ラッキーエッグの差し入れを
 夕方になって、公欠の暇を持て余した私はいつもより早く玉狛支部へと向かうことにした。食堂へと近づくにつれていい匂いがしてきたので、ソワソワとしつつ扉を開く。

「こんばんはー」
「水沢さん、おつかれさまです」
「おつかれささま、お誘いありがとう」

 どうやらまだ調理の真っ最中だったようで、台所に烏丸君が立っているだけ。私はカウンターの向かいへと移動し「見ててもいい?」とお伺いを立てる。すんなりと了承を得られたので、烏丸君がオムライスを作るのを見学することに。

「……今日、何人?」
「五人ですね。迅さん、小南先輩、水沢さん、オレ、遊真」

 話しながらも、烏丸君が手に持つボウルでは軽快な音をたてて溶き卵が踊っている。ふと見れば調理台の端にチキンライスが山盛りになっていて、どうやら仕上げの段階らしい。
 烏丸君は、さっそくと言わんばかりにフライパンへと卵を流し込んだ。瞬間、じゅうと音を立て、ぽこぽこと卵が膨らんではしぼんでいく。それを菜箸でガシャガシャと大きくかき混ぜたと思うと、あれよあれよという間にぷっくりしたオムレツの形になっていく。

「すごいねぇ……」
「慣れっすよ」

 用意されているチキンライスにさっとオムレツを乗せ、それからアッサリと割っていく烏丸君。とろとろの卵がチキンライスの山なりに流れていき、一皿完成だ。
 キッチンペーパーでフライパンの汚れを軽く拭きおえた鳥丸君は、すぐに油を注いで熱しはじめた。その合間で、さっさとボウルに卵を割り落として次の準備をはじめていく。再び菜箸がボウルを叩く軽快な音。手際がいいから見ていて気持ちいい。

「いいよねぇ。お洒落なオムライス作ってくれる彼氏ってモテそう」

 なんの意味もない、素直な感想だ。同時に烏丸君は真顔のまま相槌を打つ。

「じゃ、付き合いますか?」
「……へ?」
「冗談ですよ」

 びっくりしていると、じゅう、とフライパンが音を立てた。烏丸君は気にした様子もなく淡々とオムレツを作るので、真顔でなんてことを言うんだ、このイケメンはと悪態をつきたくなってしまう。

「……気をつけたほうがいいよ。烏丸君みたいなかっこいい人にそう言われたら、大抵の女の子は本気にしちゃうかもだし……」
「言わないですよ。水沢さんだって、本気にしないでしょう」

 あっという間に二個目のオムレツも焼き終わり、次は三個目だ。烏丸君は相変わらず顔色ひとつ変えないままオムレツ作りを続けている。

「……それは、信用されてるってこと?」
「まぁ、あいつに気があるんだろうなってのは、見てればわかるんで」

 え、と漏れた戸惑いの声と、じゅう、と焼き音が重なって、どきりとした。あいつ、が指すのは誰のことか。気があるだろうっていうのは遠回しに、私に好きな人がいるというのが……バレているってこと?
 反応してしまったのを誤魔化しきれてはいないようで、烏丸君はあっという間に三個目のオムレツを焼き上げたあとで、フライパンの汚れを拭きながらこちらを見る。

「……やっぱ、わかってなかったんすか?」
「えーと、……どういう意味でしょう」
「水沢さんってウソがヘタなぶん、ちょっとした言葉の端でわかるんですよね」

 四回目の溶き卵がボウルで踊る音は、私の心臓の音と同じくらいの速さなんじゃないだろうか。どぎまぎして二の句が継げないでいると、烏丸君はいよいよ「別に、言わなくて大丈夫ですよ」とフォローまでしてくれる。
 相手が小南や栞なら、どうとでも言えるんだけどなぁ。烏丸君相手になにを言おうとも墓穴を掘りそうで、しおしおとなりながらも「ありがとう……」と返すのがやっと。

「……烏丸くんに聞いておきたいんだけど」
「なんです?」
「…………そんなにわかりやすい?」
「まぁ、わかりそうなもんですけどねぇ」

 じゅう、と四回目の溶き卵が焼かれる音を聞きながら、烏丸君は呟く。

「オレからしたら、むしろあいつが鈍いのに驚いてますけど」

 え、と聞き返すより先に、食堂の扉が開いた。迅さんを先頭に小南、そして空閑君が現れる。口々に「おつかれー」や「おなか空いたー」と賑やかな声が上がるので笑顔を返しつつ、最後に空閑君の紅い眼差しと目があう。

