未知と既知の狭間
「おーい水沢、大丈夫かー」
「見舞いに来てやったぞー」
「三雲先輩のついでだけどねー」

 和気藹々とした雰囲気で私の病室を訪れたのは米屋君、出水君、緑川君の三人だった。ここが病院だってわかっているんだろうか。とりあえずは挨拶を返そうと口を開いたものの、最後の緑川君の言葉が引っかかる。

「三雲君の、ついで?」
「あれ、知らないの?」

 緑川くんがきょとんと首を傾げてみせるので、おずおずと頷く。病院にきて気づけば入院になってしまったため、大規模侵攻の詳細は鬼怒田さんからは聞けずじまいだ。

「おまえもいろいろ繋がれてるなー」
「でも、思ったより顔色いいじゃん?」

 いっぽうの出水君と米屋君はマイペースに私の心配をしてくれている。ありがたいんだけど内容がバラバラで、なにから答えたらいいのやら。
 彼らのペースじゃ話が進まなそうだ。いったんは問いかけを全部無視して頭を下げる。

「今日はお見舞いありがとう」
「おう」
「軽い栄養失調らしいので元気です」
「へー」
「で、三雲君はどうしたの?」

 ひととおり会話に答えた上で話を聞けば、米屋君が経緯を語ってくれた。
 今回、敵の目的はC級隊員の捕獲だったらしい。実際にC級隊員の中で行方不明者が出ており、ラービットに捕獲されてしまったのだろうという話だ。
 なかでも、特にトリオン能力の高い千佳ちゃんは執拗に狙われたようだ。敵から守るべく対策を講じた三雲君が大怪我をして、現在も意識不明のまま入院している、と。

「……大丈夫かな……」
「迅さんは大丈夫って言ってたよ」

 思わず零した言葉に、緑川君は頭の後ろで手を組みながらも自信満々に断言する。迅さんの言葉だからだろう。だけど「まぁでも、心配だからね」と続けた表情は珍しく不安そうだ。私に見られたくないのか、一瞬目が合うと顔を背けられてしまったけど。
 私が三雲君のことを知らないのが意外だったのか、米屋君は「そういうことなら」と話を続ける。

「今回の侵攻について、話聞いてないカンジか?」
「うん。鬼怒田さんに聞くまえに入院になっちゃったから……」
「おまえ、二級戦功とってなかったか?」
「…………え?」

 誰が戦功をとったのかと呆けていると、ここぞとばかりに緑川君が話し出す。
 どうやら今回の大規模侵攻においては人型近界民が多数攻めてきていたようで、なんらかの形で係わった隊員には各種戦功が授与されたとのこと。そう話す緑川君が得意げなのは、出水君と米屋君も合わせて人型近界民の撃破に大きく貢献し、C級の援護まで行ったとして一級戦功を授与されたからのようだ。
 思わず「それは……おつかれさま」と労わっていると、出水君が「それで」と補足説明をしてくれる。

「水沢も基地内部に侵入してきた人型近界民の囮になって、本部職員の被害を抑えたっつーんで二級戦功って聞いたけど」
「……そ、そうなんだ……?」
「本人が知らないのかよ」

 米屋君はけらけらと笑っているが、聞いていないのだからしょうがない。出水君が、さっきの私へのお返しか「おまえも、おつかれ」と労わってくれるので、おずおず「ありがとう」と頭を下げる。
 そんな私たちのやりとりを見た米屋君がふと笑みを浮かべて、出水君と目配せをしているのが伺えた。なにかと思っていると、米屋君は自然な素振りで緑川君へと声をかけた。

「緑川、ついでにちょっとパシられろ」
「え、なんのついで?」
「オレらからジュースの褒章やるんだよ。水沢の分と、ついでにお前の分もてきとーに買ってきていいぞ」

 米屋君はそういって、お金を緑川君へと押し付ける。緑川君は面倒そうな表情をしたものの、奢ってもらえるからか素直に「行ってくるー」と病室を出て行った。
 見送って、出水君と米屋君は頷きあい私へと顔を向ける。口火を切ったのは出水君。

「それ、機密のトリガーのせいってマジなわけ?」
「……どれ?」
「入院」

 入院がブラックトリガーのせい、というのは語弊があるような気もするが……あながち間違いでもないだろうか。機密事項だからと濁してもいいのだけれど、私を心配そうに見ている二人に誤魔化すのは気が咎めて、渋々と「無関係ではない、かな」と答える。
 出水くんは「そっか」と相槌を打つが、難しい表情のままだ。

「……おれは太刀川さんから、水沢が急に動かなくなったって聞いたんだけど」
「うん」
「直前まで、おまえを狙ってるっぽい人型がいたって」
「……うん、それはうっすらと覚えてる」

 苦しかったから、あたりの様子にそこまで意識を向けていたわけではない。それでも、人型がいたことだけは覚えている。
 出水くんの鋭い猫目が、真っ直ぐに私を見据えている。

「だから、機密なわけ?」

 城戸司令から直々の緘口令を受けている出水くんは、ギリギリのラインで言葉を選んでいるようだ。米屋君の口数が少ないのは、あくまで『知らない』立場だからだろうか。
 もうここまで知られてしまっていることだ。必要以上に隠すこともないだろうと、私はいよいよ口を割ることにする。

「……城戸司令たちは、そう考えてるかもね」

 そもそも、ブラックトリガーの存在を秘匿するように言った最初の理由は、ブラックトリガーへの扱いを決めかねていたからのはずだ。私がボーダー隊員でもないのにブラックトリガーを保持してしまったから、ということもあるだろう。
 ならば、ボーダーに入隊すると決めてからも機密として扱うことにしたのはなぜか。もしかしたら、私を狙った近界民の存在を知ったからなのかもしれない……というのは、あくまで想像の域を出ないのだけど。
 返事を聞いた出水くんは猫目を細め、私から視線を逸らさない。

