翌日、鬼怒田さんの指示を受けて技術開発局へ。計測機は変わらず一定の間隔で音を鳴らし、鬼怒田さんの難しい顔もそのままだ。けれどしばらくして、おもむろに測定器を止めたと思うとコードまでも外しはじめてしまった。
「今日はもういい。会議室に行くぞ」
差し出された手のひらに、私はおずおずと手元の計測機器を返す。後片付けのかたわらで「城戸司令を待たせておる」などと言われては、嫌な予感しかしない。
鬼怒田さんは乱雑に計測機器をまとめて片付けを済ませると、まるで逃げ道を塞ぐかのように研究室の出入り口へと立った。早く来い、と言わんばかりの目配せには従うしかなさそうだ。
連れられるまま会議室へ足を踏み入れれば、見慣れた青色の背中が目の前でくるりと翻った。
「よう、B級ソロプレイヤー」
「お疲れ様です、実力派エリートさん」
まさか迅さんまで呼ばれているとは。にこりと浮かべられたいつもの笑顔は明らかに、なにかを企んでいる。これから面倒なことがあるなと確信できるほどだ。溜息をつきたいのをどうにか堪えて、勧められるままに椅子へと腰を下ろす。隣には迅さんも。
メンバーが揃ったのだろう、場の空気が張りつめた。なにとはなく全員の視線が集まる中で、城戸司令は重い口を開く。
「――近々、近界民による大規模な侵攻の恐れがある、ということだが」
城戸司令の眼差しは鋭く射抜くようだ。自分に、と錯覚しそうだが、正確には隣に座る迅さんに向けたものらしい。迅さんは怯むことなく「そうみたいだ」と告げる。
「いろんな未来がいくつも視えるんだよね。ヤバそうなのも多いし、大仕事になりそうだよ」
「……それで?」
城戸司令に訊ねられて、迅さんが横目でふっと私をうかがう。どきりとしたのも束の間、迅さんは「だから」と話を続ける。
「和音のトリガー、試し撃ちしといたほうがいいと思うんだよね」
まさか、この流れで自分の名前が挙がるとは予想外だ。私が困惑しているからだろうか、上座のほうに座る鬼怒田さんが「私も賛成ですな」と追い打ちをかけてくる。
「少なくとも、このまま出撃させるのは避けんといかん。どの程度まで戦闘が可能なのか、データが欲しいところじゃが……」
鬼怒田さんもまた私の様子を見やる。希望を述べるだけに抑えたのは、私がブラックトリガーを奴ら以外に使うつもりがない、と知っているからだろう。城戸司令もまた「水沢」と私を名指しする。
「今夜、防衛任務と併行して、警戒区域内にて太刀川隊との模擬戦闘を許可する」
「……え」
「これは迅からの提案だ。立会人も引き受けると言っている」
私が口答えする間もなく、文句を言うなら向こうだと言わんばかりに名が挙がる。視線をやれば、迅さんはにんまりと口角を上げてこちらを見返しているではないか。
城戸司令はあくまで“許可する”とだけ言っている。つまり、模擬戦闘をしろという指示ではない。それでも迅さんの提案に際して許可は出すつもりがあるから、どうするか選べということだろう。
「……今回は特例、ということですか」
「そうだ」
城戸司令は間髪いれずに肯定した。つまりブラックトリガーの運用の仕方を変えるということではない。現状はトリオンの保有量が危険な水準に達していることもあり、あくまで一時的な対処として模擬戦闘を試したい、という話だと理解する。であれば、あまり強く拒否するつもりはない。
「……わかりました」
「大丈夫だって、おれがついてる」
間があったのを、不安があるからだと判断したのだろう迅さんが気安い言葉をかけてくる。そこまで言うのなら問題が起こるようなことはない……と、思いたいがどうか。
私の承諾を聞いて、鬼怒田さんが「決まりじゃな」と息を吐いている。一瞥した城戸司令は「では、そのように」とまとめた。改めて、指示として太刀川隊との模擬戦闘の指示が下り「了解」を返す。
「話は以上だ。下がっていい」
