玄関から外に出ようとしたら、そこにはさっき別れたばかりの和音ちゃんがいた。レイジさんが「揃ったな。じゃあ、行くぞ」と声をかけるので、どうやら和音ちゃんも一緒に送っていくらしい。
支部を出て車が停めてあるところまで移動する。チカと和音ちゃんが後ろに座るようなので、おれはレイジさんの隣へと乗り込んだ。レイジさんが運転をはじめれば、車はゆっくりと動き出す。
「三雲君はあれからどう?」
「えっと……やっぱり、荒船隊への作戦が決まらなくて」
和音ちゃんも気にかかっていたのだろうか、話題はおれたちのことだった。後ろの二人で会話しているのに耳を傾けつつ、目の前の景色が変わっていくのをぼんやりと眺める。
あらふね隊は全員が狙撃手の部隊だ。潜伏している三人をどうあぶり出すか、いろいろと相談したものの、結論はまだ出ていない。狙撃手の位置がわからないままだと、いつ崩されるかわからない。とはいえ全方角を警戒しなければいけないとなると、必ず隙ができてしまう。
和音ちゃんも「そうだねぇ……」と困ったように相槌を打っている。
「敵の居場所がまとまっててくれればいいけど、なかなか、そうならないもんね……」
「……そうなるときってあるんですか?」
「うーん……射線を通せるところって、ある程度決まってるでしょ?」
だから、まとまることがあるのだ――と、和音ちゃんの言葉の先を想像すると同時に、レイジさんが「水沢」と咎めるように名前を呼んだ。
「あんまり教えるな。考えさせろ」
「了解です」
……昨日、データを見るように言われたときも思ったけど、レイジさんはおれたちに作戦を考える練習をさせたいらしい。なんだか親父のようだ。そして咎める程度には、今の和音ちゃんの話はヒントになるということだろう。
予想通り、なにか掴んだらしいチカが黙りこんでいる。後ろの様子をうかがえばチカが考えている様子だったので、それなら、とおれも声をかけることにした。
「チカ。明日また、昼休みに屋上でな」
「え?」
作戦会議の続きをしようと提案すれば、チカは「だけど……」と声を落とす。これまで、チカが囮だとか砲台だとか危ない作戦ばかりを提案するもんで、おれとオサムで次から次へと却下したのが効いてるのかもしれん。だから新しい作戦は言い出しにくいんだろうが、それでも。
「狙撃手の考えはチカのほうがわかるだろ。オサムに相談してみよう」
「……わかった。明日までに、もうちょっと考えておくね」
チカの顔に笑顔が戻った頃、車の動きがゆっくりになる。止まったことに気づいて前を向けば、やっぱりチカの家へと着いたらしい。
「レイジさん、ありがとうございました」
「あぁ」
「またな、チカ」
「うん。和音先輩も、任務頑張ってください」
和音ちゃんの「ありがとう」の言葉を最後に、出ていったチカが車のドアを閉める。手を振るチカに手を振り返して見送られていれば、車は再びゆっくりと動き出した。今度は、防衛任務の場所へ向かうために。
ふいに、レイジさんがさっきとは違う静かな声で「水沢」と名前を呼んだ。
「おまえのほうはどうなんだ」
「……なにがですか?」
和音ちゃんを心配するレイジさんの話は、やっぱり最後には「飯は食いにこい」となるらしい。言われ慣れているのか、聞き流しているような和音ちゃんとの会話に耳を傾けつつ、車はボーダー本部のある方角へと進んでいく。そうしてまた、動きが止まった。
「それじゃあな」
「送っていただいてありがとうございました」
「じゃあな、和音ちゃん」
「うん。空閑君も頑張って」
和音ちゃんと別れて、また車が動き出す。車をどこかに停めたあとで歩いて移動し、ようやく防衛任務の場所へと到着した。
防衛任務について教わったことは、まず前任者との引き継ぎを行うこと。前任者も、後任のやつらが来たことが確認できないと帰れないから、と。
それから、処理をしたトリオン兵は必ず報告すること。どうやらボーダーでは壊れたトリオン兵を回収しているらしい。昔、ボーダーに入隊する前に足がついた理由は、もしかしたらこれだったのかもしれんな。
「――あとは、おまえなら大丈夫だろう。討伐については、好きに動け」
「お? いいのか?」
「フォローは小南で慣れてる」
