ぐらつく天秤の着地点
 掛け声と同時に、さっそく訓練の開始だ。今日の目標はグラスホッパーに慣れること。トリガーの切り替えと、いくつ出せるかと、出力の感覚を覚えなければ。
 さっそく使ってみるが、ちょっとした隙を見逃してくれるこなみ先輩でもなく、現れたグラスホッパーにぴくりと眉を動かしたものの平然としている。ただ、普段よりは動きやすくなったもので、手応えをたしかめているうち、あっという間に十本が終わってしまった。

「……ったく、いつの間にグラスホッパーなんて覚えたの?」
「今日だよ」

 そんな会話をしながらも訓練室を出れば、迅さんから「お疲れ〜」のあいさつ。手早く片付けを終わらせたようで、すぐに「じゃ、夕飯に行くか」と声がかかって三人で食堂へとあがる。
 近づくとだんだんに感じるおいしそうな匂い。今日の夕食当番はとりまる先輩らしい。先導して迅さんが食堂へと入っていくので、おれも夕飯を楽しみに足を踏み入れて。
 ――向けられた、ふわりとした笑顔に足を止めた。

「お疲れ様」

 まさか、和音ちゃんがいるとは思っていなかった。どうしたのだろうと驚いていると、こなみ先輩も同じように「和音?」と声を上げる。

「なによ、今日はオムライスってわけね」
「そうだよー。お邪魔してます」

 オムライス、とは料理の名前だろうか。こなみ先輩と和音ちゃんのやり取りから察するに、和音ちゃんの好きな料理らしい。だから、とりまる先輩が和音ちゃんを夕飯に誘ったのだとか。
 こなみ先輩と和音ちゃんの賑やかな声を聞きながら、おれも夕飯の準備を手伝う。そうしてみんなで席につけば、あとは「いただきます」と挨拶するだけだ。スプーンが皿を叩く音が重なって響く。

「……おいしい! やっぱり烏丸君のオムライスはすごいねぇ」
「いや、簡単っすよ」
「私は薄焼きしかできないもん」

 どうやら和音ちゃんは作れない料理らしい。へぇ、と思いつつ、その“ウスヤキ”とやらも食べてみたいなと考えつつ。おいしいので黙々と食べていくうち、夕飯の時間は過ぎていく。
 そうして順々に食べ終わった頃。食器を片付け終えたらしいこなみ先輩が、唐突に「遊真!」とおれを指名した。

「師匠命令よ。帰り、ちょっと付き合いなさい」
「……ほう? 別にいいけど……」

 急にどうしたのだろうか。まぁ、作戦会議も終わったし、さっきの訓練でグラスホッパーにもちょっと慣れたし、夜は暇だからいいんだが。
 おれも食べ終わっていたもので、こなみ先輩はさっさと荷物をまとめると「じゃ、あたしは帰るから」と声を上げる。そうして「行くわよ、遊真」と声をかけられたので、渋々と「じゃあ、行ってきます」と声を上げ、連れられるまま食堂を後にする。
 とっとと下までおりて、玄関を出た途端、こなみ先輩は我慢しきれないとばかりに「ねぇ」と話しかけてきた。

「和音、どうしたの?」
「……なにが?」

 和音ちゃんになにがあったのだろうか、と首を傾げると、こなみ先輩いわく「防衛任務のとき、調子悪かったらしいじゃない」と。どうやら迅さんから和音ちゃんのトリガーがどうとか、までは聞いたものの、詳しいことは迅さんも知らないと言われてしまったと。

「和音の様子、見にいったのあんたでしょ。どうだったの?」
「んー……なんか、しばらくトリガーを使っちゃダメって言われたらしいよ」
「なんで?」
「いや、おれも知らん」

 そういえば、詳しい理由は聞いてなかったと思い出す。まぁ、仕方がないだろう。あのときの和音ちゃんは様子が変だったし、それ以上を聞き出せる雰囲気でもなかった。
 こなみ先輩がおれを指名した理由はそれだったようで、おれが知らないとわかると大きなため息をつく。

「……まったく、本当になにも言わないんだから」
「ほう? 和音ちゃんは教えてくれなかったのか?」
「べ、別にそういうわけじゃないわよ!」

 こなみ先輩は大きな声で否定するが、どうにもウソのようだ。たぶん言わなかったというより、うまく誤魔化されてしまったんじゃないだろうか。和音ちゃんは、これまでブラックトリガーを秘密にしていたからか、誤魔化すことにも慣れているようだったし。
 けれど、それだけでもないらしい。こなみ先輩は「ただ……」と視線を落とす。

