一緒に踏み出す最初の一歩
 自分が、好きになった人に告白できるだなんて思わなかったな。
 泣きつかれて帰り、目覚めた翌朝に考えたのはそんなことだった。ひと晩寝て起きたら、振られてしまったことは悲しくても、ちゃんと告白できてよかったという達成感が残っていたのだ。
 なにより、ランク戦の結果――三雲隊、つまり玉狛第二が勝ったという――にも安心した。空閑君に迷惑をかけてしまったが、ランク戦に響かなくてよかった。これで、私の恋はゆっくりと終わっていくのだろう。

――ならば、次はどんな顔をして空閑君に会えばいいんだろうか。

 玉狛には夕食にお邪魔したばっかだし、来週……いや、再来週くらいまでは行かなくても大丈夫だろう。迅さんにそれとなく話しておけば、心配をかけることもないだろうし。
 意気込んだ金曜日、迅さんと合流して数体のトリオン兵を討伐したあと、すぐに開発室へと呼び出されてしまった。鬼怒田さんいわく、どうやら“燃費が悪い”ようだが、今日は問題がなさそうだとわかったので、帰ってもいいとのこと。
 だからと、言われたとおり帰ろうとしたのだ。開発室を出て連絡通路を抜け、いつものところで地上に出ると同時に――姿を見るまでは。

「お、和音ちゃん。おつかれ」
「……お、……疲れ、様……」

 思わずどもってしまうくらいには、心の準備ができていなかった。空閑君はいつもと変わらない雰囲気で、気まずさも感じさせない程度には自然な態度だ。

「このあと、ちょっといいか?」
「えっ、と――」

 遠回しに“話がある”と言われているようで、ドキリとしてしまう。空閑君が話そうとする内容なんて皆目見当もつかない。いったい、どんな話をされるというのか。
 戸惑っていると、空閑君は「イヤなら、無理にとは言わんが」と口にしてしまう。

「い、嫌なわけじゃない! ……けど、えっと……」

 どんな話をするの、なんて聞くに聞けない。必死に言葉を探していたものの、空閑君は私が嫌ではないことに安心したようだ。私の返事より先に、空閑君は「それじゃ、とりあえず座らないか?」と言って出入り口近くにあったベンチを指差した。思わず「どうして?」と聞いてしまえば、空閑君は――珍しく、ちょっとだけ視線を泳がせながら――おずおずといった雰囲気で口を開く。

「たぶん、おれも話すのがゆっくりになるからな。ずっと立ってるのも、和音ちゃんは疲れるだろ」

 空閑君はそう言ってベンチに座ってしまったので、私も後に続いて――拳ふたつくらいの距離を開けながら――隣に腰掛けた。
 緊張しながらも背筋を伸ばし、手持ち無沙汰な両手を膝に添える様は、まるで面接でも受けるかのようだ。視線だけで空閑君の様子をうかがうが、なんと声をかけていいのやら。いっぽうの空閑君もまた横目でこちらをうかがいながら、いよいよ「ええと」と話を切り出した。

「この前のこと、整理したいんだが」

 ……やはり、話題は数日前の……告白のことらしい。逃げ帰ってしまったから、空閑君としては消化不良だったのだろうか。どんな話になるのか恐ろしいながらも「うん」と相槌を打つ。

「おれが、ウワサのことで誤解されたら困るだろって言ったのは……和音ちゃんは迅さんのことを好きなんじゃないかと思ってたからなんだが」
「……うん」

 話し方からは、誰が、なにを、というのに気をつけている様子がうかがえる。頷いたのをたしかめるような空閑君の視線を受けて、間。空閑君は視線を前に戻したかと思えば、静かに話を続ける。

「……でも、和音ちゃんは、おれが好きなんだよな」
「…………うん」

 あらためて言われると、なんだか居た堪れない気持ちでいっぱいだ。告白しておいて、いまさらだとは思うが……か細い声でも頷いた私は頑張ったと思う。
 とはいえ、空閑君も少し照れているのか、「ふむ」という相槌はどこかぎこちない。居心地が悪いのだろうに、空閑君はしっかりとした声で「じゃあ」と問いかける。

「和音ちゃんが、おれも誤解されたら困るだろ、って言ったのはなんで?」

 今度は、さっきと主語が違う。誤解されたら困ると、私が、言った理由を聞いているらしい。勘違いがないかどうか慎重に話を聞こうとしてくれるのは、真摯に向き合ってもらっているようで――やっぱり空閑君が好きだな、なんて。そんな場違いなことを考えつつも、私は質問に答える。