「――お疲れ様」

 自然と口から出た挨拶は聞こえているのか、空閑君はきょとん、とした顔で驚いている様子。小南まで「和音?」と首をかしげているが、すぐに台所の端にできているオムライスに気づいたようだ。

「なによ、今日はオムライスってわけね」
「そうだよー。お邪魔してます」

 烏丸君が四個目のオムレツを乗せ終えたので、いよいよ準備をしようとカウンターを後にする。台拭きは終わってるとのことなので、各々がオムライスの皿とスプーンをテーブルへと運ぶよう動き始める。

「ほんと、和音はとりまるのオムライスが好きよねぇ」
「このとろとろ感はお店の味でしょ。家じゃ作れないもん」
「あ、水沢さんはこっちなんで」

 烏丸君はそう言って、カシャカシャとフライパンをかき回して最後のオムレツを仕上げている。なんでだろうと思ったが言うとおりに待っていれば、目の前で焼き立てのオムレツがぱかりと割られ、とろりとした卵が目の前でとろけおちていく。

「お詫びってことで、卵増量分です」
「――え、いいの?」
「ちょっと、なんで和音には甘いのよ!」

 お詫びされるほどではないような気がするが、卵が多いのは純粋に嬉しい。ここは遠慮せず「ありがとう」と受け取ることにする。後ろで烏丸君が「小南先輩の分も多いですよ」と言い、小南が「え? 本当?」と表情を緩めた次の瞬間には「ウソです」との様式美は聞き流しておく。

「よーし、じゃあ食うぞー」

 迅さんの掛け声もあり、各々に両手を合わせて「いただきます」の声が重なっていく。ひとくち食べればとろける卵がチキンライスに絡んでまろやかな口当たり。素直に「おいしい」と感想をこぼせば、烏丸君は照れもなく「簡単っすよ」と言ってのけるのだから、イケメンってずるい。
 そして明日は玉狛第二の第二戦ということもあって、食事中の話題はそれでもちきりだ。

「修、きちんと帰って寝るといいんだがな」
「あいつ、どーせ家でも作戦資料とにらめっこしてるわよ」
「しおりちゃんとチカに休めって何回も言われてたぞ」
「メガネ君のお母さんも厳しそうだからなぁ。夜更かししないといいけど」

 みんなが三雲君を心配しているのはわかるけど、各々の言い分がおかしいので頬が緩んでしまう。小南に目ざとく見つかってしまい「笑い事じゃないのよ!」と怒られてしまったが、玉狛の人たちってみんな世話焼きというか、優しいんだよなぁ。
 そんなこんなで賑やかな夕食の時間もすぎ、早い人から順に食べ終えた頃。ついさっき食器を流しに片付けた小南が今度は「遊真!」と大きな声で名指しする。

「師匠命令よ。帰り、ちょっと付き合いなさい」
「……ほう? 別にいいけど……」

 訓練かと思ったが、どうやら違うようだ。小南はさっさと荷物をまとめて「じゃ、あたしは帰るから」と食堂の扉に手をかけてしまう。空閑君が追従して食堂を出ていくので、帰る二人を見送って手を振る。
 そんなに急ぐ理由があるだろうかと時計を見上げるが……それはそれとして、気にかかることがひとつ。

「烏丸君、今日は夜のバイト?」
「まあ、夜間にちょっと……」
「じゃあ、お皿洗いは私にやらせて。卵もサービスしてもらっちゃったし」

 提案してみれば、烏丸君は「いいんすか」と目をパチクリさせるので「もちろん」と後押しする。安心したように「じゃあ、よろしくお願いします」と丁寧な挨拶をして、烏丸君も手早く荷物をまとめると「おつかれさまでした」と帰っていく。
 ――残ったのは、私と迅さんだけ。

「じゃー、今日のお茶はおれが淹れるか」
「……お願いします」

 別に、あまり長居するつもりはなかったんだけどな。でも、迅さんがお茶を淹れてくれるというなら素直に甘えようと、私は最後のひとくちを飲み込んで「ごちそうさまでした」と両手を合わせたのだった。


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