城戸司令の声に重たい腰を上げた。渋々と部屋を後にすれば迅さんも続く。私達二人が抜けて、会議室の扉は重く閉じていった。こうなれば肩の力も抜けるというもので、息をついて背後を伺う。
「太刀川隊が訓練相手、というのも狙いどおりなんですか?」
「まぁね。おれとしても、おまえとしても、やりやすい相手だろ?」
迅さんと太刀川さんは気心知れた仲だからとして……私としても、というのは出水くんがいるからだろうか。模擬戦闘を行う以上、私がB級隊員というだけではない、ということが知られてしまう。ならば相手がクラスメイトのほうが、いくらか気が楽だろうという配慮……なのだろうな、たぶん。
「……いったん帰ります」
「おう、またあとでな〜」
呑気に手を振る迅さんを尻目に、私は支度を整えようと帰路につくことにした。
§
ザン、と放たれた一閃に空気が震える。攻撃手一位が両手に握る弧月は刹那、刀身を煌かせた。一瞬で残骸へと変わった中型近界民が次々と崩れ落ち、一人、その場に立っている様は圧倒的というほかない。
「太刀川さん、しばらくは大丈夫そう」
様子を少し離れた所で見ていた私――の隣、同じく眺めていた迅さんが呼びかける。太刀川さんは弧月を鞘に収めたと思えば、ひょいと身軽に私達の前へとやってきた。暗い瞳は私を一瞥すると、すぐに迅さんへと向けられる。
「なぁ、本当にお前戦わないのか」
「しつこいな〜。今日は和音とって言ってるでしょ」
太刀川さんはじっとりと迅さんを睨みつけて食い下がるが、迅さんも疲れた表情で突っぱねている。太刀川さんとしては、よほど迅さんと手合わせしたいのだろう。もともとしのぎを削っていた相手らしいし、そうなるのも当然だ。
「だってこいつ、B級ソロだろ?」
目障りだとかいうより、本当に興味がないのだろう。つまらなそうに値踏みをする眼差しは私を映したかと思えば、すぐに迅さんへと戻っていく。上層部からの指示ではあるものの「どうして俺たちが……?」とぼやく太刀川さんの意見はもっともだ。
太刀川さんは迅さんにあれこれと文句を言っていて、部外者となっている私としては溜息をつくばかり。すると、射手だからと距離を置いて太刀川さんの援護をしていた出水君も傍へとやってきた。
「つうか、訓練室じゃ駄目なのか? わざわざ模擬戦闘って」
ただの戦闘訓練であれば訓練室でいいだろう、という意見も当然だ。戦闘における技術を磨くのであれば、実戦形式にする必要はない。
けれど城戸司令の狙いは、おそらく私にトリオンを消費させることのはず。ならば訓練室では意味がない。そして同じ目的を見据えているだろう迅さんは、質問には答えないままへらりと笑ってみせる。
「模擬戦闘じゃないと、和音が負けちゃうからね」
一瞬、空気が止まった。
太刀川さんは間をおいて「……んん?」と首を傾げているし、出水くんは片眉を上げて迅さんの言葉を聞きなおす。
「……模擬戦闘だと、水沢が勝つって聞こえますけど」
苦笑いを浮かべた出水くんの問いかけに、迅さんは静かな笑顔を返すだけだ。好戦的な人たちのやり取りはピリピリしていて、この場にいるだけで肌が焼き切れてしまいそう。そんな私を見やる太刀川さんは、迅さんに煽られたからか笑みを深めている。
「今度はどんな企みだ?」
「人聞きが悪いなぁ。ちょっと弟子を鍛えようってだけだよ」
迅さんも煽るかのように太刀川さんへと笑顔を返す。太刀川さんは口角をさらに上げたかと思えば「そういうことなら」と腰元の弧月……その柄頭へと手のひらを添えた。
「とっとと片付けて、おまえに責任を取ってもらうとするか」
殺気をまとった眼差し。私は反射的にブラックトリガーでの換装を済ませる。私服姿のままとはいえ換装したとわかったのだろう、太刀川さんの眼差しはさらに鋭くなった。自然な立ち姿ではあるが、いつでも戦えると言わんばかりだ。
