかを持って不思議そうにしている忍田本部長がそこにいた。
私は本部長の前へと進み出て、全身全霊で腰を折る。
「昨日はすみませんでした! 連絡もせずに……!」
「……大丈夫だ。顔を上げなさい」
怒声でも、たしなめる声色ですらもなく、落ち着かせるような優しい声だった。促されるままに顔を上げれば、眉根は寄せつつも笑顔で私を見る忍田さん。
「任務前に、迅から体調不良だと聞いていた」
「……え……?」
「ほかにもシフトの都合が変わってね。空いた区画を三輪隊が引き受けてくれたよ」
なんと、知らない間に迅さんがそこまで対応してくれていたのか。あの時、ひと言教えてくれれば自分で連絡したのに……。
「人づてとは言え事前に連絡は受けていたからな。そこまで気に病まなくていい」
「……すみません……」
「……珍しいものだと、城戸さんも心配していた」
驚いて目を見張るも、忍田本部長は穏やかな笑顔を浮かべたままだ。からかっている……というわけでもないらしい。
とはいえ、それ以上城戸司令の話題に触れることはなかった。間をおいて「次からは、きちんと連絡を入れるように」と。無理に確かめることでもないので、私は素直に「わかりました、ありがとうございます」と再び腰を折る。
さて、そうなると次にすべきことはひとつだ。
「三輪隊にもお礼に行ってきます」
「それがいいだろう。無理はするなよ」
重ねて「ありがとうございます」と告げてから会議室を後にした。手土産のひとつでもあったほうがいいだろうか。いや、それはまた今度にして、取り急ぎ謝罪だけでもすませないと。
今度はパタパタと、三輪隊隊室への道をひた走る。早々にたどり着いてノックを三回。微かな「どうぞ」と了承の声を聞き届けて静かに扉を開いた。
「あら、あなたは確か陽介くんの……」
「クラスメイトの水沢です」
一番に顔を合わせた月見さんに名乗り、隊員達の所在を尋ねる。それぞれ訓練やランク戦だとのこと。それならばと、まずは月見さんに頭を下げる。
「先日は防衛任務を代わっていただいてありがとうございました。私の無断欠勤が原因でして、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「あら、いいのよ」
月見さんはさらりと答えて微笑みを見せる。これが大人の余裕というやつだろうか。続けて「今度改めて、きちんとお礼に伺います」と告げれば、月見さんは「そんなに気にしないで」と優しく声をかけてくれる。
「体調不良なのだから仕方ないわ」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。陽介くんが心配してたわ。よければ顔を見せてあげて?」
頷いて、もう一度「ありがとうございました」と頭を下げ、隊室を後にする。
隊員達は訓練やランク戦だと言っていたし、それなら米屋君はランク戦ロビーにいるだろう。さすがに疲れてきたから、ひょこひょこと早歩きで目的地へ。
やっとの思いでたどり着けば、正面ディスプレイに映し出された試合の中に米屋の文字を見つけた。相手は緑川君。となると、長引くかなぁと小さく溜息。
けど予想に反して、十本目が決まった時点で映像が暗転した。ってことは終わりにするんだ、珍しい。せっかくの好機だし、と私はブースから出てくる姿を探し、見つけた米屋君に駆け寄る。
「米屋君!」
「あれ、水沢? 体調大丈夫なのか?」
ひらひらと手を振る米屋君にもこれまでと同じように腰を折った。寄ってきた緑川君が、小さく「げ……」と零したのは、この際放っておいて。
「昨日の防衛任務、ごめんなさい」
「しょうがないだろ、具合悪かったんだし」
「……すっかり忘れて連絡もしなかったから」
会話と最後の私の呟きで、緑川君も事態を把握したらしい。「無断欠勤はダメでしょー」と茶化されるけど、なにも言い返せないから唸るしかない。そんな私達を見かねてか、米屋君は「こらこら」と緑川君の頭をわしゃりとかき混ぜる。ぶぅぶぅと文句を言う緑川君を一瞥して、私を見る米屋君はやっぱり笑顔だ。
「気にすんなって、大丈夫だから」
優しい言葉に、ほっと安堵の息が漏れる。緑川君は私達を眺めつつ「B級ソロは苦労が多いねぇ」と皮肉っている。今は私に非があるから強く言い返せないし、大人しく聞き流すしかない。
米屋君はそんな私達を苦笑いで見守りつつ、「っつうか」と話題を変えてくれる。
「用事はそれだけか? 早く帰って休んだほうがいんじゃね?」
「でもまだ、ほかの三輪隊の人達に会えてないし……」
「今度でいいだろ〜。無理して体調悪化したら、休んだ意味ねーじゃん?」
そう言って米屋君は私の右腕を掴む。私が困惑するのも知らん顔で、「緑川はそっちな」と指示が飛んだ。緑川君はきょとんとしながらも、言われた通りに私の左腕を掴む。
すると米屋君が歩きはじめてしまうので、私と緑川君はそれに引っ張られるように着いて歩く。二人に挟まれて、ずるずると引きずるように連れて行かれる様子に、通りすがりの訓練生達の視線が刺さる。
「……なに、この連行の図……」
「肩で息してんじゃん。走ってきたのモロバレ」
「え? 具合悪かったんじゃないの? バカなの?」
「……緑川君、今日は特に辛辣じゃない……?」
米屋君にそこまで見られていたとは。あげく「ほっとくと秀次達を探しに走り回るだろ」とまで言われてしまった。図星をつかれて黙るしかない。
どうやら連行先は連絡用通路のようだ。米屋君から「とりあえず、今日はちゃんと帰って休め」と念を押されたので、「わかった」と渋々頷く。
「早く治せよ」
「ばいばーい」
任務完了、と言わんばかりの緑川君の笑顔に気が抜けてしまった。もういいか、となかば投げやりになりながらも「おつかれさま」と手を振ってボーダーに背を向ける。
帰る道すがら、端末からの着信音。ちらりと見れば「来る前に連絡しろよ〜」と米屋君からのお達しだ。そういえば、冬休みの課題も貰いそこねたな。
明日は手土産を用意して三輪隊の隊室にお邪魔しよう。予定を立てながら米屋君にも予告の連絡をいれつつ、だるくなってきた身体を引きずりながら帰るのだった。