互いの腹を探りあい
 星の瞬く夜空の下、遠くから微かに爆音が轟く三門市の景色はいつもどおりだ。ぼうっとしていると扉の開く音がして、空閑君との会話が止んだ頃合いを見計らったように迅さんが現れる。

「おふたりさん、仲がいいねぇ」

 からかうような声色に、返答に困ってしまった。けれど空閑君は平然とした顔で「それほどでも」と返してみせる。迅さんは、なにやら含み笑いをしつつ、わざとらしい調子はくずさないままだ。

「いやぁ、おかげで和音がウチに来てくれるから助かるよ」
「今日連れてきたのは迅さんじゃん」
「まぁ、今日は、な」

 ――ぴくり、と肩が震えた。嫌な予感がしたのだ。
 確信を持って迅さんを見れば、穏やかながらも私を見据える眼差しとかち合う。ぱちり、まばたきをした迅さんが、ひと呼吸置いてから「和音」と呼んだ。

「おまえに、お客さんだよ」

 迅さんが、わざわざ言葉を選んで私に告げた理由を理解すると同時に、ブラックトリガーで換装をすませた。ほとんど反射で換装したもので、一瞬ぐらりと意識がぼやけたのを手繰り寄せて迅さんを見据える。
 悲しそうにか、さみしそうにか、微笑みをたたえた迅さんが告げた。

「あぁ、確定だ」

 心臓がどぐ、どぐと激しく軋んで止まらない。頭の中に血がじくじくと滲んでくるような熱を感じる。私は残った微かな理性で、どうにかその場に踏みとどまって待つ。
 トリガーの換装を検知したのだろう、ジジ、と秘匿通信のノイズが耳の奥で響く。

『ラインC許可を出す。以後報告を忘れるな』
『……了解』

 城戸司令から下りた許可は目標を発見、捕捉するまでの換装のみ。この前と同じで、私の動きが探知されれば、奴らはこちらに近づいてくるはず。いつここへ来てもおかしくないのだ、早く行かねばと急く気持ちを、屋上の縁へ足をかけて堪える。
 
「空閑君、ごめん。もう行くね」

 巻き込むわけにはいかないし、早く警戒区域内に向かわなければ。断りを入れたからと踏み出す足に力を込めたものの、空閑君はふいに身体を起こす。

「おれも手伝おうか?」

 力んだ身体がふっと緩んだ。呆気にとられて見れば、いつもと変わらぬ空閑君と目があう。あまりに平然とした様子に、聞き間違いかと戸惑ってしまうほど。
 間をおかず、空閑君は「レプリカ」と相棒を呼び出した。『心得た』と現れたレプリカは、ふわりと浮いて夜の三門市を眺める。

「初めて会った夜と同じ反応を探知した。和音を狙う者達だろう」

 ――私と空閑君が――初めて会った夜だとすれば、なるほど、二人もそれをきっかけに警戒区域内へと足を踏み入れ、私と遭遇してしまったのだろうか。
 ともかく、空閑君もまた体勢を整え、今にも夜の三門市へと踏み出そうとしている。まさか手伝うというのは、共闘してくれる、という意味なのか。混乱したままの私をおいて、迅さんはふぅと小さく息をついてから空閑君へと声をかける。

「遊真、トリガーは使うなよ」
「了解」

 二人の会話に、はっと我にかえった私は反射で口を挟んだ。
 
「いくらなんでも、生身でなんて……」
「大丈夫だよ。これもトリオン体だから」

 はて、空閑君はすでに換装していたということか。ボーダーでも換装したままの人がいるくらいだし、思い返せばあの夜も、制服姿であってもトリオン体だったような。
 ……いや、考えるべきはそこではない。トリガーを使うな、だなんて。これから接敵するだろうというのに妥当な指示とは思えない。
 空閑君を止めるための言葉がすぐには浮かばなくて、縋るように迅さんへと声をかける。

