密会のあと、もういっかい
 追って食堂を出た瞬間、背中を向ける迅さんの腰元に目が留まった。あれ、と違和感を覚えたものの、扉を閉めた廊下はまた薄暗くなってしまう。暗いままの廊下を淡々と歩いていく迅さんに、私も考えることをやめて歩き出した。
 世間話のひとつもないまま迅さんの部屋にたどり着くと、迅さんはベッドへ腰をどさりと落とす。

「はー、疲れた」

 私は部屋の扉をそっと閉めてから、改めて迅さんを眺める。疲れているのは当然として、腰元のトリガーホルダーへと視線を向け――ため息。

「……風刃、没収でもされたんですか」
「ん?」
「さっきの、模擬戦じゃなかったんですね」

 迅さんは目を細めて笑う。どこか余裕のある笑顔を浮かべる意地の悪さは本当に嫌なものだ。飄々としたまま、迅さんは私の問いかけに「残念、はずれ」と口角を上げた。

「模擬戦じゃなかったけど、没収されたわけでもないよ」
「……そうですか」
「おいおい、もうちょっと気にしてくれてもいいだろー?」

 片眉を上げてうかがう迅さんは、私をからかっているのだろうか。風刃がない理由を聞いてほしいということは……つまり私を呼んだ理由、話したい内容に絡んでいるのだろう。
 思惑どおりに聞くのも癪なので、私は少し考えて「それじゃあ」と声を上げた。

「会わせたかったのって、空閑君ですか?」

 迅さんはきょとんと目を丸くしたと思えば、意味深な笑顔を浮かべ口を開く。

「半分あたり。メガネ君にも会ったろ? あともう一人いるんだけど、みんなウチの後輩になるからさ。顔合わせしといたほうがいいと思って」

 話だけなら、よく玉狛へ足を運ぶ私のために顔合わせの機会を設けたかった……というように聞こえる。けれど、どうにも腑に落ちない……のは、ただの勘だけど。
 いっぽうで迅さんも、私が真っ先に挙げた名前が空閑君だったことに思うところがあったようだ。にんまりとした笑顔で「おまえさぁ」とこちらをうかがう。

「遊真が近界民ってこと、知ってるだろ」

 はぁ、と息をつく。こんな探り合うような問答はごめんだ。

「……今、迅さんが言いましたね」
「あー、はいはい。もう今日はおまえとまで駆け引きするつもりはないの」

 迅さんも嫌気がさしたのか、まいったとばかりに白々しい降参のポーズを見せた。内容が内容だけに、ストレートに聞くわけにもいかなかったのだろう。お互いに腹の内を見せあったところで、ようやく緊張が緩む。

「空閑君が近界民なの、みんな知ってるんですか?」
「ウチはね。本部のほうは、ほとんど知らないから気をつけろよ」
「了解です。……でも、さすがに城戸司令たちは知ってるんですよね?」

 近界民を入隊させる、だなんて城戸司令が素直に許可を出すとは思えない。それとも、ブラックトリガーを持っているから戦力になると見込んだのか。いずれにせよ上層部の知らない話ではないだろうと伺えば、迅さんは大げさなため息をつく。

「知ってるよ。っていうか、だから風刃を渡してきたんだし」
「……えぇ……!?」

 迅さんの言葉に、ようやく点が線でつながった。空閑君が近界民であることは城戸司令たちも知っていて、どういうわけか玉狛支部に入隊したいなんて話になったものだから、迅さんは風刃を本部に譲ってその許可をもらってきた……という流れか。

