立ち止まり、やりなおし
 迅さんと合流したあとで、前任の部隊と落ち合って引き継ぎを行う。とはいえ私はあまり顔が広くないので、やりとりは迅さんにお任せだ。こればかりは、できない情けなさよりも、どう見られているかわからない相手とやり取りする恐怖のほうが強いので傍観ばかり。
 迅さんが笑顔で隊員と挨拶をかわし、前任者たちは任務を終えて帰還していく。いよいよ、迅さんと二人で担当地区へと足を踏み入れた。

「……和音、調子悪いか?」
「えっと? 普通、だと思いますけど……」

 仮眠をとったから眠気もないし、軽食も摂ってあるから問題ないはず。だというのに、迅さんはこちらをじいっと観察するように見るので困惑してしまう。

「……ま、大丈夫ならいいんだ。とりあえず、やってくか」
「了解です」

 迅さんが地を蹴るので、遅れないようついて行く。目前で開いたゲートにすぐさま弾幕を張り、迅さんの足を引っ張らないようにトリオン兵の核を狙い、動きを誘導しながら順番に落としていく。
 ふたつ、みっつとゲートが続いたあと、担当地区内では少し落ち着いたのだろうか、迅さんが足を止めた。追従して私も足を止めると、迅さんが「和音さぁ」と声を上げる。

「やっぱ調子悪いのか?」
「え?」
「おまえの弾、なんか変じゃない?」
「……すみません」

 ……正直に言えば、なんだか今日は弾が当たっている感じがしない。防衛任務が始まったばかりだというのに、もう集中力が切れているなんて言い訳もいいところだ。出来の悪さが不甲斐なくて謝るしかできない私に、迅さんは「いやいや」と首を横に振る。

「謝ることじゃないって。そもそも――」
『水沢、聞こえるか』

 迅さんの声に重なって、耳元で通信を知らせる電子音が鳴る。鬼怒田さんの声だ、と気づいて「はい」と答えると、そのまま通信が続けられる。

『トリオン反応が少しおかしい。一度、本部に帰還しろ』
「……水沢、了解」

 ノイズと共に通信が切れて、同じ通信を聞いていた迅さんが了承の意か頷いている。私が「すみませんが、お願いします」と頭を下げれば、ひらりと手を振って「了解」と見送ってくれた。
 本部へと向かう途中、破裂音が聞こえたので横目で様子をうかがう。見えたのはスコーピオンの一閃、その軌跡が目に焼きついた跡。

「……きれい」

 夜闇の中で瞬くスコーピオンの光はキレイだ。反射でかすかに照らされた白髪は……空閑君なのだろう。遠目でも、そんな風に考えてしまう自分に笑ってしまう。

 ――好きなだけでいられれば、よかったのに。

 だけど、好きだと思うから、なにもできない自分にがっかりする。そのくせ、嫉妬の気持ちは一人前。あげく任務中なのに、意識が空閑君に向かってしまう。こんなのよくないってわかってる……はずなのに、好きな気持ちはどうしようもなくて。

『水沢、ゲートが開くぞ』

 探知したのだろう、鬼怒田さんからの通信で我に返った。目の前にバチリとゲートが現れる。ぬるりと這い出てきた中型トリオン兵がドスンと地響きを鳴らした。
 反射で弾幕を張り、核を目指して撃ち込むが……当たらない。いや、違う。当たっている。ただ、当たった瞬間に消えてしまうだけ。

「――なんで」

 なにがダメなんだろう。どうして、なにもできないんだろう。
 目の前の核が一瞬、キラリと瞬いた。ぼうっとしていて避けられず、直撃を受けて弾かれながらも着地する。私の換装体にダメージはない。それでも、泣いてしまいたかった。

「っ、もう!」

 地を蹴って、今度こそ、と全神経を集中させる。二重、三重に張った弾幕の中に紛れさせた本命の弾道に重ねた弾丸。核を破壊して崩れ落ちるトリオン兵を見届けて、鬼怒田さんへと応答を返す。