「……空閑君だって、ウワサとはいえ私と付き合ってるって誤解されちゃうと、いろいろ支障が出るでしょ?」
「たとえば?」
「た、たとえば……?」

 空閑君としては、私のいう困るというのがピンとこなかったらしい。聞き返されてしまうと、なんて答えたらいいのやら。
 ……空閑君の好きな人に誤解されると困るでしょう。なんて、言いたくないな。それに空閑君に誰か好きな人が、なんて考えただけでもつらいのに、口にしたらまた泣いてしまう気がする。
 せっかく冷静に話し合いに臨めているのだから、調子は崩したくない。ほかにも困ることはあるだろうと、考えを巡らせながら慎重に言葉を選ぶ。

「……昔ね、私、迅さんと付き合ってるんじゃないかってウワサされたことがあったの」

 初めて聞くのだろう、空閑君は「ほう」と興味深そうに頷く。

「その時は、なんでそんなことに? ってびっくりしたし……。迅さんはただ私を心配して声をかけてくれてるだけなのに……いい彼氏だね、とか……からかわれて。本当は違うのにって……あんまりいい気しなかったから」

 私を心配してくれているだけの迅さんが、恋愛感情だとかを勘ぐられてしまうのは……ただただ申し訳ない。本人は気にしていない様子だったけど、やっぱり、からかうような視線はいい気分じゃなかった。だからこそ、メッセージでのやり取りが増えて、自ら玉狛に出向くことも増えたのだった。
 話し終えて、ふうと息をつく。空閑君もなんとなく想像ができたのか「なるほど」と頷いている。

「それで、おれもいい気しないんじゃないかってことか」
「……うん」

 空閑君はそれきり黙ってしまった。考えを整理しているのだろうか。
 私にできることは待つことだけ。だから、こうして確かめた先になにがあるのか――なんて、考えてしまう。もしかして、そういうことなら声をかけるのは控えようとか、会わないよう気をつけるとか、そんな話になるだろうか。仕方ないはずなのに、やっぱり……さみしい、と思うなんてワガママだ。
 少しすると空閑君は――やっぱり、前を向いたまま――「それじゃあ」と話しはじめた。

「和音ちゃんは、好きなやつがいなくなったら悲しいだろ?」
「……それは、もちろん……」

 まさに考えていたことを当てられたようで、ドキリとしたのも束の間。空閑君は「なら」と続ける。

「おれを好きになっても、しょうがないんじゃないの?」

 ――違う。これは、そういう意味じゃない。
 ここまでしっかりと言葉にしていた空閑君は、どうして言葉を濁したんだろう。単純な話だ。空閑君が好きな私に対して……自分はそのうち死ぬのに、と言うのは酷だろうと考えたのだろう。だけど、だからって"しょうがない"だなんて。

「……そんなふうに思うの?」
「んん? ……いや、なんというか……」

 さすがに空閑君としても失言だと思ったのか、口をもごつかせながら言葉を選び直しているようだ。とはいえ、空閑君が確かめたいことはやはり、私の想像から遠く離れているわけでもないようで。

「……前にも話したと思うけど、おれは死にかけて……いつまでここにいられるかわからん」

 あっさりと告げるあたり、空閑君の中では整理がついているんだろう。長い夜に考えることはいくらでもあるだろうし、少なからず、自分の未来のことだって考えることがあるはず。空閑君にとって“自分がいなくなる”未来はきっと、当然に想定されているもの。

「だから、その時までおれを好きでいたら、和音ちゃんはたぶん悲しいだろ」
「……そうだね」
「だったら、おれじゃないほうが――」

 いいんじゃないのか、だとか、そういう言葉が続くのだろうことは想像できた。だからと、私は空閑君の言葉を無理やり遮る。

「――嫌だよ」

 空閑君がふっと、驚いたように顔をこちらに向けた。くるりと丸まった紅い瞳がまっすぐに私を見ている。自然と、私は言葉を続けていた。

「……私は空閑君が好きだから……空閑君に、ほかの人のほうがいいって言われるのは……嫌」

 子どもがダダをこねているように聞こえてしまうだろうか。じわり、涙が滲む感覚があったので、私はそっと顔を逸らす。自分の膝の上に置いた手がぼやけていて、どうにか雫を落とさないよう堪えながら、深呼吸を繰り返す。

「……ほかの人を好きになる方法なんて、わかんないもん」

 それとも、空閑君は方法を知っているんだろうか。だから、そんな無茶を言ってのけるのだろうか。……私に、ほかの人を好きになってほしいから?
 空閑君は黙ったままで、なにかを話すような気配もない。今のうちにと、私は泣かないように必死で言葉を繰り出す。

「……あのね、だから私が空閑君を好きなことが迷惑でも……放っておいてもらえると、嬉しい、かな。あの、たぶん玉狛に行かないってのも難しいし、みんな優しいから心配してご飯呼んだりしてくれると思うし……その、えっと、なんというか――」

