ひとつ、ひとつを拾い上げ
「それじゃあぼくは、先にログの続きを見てくるから」

 そういってオサムはさっさと夕食の席を立つ。まだ食べ終わらないチカと、食後のお茶を振る舞われていたおれとで了解を示し、食堂を去るオサムの背中を見送った。
 初戦を終えたばかりの昨日からずっと、暇さえあれば過去の記録を見続けている。オサムは戦術書を片手に、たまにおれに意見を求めたりしつつ、過去の記録を見て勉強しているようだ。

「チカはこのあと、ひとやすみしたら走りこみか?」
「うん、レイジさんと一緒に」

 さて、おれはどうするか。こなみ先輩といつもの訓練だろうかと見やれば「遊真」とちょうどよく名前を呼ばれる。

「あんた、どうせ暇なんだから千佳に付き合いなさい」
「ほう?」

 こなみ先輩が言うには、オサムが過去の記録を見るためにずっと訓練場にこもって端末にかじりついているからだと。訓練するにも端末を使う必要があるから、こなみ先輩との特訓は後回しにするらしい。
 まぁ、たまにはそういう訓練もいいか。夕飯を食べ終えて、ひとやすみしたチカとレイジさんと一緒に、夜の走りこみに向かう。チカはおれと違って疲れるはずなのに、弱音を吐くことなく黙々と走る。すごいな、と感心している間にチカの訓練用ルートを走り終えて、支部へと戻ってきた。

「風邪をひかないように、先に風呂に入るように」
「はい」
「上がったら、修を手伝ってやれ」
「りょーかい」

 レイジさんの指示を受けて解散となったので、風呂に入り終えたら食堂で集合といってチカと別れる。手早く風呂をすませ、ひと足先に食堂へ迎えば、しおりちゃんとこなみ先輩がくつろいでいた。

「遊真、ランニングは終わったの」
「おう。チカも、風呂から上がったらここに来るぞ」

 空いているソファを拝借すると、しおりちゃんが「じゃあ準備しよっか」と席を立つ。またお茶を淹れてくれるのかと眺めていると、こなみ先輩が「ところで」と話題を変えた。

「あんたも今日、防衛任務なんだって?」
「うん? まぁな」

 無事にB級……つまりは正隊員に昇格して、次にしおりちゃんから教わったのは防衛任務のことだった。だいたいは部隊ごと――つまり、おれの場合はオサムとチカと一緒――に防衛任務につくらしいが、まずは一回練習をしないといけないらしい。だからと、今日はレイジさんと一緒に防衛任務についてみろ、と。
 おそらく普通のことだろうと思うのだが、けれどこなみ先輩ははぁ、と大きなため息をつく。

「あんたも深夜シフトだなんてね……」
「……んん? ほかにいるのか?」

 どうしてため息をつくのかわからないでいると、こなみ先輩はむすりとした顔で「……和音よ」と話を続ける。

「あんたもだけど、和音だって、深夜シフトの防衛任務なんて次の日に支障が出るでしょ」
「ふむ? たとえば?」
「明日は平日よ? 学校だってあるのに、どうするつもりなのかしら」

 なるほど、こなみ先輩はどうやら和音ちゃんの心配をしているらしい。おれは眠る必要もないから、防衛任務のあとは普通に学校で行くつもりでいた。けど、和音ちゃんも同じ時間に防衛任務につくのだとしたら、眠らずに学校に行くのは大変だろう、ということか。
 こなみ先輩が心配するのも当然かと聞き流そうと思ったのだが、小さくこなみ先輩がぶつくさ言う声が聞こえた。

「まったく、なんで迅なのよ……」

 ふっと、この前の会話が脳裏を過ぎる。

「……一人でひと区画請け負えるからじゃないのか?」

 たしか、和音ちゃんがそんなようなことを言っていた。そのまま真似して訊ねれば、こなみ先輩は「よく知ってるわね」と目をぱちくりさせる。

「でも、別に迅だけじゃないわよ。あたしだってレイジさんだってそう。だから、今夜あんたの面倒を見るのはレイジさんってわけ」
「ほう……」

 だから、こなみ先輩は“どうして迅さんなのか”と思うわけだ。それこそ、わざわざ夜中の時間の任務にしてまで、と。和音ちゃんは“迅さんなら安心だから”と言っていたけど、それを聞いたこなみ先輩は自分じゃ安心できないのか、と怒りそうだから黙っておくことにする。
 そうこうしているうちに、風呂から上がったチカも食堂へとやってきた。気づいたしおりちゃんが「あ、揃ったね」と声を上げる。

「じゃ、二人にはこれを配達してもらおうかな」

 用意してあったのだろう、小さな籠に入ったお菓子の山がふたつ、おれとチカにそれぞれ差し出された。一人ひとつを受け取ると、しおりちゃんは満足げだ。

「こっちは修くんのぶんで、そっちは和音のぶんだから」
「――和音ちゃん、下にいるのか?」

 まさか、オサムと一緒にいるとは予想外だ。驚いていると、しおりちゃんは「早めに修くんに休憩してもらいたくて、先におつかい頼んだんだよね」と言って笑う。さらには「多めに入れてあるから、二人も一緒に食べてね」と言って、おれたちを訓練場へと送り出した。
 チカと二人、オサムと和音ちゃんの元へ向かう。りん、と音がなってエレベーターの扉が開くと、そこには静かにマグカップを傾けるオサムと和音ちゃんがいた。

