のち、再びまみえる
 空閑君がぎこちない手つきでラッピングを解くと、現れたのは入れたときとそう変わらない様子のトリュフだった。ほっとしていると、空閑君はひと粒をさっと拾い上げて口へと放りこむ。

「……んん、んまい!」
「ほんと? よかった」

 淹れたてのお茶を差し出すが、空閑君はまだ口の中でとろけるチョコを満喫しているようだ。少しして「すごいな、これ。やわらかい」と楽しそうにしている空閑君を見ると、作ってよかったと嬉しくなる。
 そんな団らんの時間になって間もなく、空閑君は「ところで」と話題を変えた。

「和音ちゃん、明日のランク戦は見にくるのか?」
「えっ……と……?」

 これまで一度も見に行ってなかった後ろめたさから、つい返事に迷ってしまう。観戦について空閑君から話題に出されたことが初めてだったから、余計に。空閑君も思うところがあったのか「たいしたことじゃないんだが」と前置きをしつつも、様子を見るような眼差しを私に向けている。

「これまで和音ちゃんが見にきてくれたって話を聞かないな、と思って」

 応援するわりに来ない理由が気になる、といったところだろうか。空閑君にそう疑問に思われていることが、なんとも居心地が悪い。普通はやっぱり彼氏の勇姿は見たいと思うものだろうか。いや、私だって別に空閑君の勇姿が見たくないわけではないんだけど……。

「ちょっと……訓練生にウワサされてるのもあって、見に行きづらかったから……」
「ほう? でも、もう本当になっただろ?」

 本当になる、という意図を察して……ぼっと火がついたように頬が熱くなってしまう。これまでは、空閑君と付き合ってるのかというのがウワサでしかなかったのに、今では本当に付き合ってるわけで。
 ランク戦を頑張ってる空閑くんを応援したい気持ちはあるが……観戦する場所は――と、脳裏に過ったのはつい昨日のこと。

「……支部からもランク戦って見られるんだよ」
「ふむ?」
「だから……明日、玉狛に人がいれば、そこから応援してもいい?」

 おずおずと訊ねれば、空閑君は「別に怒ってるわけじゃないぞ」と笑っている。そうだとしても、本部にまで応援に行かないのは後ろめたいような気がする。だから、せめてもの声援と口を開く。

「……明日も、頑張ってね」
「――おう、まかせろ」

 代わり映えしない言葉だけれど、それでも空閑君はにかりと笑う。頼もしい笑顔に安心して、ほっと息をついた。
 気が抜けてしまったのか、ふわ、とあくびが出そうになってしまった。口元を抑えたものの誤魔化しきれるものでもなく、空閑君は今度「あ、そうか」と声をあげる。

「ゆっくりしすぎたな」
「ご、ごめん、生理現象というか……」
「いや、寝るところだったのに、こっちこそ悪かった」

 空閑君は残ったチョコをラッピングごとまとめて手に持つ。すっくと立ちあがり、飲んでいたお茶のカップを流しに運んでいくまで呆気なく、止める間もなく玄関へ。帰るのだろうと、私も後を追いかける。

「じゃ、またな」
「うん、またね」

 空閑君は軽く手を振って、さっさと扉の向こうへ消えていった。パタンと扉が閉まった音、足音が遠ざかっていく気配を感じて……なんだか、まだ夢のような心地だ。
 家に招いたことはあるし、家まで送ってもらったこともそれなりにある。だけどわざわざ家を訪ねてくることはなかったし、空閑君がそんなことをするとも思っていなかった。そうしてチョコを渡し直すことになるなんて――

「……恥ずかしい……」

 耳にまだ、空閑君の「好きだよ」の声が残っている。告白の返事をもらったときだって幸せな気持ちだったのに、また聞くことのできた甘い声に胸がいっぱいだ。幸せすぎて、どうにかなってしまいそう。
 ――だから、明日はちゃんと玉狛支部に行こうと、決意を新たにする。そそくさと部屋に戻り、端末を手に取った。

『明日のランク戦、玉狛支部で見てもいいですか?』

 迅さんにメッセージだけ送っておけば、たぶん大丈夫だろう。
 ヒュース君のことが脳裏を過ぎるので、本当はちょっと行くのに抵抗がある。だけど、頑張ってと言ったことに返された空閑君の笑顔を思えば、そんなことも言ってられないだろう。私は英気を養うために、とっととベッドに潜り込んだ。

§

 ――けれど、やはり、目の前にすれば多少は勇気も萎むというもので。

「えーと、あの、お邪魔だったかな……?」
「いやいや、全然」
「和音もいっしょにおうえんするぞ!」

 玉狛支部に足を踏み入れたはいいものの……そこにいたのは迅さん、陽太郎、そして私を一瞥してふいと顔を逸らすヒュース君という、なんとも言い難い組み合わせだ。どうして、この三人が一緒にランク戦を観戦しようとしているのだろうか。

「和音はもうヒュースに会ったし、紹介はいいよな?」
「まぁ、そうですね……」

 ちらりとヒュース君をうかがうも、我関せずと言わんばかりの様子。特に話すこともないと思っているのだろう。挨拶くらいはしようかと口を開きかけたが、それより先に陽太郎がすっと手を上げたので視線を向ける。

「和音、ヒュースのごはんにきてくれて、ありがとう」
「……えっと、どういたしまして?」
「うむ、こうはいのれいをするのは、せんぱいのやくめだからな」

 ――後輩に、先輩。誰が、誰の? 思わず陽太郎とヒュース君を見比べてしまうが、ヒュース君はどうやら満更でもない様子。お子様に先輩ぶられていても平気とは、わりとおおらかなタイプなのかな。……そんな風には思えないけど……。

「ほら、和音。もう始まるぞ」

 迅さんが指さすディスプレイには転送開始までの残り時間が表示されている。あまり時間はないが、なにもなく観戦というのも心もとない。

「あ、ちょっと、お茶だけ淹れてきます」
「急げよ〜」

 迅さんの声に急かされつつ、私はキッチンへと足を運ぶ。お湯を沸かしはじめているうちに試合が始まったようで、カウンター越しに映像を確認する。
 市街地B。雪景色の中での爆撃がB級ランク戦の開幕を告げていた。早々に各隊からの猛烈なアプローチを受ける玉狛第二。陽太郎はやはり気持ちがよくないのだろう、素直に怒りを表明している。

「ひきょうな……! なんでみんな、たまこまをねらうのか!」
「弱いからだな」

 即座に切り返すのはヒュース君。意見を述べる様子を見て、迅さんがここぞとばかりに「詳しいねおまえ」と相槌を打っている。
 私はと言えば、ようやくお湯が沸いたからとお茶を淹れられるようになった頃合いだ。カウンター越しに3人の様子を見れば、なにやら賑やかにしている。こうして見ると、ヒュース君は捕虜という立場であっても、普通に過ごしているのだなぁと不思議な気持ちだ。
 けれど、平和であるとは言い切れないようで。

「……おれが預かってるおまえのトリガーを返す、とかでもいいぞ」

 ちょっとだけ、背筋が寒くなるような感覚。ヒュース君もなにやら含みのある返答をしているし、陽太郎の純真さが一際輝いてみえる。えぇと、あの中で観戦するの、やっぱ怖いな……。
 とはいえ手元にはお茶の入ったマグカップもあることだし、空閑君に応援するとも言ってしまったし、始まってしまった以上は腹を括るしかない。見逃したくもないので手早く片付けをすませて、ディスプレイ前のソファへと切り込むことにした。


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