 続きを言おうとして、またズキリと胸が痛んだ。溢れそうになった涙を奥歯を噛みしめてこらえる。それでも言わなければいけないと、私は必死で口を開く。

「――友達、てのも違う、かな……その、たまに来る先輩、くらいで……許してもらえたら……」

 許してもらえなかったら? とすぐに嫌な考えが脳裏を過ぎった。泣いてしまいそうで、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。

「あ、もちろんその……話さなくていいし……無視とかはしないでもらえたら、嬉しい、けど……無理しないでいい、から、だから……」

 ――好きでいさせて。なんて、訊いてもいいのかな。
 いよいよ堪えきれなかった涙がぽろり、すべり落ちた。あぁ、泣いたらダメなのに。
 刹那、隣にいる空閑君が動く気配がした。そっと私の頬に触れたなにかが涙のあとを拭って――空閑君の指先が、そのまま優しく頬を撫でていることに気づく。
 思わず空閑君のほうへと顔を向けてしまったもので、驚いたように空閑君の指先が離れていってしまった。こちらを見る空閑君もまた、どこか呆けた顔をしている。

「……すまん、つい手が出た」
「え、……と、だい、じょぶ……」

 この場合、手が出たというのは正しい使い方だろうか。だって頬に触れた指先は、泣くなと慰めるかのように優しかったのに。
 びっくりしてしまって、目の奥で燻っていた熱も吹き飛んでしまったかのようだ。頭も真っ白になってしまった。ぼうっと空閑君を見つめていれば、少し間を置いて「あのさ」と口を開く。

「やっぱり、おれが言わないのはずるいなと思ってきた」

 真剣な眼差しに怯んでしまう。なに、を? と、聞きたいのに口をはくりと開けるので精一杯だ。

「言わないほうがいいとも思うんだが、しかし――ダメだな。こういうとき、なにもできないのも嫌だし」

 空閑君はそう言って、穏やかに微笑んだ。紅い瞳は変わらず真っ直ぐに私を見つめていて、それなのに優しい顔をしているから勘違いしてしまいそう。私はただ、呆然と空閑君を見つめるばかり。

「おれ、和音ちゃんが好きだよ」

 ――甘い声が、耳の奥で木霊した。

「だから、和音ちゃんと手を繋ぐの好きなんだ。そばにいてくれるのがわかるから。この前はダメって言われたけど、おれも和音ちゃんが好きなら、また手を繋いでもいいか?」

 やっとの思いで言えたのは「……いい、よ?」という返事だけだった。空閑君は静かに「そうか」と笑う。
 ……私は空閑君と、なんの話をしていたんだったか。頭が追いつかなくて、それでも真っ先に思い浮かんだことは――

「……空閑君……好きな人、いたんだ」
「うん、ずっと和音ちゃんが好きだったみたいだ」

 みたいってなんだろう……と呆けてしまう。空閑君が、私を好き? いまだに信じられなくて、指先一本すら動かせない。黙ったままの私に、空閑君は「だから」と話を続ける。

「おれを、和音ちゃんの恋人にしてくれないか?」

 ――ぎゅう、と心臓も肺も縮んで、息ができなくなるかと思った。
 言いたいことがあるはずなのに、言葉にならない。だからだろうか、空閑君は私へと手のひらを見せる。まるで、手を繋ごうと誘っているみたいに。これまでにも見たことのあるその仕草に、私は自然と手を伸ばし、空閑君の手のひらへと自分のそれを添える。
 空閑君は応えるように手を開きなおし、促されるままに指を絡めて緩く握りあう。いわゆる、恋人繋ぎ。指の間がくすぐったいような妙な心地と温かさに――ほろほろと、涙がこぼれてきた。

「和音ちゃん?」
「……ちが、くて……あのね」

 驚いたような空閑君に、私は必死で震える声で答える。だって、本当に違うんだ。胸が痛むわけでも、目の奥が熱いわけでもない。ただ、胸の奥からこみ上げてきて、止まらない。

「……好き、なの。私、空閑君が、好き」

 それしか言葉にならなかった。みっともなく泣く私は空閑君にどう見えているのだろうか。けれど、さっきと同じで優しい指先が、繰り返し私の頬を撫でては涙を拭ってくれる。私の視界はぼやけて覚束ないけれど、耳元に届く空閑君の声は甘く優しいままだ。

「おれも、和音ちゃんが好きだよ」

 あぁ、これが幸せなんだ、と思った。好きな人に好きだと言ってもらえること以上に幸せなことなんて、きっとこの世に存在しない。


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サヨナラの引力

 

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