「なんだなんだ、玄界の猿は芸達者だなァ!!」
逃げの一手ばかりの私を嘲笑う角付きは、思いの外楽しんでくれているらしい。おそらくは逃げ惑うだけの私を甚振るのが性に合っているのだろう。なかなか性格が悪そうだ。
変化弾の弾道をいろいろに弄ってみるが、どれもこれも手応えはない。流体をすり抜けるだけの弾丸だが、風間さんからは『撃ち続けろ』との指示。忍田本部長からは『まだ解析班が研究室にいる』との声もあるが、私には後退し続けることで精一杯だ。
「ったく、雑魚がよぉ! お仲間はどうした? はやくしねーと殺しちまうだろうが!」
掠めた傷だらけの私を舐めるように見て、愉快と言わんばかりに笑む角付き。私を痛めつければ、助けようと他のトリガー使いも来ると考えているのだろう。手心を加えられたブレードだからこそ、どうにかかわしていられる。
とはいえ、予期せぬ場所からブレードが生えてくるものだから、反射で避けるしかない。ギリギリの攻防が続くなか、いつまで集中力が持つだろうか。
『こちら堤! 水沢さん、こっちへ!』
通信と同時にルート案内。考えている余裕もなく、そのままホールへ。
当然私の後を追ってきた角付きだが、足を踏み入れた瞬間に銃弾の雨が降りそそぐ。
「復帰早々クソめんどくせーのが来やがったな!」
諏訪さんの諏訪隊が来ていた。マッピングされた場所にいる諏訪隊へと合流すれば、まとめて殺すと言わんばかりに液状化したトリオンが広がり、諏訪隊が背にしていた廊下へと押しやられる。
『水沢、このまま訓練室に引くぞ』
諏訪さんからの指示に『了解』と返し、今はとにかく後退を続ける。トリガー使いがまとまって現れたからだろうか、攻撃がさっきより鋭くなっている。
やっとの思いでついた訓練室だが、入り口を壊さんとするブレードの隙を縫って――堤さんが私の手を引いた。角付きの死角になるようにかわしたのだろう、堤さんに引かれるまま管理室へと向かうが、角付きは諏訪さんたちを見ていて私たちに気づいていない。
「仮想戦闘モード、ON!」
堤さんが訓練室を起動したのと、諏訪さん、笹森くんが角付きを訓練室に連れ込んだのはほぼ同時だった。まだ油断はできないが、とりあえずは角付きを確保できたことに息をつく。
「……堤さん、すみません」
「大丈夫。水沢さんを引かせるように指示があったから」
予断を許さない状況ながら、堤さんは笑顔を見せてくれる。指示とは誰が、と聞きかけたなかで――通信が入った。
『水沢。おまえは東部に向かえ』
「……城戸司令?」
『おまえの担当だ』
城戸司令の言葉に、やつらが来たのだろうことを察する。この場を離れるのかと後ろ髪引かれる思いではあるが、城戸司令はすぐに返答をしなかった私を叱るかのように『今、忍田本部長がそちらへ向かっている』と付け足した。
私がこれ以上ここにいてもできることはない。であれば、自分にできることをしにいかなければ。気持ちを切り替えて『了解』と答えれば、今度はレプリカが『城戸司令』と声をあげる。
『和音は、ブラックトリガーでの戦闘は許可されているのだろうか』
『緊急事態ゆえ、その場での判断に任せる』
『承知した。和音、確認したいことがある。このまま移動を開始しよう』
私は頷いてから、堤さんに「すみません、あとはよろしくお願いします」と頭を下げる。城戸司令からの指示が出ていることを察しているのか、堤さんは「気をつけて」と送り出してくれた。
管理室を出れば、レプリカから東部に向かうルートが提示されたので、案内されるがままに駆け出す。出入り口にロックが掛かっていたのは角付きが侵入した影響らしいが、内から解除して出ればすぐに警戒区域だ。急いで駆け抜けているとレプリカが『さて』と話しはじめる。
『和音は、ゲートについてどこまで知っているだろうか』
「……えっと? 向こうの世界とこちらの世界を繋ぐもの、だよね?」
『うむ。つまりゲートを探知したとして、どこと繋がっているか、という識別は別の問題になる』
ふと、大規模侵攻の対策会議の時に星の軌道が幾重にも重なっていたことを思い出す。あれほどにたくさんある星の、どこからやってきた近界民なのか。補足するようにレプリカは『同じトリオン兵であっても、同じ国から送られてきているとは限らない』と言う。
――あれ? と違和感。それじゃあ、“私を追うやつらのゲート”というのは、どうしてわかるのか?
