「うわっ、……と、――はぁ!?」
『――緑川、緊急脱出』
緑川君の悲鳴と共に、ベイルアウトのアナウンス。自分もふっとブース内へと意識が戻ってきて、はぁ、とため息をつきつつベッドへと腰かける。
『ちょっと水沢、なんなのアレ!?』
「バイパーだよ……さっきから使ってるでしょ?」
『あんなのに引っかかるの、すげームカつくんだけど!』
端末越しに声を張っている緑川君の文句を聞き流し、もうひとつため息。正直、今のは自分でも驚いた。
私は、基本的には射手としての間合いは維持したまま対面するようにしている。ボーダーのトリガーでは換装体が脆いから、敵の間合いに入ると弱いからだ。迅さんや小南を相手取って少しでも長く生き残るためには、間合い管理は必至だったこともある。
けれど緑川君みたいな素早いタイプは話が別だ。こちらが間合いを維持しようとしても間合いの中へと切り込んでくる。それを逆手に取って撒いておいた弾に、まさか引っかかるとは思ってもみなかった。
『今ので三対二とかウソでしょ!? 水沢、やっぱり追加で――』
『おいおい緑川、次はオレの番じゃん?』
通信に割って入ってきたのは米屋君だった。それぞれと五本勝負という約束だったから、米屋君もブースで待機しているらしい。さすがに先輩の言うことは聞くようで、緑川君は少し間をおいてから『……わかったよ』と応答する。
『うっし、じゃー水沢、やるか』
「うん、お願いします」
応えて、設定を進めていけばあっという間に転送開始だ。
『――五本勝負、開始』
アナウンスと同時に気配が颯爽と近づいてくる。向かってくる米屋君の手には、見慣れない槍が構えられていて、さっそく突き出されるので反射で飛びのけるが――。
「やーっぱ浅いんだよなぁ」
「……ほんと、容赦ないね……」
「いや、水沢もふつーによけてんじゃん?」
足に軽い切り傷を食らって驚く。槍でこんな傷を負うとは不可解だ。突きで付いた傷ではないはず。
「私、米屋君の戦い方、知らないんだよね」
「奇遇だな、オレもだ」
目が違う。普段の飄々としたクラスメイトの顔ではない、相手をどうやって殺そうか品定めしている目。楽しそうだな、なんてため息をつきたくなるのを堪えて、私もまた米屋君を見据える。
どうにか記憶を手繰り寄せると、A級隊員はたしか、トリガーのカスタマイズが解禁されるんだったか。B級で基礎を鍛えたあとで、より本人の適性に寄り添ってトリガーを使えるようになれば戦い方も広がっていく。さて、どういう仕組みだろうかと探る間もなく――猛攻の最後、鋭いひと突き。
『――水沢、緊急脱出』
ボスリ、とベッドに沈んでため息をついた。緑川君の時よりやりづらいな。緑川君は私を弱いと思ってくれていたから、対処に甘いところがあった。だからの一本と、ラッキーでもう一本取れただけ。
米屋君は、なんだかんだしっかりと私を見てくれている。舐められていないのは有り難いけど、あの槍で謎の傷を食らってしまうのが難点だ。トリオン残量が減ると、どうにもブラックトリガーが反応しているようで、緊急脱出の判定を食らってしまう。
『おーい水沢、とっとと次行くぞー』
「はーい……」
端末を操作して再転送。肩に槍を担いだ米屋君は、開始のアナウンスを無視して「ほれ」と私に槍を見せる。
「これ、この先な」
「え、あ、え……?」
とんとん、と手のひらで槍の穂の根元あたりを叩きながら穂先を見せてくれる。スコーピオンのように変形して、まるでトゲが生えたような形になったり、小さな鎌みたいになったりするようだ。
「これな、幻踊っつうんだ。弧月のオプショントリガー」
「そうなんだ……。え、なんで教えてくれたの……?」