「あいつらにはまだ言うなよ。先輩としてかっこつけてるんだからさ」
「そんな場合ですか……?」
「それで、おまえにもかっこつけてもらおうと思って」

 思わず「へ?」とだけ言葉が漏れる。意図はまったく読めないし、話の先も見えない。不信感たっぷりに様子をうかがっていると、迅さんは知らん顔で話を続ける。

「うちの後輩、おまえにも頼みたくてさ。ちゃんと飯食いにこいよ」
「……なんの話ですか……」
「こっちの都合とか気にしないでいいからさ。明日また来たっていいし」

 ずいぶんと気前のいいことを言ってくれるが、さすがに二日連続で夕飯にお邪魔する、というのも心苦しい。とりあえずは「考えておきますね」と聞き流していると、迅さんは今度、しっしと追い払うような手つきを私に向ける。

「じゃ、ほら、遅いから今日はもう帰んな」
「え、えぇ……?」

 ずいぶんと勝手に呼んで追い出すものだ。迅さんの話は終わったということだろうか。呆れつつも踵を返せば、背後から笑い混じりの声がかかる。

「遊真が、おまえを待ってるみたいだから」

 ちらりと振り返れば、ニヤケ顔の隠しきれない迅さんが私を見送っていた。渋々「おやすみなさい」と告げて扉を閉め、さっさと戻るべく足を急がせる。
 食堂前の廊下は、ガラス越しに漏れる光がそのままだ。そういえば来た時の荷物も置いたままだったし、栞はまだいるだろう。なんて思ったのだけど――

「……空閑君だけ?」

 思わずこぼれた言葉に「おう」と元気な返事。栞と三雲君はどうしたのだろうか。そう疑問に思ったのが伝わったようで、三雲君は帰ったし、栞はもう寝るからと部屋に戻ったのだと空閑君が教えてくれる。
 まさか、そんな言伝のために待っていたのかな。様子をうかがっていると、空閑君は私の視線にも怯まず「なぁ」と声をあげる。

「和音ちゃん、迅さんと付き合ってるの?」

 ――予想だにしない直球の質問に面食らった。

「違うよ……そんなこと聞いてどうするの……」
「いちおう、確認かな」

 答えながらも荷物をまとめる。普通なら、もう少し慎重になる質問じゃないかなぁ。変に疑われたり、妙に勘ぐったり、からかわれるよりかは楽だけど。
 それで、次はどうするのだろうと視線を向ければ、空閑君はどこか挑発的にも見える笑顔をこちらに返す。

「それなら、一緒に帰ろうよ」

 ……もしかして、私が迅さんの彼女だったら夜道を連れ歩くのはまずい、と思ったのだろうか。だとしたら、もう少し聞き方はなかったのかと思わなくはないが……回りくどい言い方よりは気持ちがいいか。
 
「いいよ、帰ろうか」

 私は同じように笑顔で了承した。私を真似て荷物を持った空閑君の先を歩き、玉狛支部を後にする。
 迅さんが遅いというだけあって、月はすっかり高くに昇っていた。灯りの少ない道は薄暗く静か。自然に帰路を進んでいたのだけど、空閑君はなにも言わずについてくる。世間話のひとつでもと思うが――どうせなら、と問いかけた。

「ねぇ」
「ん?」
「空閑君は、向こうに帰りたくて部隊を組んだの?」
「……違うよ」

 ボーダーにとって遠征というのは、向こうの世界に行くこと。けれど近界民である空閑君にとっては違うだろう、という意図が伝わったらしい。空閑君は緊張を解いたかのように表情をやわらかくする。

「チカってやつが、さらわれた友達やいなくなった兄さんを探したいんだと」
「……そうなの」
「で、手伝おうとオサムに誘われたから、おれも手伝うことにした」
「えっと……そのためにボーダーに入隊したの?」

 思っていたより単純な理由に驚いていれば、空閑君は笑顔で「おう」と相槌をうつ。なんというか、拍子抜けだ。近界民がボーダーに入隊するだなんて、よほどの理由があるのだろうと思っていたのだけど……まさか、友達と部隊を組みたかったわけではないだろうし。
 