『初めて和音と会ったときも、和音を狙う近界民からの襲撃があったのだろう』
「……うん、そう」
『ならばやはり、和音を追う者達には特徴がある。ゲートが開くばかりで、トリオン兵を送ってくる気配がない』
私には、どうしてそれが区別する理由になるのかがわからない。黙ったまま駆けていれば、レプリカは話を続ける。
ゲートは近界民を送り込むためのものだから、ゲートが開いた後には必ずなんらかの反応が確認できる。無論、トリオン探知を無効化する技術もあるが――だからこそ。
『ゲートを開いた時点で探知を逃れることは難しい。それでも、探知を無効化したものだけを送りこむというのは妙だ』
「……侵入したのはバレちゃうのに、それでも探知を無効化する意味はあるのか? って話?」
レプリカが『そうだ』と頷くので、なんとなく理解する。確かに、探知に引っかかるような近界民を送り込んでおけば、同時に送り込まれた探知を掻い潜った“なにか”からは意識が逸れるはず。なのに、そうしないのはどうしてか?
『ゲートが開くのは、おそらく――』
「お、腹黒チビじゃねーか」
レプリカに提示されていた地点の付近に辿り着いたのと、太刀川さんが私に気付いたのは、ほぼ同時だった。呼ばれた声に視線をやれば、新型らしきトリオン兵の残骸も傍らに残っている。
「B級はあっちって指示がなかったか?」
「今は城戸司令の指示で来てます」
「あー、そっちか」
レプリカの補足を聞けば、B級は合同で南部地区の防衛、太刀川さんは東部地区の防衛を任されているらしい。合流したのが太刀川さんでよかった。ある程度こちらの事情がバレているぶん、説明が楽だ。
新型を相手どってきたとは思えないほど飄々とした雰囲気の太刀川さんだが、ふいに眉根を寄せて「あ〜」と声をあげる。
「出水もやられたか」
「……え!?」
「本部に帰還してるから大丈夫だ。どうも基地周辺がヤバそうだな」
とりあえずはクラスメイトの安全を確認して安堵した。落ち着いた様子の太刀川さんが通信でやりとりをしているのを尻目に、私は本部基地のほうを見やる。どうかみんな、無事でありますように。かくいう私も警戒を緩めるわけにはいかない。そもそも、ここに来たのは――
ぱりん、となにかが割れる音がした。同時に、しゅんと換装が解ける。
「――あ、れ?」
『和音?』
「あ? なにやってんだ、腹黒チビ」
呆気にとられていると、と考える間もなく、今度はブラックトリガーが起動する。
「……太刀川さん、気を付けてください」
「新手か?」
「たぶ……っ……!」
かっと心臓が燃え上がったように熱い。これまでにブラックトリガーを使っていたときとは比にならない速度でトリオンを吸収している。動悸が激しく苦しい。
「おいチビ、大丈夫か?」
「それより、敵が、どこかに……!」
ドグン、ドグン、と今にも心臓が飛び出しそうに錯覚してしまう。動悸を堪えるのに必死で辺りの様子もわからず、片膝をついてしまった。
刹那、太刀川さんの旋空弧月が空気を切り裂いた。ぱきん、と小さな音が聞こえて、霧のようなものが吹き出したと思えば、人型を形づくっていく。
「玄界の戦士よ、お前に危害は加えない」
「そいつはありがたい。だが、近界民は全部斬ってこいって指示でね」
私を庇うように立ちはだかる太刀川さんの向こう、ぼやけた視界では人型を視認するのがやっとだ。言葉のとおり武器を持った様子もないが、しかし――
「よい。いずれにせよ私の任務は完了した」
そう言うのと、太刀川さんが難なく人型を斬り捨てたのはほぼ同時だった。刹那、人型からぶしゅりと激しくトリオンが漏出し、息が詰まる。
「おい、チビ、しっかりしろ!」
「……くる、し、くて……」