互いに近すぎる間合いに睨み合うばかり。射手である出水くんは、戦闘の開始が近いことを悟ってか数歩後ずさった。迅さんもまた見届け人として支障がないように距離をおいたあと、最終確認か私を見やる。
「和音も、準備はいいか?」
「……はい」
腹は括った。深呼吸をひとつして、いつでも動けるように肩の力を抜く。
「じゃあ、始めていいよ」
迅さんの開始の声を聞くが早いか、私も太刀川さんも互いに後退して間合いを取った。太刀川さんは旋空弧月の間合いに持ち込むため。私はその旋空弧月を――
刹那、ガキィンと鈍い金属音が響いた。間合いピッタリになった瞬間、確実に旋空弧月を放ってくるのはボーダー最強の攻撃手として申し分ない。身体に痛みが響くだけでなく、その斬撃をモロに受けてしまったため、さらに勢いよく後ろへと退くことになる。
「……おいおい、今ので終わりじゃねーの?」
出水くんが苦笑いを混ぜながらぼやくのが聞こえた。その声に反応して、終わったと確信を持っていただろう太刀川さんの眼差しが揺れている。間違いなく手応えも感じていたはずだろうに。
いまだ響くような痛みに近い感覚を残す腹部をさすって、けれど傷ひとつない私の換装体に息をつく。視えていたのだろう、驚きもない迅さんは「和音」とこれみよがしに声をかけてきた。
「今日の調子は?」
「……良すぎて、気持ち悪いですね」
いっそのこと、斬られてしまったほうが楽だったのではと思えるほどだ。錯覚だろうか、衝撃の残響が身体の中に残り続けているほど――硬すぎる。
じんじんと鈍く熱を持つような感覚もある。おそらく、今の衝撃に耐えるためにブラックトリガーによるトリオン吸収機構が動きはじめている。動悸に振り回されないよう、堪えていることを悟られないためにも呼吸を続けることに意識を集中する。
――変化炸裂弾(トマホーク)
死角で、いつの間にか出水君が合成弾を練っていたらしい。トリオンの輝きに気づいたのも束の間、パキリと割れたトリオンキューブから生み出された弾丸が私へと撃ちこまれる。対抗して、ゆったりと花開くように端から弾幕を撃ち広げ、出水君の弾と相殺していく。
けれど、隙間を縫うような弾道で一発、トリオン弾が眼前に飛び出てきた。撃ち漏らしたか。さすがだなぁ、と衝撃に備えて瞼を下ろせば左頬に衝撃――と同時に乾いた破裂音が響く。
「……当たってて、それか」
太刀川さんが呟く声に、ゆっくりと瞳を開けた。さっきの斬撃に比べれば衝撃は軽いもので、当然、私を傷つけられるはずもない。遠くで出水君が困ったように笑っているのが見えた。
「水沢さぁ、それ、反則じゃねーの?」
「城戸司令からの指示だよ……お互い様でしょ?」
同じ射手である出水君なら気付いただろうか。ボーダーのトリガーであれば、射手として弾丸を撃ち出す前にはトリオンキューブを出さなければならない。だから……私の撃つ弾丸がボーダーのトリガーによるものではない、ということは察せられるはず。
『言い忘れてたけど』
じじ、と迅さんから秘匿通信が入る。
『あんまり時間かけるとマズそうだ』
『わかってます。自覚もありますよ』
心臓が熱を持っているような気がする。ブラックトリガーを起動した影響で、普段の比にならないほどトリオンを吸収できているのだろう。トリオンが溜まるほど、トリガーの能力も比例して向上する。つまり――
深呼吸をして、散りそうになった意識を目の前に集中させる。太刀川さんは自然な構えのまま、出水君はトリオンキューブを控えたまま。二人の視線に応えて口を開く。
「……B級ソロなので、お手柔らかにお願いします」
私を見据える二人の瞳に闘志の炎が宿った。危うくも、それでいて新しい玩具を見つけた子供のように輝いている。好奇心を含んだ無垢な瞳に、すっと背筋が冷えた。気持ちを落ち着かせるために、ひとつ息を吐いて。
ふわり弾幕を身に纏えば、長い夜が始まった。