やけに説得力のある言葉だ。換装したレイジさんが銃を構えたので、おれも換装してスコーピオンを手に持つ。
「よし、行くぞ」
「了解」
辺りを警戒しながら進み、ゲート発生の通信が入れば足を止め、指示された場所に移る。そうして現れたトリオン兵を次から次へと切っていくのが防衛任務だ。何匹か現れたときは、レイジさんが足止めしてくれる間に近いやつから順番に殺していくだけ。
しばらくはそうやって任務についていたが――担当する範囲はそれなりに広い。時間が経つにつれて段々と、トリオン体の速さだけではじれったくなってきた。
「レイジさん。なんかこう……踏み台みたいなトリガーってないの?」
レイジさんはおれのブラックトリガーを知らないから説明が難しい。だけどバウンドみたいなトリガーは便利だし、ボーダーにもあるんじゃないか。そう考えてレイジさんに聞いて見れば「ふむ……」と考えるような返事。
「おそらくグラスホッパーがそれにあたるな」
「あるのか?」
「あぁ。ただ俺は専門外だ」
たしかに、レイジさんはちょこまかと動くタイプじゃない。どちらかといえば、どっしりと構えて来るやつを撃ち落とすタイプだろう。飛んで跳ねるような機動系のトリガーは、おれみたいな攻撃手が欲しがるはず。そうなると玉狛では使うやつがいなそうだ。
「本部なら使ってる奴もいるだろう。見に行ってみたらどうだ」
「うん。そうする」
本部で顔がわかるやつと言えばミドリカワだが、あいつも攻撃手だから知ってるかもな。明日にでも顔を出してみようかと考えつつ、今は仕方なくそのまま駆け続ける。
するとゲートに釣られるままに移動していたせいで、だいぶ地区の端へと寄ってしまっていた。レイジさんから「よその担当には手出ししなくていい」との指示を受けたので、最後、一匹を殺して息をつく。
「……レイジさん、あれは?」
「こちらに指示がない以上、向こうの担当だろう」
次のゲートの連絡もないので、なにとはなく眺める。現れたバンダーの前に、いくつかのトリオン弾の光。誰だろうか、夜、しかも遠目でとなるとわかるはずもない――が。
「水沢か」
レイジさんがそう気づくのと、バンダーが反撃をするのとはほぼ同時だった。あげく、見間違いでなければ直撃だ。支援に入ったほうがいいだろうか。レイジさんも同じことを考えたようで、身体を向けて地を蹴る――直前、通信が入った。
『遊真、レイジさん、聞こえるか?』
迅さんは、今日は和音ちゃんと一緒の防衛任務のはず。レイジさんが「さっきのは水沢じゃないのか」と訊けば、迅さんは『そうだよ』と肯定する。
『でも、大丈夫。そのまま本部に戻れるはずだよ』
言うが早いか、トリオン弾の光が無数に見えて、撃ち抜かれたバンダーが地面に倒れ込んだ。どうやら和音ちゃんが反撃できたらしいと息をついていると、微かに人影が本部へと向かうところが見える。
「おい、迅……肝が冷えたぞ」
『いやー、おれも。なんかトリガーの調子が悪いみたいで』
和音ちゃんは今、ブラックトリガーで防衛任務についていると聞いた。ボーダーのトリガーなら、危なくなれば戦闘から離脱できるはず。だけどブラックトリガーでは違うはずなのに、直撃しても平気なあたり、なにか秘密があるのかもしれない。
『そうだ、遊真も聞いてるか?』
「聞いてるよ」
『ひとつ頼みがあるんだけどさ』
と、迅さんいわく。和音ちゃんが本部に向かってるのは、トリガーの調整をするためらしい。時間はかかりそうだが、それでも終わる頃の迅さんはまだ防衛任務の真っ最中だろう、と。
『おまえ、今日が初任務だから早くあがれるだろ? 和音の様子、見にいってやってくんない?』
「ふむ、いいけど……」
「そうだな。遊真はそのまま学校に行くんだろう。支度もあるし、早めに上がらせる」
『頼むよ、レイジさん』
そのまま迅さんの通信が切れたので、もう一度担当地区の真ん中あたりに戻る道すがら、レイジさんに話を聞く。いわく、訓練生が正隊員になって初めての防衛任務では、場合によっては早く帰らせることもあるらしい。
実戦に少しずつ慣らしていくためのようだが、おれにも必要なものだろうか。まぁ、ルールには従っておくほうがいいだろうと、朝になりつつある頃にレイジさんからの解散の指示を受け、本部に向かったのだった。