新年の挨拶からはじまった迅さんからのメールは、八日に防衛任務に出られるかとの問いかけで締めくくられていた。
まず思ったのは、私のおやすみっていつまでなんだろう、ということだ。城戸司令から直接指令が出たのだが、防衛任務から外れるのはいつまで、とは聞いていない。だから、冬休みということも相まって散々に堕落した生活を送ったのだけれど。
まぁ、私としては許可が下りるのなら出ること自体に問題はない。そのままを伝えれば、あれよあれよという間に話が進んで、今日、一月八日。
「あのー……」
「ぼーっとしてると危ないぞー?」
文句を言いたいけどぐっと堪えて、警告には従って付近を探る。背後でピシリと空間が割れる気配。
狭間からぬるりと中型近界民が現れ、ドスンと地響きを立てた。ギロリと動く眼が私を捉え、次の瞬間に放たれた砲撃をギリギリでかわす。反射でバイパーを死角から抉るように撃ち込めば、中型近界民はそうそうに体勢を崩して沈黙した。
「おまえ、気が緩んでるな〜」
「まぁ、休みっぱなしだったので……」
不本意ながら、今のは確かに危なかった。なんだか集中できないというか、気が削がれてしまうのは、迅さんの言うとおり休みボケしてるのかも。
結局、一週間以上もお休みだったので身体がなまっているような気がする。城戸司令の指示は奴らに備えさせるためだと思うけど、肝心の奴らからの敵襲がなければ、することもないわけで。
と、なにを思ったのか別方向の解釈をしたらしい迅さんが、にやついた笑みを私に向ける。
「そんなにデート楽しかったのか?」
「……迅さん……?」
「いや、他意はないって。仲良いのは助かるってだけ」
うさんくさい笑顔をじいっと見ても、迅さんはへらへらとした表情を崩さない。そういえば年の瀬の映画デー……いや、映画の案内だって発端は迅さんだった。なにか企んでいるのか、単純な興味なのか……困ったものだ。
そして今の会話で思い出したのだろう、迅さんは本部を見つめて息をつく。
「今頃二人は、嵐山達の入隊説明を受けてるんだろうなぁ」
「迅さんは様子見に行かなくて良かったんですか?」
「京介が行くって言ってたし、大丈夫だろ」
――そう、今日は新規入隊日だ。空閑君と千佳ちゃんが二人、新たなボーダー隊員として正式に入隊を認められる日。これまでも玉狛支部の隊員だったようなものだが、今日から改めて訓練生としての訓練がはじまる。
そんな他愛ない会話を挟みつつ、現れた近界民を着々と狩っていく。今日はずいぶんと数が多いような。けれど迅さんは淡々と、しかし鮮やかに近界民を斬り伏していくもので、私の出る幕などほぼない。凄いなぁ、と眺めていれば、視線に気づいたらしい迅さんが振り返ってにこりと笑う。
「なに? おれのかっこよさに見惚れちゃった?」
「今日はなんだかご機嫌ですね」
否定も肯定もしなかったからか、迅さんは「つれないなぁ」なんて拗ねたように呟く。けれど声色は明るく、やっぱり迅さんも空閑君と千佳ちゃんの入隊に浮かれてるのかな。迅さんは風刃まで手放したくらいなのだから、今日という日を迎えられたことに思うところがあるのかも。
それならそれでいいけど、問題なのは、なぜ私をここへ呼んだかだ。迅さんはもともと一人で一部隊という扱いを受けるほどで、通常の防衛任務なら誰かと組む必要なんてない。現に今だって、気の抜けた私を連れてもお構いなしに近界民討伐を続けているくらいだ。
「で、迅さん。なんで私を防衛任務に……?」
「ん〜、まぁ、できることはしておこうかな、と思って」
さて、と近界民の残骸が山になりそうな頃、迅さんはふいに動きを止める。倣って立ち止まれば、ゆっくりとこちらを見た迅さんが穏やかな笑顔で――私へとスコーピオンを向ける。
「じゃ、和音。鍛え直してやるよ」
「……え」
「大丈夫だって。城戸さんの許可も取ったし、たまには実戦形式の訓練もいいだろ?」
……なにを言ってるんだ、この人は。実戦形式もなにも、訓練室でもない状況下で訓練だなんて普通はやらないことだ。だってトリオン体を破壊されたほうは戦線復帰するまでに時間がかかるから、有事の際に困るというデメリットまであるのに。
「いや、あの、訓練室ならまだしも……今ですか?」
「おまえが緊張感持ってやるには、これが一番良さそうだからな〜」
「私、スコーピオンセットしてないですけど……」