「修くん、お菓子も持ってきたよ」

 心配していたからか、一目散にオサムの元へ駆けていくチカ。おれも、持ってきたカゴを和音ちゃんの分だと言って机の上に置く。

「ありがとう」

 ――そういって笑う和音ちゃんを見て、少しほっとした。
 和音ちゃんはそのまま「いただきます」と言ってお菓子をつまみはじめる。オサムも雰囲気にのせられたのか、おずおずと菓子を摘み始めて休憩するつもりらしい。これで、任務完了だな。
 同じことを考えたんだろうチカと笑顔をかわす。さて、おれもお菓子をわけてもらおうと和音ちゃんを見れば、いつのまにか困ったような笑顔に変わっている。

「部隊の打ち合わせを邪魔したら悪いし、私は――」

 最初に聞こえたのは“邪魔”という言葉だ。なんだか違和感があって、さらには戻ろうと立ち上がった和音ちゃんを見て、もやりとするような妙な感覚。
 気づけば、手が伸びて和音ちゃんの手を引き止めていた。おれは、そのまま和音ちゃんが座っていた隣に腰をおろす。引きずられるようにして和音ちゃんも座ったので、妙な安心感を覚えて息をついた。

「もう少しいてよ。でないとオサムが休憩しないから」

 そうだ、せっかく和音ちゃんが休憩しているのを見て、オサムも休憩するつもりになったようなのに、帰られたら困る。そのまま伝えたら、オサムには怒られてしまった。けど、和音ちゃんは暇だからといってオサムをなだめてくれる。その顔はいつも通りの優しい笑顔。
 ――さて、言い訳がましかっただろうか、どうか。
 けど、オサムが根を詰めているのは間違いないし、休憩しろと言われているのに聞かないのも事実だ。これくらいはいいだろうと、おれは和音ちゃんとオサムの会話を聞き流しながら、お菓子をもらうことにする。和音ちゃんに声をかけられたチカも向かいのソファへと座り、なにとはなくお菓子をつまみつつ。

「なぁ、和音ちゃんってさ、戦うときにどんなこと考えてる?」

 オサムへの詫びがてら、和音ちゃんにも話を聞いてみることにする。困ったように「……ど、どんなって……?」と聞き返されるので、「なんでもいいよ」とフォローしつつ。次の試合での戦術を練るためにヒントが欲しいのだと説明すれば、和音ちゃんは考えながらも口を開く。

「……とはいっても、特別なことはなにも……相手の射程に入らないようにとか、自分の間合いに入れないようにって、基本だと思うし……」
「んん? 自分の間合いに入れないって、なんで?」

 違和感があって思わず聞き返すと、和音ちゃんは困ったように笑いながら話を続ける。

「私の場合は、撃ち合いになると不利になることが多いからね。相手は間合いに入ろうと踏み込んでくるから、引きながら戦うくらいがちょうどいいんだよ」

 なるほど、和音ちゃんらしい――と納得した。相槌を打てばオサムが質問を続けるので、意識をやりつつも考えを巡らせる。
 戦術……つまりは戦い方となると、そいつの性格からも影響を受けている。キチンとした人が理詰めで戦うように、天然なやつが動物みたいに戦うように。
 和音ちゃんはどちらかというと天然なのだが――妙なところを理詰めで動く。おそらくは、だから“自分の間合いに入れないように”という考えになるのだろう。だって和音ちゃんは、変なところで一歩ひく。

「うぅむ……難しいな……」

 あらふね隊に勝つ手を見つけることも、和音ちゃんのことも。まぁ、ランク戦に限っていえば、おれの仕事は殺すことだ。和音ちゃんのことは、今はまだおいておこうと思考の隅へと追いやることにする。
 みんなで頭を抱えているうちに、持ってきたお菓子はすっかりなくなってしまった。それに気づいたのだろう、和音ちゃんはカゴを持ってふっと立ち上がる。

「力になれなくてごめんね。片付けついでに、上に戻るよ」
「あ、いや、参考になりました。ありがとうございます」

 オサムのマグカップも片付けるようで、まとめて抱えた和音ちゃんはそのままエレベーターへと向かっていく。扉の向こうに消える姿を見送って、作戦会議の続きだ。
 とはいえ大きな進展はないまま時間が過ぎ、レイジさんが降りてきたので作業を中断する。そろそろおれは防衛任務の時間で、行く前にチカを送っていくと言われる。だからオサムにも帰るように声をかけるが、あらふね隊への作戦がまとまっていないからと、まだ記録を見るつもりらしい。
 そのまま残っていくというオサムを置いて、おれとチカはエレベーターに乗り込む。

「こりゃなんとしても勝たにゃいかんな」
「うん」

 おれの仕事――つまりは点を取ること――のためにも、なにか突破口はないだろうか。考えながら、おれは防衛任務に向かうべく訓練場を後にするのだった。


[64/110]

 

サヨナラの引力

 

ALICE+