好きになる資格のとりかた
 空になった菓子篭とマグカップを持って、食堂へと戻ってきた。扉を開けば、くつろいでいたのかソファに腰かけている栞と小南の姿がある。

「和音、おかえり〜。配達ありがとね」
「いえいえ……三雲君、頑張ってるね」

 栞は私の手元にある食器をさっと取り上げて流しへと向かう。片付けをしてくれるということだろう、甘えることにして私も空いたソファを拝借することにする。

「小南、今日は泊まりなの?」
「まぁね。レイジさんも迅も防衛任務だから、人が少なくなるし」
「和音〜、またコーヒーにする? お茶?」
「コーヒーでお願いしまーす」

 これから深夜シフトだから、コーヒーのほうが頭も冴えるだろうし。リクエストすれば、すぐに栞が淹れてくれるコーヒーの香りが漂ってきた。いい匂いだな、とぼうっと流しのほうを見ていれば、小南が「っていうか」と声を上げる。

「あんた、なんで深夜シフトなわけ? 明日も学校でしょ?」
「いや、私は公欠とったよ……さすがに厳しいもん」
「でしょうね……だから、そうじゃなくって」

 小南は、怪訝そうな表情のまま口を開いたが――少しして、はくりと閉じてしまった。

「……小南、どうしたの?」
「…………なんでもないわ」

 奥歯に物が挟まったような言い方が気にかかるが、むすりとしながらも口を閉じているあたり、言うつもりはなさそうだ。少なくとも、今は。
 栞が淹れおえたコーヒーを持って戻ってきたので、テーブルに出されたそれに「ありがとう」と応えつつ。ミルクや砂糖はどうしようかな……と添えられたそれとにらめっこしていると、今度は栞が「それでさー」と話を続ける。

「遊真くん、今日が初防衛任務なんだよ」
「……え、そうなの?」

 初耳だ、と目を瞬いてしまう。栞いわく、二月のランク戦シーズン開幕と同時に滑り込みでB級になった空閑君は、まだ正隊員になってからの変化を勉強中だとのこと。たとえば、トリガーホルダーが変わって複数トリガーをセットできるようになるだとか、正隊員になったことで連絡用の端末が配布されるだとか。

「で、遊真くんだけ防衛任務のオリエンテーションやってないから、はやくすませないと玉狛第二で防衛任務につけないからね」
「……それで、レイジさんと?」
「そういうこと」

 正解、と言わんばかりに笑顔を返されて納得だ。実践経験の豊富な空閑君にレクチャーしなければいけないことなんてなさそうだけど、ボーダーの新入隊員という建前があるのだから、形式に則る必要はあるのだろう。

「……防衛任務もあって、ランク戦の対策もしないといけないし、玉狛はみんな忙しそうだね……」
「そうだよ〜! やることたくさん! この忙しさも懐かしいね〜」

 栞は忙しいと口にするわりに生き生きとしている。かつて本部で風間隊オペレーターをやってた頃のことを思い出しているのだろうか、楽しそうだ。
 これはますます、しばらくは玉狛にお邪魔するのを控えないと。……と考えていたが、栞が「だから」と口を挟む。

「和音も、ちゃんとウチに来てね!」
「……へ?」

 正反対のことを言われて怯んでいると、小南が「そうよ」と加勢に入る。

「和音が来ないと、レイジさんがちょくちょく『水沢は最近どうだ』って聞いてくるんだもん。学校違うから、あたしたちだってあんまり会わないのに」
「そ、そうなの……?」
「和音、ほっとくとご飯食べなさそうだから心配なんだよ〜」
「いや、さすがに食べてないわけじゃないんだけど……?」

 どれほど不摂生な生活をしていると思われているのだろうか……。栄養バランスは多少よくないかもしれないけど、食べてはいる。なにより「みんなランク戦とかで忙しいんだから……」と、粘ろうとしたら栞が「だからだよ!」と力説する。

「和音がウチにご飯食べにきてくれてるほうが安心できるし!」
「そうよ、別にタダ飯食いってわけじゃないんだから」
「……いや、まぁ……うん……」

 勢いに押されて相槌を打ってしまったが、肯定と捉えられたらしく、栞が「よろしい」と満足気に頷いている。たしかにご飯代はちゃんと支払っているけれども……手間がかかるからと遠慮しているんだけどな……。
 そのままミニ女子回の様相になった食堂では話題に花が咲き、時間はあっという間に過ぎていく。防衛任務の時間までもう少しかな、と時計の針が進んだ頃、私達の談笑を遮る扉の音が響いた。現れたのはレイジさんだ。

「水沢、ここにいたのか」
「え、はい」
「千佳がまだ残っているからな、防衛任務のついでに家に送ろうと思ってる」
「もう夜遅いですもんね」
「あぁ。だから、そのぶん早く出ようと思うが大丈夫か?」

 頷いて「大丈夫です」と返せば、レイジさんは「玄関で待ってろ」と指示を出す。了解すれば、レイジさんは二人を迎えに行くためか部屋を後にしたので、私も片付けをするべく立ち上がった。

「和音。片付けは私がやっとくよ」
「え、いや、さっきも任せちゃったし……」
「いいからいいから。それくらい任せてよ」

 マグカップのひとつ……とはいえ「後方支援はオペレーターの仕事」なんて、ウインク付きで笑われちゃ断れない。お世話になりっぱなしだが「よろしくお願いします」と空のマグカップを渡して、私は代わりに荷物を持って立ち上がる。

