結局、計測しながらあぁでもない、こうでもないと鬼怒田さんが頭を抱えるのを見守っていたら、今日は遅いから明日もまた来いとの宣告を受けてしまった。いつになったら計測の日々から解放されるんだろうか。
ともかく時間が時間なので、本部の食堂で夕食だけ取った。そして空閑君に行くと言ってしまったから顔だけは出そう、とやってきた玉狛支部。
「和音ちゃん、ひさしぶりだな」
出迎えてくれたのは陽太郎と雷神丸だった。お風呂上りなのか、パジャマ姿の陽太郎が雷神丸に跨っている。玉狛支部のカピバライダーは今日も元気そうで微笑ましい。
「久しぶり。皆どうしてる?」
「くんれんしてるぞ! しおりちゃんがまってる」
陽太郎はそれだけ告げると「にんむかんりょう」と敬礼。そうして「ではな」と気取った挨拶をしたと思えば、のそのそと雷神丸に連れられて去っていった。
もしかして、私が来るはずなのに遅いからと心配させたのだろうか。だから、私が来たら訓練室にいると伝えるよう、陽太郎に言いつけていたのかも。
私は素直にエレベーターに乗り込んで地下の訓練場へ。扉が開くと、デスクに座った栞がこちらに向かって手を振っていた。
「和音、遅かったじゃん」
「ごめん、長引いちゃって」
相槌を打ちつつ周りを見るけれど、デスクに座る栞以外に人影はない。そうなると皆、訓練室に籠っているのだろうか。
「訓練中だよね? 見ても大丈夫?」
「もちろん」
栞の隣へと歩み寄り、並んだディスプレイを覗く。三雲君と烏丸君、空閑君と小南。それから――最後のディスプレイに映っている女の子。小柄で、おかっぱの黒髪を揺らす純朴そうな子は初めて見る。
「栞、この子がチカちゃん?」
「そうそう、修くんたちのチームメイトだよ〜」
聞けば狙撃主志望らしく、レイジさんの弟子らしい。今も真剣な表情でスコープを覗いて的を撃ち続けている。この子が遠征を目指しているのか。
「真面目そうな子だね……」
「千佳ちゃんはトリオン能力もすごいんだよー! レイジさんイチオシの有望株!」
楽しそうな栞に「へえ……」と相槌を打ちつつ、ほかのディスプレイへも目をやる。ひとつでは三雲君と烏丸君で模擬戦を行っていて、もうひとつでは空閑君と小南が激しく剣戟を交わしていた。こうして見比べてしまうと、やはり空閑君の実力は頭ひとつ飛びぬけて見える。
「空閑君も凄いねぇ」
「初めての十本勝負で、小南から一本取ってるんだよ」
「うわ、それは凄い……」
初めて会った時の身のこなしから、只者ではない予感がしていたが、やはり強そうだ。
そうなると……と、唯一言及されなかった三雲君の様子をもう一度眺める。戦いに慣れていないのだろうか、疲弊した様子でいよいよ烏丸君にとどめを刺されてしまった。そうしてリセットされたあと、また真剣な瞳で烏丸君へと向き直る様子は……なかなかしぶとそう、なんて。
「三雲君も面白そうな子だね」
「え?」
「頭よさそうっていうか、曲者っぽい感じ」
眼鏡をかけてるからかな、なんて茶化してみる。根拠があるわけでもない、ただの感想だ。けれど栞は気分をよくしたのか「むふふ」と堪え切れないにやけ面を見せる。思わず「どうしたの」と突っ込んでしまうけど、「和音はいい読みしてるからなぁ」と返される。
「期待の大物新人組って感じでしょ!」
誇らし気な栞の後ろで訓練室の扉が開いた。さっきのでひと区切りついたのだろう、小南が訓練室から出てきている。目が合ったので手を振れば、気づいた小南が笑顔で駆け寄ってきた。
「和音、久しぶりじゃない!」
「久しぶり。師匠になったんだって?」
「うちの遊真は優秀なのよ! 紹介するわ!」
挨拶もそこそこに、小南はいざ紹介せんと背後の空閑君の首根っこを掴んで前へと突き出す――が。
「やぁ和音ちゃん。こんばんは」
「う、ん? こんばんは……」
間近で見れば、ふわふわの白い髪がぐしゃぐしゃに爆発しているじゃないか。にもかかわらず、目を細めて唇を尖らせたなんとも言えない表情で平然と挨拶をしてみせる空閑君。これ、どこから突っ込むべきかな。
いっぽう小南は、私が言葉に詰まっている間に、空閑君が私の名前を知っていたことに気づいたようだ。
「なによ。あんたたち、いつ知り合ったの?」
「じつは昨日の夜も来てたんだよね」
――まぁ空閑君に限っていえば、もっと前から知り合ってはいたけれど。
とはいえ空閑君も「そうそう」と私の言葉に同調してくれたので問題はないだろう。もふもふの頭を撫でつけて直しはじめた空閑君を尻目に、再び訓練室の扉が開く。
現れた三雲君が私の姿に気づいたようだ。すぐに「おつかれさまです」と声をかけられたので、「おつかれさま」と挨拶を返す。後ろに続く烏丸君も、私へと頭を下げた。
「おつかれさまです、水沢さん」
「烏丸君もおつかれさま」
烏丸君は、年下の知り合いの中でも私を年上として扱ってくれる希少な存在だ。日々の社会経験で上下関係を叩きこまれているのかな。慌ただしく帰り支度をするところを見るに、これからもバイトがあるのだろう。クリスマスも近いし、接客関係の仕事は忙しい時期だから。
