違うからこそ、安心感
「迅さん、本当にお邪魔して大丈夫ですか?」
「もちろん。っていうか、小南が今日も連れてこいって言ったんだよね」

 迅さんは、小南の口調を真似ているらしい口振りで「なんで毎回こそこそしてるのよ! ……ってさ」と再現してみせる。容易に想像できる光景にぷすりと吹き出してしまったが、迅さんも満足気に笑うばかりだ。
 なんだか、ここ最近はずいぶんと玉狛に足を運んでいるような気がする。いいのかな、と迅さんを見上げれば、細められた眼差しが返された。

「昨日よりは元気そうだな」
「……迅さん、最近やけに心配性ですね」
「そうだなぁ……。いろいろ視えるようになったからかもな」

 綺麗な蒼い瞳が柔らかく細められたままだ。その眼に映る私の未来は、どんなものだろう。黙って見つめ返していれば、ふっと蒼が瞼に隠された。
 再び向けられた蒼は今度、爛々と輝いている。きらきらした眼差しで、迅さんは楽しそうに口を開く。

「遊真と、ずいぶん仲良くしてるみたいだな?」

 なんとなく意味深な言い方に、どくんと心臓が縮んだ。動揺してしまったのは顔に出なかっただろうか。間を置かないよう慌てて「普通だと思いますよ」と返せば、「そうか」と相槌を打つ迅さん。けれどすぐに、にやりと笑って話を続ける。

「そもそも昨日和音が来てたってのを小南にバラしたの、遊真なんだよな」
「そうなんですか……?」
「メガネ君からも、遊真が和音に話があるからって連絡先聞かれたし」
「……あ、それ、ほかの人に教える時は事前に相談してくださいよ」
「それはもちろん」

 思い出したついでにと釘を刺せば、迅さんは飄々と頷くだけだ。暗に、やっぱり三雲君には教えてもよかっただろ、とでも言いたげな。

「宇佐美からはなんか、二人で密会してたとか聞いたし」
「いやまぁ、なりゆきで……」
「和音があっさり打ち解けるのは珍しい、って話してたんだよ」
「……人を偏屈みたいに言わないでください……」

 言いながら、あながち間違いでもないかと溜息をつく。ただでさえボーダー隊員と交流が少ない中、クラスメイトという馴染み深い存在のありがたみを感じていたばかりだ。つい最近知り合ったばかりのわりに、空閑君に対して気を許しているという自覚はある。
 そう唸っていたら、次の言葉を口にする迅さんの表情を見落としてしまった。

「和音は、近界民が嫌いかと思ってたよ」
「……えっ?」

 反射で見上げると、迅さんは穏やかな微笑みで私を見下ろしていた。どうなんだ? と問うような沈黙に、私はおずおずと「どうして、そんな?」と聞き返すのがやっとだ。

「おまえ、近界民にだけはトリガーを使うのにためらいがないからさ」

 迅さんが言うように……混成部隊で参加する防衛任務では、出来高報酬ということもあって近界民を撃ち抜くことに嫌気はない。そもそも、話ができる相手ではないとわかっているから。
 さらには、相手が私のブラックトリガーを狙うやつらなら、なおのこと。……いや、厭う気持ちはあれど、そんなことを言っていられないというのが正しい。嫌だと甘ったれている間に遠慮なく殺されることへの嫌悪は、誰でもない迅さんが教えたというのに。

「城戸さんの下にいるってのもあったし、最初は遊真と会わせるかちょっと迷ったんだけど……よかったみたいで、なにより」

 肩をすくめてみせる迅さんに、返す言葉に迷った。
 初めて会った時は、近界民というのもあって少なからず警戒心はあった。けれど、今はすっかりと気を許していると思う。でなければ、過去の話をしてみようと、踏み出してみることはなかったはずだし。
 ――そういえば。

