大規模侵攻で大怪我をしたオサムが、ようやく目を覚ました。しおりちゃんのおかげでレプリカのこともわかった。ボーダーが遠征を目指しているという話も広がり、改めてA級を目指そうと意気ごんだのは昨日のこと。
今日は一緒に見舞いに行こうとチカに誘われ、学校が終わってから病院へと向かう。そうして入った病室には先客がいた。
「お、お前たちも来たか」
ボスがいたことに驚いていると「ちょうどよかった」の呟きが聞こえる。どうかしたのかと様子をうかがっていると、ボスは「確認なんだが」と話を切り出した。
「千佳を、B級に上げようと思ってる」
どうやら上層部ではだいたい結論が出ている内容らしい。おれたちが部隊を組む予定だからだろう、仲間であるオサムとおれがもらった戦功のポイントを、チカに移して昇級させると。
今回チカが狙われたのは、その高いトリオン能力が理由のはず。ボーダーとしてもチカを大事にしたいようで、B級に上げてベイルアウトができるように、とのことだとか。
代わりに、おれがB級に上がるには自力でポイントを稼げということだが、たいしたことでもないので頷く。ボスはにいっと笑うと、おれたちの顔を順番に見回した。
「二月の頭から、いよいよランク戦が始まる。そこでB級部隊『玉狛第二』のお披露目だ」
おれたちが頷いたのを見て、ボスは満足気に笑う。そしてすっくと立ちあがり、「じゃ、よろしくな」と気の抜けた挨拶をして帰っていった。提案が受け入れられたもので、さっそく報告に向かうのだろう。
いっぽう、残されたおれたちの病室に響くのは、オサムの細くも長い溜息。
「どうした?」
「……あまり時間がないな」
ボスの提案は悪いものじゃなかったろうと思ったら、どうやらオサムはもうランク戦のことを考えているらしい。あと数日でランク戦が始まる……というのはつまり、遠征部隊を目指す戦いも始まるということだ。
「オサムはいつまで入院なんだ?」
「先生と相談するよ。ランク戦には間に合わせないと」
意気込むオサムを見ているチカは心配そうな顔をしている。気持ちはわからなくもないが、さすがに医者が許可を出すなら大丈夫だろう。まぁオサムのことだから、ちょっと無理をとおすかもしれないが。
ふいに、チカが「あっ」と驚いたような声を上げた。オサムは驚いて、とつぜん帰り支度をはじめたチカを呼び止める。
「千佳? どうかしたのか?」
「うん、はやく玉狛に行かないと……」
理由を説明するより先に、チカは「今日はもう帰るね」と言って病室のドアに手をかける。オサムがなにか言いたげに手を伸ばしたけど、それよりもチカがドアの向こうに消えるほうが早かった。
おれは、一緒に病院に来るまでに話を聞いていたので、代わりに説明してやろうと口を開く。
「なんでも、ジョシカイ、とやらをやるらしいぞ」
「……女子会?」
「いろいろ大変だったから、のんびりしよう、というやつだと」
オサムは少し考えてから「なるほど……」と頷いた。チカもボスも帰ってしまったので、空いていたイスを借りようと腰を下ろせば、オサムは不思議そうに首をかしげる。
「……空閑は、いいのか」
「おれは女子じゃないだろ」
「いや、それはそうなんだが、小南先輩には……」
「こなみ先輩もジョシカイだから、おれも非番だと」
荷物もそこらに放って「暇なんだ」と続ければ、オサムは「……そうか」と頷く。
こなみ先輩は、レプリカのことをずっと調べてくれていたしおりちゃんに、やっと休みを取らせられると喜んでいた。そして、調べものに付き合っていたおれにも、今日くらいは休めと指示を出したのだ。別に休む必要はないんだが、いいから休めの一点張りだったもので頷くしかなかった。
「明日からはB級に上がるためにポイント稼がないとなぁ」
「……今日は、本部にも行かないのか」
「休まなかったら、こなみ先輩に怒られるだろ」
おれの話を聞いて、オサムは少し考えているようだ。どうしたのだろうかと想像してみるけど、オサムのことだから予想はつく。これから女子で集まっていれば、そのまま夕飯になることもありえる。そうなると、チカのことだから大丈夫だといって夜道を一人で帰りかねない。
「……空閑、悪いんだが……」
「おう。帰りに支部に寄ってみる。チカが心配だからな」
ほっとしたような顔になったオサムは「頼む」と言って疲れたように笑った。今はオサムこそ休まないといけないというのに、面倒見の鬼というのは気を休める暇もないらしい。
しかし、それも相手がチカだからだろうか。いつだったか、付き合っているのかと聞いたのは否定されてしまったが――
「オサムは、チカが好きなんだな」
聞けば、オサムは動きを止めた。そして次の瞬間には頬を真っ赤にしてしまう。うろたえつつも「おまえが考えているようなことじゃない」と言うあたり、満更でもないのだろうか。
「付き合うのとか考えたことないのか?」
「ぼ、ぼくたちはまだ中学生だぞ!?」
「べつに、学校でも彼氏だとか彼女だとか話してるやつらがいるじゃん」
質問に質問を重ねて睨みあう。間をおいて、先に折れたのはオサムだった。それまでの慌てようはなんだったのか、長く溜息をついてから落ち着いた様子で口を開く。
「……千佳のことは大切だ。ただ、ぼくがすべきことは、ほかにある」
静かに、だけど揺らがない真っすぐな声。オサムがこの声で話すときは、たしかな芯がある。
チカのことを大切に思っているのは間違いないが、恋だのという話ではないらしい。先生の妹ということで特別ではあるが、付き合うだとかではないのだと。違いはよくわからないが、オサムがそう確信をしているのなら、そうなんだろう。
「なるほどな」
頷いて、考える。チカは向こうに行きたくて、オサムはチカを手伝いたい。それは、オサムがチカのことを特別に好きだからというわけではないが、それでも助けになりたいと思うから。
だとしたら、特別に好きだと想う気持ちがあったら、なにが違っていたんだろうか。オサムを見てもわかりはしないが、オサムには思うところがあるのか話を続ける。
「だけど……いや、だから空閑が付き合ったりすることを、止めるつもりはないからな」
さっきと同じように芯の通った声。オサムは真っすぐにおれの目を見据えている。
「……チカとおれがか?」
「いや、……え、千佳のことが好きなのか?」
「べつに、付き合う意味で好きとは考えてないが……」
話の流れからチカとのことを言っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。オサムもオサムで動揺した様子だったが、おれの返事を聞いてほっと息をつくと話を続ける。
「空閑こそ、好きな人がいるんじゃないのか?」
「へぇ? そう見えるか?」
「……別に、話したくないならいい」
まさか、おれが訊いたようなことを、オサムから訊かれるとは思っていなかったな。誰を好きだと思われているんだろうか、と考えてすぐに脳裏をよぎった姿。
――まさか、と息をつく。
「付き合いたいとか、考えたことないよ」
言えば、オサムはわずかに表情を歪めて「そうか」と頷いた。会話が途切れたので、なにとはなく窓の向こうの空を眺める。
付き合いたいと、どうして想うのだろうか。なにもない手のひらがむずむずとするのが理由なのかと、聞くようなことでもないので黙ったまま。
このままでいい。だけど、もうすこしだけ。その先になにがあるのか、おれは知らなかったから。