『和音、防衛任務の前にウチに寄ってってね!』
月曜日、栞からそんなメッセージを受信した端末をまじまじと眺めてしまった。
玉狛支部は今、三雲隊の応援で大忙しだろうから、お邪魔するのを控えようと考えたばかりなのに。空閑君とのウワサもある今、玉狛に行くのは大丈夫なのだろうか。
とはいえ、続いたメッセージには『レイジさんも防衛任務だから、ついでに送ってってくれるってさ』との補足まである。迅さんとの防衛任務のシフトは栞に筒抜けのようだし、仮眠を取るとはいえ、それで行けないと言うほど突っぱねたくもない。
『仮眠取ってからだから、ちょっと遅くなるよ』
メッセージを送れば、間をおかずに『了解!』の返信。スタンプで切り上げて、私は端末をしまった。
学校を終えて、とりあえずは仮眠を取るべく帰宅。あまり夜遅くに出歩くのも心配をかけるし、夕飯時を過ぎたくらいで起床。軽食を取って家を出て玉狛に着く頃には、そろそろいい子は寝ている時間だ。
「……おう、きたか……」
「陽太郎、まだ寝てなかったの?」
パジャマ姿の陽太郎が、雷神丸に跨って眠そうにしている。恒例行事の出迎えを経て、陽太郎は「しおりちゃんは……上だぞ……」とだけ言うと、雷神丸に連れられて去っていく。
言われたとおり食堂へ上がる。扉を開いて「こんばんは」と声をかければ、栞の「あ! 来た!」という返事と、ガチャリと鳴る陶器の音、栞の足音が重なった。
「はいこれ! こっちが和音ね!」
「え、うん」
栞は挨拶もそこそこに、私へと二人分のコーヒーを押し付けた。もうひとつは誰の分だろう。説明もなく「訓練場まで、配達よろしく!」と敬礼されてしまったので、言われるがままに食堂を出て、エレベーターに乗り込むことに。
そうして降りた先では、どんよりとした雰囲気を纏いながらもパソコンに向けて眼鏡を光らせる三雲君がいた。
「えーと? だ、大丈夫?」
「……あぁ、はい。大丈夫、です」
口ではそう言うが、どこからどう見ても大丈夫じゃなさそうな様子の三雲君。反応が鈍いし、おそらく私の手元にある二人分のマグカップも見えていないのだろう。
三雲君は、私が来たことなどすぐに忘れてしまったかのようだ。ディスプレイを睨んで、手元の紙へ視線を滑らせて押し黙っている。けれど次の瞬間、大きな溜息をついて机に突っ伏してしまった。
「……いや、だめだ」
と思ったら、三雲君はすぐに活を入れて体を起こした。再びディスプレイを眺めてぶつぶつと呟いている。次のランク戦を目前に考えることはたくさんあるようで、気が滅入っているみたい。
なんとなく事情を察した私は、栞に託されたコーヒーをそっと机の脇に差し出した。コトリ、と机の上を叩く音に反応した三雲君と、ようやく視線があう。
「あ、……ありがとうございます」
「栞からだよ。だいぶ根詰めてるみたいだね」
三雲君は自覚があるのか、へらりと誤魔化すように笑ってマグカップを手に取った。ひと口飲んで深い溜息をつく三雲君を眺めつつ、私も近くのソファに腰を下ろしてコーヒーをいただくことにする。
「今は三雲君だけ?」
「はい。訓練の一環でランニングに行ってるはずです」
千佳ちゃんと空閑君がランニングしてる、ということだろうか。三雲君は「本当はぼくも行ったほうがいいんですが……」と言っているが、さすがに訓練より優先するべきものがある気がする。
「三雲君は、少しでも休んだほうがいいんじゃないかな……」
「いえ……作戦を立てるのは、ぼくの仕事ですから」
眼鏡の向こうから、確たる意志をもった瞳が私を見ている。責任感あふれる言葉に感心していると、黙ったことを妙に思ったのか「……あの、水沢先輩は?」と尋ねられた。
「栞に誘われたんだ。今日は深夜の防衛任務だから」
「そうなんですか……お疲れさまです」
「三雲君こそ、お疲れ様」
お互いにコーヒーをすする間、沈黙が落ちる。なんとなく居心地が悪いが、これといった話題も見つからないし、どうしたものか。
けれど、天の助けと言わんばかりにエレベーターの到着ベルが鳴る。誰かが降りてきたのだと見れば――ウワサをすればなんとやら。空閑君と千佳ちゃんだ。
「修くん、お菓子も持ってきたよ」
「頭をつかった後は甘いものだって栞ちゃんから」
どうやら栞、今度は二人にお菓子の差し入れを頼んだらしい。わざわざ人を介するのは世話を焼き過ぎないようにしているつもりなんだろうか。そのわりに、私や空閑君や千佳ちゃんを使って手助けし過ぎな気もするけど。
「これ美味しいんだよ、修くんも食べてみて」
「こっちは和音ちゃんの分だってさ」
千佳ちゃんはいそいそと菓子籠を三雲君の座るデスクに届けている。空閑君が持つ菓子籠は、私の座るソファの前、ローテーブルに置かれた。
「ありがとう。……いただきます」
私は、さっそくひとつを手に取る。私の分とまで言われてしまえば、手をつけないのも気が引けるし。
すると三雲君も、場の空気を読んでか手が菓子籠へと伸びた。空閑君と千佳ちゃんは顔を見合わせたと思えば満足げな笑顔をかわしていて――三雲君を心配していたんだな、よかったなと思う反面、居た堪れなくて腰を上げる。
「部隊の打ち合わせを邪魔したら悪いし、私は――」