「じゃ、またね」

 手を振れば、栞からは「いってらっしゃい」の声を受けつつ……小南からは、間をおいて「気をつけなさいよ」との鼓舞。なんだか妙な様子が気にかかるが、それはまた今度だと気持ちを切り替える。
 指示どおりに玄関で靴を履き替えて待っていれば、エレベーターで上がってきたらしい三人が出てきた。

「揃ったな。じゃあ、行くぞ」

 レイジさんの指示に従い、揃って玉狛支部を後にする。少し離れたところにある駐車場まで移動し、千佳ちゃんに「どうぞ」と促されておずおずと後部座席へ。そのまま千佳ちゃんは隣に座ってくれて、空閑君が助手席に乗り込むとレイジさんが車を発進させた。
 動きはじめた車の中、気がかりがあるとすれば……さっきの作戦会議のそのあとだ。私が中座してからどうなったのだろうか、おそるおそる隣の千佳ちゃんへと声をかける。

「三雲君は、あれからどう?」
「えっと……やっぱり荒船隊への作戦が決まらなくて」

 千佳ちゃんは困ったように笑っていて、作戦会議は難航したままらしい。長い射線が三方向から向けられているだなんて、考えただけでも困りものだ。

「敵の居場所がまとまっててくれればいいけど、なかなか、そうならないもんね……」
「……そうなるときってあるんですか?」
「うーん……射線を通せるところって、ある程度決まってるでしょ?」

 だから、と言いかけたものの、レイジさんにいささか鋭い声色で名前を呼ばれたので咄嗟に口を噤む。続けて「あんまり教えるな」との言葉が飛んできたので、反射で「了解です」とは頷いた。……そんなに意味のある内容だったかな。
 いっぽう、千佳ちゃんはなにやら考えるように顔を俯かせてしまった。なにかヒントになったのだろうかと様子をうかがっていると、助手席の空閑君がくるりと振り向く。

「チカ。明日また、昼休みに屋上でな」

 優しい呼び声に、ふっと千佳ちゃんが顔を上げる。なにか言いたそうで、だけど言葉に詰まる千佳ちゃん。事の成り行きを見守っていると、再び千佳ちゃんをフォローする空閑君の声が響く。

「狙撃手の考えはチカのほうがわかるだろ。オサムに相談してみよう」

 それはきっと当たり前のこと。仲間がなにか考えこんでいるようだから、教えてくれと優しく促すように声をかける、思いやり。
 だというのに私ときたら、胸のどこかがジクリと痛むものだから困ってしまう。さっき、私が意味のあることを言えていたら違ったのかな。昼休みに会える、そんな学校の違いだって今更なのに、疎外感がわずかに滲むのだ。
 ――違う、私は最初からずっと――

「……わかった。明日までに、もうちょっと考えておくね」

 千佳ちゃんの心が定まったようで、強く頷いているのが見えた。空閑君もまた優しく微笑んでいて、あれほど根を詰めている三雲君のことも思えばいいチームだとわかる。次の試合の対策が、少しでもうまくいけばいいのだけど。
 ぼうっとしていると車が次第にスピードを落としていき、とある道路脇にて停車した。

「着いたぞ」

 ここが千佳ちゃんの家なのだろう。返事をして、そそくさと荷物をまとめた千佳ちゃんは車を降りていく。レイジさんへお礼を、空閑君にまた明日の挨拶、そして私へは任務への激励。それぞれが返事をして、車はゆっくりと再発進する。
 ……あぁ、よかった。よくわからない緊張感がなくなって安堵していると、レイジさんに名前を呼ばれたので慌てて背筋を伸ばす。

「おまえのほうはどうなんだ」
「……なにがですか?」

 突然に話題を振られても、なんのことやら。首をかしげていると、レイジさんは「体調は大丈夫なのか」と。

「大丈夫ですよ……入院したのは様子見だったってお医者さんにも言われてますし……」
「それならいいんだが……飯は食いにこい。おまえ一人分くらい、どうとでもなる」
「……はい……」

 気遣いは嬉しいものなので静かに頷く。いっぽうで、そんなに食べてないわけじゃないんだけど……と、反抗したい気持ちをどうにかいなしつつ。
 それからぽつり、ぽつりとした会話がありつつも時間は過ぎ、再び車が減速しはじめた。今度は私の担当地区についたらしい。

「それじゃあな」
「はい、ありがとうございました」

 車内でレイジさんに別れの挨拶をすませていれば、くるりとした空閑君の瞳も私に向けられる。少しだけ、どくりと唸る心臓と背筋に走る緊張。

「じゃあな、和音ちゃん」
「うん。空閑君も頑張って」

 笑顔を、返せたんだろうか。それでも空閑君から返されるのが笑顔なら上出来だ。私は車のドアを閉めて、任務地に向かう二人を見送る。
 嫌な気持ちを悟られることはなかっただろうか。今となってはもうわからないが、けれど、空閑君は嘘を見抜くというだけ。だからきっとこの気持ちも悟られてはいない……と、思いたい。

「……私、嫌なやつだったんだなぁ」

 私が知りたかったこととは違うんだけど。実際に知れたのは、自分がなにもできないことだったり、仲間同士思いやっていることにすら嫉妬してしまうような嫌なやつってことだなんて。こんな私が空閑君を好きだとは、とても言えそうにない。
 せめて防衛任務では普通に任務をこなせないと困る。私は気持ちを切り替えて、迅さんと合流するために足を急がせた。

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