「……処理、完了しました。お願いします」

 鬼怒田さんの了解を受けて、私は改めて本部へ向かって地を蹴った。

§

「ふぅむ……やはり、妙じゃな」

 本部に帰還するや否や、すぐに開発室へと連れていかれてしまった。鬼怒田さんの指示どおりトリオン弾の検証を始めると、鬼怒田さんは顔をしかめて唸りはじめてしまう。

「おまえ、変だとは思わんかったのか」
「……なんだか当たらないな……とは、思ったんですが……」
「当たっとらんわけじゃないが、どうにも、威力にまでトリオンが足りておらんな」

 まさか、トリオンが足りないと言われてしまうなんて予想だにしていなかった。想像もしていなかった返答に言葉が出ないでいると、鬼怒田さんは「ともかく、検証を続けるぞ」と指示を出す。
 そのままブラックトリガーの使用を続けていると、間もなく朝六時という頃にはトリオン弾すらも撃てなくなってしまった。本来なら、まだ防衛任務についている時間だというのに。状態を確認するべくトリオン量を計測して、出た結論としては――

「どうにも、ブラックトリガーのほうか水沢のほうかはわからんが、トリオン供給がうまく行っとらん。数日はトリガーの使用禁止じゃ」
「……防衛任務での訓練はダメ、ってことですか」
「今のおまえじゃ危険じゃろう! ノーマルトリガーも使うな。有事の際は別にしても、威力が出ないようで迎撃できまい」

 鬼怒田さんのお叱りは、間違いなく私の身を案じてのものだ。そうとわかっているのに気持ちの整理がつかない。ただでさえ役立たずなのに、訓練すらもできないとなると八方塞がりだ。
 とはいえ、なにもできない私には、もはや頷くことしか残されていない。

「……わかりました」
「明日以降、検証を続けるからな。今日はもう帰っていい」

 そう言って、鬼怒田さんは私をさっさと開発室から追い出してしまった。人気の少ない廊下も、もうしばらくしたら、職員の人たちが出勤してきてしまうだろう。だから、早く帰ってしまわないと。
 わかっていても足が動かなくて、頭も回らない。なんだか――全部、嫌になってしまう。

「……どうしよ」

 立っているのも面倒だと、最後の気力を振り絞って一番近くの休憩スペースへ。自販機を前にしてラインナップを眺めるものの、どれも気が向かない。いらないか、と私は傍にあるベンチへと腰を下ろす。
 どれくらい時間が経ったのか――あるいは、経っていなかったのか。ふいに端末の通知音が耳に届いた。めんどくさいな、と思いつつ放っていると、少しして「和音ちゃん」の声――声?

「よかった、見つかった」
「……空閑君?」

 換装を解いた私服姿のところを見るに、防衛任務は終わったのだろう。呆けていると、空閑君は「いやー、迷った迷った」と笑っている。

「よく知らんが、トリガーの調子が悪いんだろ? おれも防衛任務が早く終わるから、様子を見にいってくれと迅さんに頼まれたんだが……」
「……迷ったの?」
「うむ。人もいないから道も聞けんし、あぶないところだった」

 迷ったわりに、楽しそうにからからと笑っている空閑君。見ていると、ちょっとだけ胸のつっかえが取れてほっとする。ともかく、様子見というのなら空閑君の任務は完了だろう。

「……しばらくは、トリガー使うのは禁止って言われちゃった」
「ほう」
「今は、それだけ。大丈夫だから、迅さんに伝えて?」

 報告までが任務だろうから、と言伝を頼めば、空閑君は不思議そうに首をかしげてしまった。どうしてだろうか、同じように首をかしげていると「帰らないのか?」と。
 帰るよ、とも、もうすこしここにいる、とも言えなかった。頭がぼうっとして、うまく言葉が出てこない。どうしたいのか、どうすればいいのかわからないからだ。妙な間が生まれてしまって、余計に二の句が継げなくなる。
 そんな私の前に、すっと空閑君の手が差し出された。

「和音ちゃんがいないと、帰り道がわからん」

 ――思わず、吹き出すように笑ってしまった。同時に体に血が巡ったような感覚に息をつく。今なら、まだ頑張れそう。

「……いこっか」

 そう言って、差し伸べられていた空閑君の手に重ねるように、自分の手を伸ばす。ゆるりと握り返されたそれに、私は安堵の息をついた。


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サヨナラの引力

 

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