「あぁーー!!」
陽太郎の悲鳴のような声が上がる。さすがに、東さんの壁打ちスナイプは見ているこちらからも完全に不意打ちのようなもので、陽太郎が叫んでしまうのも無理はない。
どうなることかとハラハラしていれば、今度は千佳ちゃんの壁越しスナイプ。命中せずに撤退を判断したようだけれど、半径60m以内に東さんがいたため緊急脱出もできない。追われることとなってしまい、合間で陽太郎の「やめろ! そうだ、ちかちゃん、にげろ!」の応援が支部内に響き渡る。――そして、最後に。
「やれ、ゆうま!!」
追いついた空閑君が、千佳ちゃんを追う犬飼先輩と激突――と思いきや、辻君のサポートが入った。けれどグラスホッパーを踏ませて余裕ができたところに各隊員から怒涛のアプローチ。最後は影浦先輩が犬飼先輩を持っていった。逃げ切った千佳ちゃんは無事に緊急脱出をし、陽太郎がほう、と大きな溜息をつく。
とはいえ、まだ完全に気を緩めるわけにはいかない状況だ。
「ゆうま、やれ! かつんだ!!」
必死に声援を送る陽太郎だけど、攻撃手5人が勢ぞろいする状況の中で孤立無援の空閑君は厳しい状況だ。不安を堪えるように両手をぎゅうと握りながら、食い入るようにディスプレイを見つめる。
「……頑張れ」
自然と声が出てしまうが、声援を送り続ける陽太郎に比べればささやかなもの。東さんの狙撃で足を持っていかれた瞬間には喉がひゅっと引きつり、小荒井君の斬撃が頭に向かった瞬間は血の気が引いた。辻君の旋空弧月で左手も失い、集中攻撃を受ける様は見ているだけでも怖くてつらい。
「ひれつだぞ! なぜゆうまをねらう!」
気持ちとしては陽太郎と同じ。けれどヒュース君が言うような相手側の狙いも理解はできる。私はただ祈るしかない。
同じ頃、二宮さんが北添先輩を落とす――直前、爆撃が落とされた。爆煙の中からベイルアウトの光が三本立ち上って心臓が凍るが、煙が晴れると現れたのは、影浦先輩と切り結ぶ空閑君だ。
「……頑張れ……!」
影浦先輩と斬り結ぶ様を祈りながら見続けると、再び爆撃。今度は二宮さんのハウンドの雨が降る。不意に影浦先輩をかわして二宮さんへと迫り、刃を伸ばすが……届かず。
「ゆるせん! みんなしてゆうまをねらいおって!!」
結果として負けてしまったからだろう、癇癪を起こす陽太郎。とはいえ私からしたら、やっと無事に逃げてくれたと息をつく。あれほどまでに攻められて、よくここまで耐えたものだ。
そんな私達なんて視界にも入っていないかのように、迅さんとヒュースがなにやら不穏なやりとりを交わしている。疲れてしまってとても関わる気にはなれず、私は静かになったランク戦映像を眺めてお茶をすする。
しばらくして、不意にヒュース君が口を開いた。
「――この場合は、どういう決着になるんだ」
何気ない感想のようなそれ。陽太郎はまだぐずぐずとしていて答えられる様子でもなく、誰に宛てたわけでもない問いが投げかけられた。
迅さんが「まだ試合は続いてるぞ〜」と茶々をいれるが、ヒュース君はツンとしたまま。だからだろうか、迅さんは「お茶のおかわり、いるか?」と声をかけるものの、ヒュース君はすぐに「いい」と素っ気ない返事。苦笑して「つれないねぇ」なんてぼやいた迅さんは、キッチンへと向かっていく。
……ランク戦のルールってどうだっただろうか、うろ覚えながらも口を開く。
「…………いつもなら、最後に残っていた部隊に生存点がつくんだけど」
ヒュース君の視線がこちらへ向いた。私は記憶を手繰り寄せながらも話を続ける。
「このまま試合時間まで決着がつかなかったら生存点の追加はないから、それぞれの部隊が取った得点の多い順に勝ちが決まる……はずだよ」
「……生き残った個人ごとに生存点が足されるわけではないのか」
「そう……だったはず」
言い方が曖昧だからか、ヒュース君は眉間にシワを寄せたままだ。とはいえ迅さんも陽太郎も否定しないあたり間違ってはないだろう。ヒュース君はふっとディスプレイへと視線をもどし、眼差しをすぅと細める。
「なるほど、悪くないルールだ」
呟いたきり、ヒュース君は黙ってしまった。アフトクラトルの近界民であるヒュース君が、ここでまだ生きていることは――彼の戦いにとって、生存点はとられていないのだろう、なんて。
膠着状態となった試合はいよいよ時間切れを迎えた。想定以上に試合が長引いたので、さすがに帰ろうと支度に取り掛かりはじめる。同時に、どこからか誰かの端末が音を立て、不意に迅さんに呼び止められた。
