『ユーマの父……ユーゴは、私をユーマのお目付け役として造った』
レプリカの言う“私達”というのは、空閑君とレプリカ、そして……空閑君のお父さんのことらしい。そういえば、空閑君の口から親父という言葉が出たのを聞いたばかりだ。
家族のことを勝手に聞いていいのだろうか。止めることもできずぼうっと耳を傾けていると、レプリカは淡々と話を続ける。
『私達は近界を旅していたのだが……向こうの世界では、どこも戦争中であることがほとんどだ。幼いユーマには私がついているとはいえ、本人に戦う知識や力がなければ、生き延びることも難しかっただろう』
私には想像するしかできないが……戦争中の国を旅するというのは、どれほど危険だったのだろう。ましてや、空閑君は私より年下だ。私が初めてトリガーでの戦闘訓練を行ったのは高校に入ってからであることを思えば、もっと幼い頃から戦っていただなんて……考えただけでぞっとする。
『私が思うに……親とは、自分が守れない時に子どもが生き残れるよう、力や術を学び得てほしいと考えるのではないだろうか。和音の母親もまた近界で生まれ育ったのならば、なおさら身を守ることの大変さもよく知っていたはずだ』
レプリカは、どういうつもりで話してくれているんだろう。ただ、なんとなく感じたのは……お母さんはもしかしたら、自分が誰かを手にかけることも覚悟の上でブラックトリガーを遺しただろうか、ということ。
『そもそも、ブラックトリガーには作った人間の人格や感性が強く反映される。今回の件は私から見ると……相手のトリオン反応に対して、なんらかの防衛機構が発動したように思う』
「…………え?」
思わず聞き返してしまうが、レプリカは漫然と宙に浮いたままで、表情も変わるものではない。ただ、私を心配してくれているかのように寄り添ったまま、淡々とした口調で話し続けている。
『あの場にいた我々への攻撃の意図は感じられなかった。それに、これまでの和音の話からすると、おそらくトリオン供給器官などへの侵食がトリガーになっているように思う』
「……心臓のあたり、ってことだよね?」
『そうだ。推測のとおりだとすれば、なんらかの防衛機構が働くとしても無理はない』
いつの間にか涙は引いていて、頭の中から霧が晴れたように思考が巡っている。自然と相槌も打てるようになり、話を聞いているうちに落ち着きを取り戻せたようだ。だからだろうか、レプリカが『つまり』と話をまとめる。
『和音の母君が決めたことだ。あまり気に病まなくていいのではないか』
とくん、と心臓の鼓動が聞こえる。まるでレプリカの言葉に同意するように思えて、私はそっと胸元に手を当てた。この奥に遺るお母さんは、たとえ憎しみを買うことになったとしても、私を守るために覚悟を決めたのだとしたら――
「……ありがとう、レプリカ」
『うむ』
会話がふっと途切れて息をつく。時計を見れば、間もなく日も昇る時間だ。冬休みが始まっていて良かった。不可抗力とはいえ徹夜することになってしまったもので、これは生活リズムを戻すのに苦労しそうだ。
私の周りをふよふよと漂うレプリカは、まだ私の様子をうかがっているようだ。どうしようかと、おそるおそる声をかける。
「そろそろ、空閑君のところに戻る? よければ、空閑君にも大丈夫だって伝えてほしいんだけど……」
『ふむ、では本人に直接伝えるといいだろう』
「……え?」
呆けているとレプリカの分身から、うにょん、と分裂して生み出されたそれが宙に浮く。黒い球体の顔はどこか見覚えのあるもの。というか、直接って――
『なんだ?』
いつもより数段高い声だが、どことなく聞き覚えがある。まさか、と思っていると続けて『和音ちゃん?』との呼び声。私をそう呼ぶのはやはり……空閑君なのだろう。
「……これ、空閑君と話せるの?」
『私を介して和音の声をユーマに届けている』
『そうそう』
空閑君は自然と会話に混ざってくるけれど……だとしたら、さっきまでの会話って空閑君にも聞かれていたのだろうか。すると私の戸惑いに気づいたのか、レプリカは『今繋げたばかりだ』と補足する。
さて、どうしたものか。心の準備もなく目の前に空閑君を用意された身としては、なにから話せばいいのか思考が散ってしまっている。
「ええと……空閑君は今、話してて大丈夫なの?」
『うん。まだみんな寝てるからな』
それはまあ、そうだろうけど……。空閑君はずいぶんと早起きなのだろうか。おそるおそる「起こしちゃった? 大丈夫?」と聞けば「平気だよ」とあっさりとした返事。中学も冬休みは始まっていると思うけど、規則正しい生活を続けているとは凄いな、なんて。
