次の日、学校のあとでボーダーへ。今日はポイントを稼がにゃいかんな、とランク戦ロビーへと向かう。
しかし、通りすがる訓練生たちの様子がおかしい。いつもなら、ポイントを稼いでいるからか目立つからか、おれに気づいて逃げるようなやつが多いのに。今は、なにか気になるものでもあるのか、こそこそと興奮した様子の声がもれ聞こえてくる。
「緑川……付き合う……」
「……S級……水沢……」
拾えた四つの単語。もしかして、ミドリカワと和音ちゃんがランク戦でもしたんだろうか。和音ちゃんは朝から防衛任務のはずだけど、帰るまえにミドリカワに捕まったのかもしれん。ちょっと、見てみたかったな。
とはいえ、いつまでも訓練生を気にしているわけにもいかないし、さっさとロビーへ向かうか。と、ちょうどよく背中から「遊真」と呼ぶ声がする。
「迅さん」
「よ。これからランク戦か?」
「そうだよ」
名前に反応したのか、あたりの訓練生たちがまた少しざわめく。迅さんも有名人だなぁ、と思うが、本人はあまり気にしていないようだ。
「迅さんもランク戦するのか?」
「いやー、今日はもう大丈夫そうだし、帰ろうかなって」
大丈夫、という意味はわからないが、ともかく用事があってここに来たわけではないらしい。軽く「ふーん」と相槌を打っていると、迅さんはもう一度「遊真さ」とおれを呼ぶ。
「明日も本部に来るなら、和音連れてきてくれないか?」
「……和音ちゃん? 今日じゃなくて?」
なんだか妙な依頼に首を傾げるが、迅さんはへらりと笑って「ああ」と頷く。和音ちゃんも本部に来るんだろうか。……いや、本部の隊員だとは聞いているが、玉狛でしか会ったことがないので実感があまりない。
迅さんは「おれは野暮用があってさ」と聞いてもない言い訳をしている。おれが特に反論しないのを見て、確信を持ったように笑った。
「じゃ、よろしくな。夕飯は用意しとくから」
「りょーかい」
迅さんは軽く手を挙げてから、そのまま踵を返して去っていく。その影響で、訓練生の意識がおれに戻ったのだろう。なにやら逃げるような気配があちらこちらで動いている。
「……急いだほうがいいか」
もうブースに入っているやつらなら大丈夫だろう。逃げられる前にポイントを稼がせてもらわねばと、おれは個人ランク戦に向かう足を急がせた。
結局そのあとは、まぁまぁ逃げられてしまったのか、思うようにポイントを稼ぎきれなかった。四千に近づくほど、もらえるポイントが少なくなってしまうのもある。
明日からはランク戦がはじまってしまうので、今日もまた本部へとやってきた。さすがに、帰るまでにはポイントも溜められるだろうか。間に合わせるためにもとランク戦ロビーへ急いでいると、また訓練生たちのひそひそと話す声が聞こえてくる。
「……あの人……」
「今、ランク戦に……」
昨日と同じ、妙な雰囲気だ。訓練生たちの視線の先にはなにがあるのか――と、見覚えのある後ろ姿がとぼとぼ歩いていた。おれは足早に追いかけて、とん、と背中を小突く。
「和音ちゃんと、こっちで会うのは初めてだな」
「……あれ? 空閑君もランク戦?」
「そうだよ。あとちょっとでポイントがたまるんだ」
和音ちゃんの隣に並べば、ちょっとだけ困ったような笑顔が返ってきた。どうして注目されているのかはわからないが、なにやら参っていそうだと様子をうかがう。
「っていうか、おれも、ってことは和音ちゃんも?」
「うん、米屋君とランク戦しようって」
和音ちゃんは、ランク戦をするのはあまり好きじゃなさそうだった。そんな和音ちゃんがランク戦するのが珍しいから、訓練生たちが気にしているんだろうか。どうやら、昨日のミドリカワとのランク戦もウワサされてたみたいだし。
ちらりと周りの様子を見れば、どうやら隣に並ぶのがおれだということに気づいた訓練生もいるようだ。避けるように顔を逸らされたので、昨日と同じにならないよう、急いだほうがいいかと気持ちを切りかえる。
