会議の先にあるべきものは

『和音も今日の会議出るんでしょ? 会議室で合流しようよ!』

 栞からのメッセージを確認して、『これから行くね』と返信する。
 対策会議の日時が決まったと迅さんから連絡は受けていたけれど、栞も参加するとは思っていなかった。早めに本部に来ていたこともあって、とりあえずは誘われたとおりに会議室へ。足を踏み入れて見れば、中央に設置された大きな機械のそばにいた栞が笑顔を見せてくれる。

「あ、和音! 早かったね。ちょっと手伝ってもらってもいい?」
「いいよ〜」

 どうやら準備の真っ最中らしい。私も栞の隣でしゃがみこんで、床下から引っ張り出されたケーブルを、端子に注意しながらひとつひとつ機械に繋いでいく。接続が終われば、あとは動作確認だろうか。栞がなにやら操作をはじめるので、私は手持ち無沙汰にぼうっと眺めるばかり。
 少しして、会議室のドアが再び開いた。入ってきたのは鬼怒田さんで、室内を見回した視線が私をとらえる。

「水沢もこっちに来とったのか」
「お疲れ様です」
「宇佐美、準備は?」
「もう少しで終わりますよ〜」

 言うが早いか、ブゥン、と動作音が響いてきた。入り口にいた鬼怒田さんがすぐに会議室の電気を落としてくれたので、機械の上部になにやら惑星図が投影されているのが見える。これで準備完了なのだろう、栞が小さく「よし」と満足気に呟いている。
 いっぽうで、鬼怒田さんは気にくわないと言わんばかりの苦々しい表情でそれを見上げていた。かすかに「まったく、気が重いわい」とぶつくさ言っているのが聞こえてくる。そのまま適当な席を陣取るのだろう歩を進めていった。
 また少しして、今度はぞろぞろと、遅れてやってきたらしい上層部の面々と――

「宇佐美と……水沢?」

 入ってきた風間さんは、栞はわかるけど私はなぜ? とでも言いたげな顔だ。栞が「おつかれさまで〜す」とゆるい挨拶をするので、おそるおそる「おつかれさまです」と後に続く。風間さんは間をおいて「ああ」と相槌を打ったあとで、席へと向かっていく。
 さらに続く三輪君は――なにか、顔色が悪いけど大丈夫なんだろうか――ピクリと眉を動かしたと思えば、ぶすりとした顔のまま風間さんに続いて席へと向かっていく。触れられないのも、それはそれで居心地悪いな、なんて。
 まだ会議は始まらないようだが、よくよく考えてみると迅さんの姿もないから当然か。時間をつぶすかのように各々がぽつりぽつりと談笑しているので、私も栞の隣から離れず過ごす。すると栞が「ねぇ」と密やかに話しかけてきた。

「和音は、いつから知ってたの?」
「……なにを?」
「遊真くんが近界民だってこと」

 ぎく、と心臓が跳ねる。空閑君が近界民だっていう話って、どこまでの人が知ってるんだろう。少なくとも城戸司令たちは知っているだろうけど、風間さんと三輪君も知っている、と思っていいんだろうか。
 できれば談笑にまぎれていますようにと願いながらも、私は声を潜めて答える。

「……空閑君たちが入隊するって時には、迅さんに聞いてたよ」
「そうなの? じゃあわりと最初から知ってたんだ」
「まぁ、そうだね……」

 いちおう、ウソではない。さすがに城戸司令たちがいるそばで、初めて会ったときのことを話すわけにもいかないし。あの時、迅さんから空閑君が近界民だと教えられたのも本当だ。
 言葉を濁していたら、再び会議室の扉が開いて「失礼します」の声が聞こえてきた。顔を上げると迅さん、三雲君、空閑君と――陽太郎まで勢ぞろいだ。鬼怒田さんの怒号と迅さんのへらへらした会話のあと、城戸司令が音頭を取ってようやく会議がはじまるらしい。

「我々の調査では近々、近界民の大きな攻撃があるという予想が出た」

 そう切り出した忍田さんが会議を進めていく。途中、空閑君が堂々とレプリカを呼び出したもので、会議室がざわつく場面もあった。なるほど、これは空閑君の正式入隊前だからと、迅さんにレプリカのことを口止めされるわけだ……と密かに納得しつつ。

「さすがは有吾さんだな……」

 ふいに、忍田さんの呟きが耳に留まった。レプリカに聞いた『ユーゴ』という名前は空閑君のお父さんのことだったはず。忍田さんが『さすが』と言うのは……顔見知りなのだろうか。
 考えている間にもレプリカの情報提供を受けて、映し出されていた近界の国家配置図が大きく更新される。仮想敵国はアフトクラトルかキオンだろう、と。私はただ各々の発言を聞くばかりで、会議は滞りなく進んでいく。

「――では、解散としよう」

 忍田本部長が締めの号令をかければ、会議の緊張感は一気に霧散した。
 普段は会議なんて縁遠いもので、私は特に発言もしなかったのだけど、参加してよかったんだろうか。せめて片付けくらいは手伝おうと、栞がやるように機械からケーブルを外していると、カツン、と背後で足音が響く。振り返れば鬼怒田さんが私を見下ろしていた。

