『――よかったのか、ユーマ』
レプリカがわざわざ姿を見せてまで、おれに声をかけてくるのは珍しい。それほど気にかかったのかは知らないが、おれは「なにが?」とわざとらしく聞き返す。
『彼女も、別に悪意があったわけではないだろう』
「……そうかもしれんが、なぁ……」
向こうの肩を持つのか、と不満に思ったのが伝わったのだろう。レプリカは『いや、ユーマがいいのなら構わない』と付け足している。
事の発端は、イズカチャの友人でそれなりに交友があった女の子から声をかけられたことだった。
「ユーマは、さみしくない?」
今思えば、ずいぶんと素直に聞くものだ。とはいえ子どもの感覚では、親父が死んで遺されたおれに訊ねる言葉としては、それ以外見つかるものでもないだろう。
「べつに、へいきだよ」
「ウソ! だって、ひとりぼっちはさみしいもん!」
レプリカがいる、と言っても聞かないだろう。おれ以外にはほとんど姿を見せないし、たぶんこいつも知らないだろうし。
さて、どうするべきか――と考えていたら、そいつは「だから」と意気込んで口を開いたのだ。
「おおきくなったら、わたしと結婚しよう!」
そいつの頬は、ほんのりと赤かったような気がする。おれは突然の告白を受けてびっくりしていたものの、やっとのことで「なんで?」と聞き返す。だって結婚っていうのは好きなやつ同士が家族になることだろう。少なくとも、おれとこいつはそういう関係ではないし。
聞き返されたことに驚いたのか、そいつは「あー」とか「うー」だとか言い淀む。そして、いよいよそいつが口にしたのは――
「そしたら、みんなもユーマのこと、ひとりぼっちでかわいそうなんて言わないよ!」
――ウソだ、と見抜いてしまったサイドエフェクト。幼いながらもため息をつかなかった自分を、今となっては褒めてやりたいくらいだ。
こいつも、軍の偉いやつらと同じで、なにか別に目的があるんだろう。目に見えるウソとホントがごちゃまぜの世界には慣れてきていたが、それでも気分がいいものではない。
「……そりゃどーも。けど、おれは別に結婚なんてしないよ」
だって、こいつが思うように“おおきくなる”ことは、たぶんないだろうから。
結局、そのあとどうやって会話を終わらせたのかは覚えてない。それでも無性にイライラしていたもので、さっさと帰ったのだと思う。その道すがら、レプリカが出てきたのだ。
『ユーマを気にかけていたようにも見える。あまりそう言ってやるな』
レプリカには思うところがあるのか、おれの態度をたしなめようとしているらしい。しかし気にかけた結果が、本心を隠して結婚の約束をしようというのも……「よくわからん」と素直に言えば、レプリカは『ふむ……』と唸るばかり。
「同情される筋合いもないよ。悪いのはおれなんだから」
ひとりぼっちがかわいそうだと言うのなら、自業自得というやつだ。そんな事態を招いたのは、間違いなくおれのせいなのだから。
レプリカは思うところがあるのか、『そうか』とだけ静かに呟いた。
§
昔に思いを馳せていたら、すっかり日が昇ってしまっていた。朝を迎えて、おれはさっさと学校に行き、ランク戦の二回戦目へと臨む。
結果としておれたちは勝った。最初から作戦どおりの試合展開が続き、状況に応じてちょっとした変更はあったものの、最後には予定どおり生き残って勝利。勝ち点もしっかりもらった。
そのあとで次のランク戦相手とのひと悶着があったりしたが、無事に玉狛支部に戻ってきて息をつく。
「……頭が回らんな」
いつもなら、むらかみ先輩の対策のために作戦会議に没頭するところだ。なのにどうしても気が散ってしまう。
理由は考えるまでもなく昨日のことだ。今も、ふいに和音ちゃんの泣き顔が浮かんでしまって焦れったい。なんであのときは身体が動かなかったんだと、妙な後悔を繰り返している。
「……戦うときには、そんなことないのにな」
きっと、おれが誰かを好きになるだとか、付き合うだとか、そんなこと想像もしてなくて考えてもこなかったからだ。和音ちゃんに手を伸ばせるときがくると思ってもいなかったから、身体が動かせなかった。
ぼうっとそんなことを考えていると、屋上の扉が開いた。誰だろうと視線をやる。
「……迅さん」
「お、なんだなんだ? なんか悩みでもあんのか?」
反応が遅かったからか、迅さんはからかうように笑いながら、おれの傍までやってきた。まぁ、悩みはあるといえばあるので「まぁね」と返せば、待ってましたと言わんばかりに「なんだよ、聞かせてみなって」とちょっかいをかけてくる。
「むらかみ先輩をどうしようかと思って――」
「あー、そういうのはなしなし。対策を練るのも訓練だろ?」
手っ取り早く悩みを話しはじめたというのに、迅さんはわざわざ話を遮ってしまう。聞かせてみろと言ったのはそっちなのに。むらかみ先輩のことは訓練の一貫だから、手は貸せないということのようだ。
「……じゃあ、なに?」
少なくとも、こうちょっかいを出してきた理由があるだろう。迅さんを伺えば面白そうに――そして、意地悪く――笑ったのだ。
