「和音、おつかれ〜」
「おつかれ。あれ、千佳ちゃんは?」
「修のお見舞い寄ってから来るって」
小南はそう言いながら、私が持ってきたお菓子を受け取ってくれた。訪れた玉狛支部の食堂、ソファの前のローテーブルにはポットやら、栞たちが用意したのだろうお菓子やら、マグカップやらも置かれている。
そろそろ時間だからと、栞がお茶をいれはじめた。そうしている間に再び扉が開く音。千佳ちゃんが「すみません、遅くなりました」と現れるころには、人数分のお茶も準備完了。
「よし、じゃあ全員そろったね」
各々がソファに腰を下ろしマグカップを手に取る。幹事である栞が「それでは皆、おつかれ〜」と間延びした乾杯の音頭を取った。口々に「おつかれ」と言い合い、優雅なはじまりではなくとも、気が置けない仲間うちでの慰労会のはじまりだ。
栞は引き続き会話の主導権まで握るつもりらしい。ぴん、と人差し指を立てながらにんまりと笑い、私たちを見比べて口を開く。
「女子同士の会話といえば、やっぱり?」
「……栞、最初から飛ばしすぎじゃない?」
意図を察して、つい言葉を挟んでしまった。とはいえ、てへ、と茶目っ気たっぷりに笑う栞を見るに撤回するつもりはなさそう。小南もわかっているからか黙りつつ、静かに抗議の意を込めて栞を睨んでいる。もちろん、スルーされている。
私たちの反応が微妙だったからだろう、栞はターゲットを定めたらしい。どことなく猫撫で声で「ねぇねぇ」と千佳ちゃんへすり寄っていく。
「気になる子とか、いないの?」
女子同士の話題に恋バナというのは定石だ。予想通りの質問に、千佳ちゃんは照れた笑顔を返しつつ「そういうのはまだ……」と口ごもっている。急なことだし内容も内容だ。頬が少し赤くなっているのは可愛い、可愛いけどトップバッターに後輩というのはなかなかいただけない。
ということで、あえて話題を遮ろうとわざと小南へ矛先を向ける。
「まずはどういう人がタイプか、じゃない? ねぇ、小南」
「あたし? 最低限、あたしより強い男じゃないと嫌よ」
「……じゃあ太刀川さんとか風間さんとか……?」
「……えぇ……」
誰か、という話から遠ざけたつもりなのに、一周回って戻ってきてしまった。いや、小南より強い男っていうと想像できる人が限られるし、思わずどっちがタイプなんだろうって気になっちゃって。案の定、小南は眉間に皺を寄せながらも考えこんでいる。
しかし、のんきに小南の返答を待っていたら、栞が急に「和音はどういう人がタイプなの?」なんて矛先を向けてくるではないか。あまり考えることもせず「……優しい人、とか……?」と答えると、栞はにまにました笑顔で「へぇ〜」と頷く。
「和音といるときは、そういう感じなの?」
「……へ? 誰が?」
主語の抜けた曖昧な質問に首を傾げる。すると栞は「またまた〜」と、暗にわかってるくせに、と言わんばかりだ。小南にいたっては「あいつ、なんだかんだ気は利くからね」と納得した様子。あいつって誰のことだろ……と思っていると、とどめに千佳ちゃんが照れながらも期待を込めた笑顔で私に訊ねる。
「やっぱり、遊真くんと付き合ってるんですか……?」
「――えっ!?」
いろいろとすっ飛ばして、空閑君と付き合ってる、まで話が飛躍していることに驚いてしまう。あげく、小南は小南で「はぁ!? 付き合ってたの!?」と反応している。栞に至っては「やっぱり〜」と楽しそうで、それぞれの見解でこんがらがっている。
「ち、違うよ! 付き合ってない!」
「え、そうなんですか……?」
「も〜隠さなくたっていいじゃん〜」
「そうよ、まだあたしたちに隠すつもり!?」
否定したところで、千佳ちゃんは驚いたように目をぱちくりとさせるばかり。いっぽうの栞は照れ隠しだと解釈したようで、もういっぽうの小南には隠し事はなしだろうと詰め寄られて、三対一の劣勢はなかなかに辛い。
「いや、あの、隠してるわけじゃなくて、本当に付き合ってないから……!」
もう一度ハッキリ告げれば、さすがに確信が崩れたらしい小南と栞が不満げにこちらを見つめる。唯一の良心、千佳ちゃんだけが「そうなんですか……?」と信じてくれそう。念押しで「そうだよ」と頷くも、栞がさらに食い下がる。
「でも、よく遊真くんと二人でこそこそしてたよね?」
栞の疑問も当然だろう。二人で帰る、だの寄り道、だのを一番見てきたのは栞だから。
「……それはもう、いまさらだから言うけど……」
私のブラックトリガーのことも、空閑君が近界民だということも、玉狛支部では周知の事実だ。……いや、千佳ちゃんだけは、ちょっと驚いたようにしているけども。秘密じゃなくなった今、ようやく事情を――たとえば、そもそもボーダーに入隊する前の空閑君に会っていたことや、その時に私のブラックトリガーを空閑君に知られていたことも――話せるわけで。
「――というわけで、密会って言われてたのはそういう理由」