「水沢さん、このあと暇すか」
「うん。皆が訓練するなら暇かな」
「じゃあ、一本でいいんで修の練習相手になってもらえませんか? 俺、これからバイトなんです」
予想にたがわずバイトを控えた烏丸君は、時間も惜しいだろうに私へと頭を下げる。断る理由もないし「いいよ」と了承すれば、ほっとしたように息をついている。時間は大丈夫かと聞けば、烏丸君は慌てたように荷物をまとめ、もう一度「よろしくお願いします」と私に頭を下げてからエレベーターの向こうへ消えていった。
「和音ちゃんとオサムが戦うのか、見てみたいな」
「あんたは自分の反省もしなさいよね」
小突くような優しい手刀を空閑君の頭上へ落とした小南も、いつの間にか荷物をまとめている。なんだ、今日は小南も早く帰る日なのか。空閑君に「今日の修行はおしまい」と言い、空閑君は「明日もよろしくな」と軽い敬礼を返している。
「和音、明日も来なさいよ。明日なら時間あるから」
「りょーかい。また明日ね、小南」
笑顔で返しながら、再び降りてきたエレベーターに乗りこむ小南を見送った。
……あれ、つい『また明日』なんて言っちゃったけど、そんなにお邪魔してていいんだろうか。というか明日も計測に来いと言われているし、今日の鬼怒田さんの様子からは嫌な予感しかしない。なんの異常もなければ遅くとも今日と同じくらいには開放してもらえるだろうけど……。
と、私が意識をよそにやっている影で、栞と空閑君がこそこそと話す声が聞こえてくる。
「こなみ先輩と和音ちゃんも仲いいのか?」
「あの二人は騙されやすいコンビなんだよ〜」
「……ちょっと、栞?」
思わず口を挟めば「ばれた?」なんて、わかりきっていただろうに笑う栞。空閑君に『密会』なんて単語を教えた前科もあるし、まったく油断ならない。そして「いやいや、和音は結構抜けてるからね〜」と言う栞の声は聞こえなかったことにしておく。
「さて、じゃあやろうか、三雲君」
「はい、お願いします」
待たせるのも悪いし、三雲君を連れてひとつの訓練室へと足を踏み入れる。相変わらず無機質な内装だ。頼むより先に頭上から『仮想戦闘モード完了だよ〜』との音声が振ってくるあたり、さすが栞は仕事が早い。私は三雲君に向きなおる。
「三雲君のポジションはどこ?」
「えぇと、今は射手に転向しようとしてて……」
「そうなんだ。じゃあ、ちょうどよかったね」
烏丸君が私に声をかけたのも納得だ、とひとりごちる。不思議そうにする三雲君の目の前で私は換装をすませ――トリオンキューブを浮かべてみせた。
三雲君も合点がいったらしい。私が構えたからか三雲君も換装し、レイガストで構えてみせる。盾も使いながらの射手とは、なかなか手堅いタイプのようだ。
さて、とひと呼吸。烏丸君が私に相手を頼むからには、期待されていることは『当てる』練習をさせたい、ということだろう。
「私は、三雲君を倒すつもりはないよ」
「はい?」
「三雲君が私に一発当てられるまで、スタミナ勝負かなぁ」
今回のルールを提示すれば、三雲君は不審そうな表情を浮かべた。どうして私は攻撃しないのだろうか、というのが顔に出ている。とりあえずは「好きな時に始めて」と声をかけるけど、私が立ち尽くすばかりなので三雲君も戸惑っている様子。
さすがに見かねたのか、頭上から『修くん』と栞の声が振ってきた。
『避ける和音にはなかなか当たらないと思うよ。頑張って!』
それを聞いた三雲君は驚いたように私と見合う。状況を整理し考えているようで、しばしの膠着。やっぱり頭脳派なのかなぁ。射手なんだし、難しいこと考えず試し撃ちでもしてみればいいのに。
結局、三雲君もそう結論付けたらしい。三雲君がレイガストを握り締める拳に力が入ったのを見て、私は反射的にその場から飛びのいた。
次の瞬間には、ブレードがスラスターの推進力のままに私がいた空を裂く。弾ではなく剣でくるとは意地が悪い。慣れていないのか、やや大きく空ぶって崩れた体勢を立て直した三雲君は、次にレイガストを構えた裏でトリオンキューブを浮かせる。
「アステロイド!」
比較的小さめのトリオンキューブが現れ、ぱきりと割れた。ようやく放たれたトリオン弾を、ずっと浮かせていたバイパーで迎え撃てば相殺の衝撃で爆風。発生した煙幕に紛れた気配を背後に感じ、最小の動作でブレードをかわす。
さすがにブレードで押しきられるのは、ともう一度バイパーでレイガスト目掛けて撃つ。曲射の弾道までシールドモードできれいに受けてくれたので安心だ。しん、とまた数秒の膠着状態の後、三雲君は再び訓練室の床を強く蹴りあげる。
――いつもより、動悸が激しいような。
スタミナ勝負と言い切ったからには、意地でも落ちるわけにはいかないだろう。落ち着かない心臓が暴れ出さないよう、私も再びバイパーを構える。
迅さんじゃないけれど、私もちょっとは先輩としてかっこつけないといけないみたいだ。