今日のお出かけの目的は、空閑君を映画館に案内して映画を体験してもらうこと。無事に映画も見られて腹ごしらえも終わったとなれば、これで任務完了かな。
安堵しながらも、さみしいような気持ちも湧いてくる。……だなんて、と慌てて首を振った。別に変な意味ではなくて、私も予定がなかったから、こうして誰かと遊べたのが楽しかっただけ。他意はない。
私がゆっくりとサンドイッチを噛みしめている間にも、空閑君はパクパクとトレーの上のものを平らげていく。サンドイッチ、ポテトを食べ終えて、空閑君は椅子の背もたれへと満足げに背中を預けている。
「ふぅ……うまかった」
私もようやく最後のひとくちをのみ込んだので、互いのトレーには飲み物だけが残っている。それだって残り少ないもので、私は惜しむように自分のストローに吸いつく。
「いやー、紙のお金はすごいな。なんでも買える」
「……紙のお金?」
ひとりごとのような呟きが気になって、オウム返しに問う。空閑君は「うむ」と頷いたあとで取り出した紙幣――これは、五千円札か――をぺらりと揺らして見せる。
「これ一枚で一日分のご飯が食べられるのはすごい。紙のお金のくせに、なかなか価値があるな」
「……えっ」
五千円で一日分の食費としたら一ヶ月で……十五万くらいになってしまう。いくらなんでも食費にお金をかけすぎではないか。いったいどうして、と私はおそるおそる空閑君の状況を訊ねる。
「普段、何回ご飯食べるの?」
「朝と、昼と、おやつと、夕飯と、夜」
「……レプリカって、ご飯食べるの?」
「いや?」
この際、一日五食なのはおいておくとして。それにしても単純計算で一食千円。映画館でポップコーンやらを買っていたり、今こうしてサンドイッチを買っていたりと考えるとおかしい金額ではないが、だからといって……。
とまで考えたところで、もしかして、と閃いた可能性がひとつ。
「ご飯、ずっと外食なの?」
「ガイショク?」
「こうやって外でご飯買ったり、食べたりすること」
「うむ、トシノセとやらで皆忙しそうだからな」
年の瀬ともなると家族の都合もあるのは言わずもがな、帰省するメンバーもいる。普段は学業や仕事を優先している支部の隊員たちも同じとなると、古株メンバーのシフトが増えるとぼやいていたのはどこの実力派エリートさんだったか。
玉狛支部はそもそも(栞いわく)少数精鋭である。日によっては支部に人がほとんどいないこともあるし、空閑君も自分のことは自分で、と食事は外食ですませているのだろうか。いや、そうであってもエンゲル係数の高そうな……。思わず頭を抱えてしまうが、空閑君はきょとんとした表情のままだ。
「なんかまずかったか?」
「……空閑君の将来が少し心配になっただけ……」
金銭的なことにあまり口を出すのはよくないとは思うのだけど、聞いてしまった以上は引っかかるものがある。そんなペースで外食にお金をかけていて大丈夫なのかな。年末年始だけならいいだろうか。いや、だけど……。
見かねたのか、ふいに手荷物にまぎれていた分身レプリカがふわりと浮かびあがり、私の耳元へと身を寄せた。ひそやかな声で『和音』と呼ばれるので耳を澄ます。
『ユーマはこちらに来てから食事に興味をもったようだ。あまり咎めないでやってほしい』
「……そうなの?」
「うむ。ニホンに来てから食べたご飯はどれもおいしくてすごい」
なるほど、と頷く。向こうの食文化は知らないが、こちらに来て初めて食べたものも多いだろう。さらには今日だけでもポップコーンとサンドイッチと、初めてながらも美味しそうに食べていた。それも必要経費だとレプリカが考えているのであれば、私からとやかく言うことでもないだろう。
耳元のレプリカに、小声で「わかったよ」と返す。レプリカはお目付け役、だったか。レプリカが咎めないのであれば、私が口を出すというのも野暮というもの。
「自炊って大変だし面倒だもんね……」
「ジスイ?」
「んっと、自分でご飯を作って食べること――」
話しながら、あれ? と違和感。
「……空閑君って玉狛支部所属になるんだよね?」
「そうだと思うけど」
「じゃあ、玉狛の夕飯当番も空閑君になる日があるってこと……?」