栞はようやく納得したようで「そうだったんだ……」と唸っている。小南が「ふーん」と冷めた返事をしているあたり、これで話題は収束しそう。
と、安心したのも束の間だった。油断してたら今度、千佳ちゃんが「でも……」と伏兵として現れる。
「このまえ、修くんの病室から――」
“修くん”と“病室”という単語にフラッシュバックした情景。瞬間的にまずいと思って発言を遮る前に、千佳ちゃんは話を続ける。
「――帰るときに遊真くん、水沢先輩と手を繋いでて……」
「「はぁ?」」
再び驚きの声をあげたのは、もちろん栞と小南だ。私は開いた口を閉じるしかない。
さて、困った。残念なことに千佳ちゃんの言うことに間違いはない。空閑君は確かに私の手を引いて……しかも手を繋いだまま一緒に帰っていた。自分としても手を繋がれることを受け入れてしまったもので、誤解だよ、とは言い切れない。
「やっぱり付き合ってるの? なんで!?」
「もう水臭いってばー。いいじゃん別にー」
「あーもう、それもね、別に深い意味があるわけじゃなくて……」
たまたま空閑君相手にブラックトリガーが妙な挙動を返したものだから、続いてしまった“手を繋ぐ”という習慣を……どうしたら、誤解なく伝えられるだろうか。なんで手を繋いだときに? というのは、私だって知りたいというのに。
それにあの時は、たぶん、私が戦うことをあまり好まないこともわかっていたからこそ、訓練室まで逃がさないように……という意図だってあったハズ。ただ、だからと言って手を繋ぐか? と聞かれてしまえば、私には答えられるはずもなく。
「と、とにかく、私と空閑君はそういうのじゃ――」
「なんだか楽しそうだなー?」
唐突に割って入った迅さんの声に、白熱していた空気が一瞬で吹き飛んだ。女子会の真っ最中だが、別に食堂を貸し切りにしているというわけでもない。男子が入ってきたとなれば、恋バナの話題は霧散するだろう。……と、期待したのも束の間。
「実際どうなんだ? 本当に付き合ってないのか?」
――迅さんまで、にまにまと悪戯な笑みでこちらを見てくるではないか。
「じ、迅さんもそっち側なんですか!?」
「いや〜、和音って年下が趣味だったんだな〜」
「よかったわよ、迅みたいなのにたぶらかされなくて」
「小南〜? どういう意味かな〜?」
女子会の恋バナに混ざってくる迅さんの勇敢さはすごい。すごいけど、さらに敵が増えて四面楚歌の状況をどうしたらいいんだろう?
「遊真くんって、こなみも呼び捨てにしたくらいで大胆不敵! だもんねぇ」
「むかつくけど度胸はあるし……まぁ和音のことを守ってはくれそうね」
「……いや、だから!」
あぁもう、どうしようもない。私は前提条件となりつつあるそれを覆すべく、やっとの思いで話に割って入る。
「本当に付き合ってないからね!?」
必死で話の腰を折ろうとしたからか、思いのほか大きな声になってしまった。そうまで強く否定したのに驚いたのか、栞と小南がきょとんとしている。かと思えば小南はふぅ、と呆れ顔だ。
「……まぁ、それはそういうことにしといてあげるわ」
「な、なんで……!?」
「どう? 千佳ちゃんから見て、遊真くんってどんな感じ?」
とりあえず、誤解は解けたのだろうか。小南の意味深な反応は暖簾に腕押しって感じなんだけど。栞は千佳ちゃんにまで話を振っているし……と、千佳ちゃんは千佳ちゃんで真剣に考えてくれたようで。
「……あの、わたし……初めて遊真くんに会ったとき……年上だと思ってなくて……」
思い出しているのか、言葉を選んでいるのか、たどたどしく話を続ける千佳ちゃん。皆で「あ〜」だの「うんうん」だの相槌を入れつつ、成り行きを見守る。
「修くんと同級生って聞いてびっくりしちゃって。ごめんなさいって言ったら……遊真くん、『いいよ別に、歳の差なんて』って言ってくれたので、その……」
どき、ともぎく、ともつかない妙な感覚。よかったという気持ちと、いいなという気持ちが混ざってしまって、理由もわからず困惑してしまう。
そもそも歳の差を気にするようなら、私のことを『和音ちゃん』とは呼ばないだろう。たしか栞のことも『しおりちゃん』って呼んでるし。小南は師匠だからか、今は『こなみ先輩』と呼んでいるが……。
「あいつ、本当に生意気なんだから……」
「まぁでも小南だって、張り合いのある後輩が増えてよかっただろ〜?」
迅さんが楽しそうに小南に声をかけて、間。黙っていた小南が急に立ちあがり、迅さんを威嚇しはじめる。
「……っていうか迅! いつまで混ざってるつもりよ!」
「え、なに?」
「女子会なんだから、男子禁止! はやく出ていきなさい!!」
わいわいと賑やかに、撤退していく迅さんを見送って再び小南がソファへと腰を下ろした。そうして続けられる女子会はとても平和で――なんだか、私の心だけが置いてけぼりだ。私はふわふわと曖昧に踊る心情を持て余しながらも、話の流れを見守った。