「私、迅さんにこのブラックトリガーの話、したことありましたっけ?」
「ん? いや、詳しくは知らないよ。和音のお母さんだって話は聞いたけど」
「そうです。それも大規模侵攻がきっかけではありましたけど……近界民に見つかる前に、お母さんが自分から遺してくれたものです」

 迅さんは少し躊躇ったように間をおいてから、「……そうだったのか」と相槌を打つ。

「殺されかけたとか、襲われたとかそういうわけでもないので……恨んだり、憎んだりする理由がありません」

 聞けば、自分の平穏な生活を壊した近界民という侵略者を、憎く思う隊員は少なくないという。当然と言えば当然だが、だからこそ、私は違うのだ。私の生活が壊れたのは近界民のせいではなく、ただお母さんが選んだ結果なのだから。
 それに、命を脅かされたというなら――と、よぎった考えを振り払う。私は改めて迅さんを見据えて口を開いた。

「なので、空閑君が近界民だからって、嫌いだとかそういうことにはならないですよ」
「……そうか。それならよかったよ」

 安心したように笑う迅さんには、どんな未来が視えていたんだろう。安堵した様子で「いやぁ、和音がレプリカ先生とも知り合いだったみたいだから、驚いてさ」なんて話している。
 気づけば、玉狛支部までもうすぐだ。この様子だと、また空閑君がいるのだろうな、なんて。どことなく浮足立つのを感じながらも、私はただ迅さんの後を追った。

§

「……空閑君、暇なの?」
「夜はだいたい暇だな」

 先導する空閑君がそう言って屋上への扉を開く。
 夕飯が終わったあとの空閑君は、よく時間を持て余しているらしい。チームメイト二人はレイジさんに率いられてランニングに向かってしまうし、空閑君の訓練は小南と何戦か交えたらおしまいだから、と。
 そこで暇つぶしの相手として白羽の矢が立ったのが私だと。このまえ、訓練室を管理する間に栞の話し相手を引き受けたのを見ていた空閑君が、帰るまででいいから話し相手になってくれ、と。

「空閑君も、たまには早く寝てみないの? 休みも大事でしょ?」
「おれは寝なくていいんだよ」
「……ちゃんと寝ると背が伸びるっていうけど……」

 さっさと縁へ腰かける空閑君を見ながら、おずおずと伺う。寝る子は育つって聞くしね。余計なお世話かなとも思ったけれど、聞かれた空閑君は笑いながら「平気だよ」と答えた。身長がコンプレックスではないんだなと眺めていると、空閑君はふいに大人びた笑みを見せた。

「背が小さいってだけで、相手を油断させることもできるからな」

 見た目が幼く見えるからか、ふとした瞬間、空閑君は突然大人になる。十五歳を飛び越えて、まるで年上と話をしているような気持ちになるくらいだ。どうしたら、そんな風に大人に近づけるのだろうか。
 ぼうっとしていると、一転して空閑君がにしし、と無邪気に笑う。

「和音ちゃんこそ、寝なくて大丈夫なのか?」
「……もう私の成長は止まっちゃったみたいだからね……」

 大人びた考えとは裏腹に、こうして無邪気にからかってくるのはクラスメイトによく似ている。男の子ってこういうところあるよね……と、少し安心するような。

「身長って遺伝もあるしね。空閑君は――」

 聞きかけて、あれ、いいのかなと背筋が冷える。けれど急に言葉を止めるのも変かと、そのまま。

「――ご両親、背が高かった?」

 考えてみれば、空閑君は親元を離れて日本に来ている……ということだろうか。近界民といえば普段の防衛任務で見かける、あちらのイメージが強かった。お母さんと同じ近界民だと思うと、空閑君の不思議なところはたくさんあるような……とはいえ、あまり根掘り葉掘り聞くようなことでもない。
 空閑君は、あまり気にした様子もなく「うぅん……」と思い出すかのように首を捻っている。

「親父はまぁ、背が高いほうだったと思う」
「……そうなんだ。じゃあ、空閑君の背も、そのうち伸びるんだろうね」

 空閑君は「そうかもな」なんて笑う。どうにか話題をやり過ごしただろうか。
 このままご両親の話題に触れるのは――私のお母さんみたいに、なにか事情があったら――怖い。だから話題を変えようと、焦って考えたのは他愛もないこと。

