学校が終わったあと、作戦をまとめるオサムとレイジさんの訓練メニューのあるチカは、先に玉狛へ戻ることになった。おれは一人だけ本部へ向かう。目的はもちろん、グラスホッパーというトリガーを教えてもらうためだ。
ミドリカワなら……と思ったが捕まるだろうか。いくつもあてがあるわけではないので、ちょっと道に迷いながらも、ようやくランク戦ロビーへとたどり着いた。さて、どこかのブースに入っているだろうかと、様子を見るべく立ち止まって見上げた――直後。
「わ!」
「……おぉ、やっぱりここか」
妙な気配が近づいてくると思ったが、やっぱりミドリカワだったらしい。驚かすことに失敗したからか、ミドリカワは「反応うす〜い」とむすくれている。
「っていうか、オレに用事?」
「うん。グラスホッパーって知ってるか?」
「もちろん。オレも使ってるし」
やっぱりミドリカワはグラスホッパーを使うらしい。それならば「おれも使いたいから教えてくれ」と頼めば、「いいよ〜」と軽い返事。どういうものかは見ればわかるらしいので、ブースに入って合流する。
「これがグラスホッパーだよ」
ミドリカワのすぐ前に現れた四角い踏み台。よっ、と軽い声をあげてミドリカワがそれに飛び乗ると、弾かれて高く飛び上がり、しばらくしてからどさりと落ちてきた。
「……思ったよりは飛ぶな」
「一個だけだとね」
「ふむ? いくつも出せるのか?」
「うん。その代わり数が増えると出力は小さくなるけど」
ミドリカワは付近にグラスホッパーを大量に並べてみせる。試しにおれも飛び乗ってみれば、言われたように、さっきよりは飛べないようだ。しかし跳ぶ感覚は親父のトリガーに近くて、ぴょんぴょん跳ねて確かめる。
「これはメインにもサブにも入れられるから、結構便利だと思うよ」
「なるほどな。帰ったらしおりちゃんに入れてもらうか」
話しながら跳ねていたら、ふとミドリカワの瞳の色が変わった。次の瞬間には、まるで犬がじゃれてくるように飛びかかってきたミドリカワ。手にはしっかりとスコーピオンが握られていたので、ミドリカワのグラスホッパーを利用して突撃をかわす。
不意打ちにしてはまだ甘いな、とカウンターを決めれば爆発と同時に光の筋が空へと駆け抜けた。それによってランク戦のシステムが終了し、ブースの中へと転送されて戻ってくる。
『ちぇー、今ならいけると思ったのに』
「甘いな」
『ね、このまま個人ランク戦しようよ』
「ん〜、どうせならグラスホッパー入れてくるまで待ってくれ」
『それもそっかー、りょーかい。もうちょい踏んでみる?』
「おう、頼む」
ミドリカワは思っていたよりしっかりとグラスホッパーについて教えてくれた。起動中がわかりやすいので気をつけたほうがいいだとか、攻撃で壊されることもあるだとか。一個だけ出したとき、二個出したとき……と、数を増やしたときにどれくらい出力が変わるのかも試させてもらった。
「ふーむ……一度にたくさん出すの、ちょっと難しそうだな」
「まぁ慣れたらいけるよ」
「そうだな、帰って練習してみる。ありがとな」
だいぶ遊ばせてもらったので、もういいかと切り上げようとしたのだが……ミドリカワが「待って!」と食い下がる。
「……なんだ?」
「あー、っと……そう、お礼! ジュースくらいおごってよ!」
「ふむ……? 別にいいけど……」
どうにもそれだけじゃない様子が気になるが、たしかにお礼は必要だろう。今日はランク戦に付き合うほど時間もないし、せめてそれくらいはと試合を終わらせブースを出る。
ミドリカワのおかげで迷わずジュースを買うところまでやって来た。とっとと二人分を買うが、ミドリカワは「ありがとう」と受け取っただけ。すぐに難しい表情で口をもごつかせている。
「……なんかあったのか?」
「んー、いやさぁ、いちおう聞いておきたいんだけど」