行くね、と断るより先に、がしりと手首を握られた。言わずもがな空閑君だ。そのまま私の隣、同じソファに腰を下ろすので、引っ張られて私まで再びソファへと腰を下ろすことになる。
突然のことに驚いたけど、それは三雲君も千佳ちゃんも同じ様子。私達の三人の視線を集めた空閑君は、けれど不満気な顔を私に向けて口を尖らせた。
「もう少しいてよ。でないとオサムが休憩しないから」
「空閑、そんな、無理矢理……!」
「あ、えっと、私は夜の防衛任務まで暇だから……」
引きとめられたことは、別にいいんだけど。いてもいいのかな。
ためらいはあるけど、引き止められた手前、再び戻ると突っぱねるほど用事があるわけでもない。あげく空閑君ときたら「おれにもちょーだい」と断りつつ、私の分として持ってきた菓子篭からお菓子を摘み取って寛ぎはじめてしまった。なんという強硬手段。
「……三雲君、そんなに無理してるの?」
「い、いえ。そんなつもりは」
横目で空閑君をうかがえば、平然とした顔でもぐもぐとお菓子を頬張るばかり。口を挟まないあたり、言っても仕方ないとかそういう諦めに近い雰囲気だ。
千佳ちゃんの様子を見れば、困ったような笑顔が返ってきたので考える。よほど三雲君が無理しているのが気にかかるのだろうか。ランク戦って各々が大変なんだなぁと思うと、本当に、できることがないのは申し訳ない。
「千佳ちゃんもこれ、食べない?」
「……あ、えっと、いいんですか……?」
手招きすれば、千佳ちゃんはおずおずとローテーブルを挟んだ向かい側に腰を落とす。菓子籠をそちらへ寄せて「どうぞ」と声をかければ、千佳ちゃんは「ありがとうございます」とはにかみながら、お菓子をひとつ摘んでいく。
各々がお菓子を食べる音が響く中、三雲君がおずおずと「あ、あの……」と声を上げる。
「水沢先輩、その、よかったらぼくの分も」
「いいよ。三雲君が一番、糖分補給しないとでしょ」
どうやら私の籠から二人分のお菓子が取られていくのが気まずかったらしい。だけど夕飯はすんでるから、お菓子を食べ過ぎないためにちょうどいいくらい。それよりは三雲君にこそ糖分が必要だと、申し出をやんわりと断る。
散々に咎められて、さすがに思うところがあったのだろう。三雲君は大人しくお菓子を口に運び始めたので見守るばかり。これはこれで、休憩なのに気疲れしてそうだと心配していると空閑君が「なぁ」と声をあげる。
「和音ちゃんってさ、戦うときにどんなこと考えてる?」
「……ど、どんなって……?」
「なんでもいいよ」
なんでもいい、と言われると逆に困るやつだな……と考えていると、空閑君が補足説明してくれる。いわく、次の対戦相手は荒船隊と諏訪隊で、それぞれの部隊編成や主な戦術を元に対策を練ろうとしているのだが、行き詰まっているということ。なにかヒントになるかもしれないから私の考えも聞きたい、ということのようだ。
「……とはいっても、特別なことはなにも……相手の射程に入らないようにとか、自分の間合いに入れないようにって、基本だと思うし……」
「んん? 自分の間合いに入れないって、なんで?」
ふいに、空閑君が食いついてきたので驚くが、なんでと問われれば答えは簡単だ。
「私の場合は、撃ち合いになると不利になることが多いからね。相手は間合いに入ろうと踏み込んでくるから、引きながら戦うくらいがちょうどいいんだよ」
「ほう……なるほど」
「あの、質問してもいいですか?」
さらには三雲君まで食いついてきて驚く。いわく「撃ち合いになると不利というのは、どうしてですか?」と。
「うぅん……私の場合は撃ち合いでトリオンの消耗戦になるのは避けたいっていうのが大きいけど……ランク戦ならまた話は違うのかな」
「……と、言いますと?」
「長く撃ち合ってると、それだけ相手が仲間のフォローを受けやすくなるでしょ? さすがに複数人を相手するのは大変だしね」
「……やっぱり、そうですよね……」
三雲君はため息をつきながら肩を落としている。どうやら、難航しているのは荒船隊への作戦らしい。全員が狙撃手だから、それぞれの方向から射程を押しつけられる。互いが互いのフォローをしやすい射程の長さだからこそ、どれか一人を狙うにしても骨が折れるのだろう。
「うぅむ……難しいな……」
空閑君のつぶやきが落ちて、沈黙。行き詰まりといった雰囲気だ。
気づけばローテーブル上の菓子籠は空になってしまった。私の分のコーヒーも残り少ないし、これ以上私がここにいても、できることはないだろうと立ち上がる。
「力になれなくてごめんね。片付けついでに、上に戻るよ」
「あ、いや、参考になりました。ありがとうございます」
三雲君はそういってお礼をしてくれるけど、逆に申し訳ないな、なんて。三雲君もコーヒーを飲み終わっていたようで、空になったものをまとめて引き受けてエレベーターへと向かう。
「それじゃ……頑張ってね」
それだけ告げてエレベーターに乗り込めば、すぐに扉が閉まった。そうして一人になって――ため息をひとつ。
私、なんにもできないんだなぁ。気づきたくなかった。でも、気づいてしまった理由はきっと、空閑君の力になれたらいいのに、という気持ちだろう。ままならないものだと、私はもう一度ため息をつくのだった。