「迅さん、どうして止めないんですか」
「大丈夫だって。心配いらない」

 二人とも、大丈夫の一点張りだなんて。要領を得ない返事に問答しても仕方ないと悟る。空閑君を見れば、変わらず気配を探っているらしい様子。これ以上は時間の無駄にしかならないだろう。
 腹を括った私も、気を引き締めなければと辺りの様子をうかがう。万が一なんてあってはいけない。巻き込むなどもってのほか。そう心に留めている間に、ぴくりとレプリカが動いた。

「近い。北東約一キロ先だ」

 聞くが早いか、私は得られた情報を元に地を蹴った。駆けていった先、工場の跡地らしき開けた場所に目星をつけて足を止めれば、一拍置いて空閑君も背後に降り立った気配がする。
 辺りは静まり返っている。まるで、ここだけ世界から切り離されてしまったかのようだ。微かな物音も聞き漏らさぬよう集中すれば、ふっと気配が現れた。

「……娘か」

 声が響くと同時に、なにもなかったはずの地面からずるずると生えていくように形を成していくそれ。ローブを身に纏っており、目元にまで被さるフードで仔細はわからない。確かなことは、口元が笑みを象っているくらい。
 ――なぜ、人型近界民がここに?
 少なくとも私を狙っていることは間違いないらしい。私はひっそりと秘匿通信を繋げる。

『城戸司令。目標、人型を補足。ラインA許可を』

 用件を述べれば『許可する』との応答。戦闘になることを見据えて機を伺う。
 迅さんが空閑君の同行を黙認したのは、少なからず普段と違うことを予測していたからか。空閑君がどうサポートしてくれるのかわからないけれど、奴らの相手は私だからと弾幕を張る。場はまさに一触即発といったところ。
 直後、静かな空閑君の声が響いた。

「なぁ、おまえらの目的ってなんだ?」

 その一手は、戦闘のみを考えていた私を踏みとどまらせるには充分だった。弾幕はそのままに相手を見据えれば、笑みを模した口元も変わらず沈黙が落ちる。
 攻撃してこないのは、回答するつもりがあるのだろうか。思えば、奴らと言葉を交わそうと試みるのは初めてかもしれない。四年前にトリガーを返せと言われて以来、人型近界民と出会ったことがなかったから。
 私が攻撃する素振りを見せなかったからだろう。痺れを切らしたのか、そいつはゆったりと口を開く。

「……トリガーを回収することだ」
「ブラックトリガー相手にあんただけって、ずいぶん強気だね」
「たやすいこと」

 抑揚のない返答に対して、「ふーん」と気のない返事をする空閑君。
 たやすい、などと言われてしまっては困る。空閑君もいる今、巻き込むようなことがあってはならないのだから。思わず体に力が入るが、いっぽうで空閑君がふっと嘲るように笑った。

「おまえ、つまんないウソつくね」

 私は、奴らから視線を逸らすことが隙を生むとわかっているはずなのに、ウソだと言い切った空閑君へ身体が向くのを止められなかった。
 なにが、どうして? たやすいということが嘘? 
 疑問ばかりが浮かぶ中で空閑君と視線が絡んだ。目の前の空閑君は、一瞬のうちに愕然とした表情へと変わる。

「……隙を見せたな、アゼナミア」

 勝ち誇った奴の声が耳障りだと思った。やつの手は私のトリオン体の中央――トリオン供給機関のあたりだろうか――を掴んだようだ。どぐり、と内臓がぐらつく感覚に吐き気がしそう。通常のトリガーでは容易に破壊できないほど硬い私の換装体なのに、奴らの手はトリオン体を……貫くというより、溶けこみ混ざるように侵入してきた。
 無遠慮に身体を荒らされて睨むように視線を向けても、そいつはもう私を見てはいない。優位を疑いもしていないのだろう、空閑君へと目を向けながら「協力、感謝する」と言ってのける。