「和音ちゃんの用事はそれだけか?」
「ううん、緑川君とも約束してるけど……」
「そっか。じゃあ、おれがポイント稼ぎ終わるまで待っててよ」
きょとんと不思議そうな顔をする和音ちゃんに、「たぶん、B級に上がれるまでそんな時間はかからんからな」と付け足す。なにか言いたそうにはしているものの、頷いているのを見届ければ、今は十分だ。
「玉狛に連れてこいって言われてるんだ。じゃ、またあとで」
言いおいて、さっさとブースへ入る。あと十戦……長くても十五あれば終わるだろうか。今いるやつらを逃さないよう、とっとと試合の申し込みをしていく。
今日は逃げられるまえに捕まえられたのか、あっという間にポイントを稼ぎ終えてロビーへ戻る。和音ちゃんはまだかと中央モニタを見上げていると、背後から「おーい」と呼ぶような声が聞こえた。
「遊真先輩、ランク戦にきたの?」
「……おぉ、ミドリカワか」
オサムとの一件があったわりに、ミドリカワはあまり気にしていないのか懐っこく声をかけてくる。本人がいいならいいかと眺めていると、ミドリカワは「ねぇねぇ」と前のめりに話を続けている。
「暇? 暇ならオレとランク戦しようよ! スコーピオン以外使わないからさ!」
「んー……楽しそうだが、また今度な。今日は用事があるんだ」
モニタにちらりと和音ちゃんが見えた。待っていればそのうち出てくるだろうとミドリカワに向きなおる。
「そのかわり、ジュースおごってやる。場所どこだっけ?」
「自販機? あっちだよ、行こう!」
道案内を任せれば、ミドリカワは意気揚々と歩きはじめた。迷わないように覚えないとなぁ、とは思うんだが、どうにも目立つものがないと道を間違えてしまう。
ミドリカワはさすがに場所を覚えているようで、連れられて自販機の前へ。約束どおりにおごってやれば、ミドリカワは素直に「ごちそーさま」と笑った。嫉妬がなければいい奴そうだ。なんて考えつつ、おれも自分の分をさっさと飲み干してロビーへと戻る。
「っていうか、遊真先輩の用事って?」
「人を待ってるんだ」
しれっと着いてきたミドリカワと一緒に適当なソファへ腰掛けた。興味があるのか「誰?」と聞いてくるので「和音ちゃん、知ってるだろ?」と返す。当然知っているものと思ったが、ミドリカワはむむ……と唸りつつ眉間にシワを寄せている。
「……まさか……?」
「んん? まぁ、もうすぐ出てくると思うんだが……」
話しながらあたりを見回す。ブースは二階、三階とあるので順番に目線を上げていけば――見つけた。目が合ったので軽く手を上げれば、振り返されたので和音ちゃんも気づいたのだろう。淡々と下りてくる姿を見守って、近づいてきた頃合いで声をかける。
「和音ちゃん、終わったのか?」
「うん、終わったよ」
「……本当に水沢のことなわけ?」
「ほかにいるのか?」
ほら、やっぱり知っていただろうにとミドリカワを見れば、納得できないと言わんばかりの顔だ。ミドリカワは不機嫌そうに顔をしかめているが、和音ちゃんは困ったように笑うだけ。よーすけ先輩も戻ってきてにぎやかになったのに、和音ちゃんは会話に混ざろうとしない。
ふむ、疲れているのだろうか。それならとっとと玉狛に行こうかと、呆けている和音ちゃんに気づかせるべく手をとった。
「ほら、和音ちゃんも行くぞ」
「……え? あ、うん……?」
意識が引き戻されたからか混乱している様子の和音ちゃんの手を引いて、ミドリカワとよーすけ先輩に「じゃ、またな」と手を振った。二人はちょっと驚いたようにしていたが、「またね」と「またな」が重なったので踵を返す。
……手を繋いでいたら、付き合っていると勘違いされるのだろうか。不意に頭をよぎった考えには気づかないフリをして、おれは疲れた様子の和音ちゃんを玉狛に連れて帰るのだった。