噂話のうそほんと
 翌日、米屋君から『今日マジで来んのか?』とメッセージが届いた。昨日の今日で、ということだろうか。ともかく『行くよ』と伝えつつ、『お詫びのお菓子、なにがいい?』とも付け足す。
 間があって『うちは和菓子のほうがウケいいかも』とのアドバイスがあったので、さてどうしようかと悩みつつ。今日はミーティングがあるらしく、時間を指定されたので了承し、学校の課題も取りに行くからと伝えていざ、約束の時間。

「改めまして、先日はありがとうございました」

 頭を下げて、和菓子といえばやはり鹿のやだろうと用意した手土産を三輪君に差し出す。最初は怪訝そうにしていたけれど、米屋君がこそりと「一昨日? 急に防衛任務入ったやつの話」とフォローしてくれる。おかげで自分が謝罪されている理由に合点がいったらしい。

「……俺達は上からの指示に従っただけだ」
「原因は私の無断欠勤なので……ごめんなさい」
「次からは気をつけろ」

 ぶっきらぼうな言い方に少し怯むが、差し出していたお土産を受け取る手つきは優しいものだった。取り付く島もない、というわけでもなさそうで息をつく。
 同じように息をついた音がして、誰だろうと見回せば古寺君だったらしい。ぱちりと目が合って、気まずそうにぺこりと頭を下げられたので会釈を返す。そんな私達を眺める奈良坂君は無表情で、さてこれはどうしたものかと言葉に詰まる。
 そんな私に助け船を出してくれたのは、オペレーターデスクに腰かけていた月見さんだ。
 
「気にしなくていい、って言ったのに」
「いえ、それはさすがに申し訳ないです……」

 項垂れていれば、月見さんは「私、和菓子好きなのよ。ありがとうね」と微笑んでくれる。これはアドバイスをもらった甲斐があったものだと、「米屋君に聞きました」と笑顔を返す。
 そんな穏やかな雰囲気の中、まるで私を値踏みするように眺めていた奈良坂君が唐突に声を上げた。

「……なにか、イメージと違いますね」

 どうやら奈良坂君の視線は私の様子を観察していたからのようだ。イメージ、とはなんだろうと首を傾げていると、古寺君が背後で慌てるのも気にせず奈良坂君がマイペースに話を始める。

「万年B級とか、不真面目とか、上層部とコネがあるとか」
「……はい?」
「なんだそれ、水沢の話か?」

 ケラケラと茶化す米屋君だが、なるほど、思ったより妙なイメージで見られているらしい。米屋君の興味を引いたうえに、私も首を傾げて伺ったからか、奈良坂君は「他にもありますよ、聞きますか?」なんて言って指折り数えていく。
 いわく、止めを刺さずに逃げ回るばかりで人をおちょくるように戦うだとか、そのくせ反撃へと転じると軽やかな身のこなしで止めを刺していくだとか。B級昇格後は部隊に入らずランク戦もせず、開発局に入り浸って鬼怒田さんに媚びを売っているらしいとか。

「今回の件で勤務態度にも問題があるのかと思ったんですが……そうでもないみたいですね」

 なかなかの言われようだな……と驚いて二の句が継げない。普段の勤務態度は、そこまで不真面目ではないつもりなのだけど。ソロの都合で基本的に、三輪隊のような四人部隊と一緒になることはない。見るものもなく噂だけ聞けば、そういう反応になるのも無理はないのだろう。

「すげ〜言われようじゃん? こいつ、根は真面目だぜ」
「なら、部隊にも入らずボーダーでなにをしているんだ」

 米屋君が面白がっていられるのはクラスメイトのよしみだからだ。三輪君は訊ねるような口調にもかかわらず、まるで叱るような声色で私を伺う。
 真面目だというのなら、ソロに甘んじることなく部隊を組み、研鑽してA級を目指していくのではないか。そもそも学業などに主軸を置くのなら支部勤務へと異動すればいい。本部所属のB級隊員は主戦力として数にいれられる存在であるのだから、近界民討伐のために粉骨砕身するのが求められる真面目の姿だろう。

「……それは、秘密です」

 憮然とした三輪君の表情を見つめ、最後にもう一度「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と頭を下げた。米屋君も潮時だと感じたのだろう、「そうだ、冬休みの課題な!」なんて明るい声をあげ、部屋の隅から引っ張ってきた課題を手渡してくれる。
 そうなると用は済んだも同然だ。私は「それじゃあ、お邪魔しました」と言って隊室を後にする。米屋君の「またな〜」という声が、私を優しく見送ってくれた。