「おまえは違うのか?」
「私は……」

 出水くんに、どうしてS級じゃないのかと聞かれるのは二度目だ。一度目はただ、そういう決まりだからと答えただけ。だから、改めて私の考えを問われた今、口をついて出たのは――

「……今回みたいに、なにがあるかわからないのが……怖いから」

 言葉にするほど罪悪感が湧いてきて、声が小さくなってしまったのが自分でもわかった。情けない、と思ういっぽうで、今回も人的被害がなくてよかったと安堵している自分もいる。
 出水君は「……そっか」と神妙に頷いている。米屋君はイマイチ想像がつかないのか「ふーん?」と不思議そうだ。二人とも怒ることはなく、怖がる様子でもない。ただ私の話したままを受け入れてくれているようで、ほっと息をつく。
 すると、米屋君が唐突に口を開いた。

「でも、狙われるくらいだから、なんかあるんだろ?」

 ――はたり、と気づく。このブラックトリガーのメリットなんて、あるのかな。

「心当たりないのか?」
「……考えたこともなかった……」

 だってお母さんから遺されたものとはいっても、ブラックトリガーにいい印象を持っていなかった。知らぬ間に誰かを手にかけることのできるものを、いつの間にか意識を奪うものを、自分ではどうにもできないものを、喜べというほうが無理な話じゃないか。
 私が呆けているからか、米屋くんは不思議そうに首を傾げて私を伺う。

「なんかねーの? 弾バカ達に勝てるくらいなんだからさ」
「めちゃくちゃ硬かったぞ。今回の新型より硬かった」

 出水君が補足するように口を挟む。けれど、"そう"見えるのはトリオンの吸収機構の影響だと鬼怒田さんが言っていた。もちろん普通のトリオン体と比べて硬くはあるものの、比例して機動力が落ちているのでメリットばかりではない。

「……鬼怒田さんにも、よくわかってないことが多いって言われてるんだよ。だから、狙われるような理由もわからなくて……」
「おまえは、普通のトリガーと使い比べてて、なんかねーの?」
「どうだろ……そんなに使うときがあるわけじゃないから……」

 自然と返した言葉に、出水君と米屋君が「「はぁ?」」と声を重ねる。つい肩が跳ね、なにがマズかったかと驚いてうかがっていると、出水君が急に大きな溜息をついた。

「もったいねぇ〜……! あんな撃ち放題の弾、絶対たのしーだろ……!」
「……え?」
「弾バカはおいといて……でも、ボーダーのトリガーよりそっちのほうがおもしろそーってのは思うな」
「…………えぇ……?」

 呆気に取られて言葉が出ない。戦闘狂といっても過言ではないような二人の意見は、私からは到底浮かばないもの。まさか戦うことだけでなく、トリガーを使うことそのものが楽しい、だなんて思ってもみなかった。
 どうしたものかと二人を眺めていると、私が困惑していることもわかっているのだろう、声の調子を落とした米屋君が「まぁ、でもマジな話さ」と続ける。

「オレもこいつも理論がどうのとかよくわかんねーけど、とにかくバトりまくってA級になったわけ」
「だから、おまえがS級になるなら、おれら以上に戦闘経験ないとキツいんじゃねーの?」

 二人は……つまり"習うより慣れろ"と言っているのだろうか。いつもだったら、城戸司令の許可がないと、と言葉を濁していただろうに。
 けれど今の私には、後に続いた出水君の言葉が妙に腹に落ちたのだ。ただでさえ、大規模侵攻でなにもできず歯がゆい思いをしたばかり。私にもっと戦闘経験があったら、もっとわかったことがあったのだろうか。それこそ、ブラックトリガーでもなにかの力になる、そんなやり方が……見つかる、なんて理想論か。
 けど、なにもしないままでは、変わらないということはもう、身をもって知っている。

「とっとと手合わせしようぜ。どんな性能かは使ってみるのが一番てっとりばやいだろ」
「そーそー。こっちもいい練習になるじゃん?」

 あっけらかんとした調子につられて――思わず笑ってしまった。

「……そういうところが、A級部隊になれる素質なのかなぁ」
「そりゃま、万年B級ソロ隊員とは違うだろ」
「未来のS級隊員なら、オレら対おまえでバトるのも楽しそーだしな」

 二人は普段と変わらず笑っている。勝負好きで、ちょっと意地悪で……なんだかんだと気にかけてくれるクラスメイト。今でさえこうなのだから、きっと私がこのままでも――S級を目指したとしても、変わらずいてくれるのだろうな、と思える。
 ずいぶんと話し込んでいたらしく、いよいよ緑川くんが「ただいま〜」と戻ってきた。手にはジュースが四本。出水君と米屋君に渡したあとで、私にも一本差し出してくれる。

「ま、水沢にしては頑張ったんじゃない?」
「それはどうも……」

 いつも辛辣な緑川君から褒章の言葉をもらうと、出水君と米屋君が「中坊に先輩風吹かされてんのかよ!」とけらけら笑う。いちおう病院なんだけどな……と眺めていれば、「ま、これで用事もすんだか」と出水君が口火を切った。応えるように「だな、帰るか」と米屋君が荷物をまとめ、緑川君が「じゃ、またねー」とゆるく手を振りながら、三人はあっさりと帰っていく。
 まるで嵐が過ぎ去ったようだった。まさに台風一過と言わんばかりの心を胸に、私はこれからのことを考えはじめる。
 だってもしかしたら、お母さんに遺されたブラックトリガーを、好きになれるかもしれないと思ったから。


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