「和音のこと、なんで泣かしたんだ?」
ぞわり、嫌悪感のままに顔をしかめる。おれがへそを曲げたのにも気づいているだろうに、迅さんはケラケラと笑うだけだ。
「別に責めるつもりはないよ。ただ、なにかあったのかなーって」
「……その前に、聞いておきたいんだが――」
昨日と同じ、妙なムカつきに乗せられるまま訊ねる。
「迅さんは和音ちゃんと付き合いたいとか思わないのか?」
「ないない、付き合ってどうすんだよ」
「……んん?」
どうするか……と言われれば困ってしまう。付き合うということは心配することだろうか。でも、それは付き合ってなくてもできることだし、付き合っているからできることとなると……。
「……手繋いだりとか、一緒にいたいとか?」
「おいおい、恥ずかしげもなく言うね」
これまでの余裕はどこへやら、急に照れたように笑って勢いを萎ませる迅さん。もう一度、まるで念押しするように「だから、和音と付き合いたいとか考えたことないよ」と繰り返す。
「あいつは妹分みたいなもんだからさ。兄貴分として世話を焼いてるだけ」
そんなもんだろうか。けど、昔のイズカチャやらヴィッターノやらを思えば、なんとなくわからなくもない。家族ぐるみの付き合いということもあって、家族みたいなものだからと妙な気安さがあったものだから、と腹落ちする。
そうやって考えを整理している間にも、迅さんは「それにさ」と話を続けた。
「そういうのは、好きな子としたいって思うもんだろ?」
――モヤモヤとしていた気持ちが、すとんと落ちて消えていく。
「……好きな子」
「違ったか?」
好きな子と聞かれて和音ちゃんのことを思い出したのは、これで二度目だ。前はまさかと思えていたのに、今はなんだか妙にしっくりきてしまう。
おれは、そう遠くない未来に和音ちゃんを置いていくんだろう。だから、おれを好きだと言った和音ちゃんは、おれがいなくなってしまったら悲しむはずだ。付き合いたいなんて考えたところで、和音ちゃんを悲しませることは決まりきっている。
――それでも。
「……手を繋げないのは、ちょっと嫌だな」
昨日の和音ちゃんは、どんな気持ちで『手を繋いじゃダメだ』と言ったんだろう。おれはまだ、和音ちゃんと手を繋いでいたいと思うのに。そうしている間は一緒にいられるから。
滑り出した自分の考えにハッとする。あぁ、和音ちゃんのことが好きだから、隣にいてほしいと思っていたのか。名づけられた感覚に納得してしまうと同時に、淀んでいたものが嘘のように晴れていく。
「――迅さんは、おれと和音ちゃんが付き合っても困らないのか?」
「ぜーんぜん。むしろ、そうしてくれたほうが助かる」
「……ほう、なんで?」
迅さんが和音ちゃんのことを“そういう意味で”好きではないのなら、和音ちゃんが誰と付き合おうと関係ないのはそうだろう。ただ、“助かる”という言葉が妙に引っかかる。そのまま問いかければ、迅さんはふっと笑う。
「和音は……なんていうか、逃げ癖……ってほどじゃないんだけどさ、掴みどころがないっていうか」
迅さんが言わんとしていることは、わかるような気がする。遠慮……のような気もするし、こなみ先輩が言っていたような“巻き込みたくない”という気持ちのような気もするが、ともかく和音ちゃんは一歩引くようなところがあるから。
迅さんは「あいつが玉狛に来るようになるまで、結構頑張ったんだよ、おれ」なんて言っている。こなみ先輩も、なんでおれは和音ちゃんとすぐ仲良くなったんだとか言っていたな。今では玉狛みんなと仲良く見えるが、そうなるまでにはいろいろあったようだ。
「だからさ、遊真が捕まえてくれるようになってから助かってるんだ。和音もやっと地に足がついたって感じかな」
「ふーん……?」
なるほど……と頷くつもりだったのだが、目があった迅さんはニヤリと笑う。
「ま、昨日は逃がしたみたいだけど」
「……なに」
「いやー、遊真もそんな顔するんだなーと思ってさ」
おれは今どんな顔をしているんだろうか。少なくともいい顔はしてないだろうなと見上げれば、迅さんはやっぱり笑っている。けれど、すぐに「そういえばさ」と話を変えた。
「金曜がさ、夕方から防衛任務なんだけど……和音は検証だけだから、早く上がらせる予定なんだ」
「ほう」
「おれはそのまま防衛任務だし、和音を迎えに行ってやってくんない?」
「……おれが?」
迅さんは、おれが和音ちゃんを泣かせたと知っていて、それでも迎えにいけと頼むのか。あれきり顔を合わせていないし、どうしたものかと少し迷う。でも……断ってほかのやつが迎えに行くのも、和音ちゃんが一人で帰るのも嫌だなと結論を出した。
「……わかった、いいよ」
「よし。じゃあ頼むな」
迅さんは目的を達成したと言わんばかりに「じゃ、対策頑張れよ〜」と軽く手を振りながら去っていく。悩み相談に乗るという話はなんだったのか。なんだか茶化されたような、背中を叩かれたような気分だ。
さて、もう一度考えを整理することにしよう。つまり、おれが和音ちゃんを好きだとして――どうしたいのか。