「空閑君」

 重ねるように呼べば、そいつへと鋭い視線を返していた空閑君が、はっと気づいたようにこちらを向く。感覚がおかしくなっているのか耳鳴りがわんわんと響くなか、やっとの思いで言葉を続ける。

「なにが、ウソ?」

 空閑君の視線がちらり、近界民へと移った。敵の動きを警戒しながらも、空閑君は口を開く。

「……目的は回収じゃない」
「……それなら……これは……」

 みし、と身体の中心で軋む音が響いた気がする。回収が目的ではないなら、私のトリオン体、その中心部で蠢くこのトリガーは、なにをしている? 私は意識を手放してしまいそうになるのを堪えて、視線を近界民へと戻す。眼前の近界民の口角が上がったことだけは理解できた。

「我らの任務について、知る必要はない」

 トリオン体であっても、再現された身体の中央を抉られる感覚が気持ち悪い。あぁ、ダメだ、意識が遠のく――
 ――瞬間、ばちんと弾けた音がした。わけもわからぬ間に目の前が真っ暗になる。

「……和音ちゃん、大丈夫なのか?」

 はっと気づいた時、私はただ、ぼうっと立ち尽くしていた。今のは空閑君が呼びかける声だろうか。失っていた視力を取り戻したかのように光が戻ってくる。眼前に広がる工場の跡地らしき景色も、夜空もついさっきまでと変わらない。
 そうして途切れた時間が徐々に進みはじめた頃、くい、と手を引かれた。つられて視線をやれば、変わらぬ姿の空閑君かと視線を上げかけて――慌てて視線を落とす。

「これ、壊れてるみたいだけど、どうする?」

 空閑君の腕がゆるりと持ち上がり、私の前を指差すので今度は視線をそちらへうつす。示される目の前を注視すれば、人型近界民とは似ても似つかない小さな残骸が落ちているではないか。報告をしなければいけない、といつもの流れで通信を繋ぐ。
 喉の奥が詰まったような気がした。それでも、秘匿通信に支障はない。

『ラインS発動しました。人型近界民は撃破。回収をお願いします』

 つまるところ、私がブラックトリガーをコントロールできなかった、という報告だ。少しの沈黙が落ちたが、城戸司令からの『ひとまず、ご苦労だった。追って沙汰を出す』との返答を最後に通信が切れる。
 私は無意識に違和感の残る胸元を確かめたのだが、怪我ひとつないことだけはわかった。トリオン体内部を掻き回されたような嫌な感覚はなんだったのだろうか。傷ひとつ負っていないことを自覚して、少しだけ呼吸が楽になる。
 ――けれど。

「……空閑君は……」

 掠れたみっともない声がでて、すぐに口をつぐむ。そもそも大丈夫か、だなんてどの口が言えたものか。少し迷って、それでも「ケガ、してない?」と聞けば、すぐに「ケガなんてしてないよ」と返されてほっとする。

「……巻き込んで、ごめんね」

 なんとなく表情をうかがうような気配を感じるけど、怖くて空閑君の顔を見ることができない。いったい私は、なにをしたんだろう。紅い瞳に少しでも――敵意や恐怖が混じっていたら、私はどうすればいい?

「……報告はすませてあるから、帰って」
「和音ちゃん」
「はやく。回収班が来ちゃう」

 顔も見ないまま告げれば、空閑君は私の手をそっと放した。そのまま気配が消えて、この場を立ち去ったのだろうと――安堵する。
 少しして現れた回収班は、人型と報告していたからだろう、該当するものがなく不思議そうにしていた。ともかく私は、残されていた謎の残骸を託して回収班の帰還を見送る。ひと息ついた頃には、再び城戸司令から指示が下された。

『現状の確認がしたいとのことで、間もなく鬼怒田開発室長が来る。お前は早めにこちらに来て、開発室で待機するように』
『――了解』

 私はゆるりと地を蹴り、本部へと向かう。長い夜はまだ、始まったばかりのようだ。


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サヨナラの引力

 

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