「大丈夫。おまえはとにかくかわす練習だけしてくれればいいから」
それだけ言って、迅さんが地面を蹴る。反射的にその場から飛び跳ねれば、さっくりと私がいた地を切り裂く刃。息つく間もなく次の刃が迫り、反射的にバイパーを放つも、迅さんは少し間合いを取っただけで弾をすべて切り捨てる。
「射手は、相手と至近距離で戦うのは不利だよな」
「少なくとも私は苦手です」
「でも和音なら小柄だし、反射で避けるまではどうにかなると思うんだよね」
迅さんは鋭い眼差しで私を見据える。肌を刺すような視線に嫌悪感が湧きあがるが、だからこそ私も怖気づかずに立ち向かっていられる。
「そんじゃ、おれと遊ぼうか、和音」
迅さんも戦闘狂だよなぁ、なんて考えていられるのも今だけだ。ひと呼吸おいて、笑顔の迅さんが足に力を込めたのを見て私も構える。ブレードの光が目に焼きつきそうなほど集中した私は、仕方なく迅さんの『遊び』に付き合うことにした。
§
「……迅さん、疲れません?」
「そうだなー」
気づけば街全体が夕日色に染まっている中で、まだ私たちは戦い続けていた。
最初のうちは、久々の迅さんの動きについていけなくて何度も傷をもらってしまった。けれど、だんだんと感覚を思い出してきてからは、互いに一歩も譲らないやりとりが続く。少なくとも鍛え直しが目的である以上、多少は手心を加えてもらっているのだろう。
迅さんはバックステップで距離を取ったと思えば、積み上げられたトリオン兵の残骸へと降り立つ。そうして「今日は終わりにするか〜」とのんびりした声とともに座り込んでしまった。やっと終わった、と私はトリオンキューブをしまってから、迅さんの近くへと駆け寄る。
「ええと、ありがとうございました」
「続きは次の任務の時な」
「え……まだやるんですか……」
稽古をつけてくれるのは有難いけれど、できれば訓練室でやってもらえないかな……。という希望は聞いてもらえないようで、「また任務の日、連絡するな」と言われてしまった。ふぃーと息を吐いた迅さんはそれに言葉を付け足す。
「そういえば、今度会議があるんだけど」
「へえ……大変ですね」
「……おまえ、模擬戦やった理由忘れてるだろ」
思わず「なんでしたっけ?」と聞いてしまう。いわく、去年に迅さんの進言があって太刀川隊と模擬戦闘をした、そもそもの理由は大規模な侵攻があるかも、なんて話があったからだ。年末はいろいろあったもので、自分のことに精一杯ですっかり頭から抜け落ちていた。
で、実力派エリートさんは予測されている侵攻について、対策会議に参加するとの話らしい。
「それで、どうかしたんですか?」
「おまえも参加させるよう、城戸さんに言っておいたから」
「……はい?」
城戸司令、私の防衛任務復帰の許可から対策会議の参加許可まで出したんですね……。
差し迫っているらしい侵攻に向けての対策会議は当然とはいえ、私が参加する意味はあるのだろうか。部隊に所属していない個人隊員が機密情報を抱えたとして、なにができるのか。不服なのが伝わっているのだろう、迅さんは言い聞かせるように言葉を続ける。
「直感ってさ、本能的に正解を引いてるらしいよ」
「……私の話ですか?」
「そ。感覚的なひらめきっていうのかな」
とん、と迅さんの指先が自らの頭を指す。と思ったらその指はそのまますいと私を示した。
「念のためおまえにも、情報は持っててもらいたいんだ」
「……それは私が役に立つと見越してるんですか?」
「だと思うよ」
迅さんは微笑んで「よろしくな」と言うが、ずいぶんと曖昧だ。役に立つ『と思う』迅さんの言い方は、まだ不確定要素が多いのだろうことも伺える。それでも、駒としているだけでも選択肢は増えるだろうし、そのための『逃げる術』を磨かれているのだろう。
――戦わずにすめばいいと思うけど、そうはならないのだろうな。
ぼんやりと考えていたら、ふいに迅さんの端末が鳴り響いた。私を一瞥してから応答した迅さんは、誰かと入隊説明会のことを話しはじめた。電話口の向こうの人に「あいつら、派手に目立っただろ」と自慢気で楽しそうに話している。
もう少しで防衛任務も交代の時間だ。それまでにゲートが開いたら、電話している迅さんの邪魔にならないように処理しないと。私はぼうっと夕焼け空を眺めながら、迅さんの近くで待機するのだった。