現実逃避しそうになった思考をどうにか手繰り寄せて、私は用件をすませようと「……あの」と切り出す。
「……心配かけて、ごめんね」
『ああ、身体は大丈夫か?』
「平気だよ」
レプリカを介しているから、声色をきちんと読み取ることはできない。それでも、いつもどおりの調子に聞こえて少し安心する。
「昨日は……ごめんなさい」
『ん?』
「……いろいろと巻き込んじゃったのに……その」
迷ったすえ、必死で言葉を絞り出す。
「私、なにも覚えてなくて……」
怪我はしてないと言っていたし、レプリカの話からも被害はなかったとは訊いた。けれど、私と奴らとの問題に巻き込んだことには違いない。大丈夫だったかと私が口を開くより先に、空閑君は『なあ』と話を遮る。
『どこから覚えてないんだ?』
「えっ? ……と、その、回収がウソって話のあとくらいから……空閑君に、もう終わったのかって聞かれるまで……」
あたふたと覚えている限りを話せば、空閑君は『ふぅむ……』と唸る。
『なるほど、それは残念だ』
「ご、ごめん」
『いいよ、別に。覚えてないのは仕方ないだろ』
「え……? そ、それよりも巻き込んで申し訳なかったなって……」
『ふむ? おれは別に、なんともなかったじゃん』
「……えぇ、と……」
空閑君の不意義そうな反応に、こちらも戸惑ってしまう。そっか、と受け入れてしまっていいものだろうか。ほかの誰でもない空閑君が、なんということはないと言わんばかりなのだから。
煮え切らず、返事もできない私に痺れを切らしたのか、空閑君は『そもそも』と話を続ける。
『手伝うって、ついていったのはおれだろ。べつに和音ちゃんが申し訳なく思うことでもない』
「……そう、かな」
『うむ。……それに、正直に言うと』
なにを言われるのか――どき、としたのも束の間。
『和音ちゃんのトリガーがどんなのか見てみたかったんだ。でも、それで和音ちゃんに迷惑かけたのはおれだから、和音ちゃんは巻き込まれた側でもある。すまん』
空閑君はまっすぐに同行してくれた動機を自白し、しんみりとした謝罪までくれて、さらに戸惑ってしまった。私が巻き込まれた、だなんてとんでもない。さすがに申し訳なくて「空閑君が謝ることじゃないよ……!?」と言えば、『なら、おたがいさまだ』と空閑君は言う。
『和音ちゃんは敵が来たから戦いに行っただけで、おれもついてっただけだ。べつに、謝るようなことじゃないだろ』
……不思議だ、と思った。空閑君が言うと、それでいいんだ、と思えるような説得力がある。空閑君があっけらかんと言ってのけるから、いよいよ罪悪感も緩やかに解けていく。
「……ありがとう」
素直な気持ちを伝えれば、レプリカ越しの空閑君がふっと笑ったように聞こえた。それから『どういたしまして』と、どことなく柔らかな声が続く。
緊張が解けて穏やかな空気になったからだろう、思わずふあ、とあくびが出てしまった。空閑君にはバレるものではないと、油断していたのだけど。
『――和音、眠いのか?』
「……え? えっと」
『どうした?』
『和音はあれから一睡もしていない』
『なるほど、そりゃマズイな。はやく寝たほうがいいよ』
レプリカが会話に混ざってきて、空閑君も状況を理解したらしい。会話の切り上げ時だろうか、私は「あの」と声を上げる。
「……話、聞いてくれてありがとう」
おかげで気が楽になったからと、当たり前のお礼を言ったつもりだ。けれど、またしても空閑君の笑い声が聞こえてきた。今度はさっきと違って、くつくつと喉を鳴らしておもしろがっているような響き。
『和音ちゃん、そういうのはありがとうばっかりだな』
え、と反応するより先に、空閑君は『じゃ、おやすみ』と締めくくる。空閑君を模したレプリカは分身レプリカに吸収されていき、つまりは通信を終えたということなのだろう。途端にしんと静まりかえる部屋は、けれど先ほどより居心地がいい。
「……レプリカも、ありがとう」
『気にすることはない』
気に病むこともなくなって、さらに眠気が強くなってきた。もう一度ふああ、とあくびをしてしまうと、レプリカもいよいよ『眠ったらどうだ』と声をかけてくれる。
「……うん、ちょっと、寝るね。……おやすみ、レプリカ」
今度はとても穏やかな気持ちでベッドへと横たわる。最後、レプリカの『おやすみ』の返事を聞いたような記憶を残して、意識はあっさりと闇の中に沈んでいった。