「……ねぇ、向こうの世界ってどんなところ?」

 私にとっては未知の世界だが、空閑君にとっては生まれ故郷のことだ。こちらの世界を見て知った空閑君なら、向こうの世界をどんな風に言うのだろう。
 けれど、口を開いた空閑君は「いろいろだよ」なんて雑な返答をするものだから、思わず笑ってしまった。

「いろいろかぁ……」
「うむ、国によっていろいろ違うからな」
「そうだね、聞き方が悪かったね」
「まぁ、だから親父は旅をしてたんだろうけど」

 ――ぎくり、としてしまったのはバレなかっただろうか。空閑君は私の相槌を待たず、縁に堂々と寝転がってしまった。
 空閑君のお父さんは、近界の国を渡り歩いていたのだろうか。それなら空閑君は……というのは、聞いてもいいことなのだろうか。言葉を選べずにいれば、空閑君は「ふぅむ」とつまらなそうな声を上げる。

「和音ちゃんは聞かないんだな」
「……え?」
「親父の話」

 困惑していると、寝転がったままの空閑君が横目で私を伺っている。まるで、なんで聞いてこないんだと訊ねられているようで、あたふたと口を開く。

「ええと、触れられたくない話だったら嫌だなって」
「おれが言い出したのに?」
「……あんまり深く追求されるのは嫌だったりするものじゃない?」

 もし私のお母さんと同じように、空閑君のお父さんにも、なにか事情があったとしたら?
 そう考えると、本人が口にした以上のことを詮索するのは怖い。誰しも触れられたくないところはあるはずで、空閑君のそれにも軽い気持ちで触れていいものかどうか。そう私がためらった理由がわかったのか、軽く唸った空閑君は「それなら」と私に声をかける。

「和音ちゃんは、なんでおれに昔話をしたんだ?」

 紅い瞳がちらりと揺らいだ気がした。いつもは真っすぐな瞳が瞬くのも綺麗だ。

「だって、空閑君は聞いてくれると思ったから」

 迷わずに滑りでた言葉に腹落ちする感覚。あぁそうか、私はただ、聞いて、受け入れて――信じてほしかったんだ。
 誰よりも一番、私が私を疑っていたのだ。記憶がないなんて、気付かないフリしてるだけじゃない? 私はあの時、本当は恐怖から相手を――殺したいと、思っていたんじゃない? 私の持つブラックトリガーなら、できるでしょう? そう聞かれてしまったら、私の中の真実はそう書き換わってしまう気がして。

「……あぁ、でも、空閑君が近界民だからっていうのもあるかも。お母さんが近界民かもって話、言っていいのかわからないから」

 近界民を敵とするボーダーで、お母さんの話をするのは……妙な罪悪感というか、ためらいがある。だから今にして思えば、空閑君以上に安心して話せる相手はいないと、無意識に察していたのかもしれない。
 空閑君は少しきょとんとしていたけど、間を置いて「そうか」と笑った。どうしていまさら……と思ったが、考えてみれば、一方的に話されるには少し重い話題だったろうと反省。

「ごめんね、空閑君には興味ない話だったよね」
「いいや?」

 けれど、空閑君はすぐに否定してみせた。あげく満足したような表情で遠くへと視線を移すので、私も追って夜空へと視線を上げる。
 言葉だけなら今のは『興味がないわけではない』という意味だ。それはまぁ、そうなのか。もともと空閑君は私のブラックトリガーだとか、それが秘密の理由なんかを聞いていたし。

 ――でも、なんだか、違う風にも聞こえてしまうのは……。

 ふぅ、と身体の中にこもった熱を吐き出した。妙なことを考えるのはやめようと、頬を撫でる冷たい風に意識を向ける。はやく、冷めるといいのだけど。


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サヨナラの引力

 

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