「というわけで、報告したいんだけど……」
ココアの入ったマグカップが置かれたローテーブルのむかいから、じっと待つ栞と小南の視線が真っ直ぐ私へと向いている。この前あれだけ否定してしまったのに、いまさらかと自分でも思う。だからこそきちんと伝えたくて、覚悟を決めて口を開いた。
「……空閑君と、付き合うことになりました」
一瞬の間。それからすぐに「え!? おめでとう!」と叫んだ栞の声と「なんですって!?」と叫ぶ小南の声が重なる。わぁ、なんて正反対な反応。二人して前のめりになってくるので、私はつい仰け反ってしまう。
「やったじゃん、よかったね和音!」
「ちょっと、もう手出されてたりしないでしょうね!?」
「ねぇ順番! 順番に喋って、とりあえず落ち着いて!」
三者三様に叫ぶように声を荒立ててしまう。その甲斐あってか私の声は二人に届いたようで、いったんは三人揃って息をつく。
ひとまず落ち着こうと、私がココアを啜っている間に栞と小南で交わされる視線。二人の間で無言の協定が結ばれたらしく、まずは栞の視線が私へと向いた。
「ねぇ、いつから?」
「……その、まだ昨日からの話なんだけど……」
「なんて言って告白されたの?」
「…………ごめん、ちょっと今は恥ずかしくて言えない……」
昨日の甘く優しい空閑君の声を思い出すと、じわじわと身体が火照ってくる。意味がないとは思いつつも手で扇いでいると、栞の肩を小南が掴んだ。「とっとと代わりなさい」と言って、今度はずいと小南が身を乗り出してくる。
「あいつ、手が早そうだけど無事でしょうね」
「ぶ、無事ってそんな」
「まさか、もうキスされた? ちょっとぶん殴ってくるわ!」
一方的に叫んだと思ったら、小南は今にも飛び出しそうに立ち上がってしまう。いくらなんでも気が早すぎると「まだだから!」と必死に叫べば、小南のじとりとした眼差し。疑うような視線をたっぷり浴びたうえで「本当でしょうね」の言葉に頷けば、小南は納得してくれたらしい。溜息をつきながらもソファへと腰を落とし額に手をあてて天を仰ぐ小南と、隣に座る栞の満足そうな笑顔はあまりに対照的だ。
「まさか和音がほだされるなんて……」
「まーまー、いーじゃん。よかったねぇ和音」
よかった、のだろうか。わからないけど嬉しいのは本当。照れくさいながらも「ありがとう」と返せば、やっぱり栞は笑ってくれる。
「……あ、でも」
「なに、なんかあるの!?」
話しはじめると途端に前のめりになる小南を栞がいなして「どうしたの?」と続きを促してくれる。
「……その、空閑君は玉狛支部所属だし、私もよく玉狛にお邪魔してるでしょ? だから、その……目に余るというか、そういうのがあったら教えてほしい……」
迅さんにもバレてしまったし、玉狛支部メンバーの大半が私達のことを知っている……となると、やりづらいところも出てくるだろう。気をつけるつもりではいるけれど、二人にも伝えておけばより安心だ。二人も間髪をいれず「「りょーかい」」と答えてくれてほっとする。
「別に、いちゃついてくれてもいいけどねぇ」
「そしたらあたしが遊真をぶちのめすけどねぇ」
からかうような栞と、拳を握りしめる小南に「気をつけます……」と言うしかない。とはいえ、人前でイチャつくなんてそうそうない……よね……? 今までだって別に……いや、屋上で二人きり過ごすのはセーフなんだろうか……。
と、ぐるぐる考えはじめたころ、栞がふと時計を見上げて声をあげる。
「ごめん。もっと聞きたいけど、今日はもう帰らなきゃいけなくて」
栞はテキパキと帰り支度をすませると、輝く笑顔で「報告ごちそうさまー」なんて言い置いて帰っていった。そう栞の背中を見送ったあと、私と小南の間に沈黙が落ちる。
さて、小南にこれ以上空閑君の話を振るのは心苦しい。それならば、と話題を変える。
「……小南も、なにか話があるっていってたよね?」
「……そうね……悔しいし、この際ハッキリさせておくわ」
悔しい、とはなんだろう。小南って彼氏が欲しい! とか言ってたんだっけ。
小南は思ったより難しい顔をしているし、深刻な内容なのかもしれない。そう身構えていると「そんな大げさな話じゃないわよ」と言われるが……思い当たりもないので、姿勢を正して大人しく待つ。すると、小南は自然に口を開いた。
「あんた、なんで迅とばっかり防衛任務に入るわけ?」
「……へ?」
「それで、この前トリガーの調子が悪くなったって、遊真には話したんだって?」
「…………えっと、迅さんにも昨日話したような……」
「あたしには?」
……はて、と理解が及ばず首をかしげてしまう。そんな態度が癪に障ったのか、小南は「あんたねぇ……」と低い声で凄む。
「あたし、もうあんたのブラックトリガーのこと知ってるんだけど」
「うん、そうだね……?」
「隠す必要ないでしょ?」
「か、隠してはないよ、ただ……」
「巻き込んでなにかあったら困るって?」
誤魔化そうとしていた言葉を先取りされてしまい、驚いて小南を見る。予想通りだったのだろうか、小南は「あっきれた!」と怒ったように吐き捨てるものの――ため息をついてしまった。