最後、身体の奥からバキン、と音が響いたのを最後に、意識が堕ちた。
§
――ふわりと意識が浮上する。
ゆるゆると瞳を開ければ見慣れた天井で、鬼怒田さんの研究室だと気づいた。意識を飛ばしたことで記憶が途切れていて、いまいち現状を飲み込みきれない。
それでも、とゆっくり体を起こせば、「水沢!」と慌てたような鬼怒田さんの大声が耳を劈いた。
「起きたか! おい、話せるか!」
「……大丈夫、だと、思います……」
私の状況を確認している様子の鬼怒田さんに、やっとの思いで返事をする。喉が乾いているような感覚だ。息苦しさはないものの、心臓のあたりが締め付けられているような錯覚が拭えず、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
ふと違和感を覚えて自身を確認すれば、生身ではなく換装したままではないか。
「……戦闘体って眠れるんですか?」
「お前の場合は、機能停止していたというほうが近いな」
落ち着いたのか、息を吐いて額の汗を拭う鬼怒田さん。意識が落ちてからの記憶は当然なく、大規模侵攻はどうなったのだろうか。そのまま尋ねれば、今日で侵攻から三日も経ったと。
「……え、は?」
「いいか、まだ換装は解くな」
状況を飲み込みきれない私をおいて、鬼怒田さんは見慣れたバインダー上の書類にペンを走らせる。記録するかたわらで、私にこれまでのいきさつを掻い摘んで話してくれた。
私が戦闘体のまま意識を失ったときには太刀川さんが一緒だった。太刀川さんはトリオン兵を排除する任務を負いながら、C級と市民に加え、お荷物の私も守ってくれたのだという。もちろん城戸司令に経緯を報告しつつ、事が終わったあとで私を鬼怒田さんの研究室へと連れてきてくれた、と。
ずいぶんとお世話になったのだな……と考えていると、鬼怒田さんは「それから」と話を続ける。
「迅に、玉狛のトリオン兵からの推論を聞いた」
「……ブラックトリガーの、ですか」
「そうだ。おそらくはこれがヒューズ機構だったのだろう。思い当たる節はないか?」
原因はわからないが、トリオンを吸収していただろうこと、その勢いが普段の比ではなかったことを伝えれば、鬼怒田さんは「ふむ……」と唸りつつペンを走らせる。
いわく、ヒューズ機構とは貯蔵限界値を突破したブラックトリガーの機能を強制的に落とす――つまり、トリオン体の機構を破損させる――のだろうということ。だから戦闘体のまま機能が停止し、様々な機能障害に対する自己修復を、今日まで行っていたのでは、と。
記録が終わったのだろう、鬼怒田さんはバインダーを投げるように机に置いた。
「最低限のデータはとった。急いで医務室に行くぞ」
「……はい?」
「トリオン体の機能が停止しとったんだ、栄養がどの程度吸収できたかもわからん! 生身にどんな影響が出ているかわからん以上、医務室で待機だ!」
さっきから一転して声を荒立てる鬼怒田さん。同時に医務室へ連絡を入れているようで、それならばと私はようやく重い腰をあげる。
「じゃあ、行ってきますね」
「待て! 途中で倒れられたら敵わん!」
「換装してる間は大丈夫じゃないんですか?」
忙しいだろう鬼怒田さんが、まさか医務室まで同行してくれるつもりだろうか。さすがにそれくらいは一人で行けると思ったのだが、鬼怒田さんからは「ばかもん!!」と叱られてしまった。どうやら、私が思っている以上に心配をかけたようだ。
それから、鬼怒田さんに連れられて医務室についたと思えば、なぜか入院の段取りが進められていた。身ひとつでそのまま病院に連れていかれ、許可が下りたので換装を解いたあと――再び、意識が途切れてしまったのだ。