§

「あれ、水沢。こんなところで会うの、めずらしーな」

 三輪隊の隊室から出てしばらく歩いていた私を呼びとめたのは出水君だった。そういえば太刀川隊の隊室もこの辺りだったっけ。出水君の後ろには太刀川さんもいるから、防衛任務の帰りかなにかかもしれない。

「三輪隊に行ってきたんだよ」
「あぁ、課題か」
「おっし腹黒。ランク戦するか」

 クラスメイトの会話の流れをぶった切って、太刀川さんは爛々とした眼差しを私に向ける。

「……遠慮しておきます」

 即刻お断りすれば、わくわくした顔が一気に不満気なものに変わる。間を空けず出水君が「まぁほら、たぶん、目立つとヤバイんですよ」とフォローしてくれたので頷いて肯定。
 太刀川さんは、しばし顎髭を撫でるようにして考えたと思えば、名案とばかりに輝く笑顔を見せた。

「だったら隊室内の訓練でもいいぞ」
「……ご希望のトリガーは、城戸司令の許可が必要なんですよ」

 はっきりとは口にできないが、意図は通じるだろう。案の定、期待に応えられないという意図を察した太刀川さんは「面倒くせーな」と小さく呟いてから悪態をつく。

「勝ち逃げは卑怯だぞ、腹黒チビ」

 とうとう悪口が一個増えてしまった。腹黒は納得いかないけど、チビにいたっては……強く否定できないし。どうしようかと困っていたら、太刀川さんの背後から「ちょっと」と咎める声が上がる。

「あんま和音苛めないでやってよ」
「なんだ、代わりに迅が相手してくれんのか」
「忙しいから今はだめー」

 迅さんは太刀川さんにひらひらと手を振り、出水君とすれ違いざまにぼんち揚げをひとつ、ふたつと押し付ける。そうして私の隣にきたと思えば、ぽふぽふと頭を撫でられて――これはこれで困惑する扱いだ――頭上から落ちてくるのは優しい迅さんの声。

「太刀川さんと違って、この子は平和主義なんだから。無理に誘わないでやってよ」

 これはどうやら庇ってくれている、らしい。驚いて迅さんを見上げれば優しい笑顔が返ってきたので、「ありがとうございます」と頭を下げる。
 いっぽうで、興が削がれたらしい太刀川さんが溜息をついた。鋭い眼光はなりをひそめ、興味があるのかないのかわからない眼差しで私達を眺めている。

「やけにそいつの肩持つじゃないか」
「おれはすべての女の子の味方だからね」

 なんだか単純に、太刀川さんの絡み先が迅さんに代わっただけな気が……。太刀川さんは今度迅さんに、やれランク戦がどうだのと声をかけている。迅さんも、今日は忙しいんだけど〜と返しつつも意外と乗り気みたい。
 と、その隙にそろりと歩み寄ってきた出水君が、私の顔色をうかがいながらも声をかけてくれる。

「もう体調は大丈夫なんだよな?」
「うん、ありがとう」
「防衛任務休むとか、めずらし〜よな」
「……まぁ、完全に忘れるくらいには寝てたね……」
「うわ、ばっかで〜」

 けらけらと笑う出水君。返す言葉もない私を笑いつつ「今度はおれらが代わりに入ってやるよ。お礼は応相談で」と楽しそうにしている。
 米屋君と出水君にある安心感は、こうやって“バカだな”って笑い飛ばしてくれるところにあるんだろうな。責めることはせず、それでいてフォローもしてくれる。それでおしまいだから、二人には肩の力を抜いていられるのだろう。

「あ、そういえば今日は小南のカレーだったな」
「お? 玉狛の話か」

 不意に迅さんの声が耳に飛び込んできた。思考を遮られた反射で顔を上げれば、迅さんと目があう。ふっと微笑んだと思えば迅さんは「じゃ、そういうことだから」なんて太刀川さんに手を振って。

「おっし和音、飯に行くぞー」

 名指しで誘われれば頷くしかなく、私もまた出水君に別れを告げる。まるで初めから約束していたかのように、迅さんに連れられて玉狛へと向かうのだった。


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