「だっておまえ、知らずに負けたら、これからのランク戦断りそーだし」
……さすが、と言っていいのやら。私がどう振る舞うか、ある程度は予想しているらしい。
そりゃあもちろん、これで五本全部取られるようだったら、今後ランク戦しようと誘われても断るだろう。ポイントを取られるだけは、さすがに正隊員でいられなくなってしまう以上避けたい。そうでなくとも、私が勝つまでやりたいなんて到底思わないし。
「っつーことで、仕切り直しな」
米屋君は少し間合いを取ったと思えば、槍を構えて待つ。私が切り替えるのを待っているのだろうか。私は教わったことを頭の中で反芻しつつ、トリオンキューブを浮かせる。
「……よろしくお願いします」
「おっしゃ、行くぞ!」
地を蹴る米屋君と、間合いを維持するように引きつつ弾を撃ち抜いていく。
感覚としては迅さんと戦っているときに近い。小南は弾丸トリガーも使うから、米屋君が槍一本でくるのは、スコーピオン二本で攻めてくる迅さんのほうに似ている。
ただ、米屋君の場合はスコーピオンよりもっと深いところまで抉ってくる槍がある。しかも、穂先に変形機能つき。慎重に間合い管理しても、二本、三本、と調子良く取られて――
「げ、……マジか」
『――米屋、緊急脱出』
一本、からくも取れたとため息をつく。さすがに普段と違う間合いでの対面は疲れるもので、一本取って気が抜けたのか、最後の一本を譲って終了。一対四だ。
『オレさー、弾バカと結構やってるから、射手との対面は慣れてると思ってたけど』
「え? うん」
『水沢、まだ余裕あるだろ。全然殺す気ねーじゃん』
「いや、そんなことないよ……五本が限界……」
ベッドに腰掛けたまま息を整える。肌に刺さる殺気も、顔見知りと対戦することも、動悸が鳴り止まないことも全部がしんどい。米屋君は端末越しに『じゃー休憩にすっか。出よーぜ』と言うので、ありがたく賛成してランク戦端末の画面を消した。
ブースを出てロビーへ下りるべく階段に足をかけたら、ふと階下の白に目が留まる。相反する黒い隊服を身にまとい、ソファへと腰掛けている姿は見間違うはずもなく。
「……空閑君?」
思わず名前をこぼしてしまうが聞こえるはずはない。けれど、辺りを見回していたらしい空閑君の視線がふっと上がり、ぱちり、目があった。瞬間、頬を緩めたと思えば軽く手を挙げてくれて――動悸はまだ落ち着かず――私も応えて手を軽く振る。
気づけば隣には緑川君が腰掛けている。ひと足先に休憩していたのだろうか、そこへ空閑君が合流して、という流れだろうか。
「和音ちゃん、終わったのか?」
「うん、終わったよ」
「……本当に水沢のことなわけ?」
「ほかにいるのか?」
私達の会話に驚いたようで、緑川君がぎょっとして空閑君を凝視している。さすがの緑川君も、和音ちゃん呼びには驚いたのだろうか。呆けていると、同じようにブースを出ていた米屋君も合流する。
「お、白チビいんじゃん。ランク戦すっか?」
「悪いが、今日はB級になったらとっとと帰ってこいと言われてるんだ」
「よねやん先輩、言っとくけどオレのほうが先に予約してるから」
男子同士、わいわいと賑やかになるのを見守る。ランク戦するのかと思いきや、空閑君は帰るつもりらしい。話の流れ的にB級になったのかな、と眺めていると――不意に、手のひらを掠め取られて。
「ほら、和音ちゃんも行くぞ」
「……え? あ、うん……?」
「じゃ、またな」
疲労した頭ではろくに考えられないまま、ただ、温かい手のひらをきゅうと握る。私も二人に「今日はありがとね」と声をかけてから、手を引かれるままにランク戦ロビーを後にした。
背後から米屋君が「……既成事実……」と呟いていたのは、きっと気のせい。