「こっちの世界は面倒が多いし、帰ろうかと思ったんだけどな」
「……迅さんたちにも、あっちの出身ってバレたんでしょ」

 空閑君は軽やかに笑いながら「せっかく和音ちゃんに見逃してもらったのにな」なんて言ってのける。とはいえ城戸司令も知っているとなると、たいした時間稼ぎにもならなかったのだろう。堂々と警戒区域に入ってくるくらいだし、どこで足がついたのやら。
 言葉を濁しているとはいえ話題が話題だからか、話をして大丈夫だと判断したのだろう。今度は空閑君から話を切り出された。

「迅さんは、和音ちゃんのトリガーのこと知ってるのか?」
「うん、知ってるよ」
「なるほど、それでみっかいを……」

 ……どうして迅さんが絡むと、空閑君の口からとんでもない言葉が飛び出してくるんだろう。思わず誰に聞いたのか尋ねれば「栞ちゃん」と。思わず溜息を漏らすが、空閑君は気にしていないのか「じゃあさ」と質問を続ける。

「和音ちゃんは部隊を組みたいわけじゃないなら、どうしてS級にならないんだ?」

 ――ふいに核心をついてくるのは天性の才能だろうか。
 そういえば、さっきも私に“B級ソロプレイヤーってなんだ?”と聞いてきた。あれはブラックトリガーの存在を知っているがゆえの疑問だったのだろう。
 空閑君が私に向ける眼差しには、どちらかというと好奇心が見え隠れしている。企みなどとは程遠いそれに、少しくらいなら話してもいいかと気が緩んだ。

「……私にしか使えないけど、使いたくなくて」
「ふむ」
「それで、普段はボーダーのトリガーを使うことを許してもらってるの」

 空閑君は「ふうむ……」と考える仕草を見せる。今度は黙り込んでしまうから不思議だ。妙に鋭い質問を飛ばしてくるくらいだから、矢継ぎ早に次の質問が来てもおかしくないのに。たとえば――

「……どんなトリガーか、とか聞かないの?」

 促してみれば、空閑君はきょとんとした顔のあとで強気な笑顔を見せる。

「それは、和音ちゃんと戦える時までとっとく」

 ぎく、としたのはバレてないといいけど。ただでさえ戦いは得意じゃないのだから。
 好戦的な性格のようだと伺っていると、鋭さはすぐに鳴りを潜めた。再び好奇心が見え隠れするあどけない表情に戻って、空閑君は私へと問いかける。

「もうひとつ聞いてもいい?」
「うん、なに?」
「あの夜、なにと戦ってたんだ?」

 ――正直、よほどのことじゃなければ答えるつもりだったけど。

「それは、まだ秘密かな」

 空閑君はあまり驚くこともせず「そうか」と頷いてみせた。潔いものだと、逆にこちらが空閑君をまじまじと見つめてしまう。好奇心旺盛なわりに引き際をわきまえているというか、食い下がることはしないらしい。
 話すことはできないが、それでも「いいんだ……」と素朴な感情が口から溢れた。空閑君はにんまりと笑う。

「正直なやつは好きだぞ」

 会って間もないのに、呆気なく放たれた“好き”という言葉に面食らう。他意がないのは、わかるけど。
 空閑君は疑問が解消されて満足したらしく、続いた質問は「明日も玉狛にくるか?」とありふれたものだった。呆気にとられたまま、思わず「行くかも」と返せば「じゃあまた明日」と。空閑君は手をひらりと振って、そのまま脇道へと姿を消してしまった。

「……びっくりした、な」

 まさか、迅さんが明日また来てもいいと言っていた真意は、ここまで視えてたから?
 とはいえ、さっきの今で迅さんに『明日も玉狛に行ってもいいですか』って断るのもなぁ。迅さんの思う壺って感じで気が進まない。とはいえ夕飯に迷惑をかけたくもないし、夜にちょっと顔を出すくらいならいいだろうか。
 私は悶々としながらも、明日の建前をどうするべきか思考を巡らせるのだった。


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