「……本当は、無理なシフト入れるくらいなら、あたしが防衛任務に付き合うし……なにか心配なら、あたしたちに相談しなさいよって言うつもりだったの」
怒られるのだろうと身体を縮こめて聞いていたのだが、つもりだった、という言葉が引っかかる。今は、そう言うつもりはないんだろうか。間をおいて「でも」と口にした小南の様子をうかがえば、表情からは怒りの色が消えている。
「彼氏ができたってことを一番に報告しに来てくれたみたいだから、許してあげる」
小南は、私がもう一度話そうとするのを待っててくれていたのか。ブラックトリガーのことは、ついつい慣れている迅さんを頼ってばかりいたが……この前の防衛任務の直前、小南がなにか言いたそうにしていたのはこのことだったのかもしれない。
反射で謝ろうと口を開いたのだけど、小南の真っ直ぐな瞳に射抜かれて押し黙る。
「あんまり、あたしのこと舐めんじゃないわよ」
「そ、そんなこと……」
「あんたのブラックトリガー、なにかあればあたしがぶちのめしてやるんだから」
再び宣戦布告をされ、不思議と肩の力が抜けていくような心地がする。そうだ、巻き込んだらどうしよう、なんて心配は無用だと小南は言いたいのだろう。巻き込まれようが、小南の強さがあれば大丈夫だと、自信満々に言い切る姿はやっぱり……かっこいいな、なんて。
「……ありがとう。……もうちょっと慣れたら、防衛任務、相談してもいい?」
「……慣れたらってなによ」
「いや、ちょっとまだ情けないところが多くて、あんまり見られるのも……」
「なにそれ……迅はいいわけ?」
「迅さんはなんか……慣れたかな……」
乾いた笑いしか浮かばないが、実際のところ、迅さんには気を遣わなくていいのが楽なのだ。散々に情けないところを引きずり出された過去のトラウマみたいなものが、反転して取り繕っても仕方がないという諦めに変わったというべきか。
でも、小南は友達だから、あまり情けないところばかりを見せたくないな、という気持ちもある。伝わったのかは定かではないが、小南は思うところがあるのか「ふーん」と唸るばかり。
「……遊真もヤキモチ妬いてたわよ」
「…………へ? 誰に?」
「迅によ。和音が迅には気を許してるってのに不満そうにしてたし」
「空閑君が……?」
ヤキモチ、という言葉はしっくりこないが……私が迅さんを好きなんじゃないか、って思っていたからの話なんだろうか。ちょっと前までそう誤解をしていただろうし……と考えていると、小南から「そもそも」と追撃される。
「遊真のこと、名前で呼ばないの?」
「……え、な、なんで……?」
「別に遊真の肩持つわけじゃないけど! あたしだって遊真って呼びづらくなるじゃない」
さっきの小南は、あれだけ空閑君に怒っていたのに。肩を持つ気がないとはいえ、小南が空閑君を名前で呼ぶことを、私が気にしないかどうか心配……ということだろうか。やっぱり気を遣わせてしまうんだな……と申し訳ない気持ちになる。
「えーと、それはいずれ……考えるとして……」
「あんたねぇ……」
「なんというか……そういうヤキモチは放っておいてほしいというか……」
小南が「え」と言葉に詰まったような声をあげる。しまった、言い方が突き放したみたいに聞こえてしまう。慌てて「あのね」と言葉を付け足す。
「……その、小南は空閑君の師匠なわけで、空閑君が遠征部隊を目指すためには小南が必要で……だから、私のせいで小南が遠慮するようなことになったら、結果として空閑君が困ると思うし……」
うまく伝わるのだろうか。小南は眉間にシワを寄せたままなもので不安だが、それでも必死で言葉を続ける。
「……それで空閑君が困ることになったら、私だって嫌だから……その、私がヤキモチ妬くようなことがあっても、空閑君を優先させてほしいというか……」
「無理ね」
必死に話したつもりなのに、すっぱりと一刀両断にされてしまって面食らう。思わず「な、なんで……」と食い下がれば、小南はやっぱり不満そうな顔のままだ。
「それであんたを放っておくのは、あたしが許せないもの」
「……いや、その、私がそうしてほしいっていうか……」
「ダメ。……でもまぁ、言いたいことはなんとなくわかったわ」
小南は盛大に、はぁぁとため息をつく。あげく「ずいぶんと骨抜きにされてるみたいね」と不機嫌そうな顔で呟くので首を傾げるが、小南はゆるく首を振った。それから、ふっと表情を緩める。
「まぁ、遊真に遠慮する気はないし、そこは安心しなさい」
ハッキリと言い切った小南にほっとして、素直に「ありがとう」と返す。小南はすぐに「だけど」と続ける。
「あたしがあんたを放っておくこともしない。っていうか、もし遊真が和音のヤキモチに気づかないようなら、あたしが遊真をぶちのめす」
「……え……?」
「だから、そこは許しなさいよね」
「……えーと、私が許すの? それ……」
私が許す許さないより先に、空閑君のほうが怒るんじゃないかな……。
小南はいつの間にやら満足したようで、雰囲気がすっかりと柔らかくなっている。残っていたお茶菓子をつまみながら「これ、おいしいわね」なんて呟くくらいには落ち着いたようだ。
私も追従してお茶菓子をつまみながらも、次からは小南が焦れるより先に、話ができるといいな……なんて考えるのだった。