聞かれたことで覚悟が決まったらしく、やけに真剣な顔のミドリカワがおれを見る。
「……水沢と付き合ってるの?」
「いや? 付き合ってないぞ」
意を決して、と言わんばかりのミドリカワへすぐに返事をすれば、ぽかりと口を開けて固まってしまった。問い詰めようとしていたのだろう口がゆるゆると閉じて、次の瞬間には「……え?」と首を傾げている。
「本当に? 隠してない?」
「別に隠してないが……」
「……まー、そうだよねぇ。やっぱこれもウソかぁ」
ミドリカワは「あーぁ」と疲れたように肩を落としている。かと思えば「いや、でも……」となにかを考えている様子。なんの話だろうかと不思議に思っていると、ミドリカワは「実はさ……」と重い口を開いた。
「最初は、オレと水沢が付き合ってるってウワサがあったらしいんだよ」
「……ほう?」
「で、そのあとがよねやん先輩で、その次が遊真先輩なんだけど……遊真先輩が彼氏なのはホント、ってウワサがあってさ」
よくわからなくて首を傾げると、ミドリカワはちょっとだけ言いづらそうに目を逸らしながら「だって……」と続けるのだ。
「水沢と遊真先輩が……手を繋いでたっていうのが、理由みたいで……」
思わず「なるほど」と頷いてしまった。人がウワサをするにも理由があるもので、手を繋いでいたおれたちが付き合っているように“見える”というのは、ウワサされるには十分だろう。さて、どうしたものか。
「んー、まぁ、なんと言えばいいものか……」
最初は、それが和音ちゃんの助けになると聞いたからだった。トリオンを溜めてしまうといずれ制御ができなくなるのではと、レプリカも心配していたし。防げるのなら、手を繋ぐことくらいたいしたことではないだろう。
――和音ちゃんが“そう”と思っていれば、堂々と手を引いても許されるのだ。なんて、話したところでしょうがない。
「というか、ミドリカワは和音ちゃんが好きなのか?」
「は? そんなわけないじゃん。絶対にない」
思ったより力強く否定されて驚く。照れ隠し……という感じでもない。表情を眺めていると、それが疑っているように見えたのだろう、ミドリカワはさらに鼻息荒く言葉を続ける。
「そもそも、水沢ってオレからしたらライバルなの! S級候補だか知らないけど迅さんと仲良いのずるい! オレのほうが強いし! 同じ本部所属なのに、しょっちゅう玉狛に行ってるじゃん! ずるい!!」
勢いに押されて怯んでいると、我に返ったのかミドリカワは一度咳払いをして「ともかく」と話を戻す。
「水沢が彼女とか、絶対イヤだから! ないから!!」
「わかった、わかった」
ミドリカワにその気がまったくない、というのは理解できた。強く否定したい理由が、嫉妬だということも。
周りにも聞こえたのだろう、なにやら訓練生がヒソヒソと話しているようだ。ミドリカワと和音ちゃんが付き合ってる、というウワサはそうそうに消えるかもな。ミドリカワとしても、そのほうが助かるだろう。
ミドリカワは、おれが話を流したことも忘れたのか、時計を見て「あ、やば」と声を上げた。
「オレもそろそろ戻らなきゃ」
「そっか、いろいろありがとな」
「どういたしまして。明日のランク戦、オレが解説やるんだ! 楽しみにしてるね!」
あっという間に表情を変えて、懐っこい犬みたいに笑ったミドリカワは「次はランク戦もやろうねー!」と元気に騒ぎながら去っていく。手を振って見送りつつ、おれもいい加減玉狛に戻ろうかとロビーを後にする。
――おれは、迅さんのほうがずるいと思うけどな。
そんなことが頭をよぎって、ため息。まったく、気が緩んでいるんだろうか。
「さて、今度はしおりちゃんか」
無理矢理に口を動かして、考えを誤魔化して塗りつぶしていく。