「あぁ、なんかそんな話があった気がする」
これまでは玉狛支部の人たちに甘えてよく夕飯にお邪魔していたけれど、今後はさすがに控えたほうがいいだろうか。いや、あまり行かないとそれはそれで迅さんに捕まったり、レイジさんに肉を食えと言われたりするんだけど。
最近なぁなぁになりつつあった、夕飯時にお邪魔する際には事前に連絡することを徹底しなければ……。そう決意を新たにしていると、耳元のレプリカがそっと補足してくれる。
『当番になるのはまだ先だが、ユーマはオサムとチカと三人で担当することになった』
「……よかった、三雲くんたちも一緒なんだね」
『うむ、これから練習する予定だ』
空閑君たちが夕飯当番なんて楽しそうだな。学校の調理実習の時間みたいだろうし。空閑君の料理の腕前は未知数か……なんてほのぼのと考えていると、空閑君が不意に「そういえば」と割って入ってくる。
「レイジさんが、トシノセだから和音ちゃんもご飯を食べるかどうかと心配してたぞ」
「え? なんでだろ……?」
「和音ちゃんは一人だとご飯をめんどくさがるから、って」
「……いや、食べないわけではない、んだけど……」
さすがにおなかは空くので、まったく食べないと言うわけではない。ただ、三食きっちり食べるわけでもない。朝と昼が一緒になっちゃうとか、昼と夜が一緒になっちゃうとか、食べるものもまぁまぁ適当というか、そういう感じなんだけど……。
さすがに空閑君にそれを言うのもな、と憚られていると、空閑君が「和音ちゃん」と静かな声で名前を呼ぶ。
「……つまんないウソつくね」
「えぇ……」
「なぁ、提案なんだが」
さきほど手元で踊らせて、今は机の上におかれていた五千円札が、空閑君の手によってすっと私の前に差し出される。
「今日、これでおれの分も夕飯を作ってくれないか」
「……え?」
いきなりどんな提案だ、と面食らう。困惑していたら、空閑君は目を細めながらも神妙な顔つきで話を続ける。傍から見たらまるで、なにかの取引でもしているかのような雰囲気だろう。
「ずっとご飯を買って食べていたが、やっぱり玉狛みたいに誰かに作ってもらったご飯が美味しい」
「あ、うん、わかる」
「だから今日は和音ちゃんに作ってほしい。おれの分もあれば、和音ちゃんもご飯が面倒じゃなくなるだろ」
「そ、そうかも……?」
「レイジさんも、和音ちゃんがご飯を作って食べていたと聞けば安心するとなれば、みんないいことばかりだ」
にやり、と笑顔を見せる空閑君に下心があるだろうことは疑うべくもない。とはいっても空閑君もご飯を食べられ、私もご飯をきちんと食べ、レイジさんに心配をかけないとなれば、三方よしと言ってもあながち間違いではないかもしれない。
どうしようかと考えあぐねて飲み物に手を伸ばせば、ずず、と音を立ててしまった。ずいぶんと駄弁ってしまっていたようだ。……と、これだって空閑君に奢ってもらったものだと気づく。ならばもう、そうそうに白旗をあげてしまおうか。レイジさんの名前で思い出したこともあるし。
「……お金はいいよ。ここも奢ってもらっちゃったし」
「ほう?」
「その代わり、レイジさんにお金を持ってってくれる?」
「お金? なんの?」
「食費だよ。玉狛でご馳走になった日の分を渡してるんだけど、今月分、まだ渡せてないんだ」
いつもだったら月に数回程度なのに、今月はやけに玉狛に行くことが多かった。特に空閑君たちと知り合ってからは、流れで連れていかれることも多かったし。
「あと、夕飯の買い出し、手伝ってくれる?」
「それはもちろん」
「あ、あと家に上がる前にちょっと待っててね。ちょっとだけ片付けさせて」
「ほいほい。意外と注文が多いですな」
「人を家にあげるってのは大変なんだよ、空閑君……」
「うむ。このまえオサムに叱られた」
あれやこれやと条件をつけていると、空閑君から一回解散にしようか? とも提案された。私も部屋の片付けをしたいし、空閑君もなにやら用事がある様子。夕方にまた合流して買い出しをしてウチにくる、という話がまとまって――つまりは、空閑君に夕飯をごちそうすることになってしまったのだ。