「あんたもこの前言ってたでしょ。迅はひと区画担当できるから、和音と一緒に防衛任務やってるんだって話」

 そういえば、そんな話をこなみ先輩にしていたような。和音ちゃんがそう言ったからなのだが、こなみ先輩にとっては意味があることだったようで、ぎゅうと眉間を寄せながらも静かな声で続ける。

「それだけが理由なら、あたしだってそうなのに……なんで和音は迅を選ぶのかしらってのが……悔しいの」

 難しい顔で悔しいと告げるこなみ先輩の気持ちに同調してか、もやりとした気持ちが湧く。どうして和音ちゃんは、迅さんを選ぶのか。むかりとするのはどうにも、こなみ先輩の“悔しい”とは違う気持ちのような気がする。

「トリガーのことだって知ってるんだから、なんであたしじゃダメなのよ! って言いたいんだけどね……」
「言わないの?」

 こなみ先輩なら、あっさり聞いてしまいそうな気がしたが。聞いてみれば、こなみ先輩は大きなため息をつく。

「あんたもまだまだね。あたしはね、和音がなんていうか想像つくのよ」
「ほう? なんて?」
「――“あたしに”なにかあったら困るから、って絶対言うの。あたしを巻き込むのが怖いって」

 こなみ先輩が話しているのに、まるで和音ちゃんが話しているように見えるほど、とてもしっくりきた。たしかに和音ちゃんなら、そうと言って断るだろう。
 同時にまた、もやりとした気持ちが湧く。

「――迅さんは、巻き込まれてもいいのか?」
「それよ!」

 どうやら考えが似通っていたようで、こなみ先輩にも同意されてしまった。

「和音って、迅には遠慮ないのよね。そういうのがなんか……むかつくのよ」
「ふむ……たしかに」

 迅さんが和音ちゃんに気安いだけでなく、和音ちゃんも迅さんに気を許しているのがわかる。そういう二人の関係と言うべきかに、もやりとするのだ。おれたちにだって気を遣わなくてもいい。細かいことをとやかく言うつもりもないし、巻き込まれたとして迷惑だと思うほど、離れていると思われているのが……腹立たしい、ような。
 ふと、こなみ先輩が黙っているので、どうしたのだろうと見上げた。こなみ先輩は目をぱちくりさせて、おれを見ている。

「なによ、あんたもヤキモチやくのね」
「――え?」

 思わず聞き返すと、こなみ先輩は丁寧に「嫉妬よ、嫉妬!」と言葉を言い換える。

「ま、あたしに言わせればあんたも大概だけどね」
「……なんで?」
「あんた、早々に和音と打ち解けてたじゃない! ちょくちょく懐っこい犬みたいに和音のとこいって、和音もまんざらでもなさそうだったし……!」

 うっかりヤブヘビをつついたのか、こなみ先輩の矛先がおれに向いてしまったようだ。あーだこーだと、これまで和音ちゃんが玉狛にくるようになるまで大変だったとか、仲良くなるまで苦労したらしい話をこんこんと聞かされる。
 和音ちゃんは、おれにとっては最初から人のいいおねーさんだった。こなみ先輩みたいな同年代相手には違ったのだろうか。そんなツンケンした和音ちゃん、ちょっと見てみたいなと聞き流していると、不意にこなみ先輩が「ここまででいいわ」と足を止める。

「あんた、明日も頑張んなさいよ」
「おう、まかせろ」
「……和音には、さっきの話、言わないでよね」

 ぼそりと呟いたこなみ先輩は、おれの返事を待たずに「じゃあね」と言って去っていった。おそらくは、ちょっとした負けず嫌いみたいなものだろう。別に、おれから和音ちゃんに聞いたところで仕方ないし、言うつもりもないが。
 さて、無事にこなみ先輩も見送ったことだ。今日はこのまま玉狛に戻って、明日に備えて最後の戦術の復習でもやるか、と考えて――

「……まだ、いるかな」

 この前も、屋上で暇を潰そうと思ったら、通りがかった食堂に迅さんと和音ちゃんがいたんだった。あの時も、迅さんは気安く和音ちゃんの頭を撫でていて、それが……妙に腹立たしかったと思い出す。

「……嫉妬か」

 いよいよ、はっきりと名付けられてしまった気持ちに、ため息が出てきた。嫉妬とは、つまり羨ましいってことだ。なぜって――和音ちゃんが迅さんに気を許しているのが、わかるから。

――まったく、手を繋ぐだけではダメなのか。

 それだけで十分だと思っていたはずなんだがな。おれが迅さんみたいに頭を撫でても、和音ちゃんはなにも言わないんだろうか。なんて考えても仕方ないはずなのに、手がもぞもぞとするような妙な感覚。
 少しは頭を冷やしたほうがよさそうだ、とおれはいつもよりゆっくりした足取りで玉狛へと戻るのだった。


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サヨナラの引力

 

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