とりあえず、おれにもグラスホッパーが使えるようにしてもらわないと。便利だし、メインとサブの両方にいれようかな、と考えながら玉狛へと向かうことにする。
その間にも、今日はやっぱり会えなかったな、なんて気が緩む。
「……大丈夫かな」
和音ちゃんがいないから、迷わないように帰れるといいんだけど。
§
「空閑、戻ったのか」
「おう。ただいま」
玉狛に戻って地下の訓練場へと降りると、すぐにオサムに声をかけられた。今日は行き詰まってないからか、おれに気づく余裕もあるようだ。
どうやらチカは訓練の途中で、その設定や管理をしていたのがしおりちゃんらしい。オサムが招集をかけ、出てきたチカと四人で集まれば、最後の作戦会議だ。今日の昼間に決めた方針と、それからの対策について打ち合わせをしていく。
「……どうでしょう、宇佐美先輩」
「いいと思うよ。修くん、よくここまで詰められたね!」
笑顔で「二人も頑張ったね!」と褒めてくれるしおりちゃん。最初は散々にアイディアを却下されていたチカも、褒められて嬉しそうだ。そうしてオサムはおれとチカの顔を順番に見る。
「あとは、戦況に応じて都度指示を出す。いいか?」
「「了解!」」
全員の了解を受け、オサムがほうと息をついている。組むときはあんなにいろいろ言ってたのに、隊長としてずいぶん様になったもんだ。そんなオサムに、しおりちゃんは広げられた資料をそそくさと片付けながらも声をかける。
「本当にお疲れさま。今日は皆、明日に備えてしっかり休もうね!」
「……ですが」
まだなにか心配があるのだろうか、提案を渋るオサム。だけど、しおりちゃんはきらりとメガネを光らせ「今日やるべきは休むことだよ」と力説しはじめる。ずっと心配していたからだろう、チカまでおずおずながらも「帰ろう、オサムくん」と言うもので、最終的にオサムが根負けした。
帰り支度をはじめたオサムを見届けたおれは、さてとしおりちゃんに向き直る。
「しおりちゃん、トリガーの設定変えてくれないか」
「ん? どうするの?」
「グラスホッパーが使いたいんだ」
「おぉ? よく知ってるね。りょーかい!」
トリガーを渡せば、しおりちゃんは机に戻ってなにやらカチャカチャといじりだした。ホルダーをパカリと開いて「ひとつでいい?」と聞かれたので「できればふたつ」と頼むことにする。
オサムに「なんだ?」と聞かれたので「使えそうなトリガー、教えてもらったんだ」と説明すれば曖昧に頷いている。トリガーの設定はすぐに終わったようで、しおりちゃんは「できたよー」とトリガーを返してくれた。
さて、試しに自分でも使ってみたいが……と考えていると、またエレベーターが降りてくる。
「ちーす、やってるか〜?」
現れたのは迅さんだ。後ろから、こなみ先輩も「あら、帰れるの?」と現れる。
どうして二人が、と思っていると、同じことを考えたのだろうしおりちゃんが「あれ〜?」と声を上げる。
「どうしたの、なんかあった?」
「いや、小南が久々に遊真と訓練メニューやるぞ、って話になって」
たしかに作戦会議のために訓練場をおれたちが独占していたようなものだ。だから、こなみ先輩との訓練もほとんどできていなかった。
「じゃあ、迅さんはどうして?」
「宇佐美も明日があるからな。おれが端末見るから、帰っていいよ」
それを聞いたしおりちゃんは「了解です!」と敬礼してみせる。そして勢いよく「さ、オサムくん、帰るよ!」と引っ張っていく。作戦も立てられたから、堂々と帰せると言わんばかりだ。チカもそれについていき、三人が乗ったエレベーターの扉が閉まる。
見届けて、今度はこなみ先輩が「じゃ、やるわよ」と声を上げた。訓練室へと足を向け、さっさと換装をすませる。
「――夕飯までに十本、終わらすわよ」
「おう、よろしくお願いします」
頭上から迅さんの「いつ始めてもいいぞ〜」とのんびりした声が響いた。