「水沢、おまえはこっちだ」
「へ?」

 なんだろう、と呆けていると、と栞の「いってら〜」なんて間延びした声がかけられた。片付けを手伝えなくて「ごめんね」と声をかけつつ、鬼怒田さんの後をついていく。
 説明もなく連れていかれる時は、たいていは計測が目的だ。思えば長い休みだったもので、鬼怒田さんとしても心配なのかもしれない。想像どおり研究室の奥に連れていかれ、計測用ベッドに腰かけて、ひと息。

「長く顔を出していなかったな」
「年末年始は平和でした」

 鬼怒田さんは「ほれ、手伝え」と測定用装置を差し出す。手に取って胸元に当てれば、鬼怒田さんは電源を入れた。測定が始まれば、鬼怒田さんは変化を見落とさないよう、ディスプレイをじいっと見つめるばかり。
 ――ピ……、ピ……。
 聞き慣れているはずなのに、なんだか違和感を覚えて戸惑う。なんでだろう、と考えていると、鬼怒田さんも異変に気づいたのか私へと視線をやる。

「どうした、なにかあったか」
「いえ、なんだか――」

 ピーーーーーー、と電子音が甲高く鳴り響く。鬼怒田さんが慌てて眼前のディスプレイへと視線を戻し、なにやら操作したのだろう、音はすぐに鳴り止んだ。
 急なことにびっくりして、心臓がばくばくと弾んで落ち着かない。けれど鬼怒田さんが「計測エラーだ。もう一度装置を当てろ」と指示するので従うばかり。
 おそるおそる胸元に当て直せば、少ししてまた、ピ、ピ、と規則的な電子音が聞こえてくる。驚いたからだろうか、さっきより早いリズムで鳴ってはいるが、計測に問題はないようだ。
 さっきの音は、まるで医療ドラマで聞いたような――

「水沢、大丈夫か」
「……びっくりはしましたけど、大丈夫です」

 考えちゃいけない、と意識をほかへ向けようとするが、見慣れた研究室では気がまぎれない。仕方なく動き回っている鬼怒田さんを眺めていれば、モニターを確認しつつメモを打ちこみつつ、と忙しそうだ。
 ふいに鬼怒田さんが「そういえば」と口火を切る。

「今日の会議はどうだった」
「どう、と言われましても……」
「空閑のことを知っとったのか」

 遠回しに『空閑君が近界民である』ことを知っていたのか、ということだろう。本来なら機密事項であろうそれを私が知っている確認だろうかと「えぇ、まぁ」と相槌を打つ。

「どうして言わんかった」
「迅さんに聞いた時にはもう、空閑君の入隊が決まってたので……」
「……あのトリオン兵も見たことがあったようだが?」
「え、まぁ、玉狛支部で何度か……」

 じろり、とクマを拵えた眼で睨まれると迫力がある。いかにも『なぜ報告しなかった』と言わんばかりの眼差しに、おずおずと「すみません……」と頭を下げた。ふんと鼻を鳴らす鬼怒田さん。どうしよう、この流れだと言いづらいんだけど、レプリカに聞いたことって話したほうがいいんだろうか。
 迷っているうちに、鬼怒田さんは「問題はなさそうだ」と測定を結論づけ、危機を返せと言わんばかりに私へと手を差し出す。素直に返せば、鬼怒田さんは「まったく」と息をつく。

「おまえも玉狛なんぞに居座りおって」

 意図を聞き返す間もなく、鬼怒田さんは「ほれ、帰っていいぞ」と手を振る。取り付く島もないので、私は素直に「お疲れ様でした」の挨拶だけして研究室を後にした。
 城戸司令といい鬼怒田さんといい、どうにも玉狛支部を敵視しているようで困ってしまう。ブラックトリガーを持つ私を、玉狛が懐柔しようと企んでるのでは……くらいに考えていそうだ。後見人である城戸司令と、ブラックトリガーの解析に尽力してくれている鬼怒田さんの管轄下から出ていくつもりはないのに。

「お、和音ちゃん。おつかれさま」
「……空閑君?」

 呼ばれて視線を上げれば、白い髪と黒い隊服で間違えようもない空閑君が立っていた。手持無沙汰にジュースを飲んでいたらしく、飲み終わったらしいゴミを設置されているゴミ箱に捨てている。

「じゃ、行くか」
「……え?」
「玉狛、今日は行かないか? 迅さんに連れてきていいよって言われたけど」

 まるでそうすることが当たり前とでも言わんばかりだ。空閑君はこれから帰るからか、換装を解いている。
 鬼怒田さんの言葉が脳裏を過ぎる。玉狛に居座っていると思われるくらいに足しげく通っているのは、たぶん、空閑君も理由のひとつだ。空閑君に誘われたら、天秤がたやすく傾いてしまう。

「……それなら、行こうかな」
「おう。じゃあ、手かして」

 空閑君は、私の思考を遮るかのように手を差し出した。なんだろうかと思ったが、言われるがままに手を出せば、ぎゅうと握られて――

「よし、行こう」
「え、あ、うん」

 ――私と空閑君は、揃って本部を後にしたのだ。手を、繋いで。


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サヨナラの引力

 

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