「せっかくだし、もうちょっと残ってけよ」
「……はい?」
「メガネ君がおれに用事があるみたいで、もうちょっとしたら戻ってくるって」
今の連絡は三雲君からか。ランク戦も終わったことだし、各々家まで送ってもらったり玉狛に戻ってきたりするだろうが――もしかして。
「遊真も一緒みたいだから、帰りは遊真にまかせよう」
「……空閑君の意見は確認しなくて大丈夫ですか……」
「大丈夫だって」
一方的に話が進んでしまって、私としても一人で帰るとは言いづらい。本部から帰ってくるまで、寄り道するとしても車ならそう時間はかからないだろう。
それならば、と私はお茶のおかわりを淹れにキッチンへと向かう。迅さんは視えていたと言わんばかりに、私からマグカップを受け取ってお代わりを淹れてくれた。そうして「ちょっと屋上に出てるから、メガネくんが来たらよろしく〜」と言って上がっていく。
ソファに戻り、お茶を片手に手持ち無沙汰な時間を潰すことしばらく。食堂の扉が開いて、三雲君と空閑君が現れた。
「お、和音ちゃん、まだ帰ってなかったか」
「おかえり。……と、お疲れ様」
空閑君が軽い調子で「おつかれ」と口にするのとは反対に、三雲君は難しい表情のまま。辺りを見回しているのは迅さんを探しているからだろう。そっと「さっき屋上に行ったよ」と声をかければ「ありがとうございます」のあと、すぐに階段へと向かっていく。どうにも深刻な様子の背中を見送るばかり。
いっぽうの空閑君は、泣いている陽太郎と、隣でたい焼きを頬張るヒュース君を見て首を傾げている。陽太郎から賭けで手に入れたおやつに舌鼓を打っている様子を眺めたと思えば、ふと「っていうか」と声を上げた。
「和音ちゃん、ヒュースのこと聞いたのか」
空閑君の視線がヒュース君から私へと向く。同時に、ヒュース君の視線もまた私と空閑君の関係をうかがうように動いたような。注目を受けながらも「まぁね」と相槌を打てば、空閑君の視線がヒュース君へと戻る。
どういう考えが巡ったのかは知らないが、空閑君は平然とした表情で話題を変えた。
「和音ちゃん、もう帰るよな?」
「うん、そのつもり」
「送ってく」
「……うん、ありがとう」
本当はそれを目的に待っていました、とは言いづらい。というか目的にさせたのは迅さんでもあるんだけど、本人がその場にいないから言い訳もしづらい。
ヒュース君の視線がまた私達に向けられたような気がしたけど、気づかないフリ。二人に挨拶をすませて、空閑君に連れられるまま玉狛支部を後にする。
玄関を出て、さて帰ろうと――足を踏み出すより先に絡めとられる指先。指と指が絡んだそれはいわゆる、恋人繋ぎというやつだ。慣れない手の感覚に思わず空閑君を見れば、穏やかな笑顔がこちらを見ている。
「今日はありがとな」
あぁまた、空閑君に心臓をぎゅうと掴まれてしまった。一気に頬が熱くなって、恥ずかしさから視線を逸らす。
「や、えっと、そんなお礼を言われるようなことでは……」
「まぁでも、せっかく応援してもらったのに負けて、もうしわけない」
「え? あ、そうだったね……」
謝る空閑君に違和感があって、よくよく考えれば、応援してくれと言った手前負けたとあっては空閑君としても居た堪れなかったのかと気づく。
空閑君としては、逆に私の反応が予想外だったのだろう。こてりと首を傾げて「見てたんじゃなかったか?」とまで言われる始末だ。
「見てたよ。あんなに、皆に狙われてたの、怖くて……」
思い出すと今でも血の気が下がっていくようだ。でも、きゅうと握った空閑君の手は温かい。今、隣にいることにホッとする。
最後の刃は届かなかったけれど、それまでずっと生き残っていた空閑君はすごかった。なにより直前まで相手を倒そうとする真っすぐな強さが――
「……何度もかわして、倒しにいくの――かっこよかった」
気恥ずかしいながらも、素直な気持ちが言葉にできた。そんな達成感に息をついていると、不意に繋がっている手がきゅうと握り込まれる。
「それはどうも……照れくさいですな」
見れば、空閑君はやっぱり笑っていた。でもちょっと困ったような、照れたような顔。……かわいいな……なんて、どうして思ってしまったんだろう。たった今、かっこいいと言ったばかりなのに。
ともかく、喜んでくれるのなら次の試合も応援したい。いや、これまでが応援していなかったというわけではないんだけど。ただ観戦して、試合についてちょっと話すだけで、空閑君が喜んでくれるのならそうしたい。
「……次の試合も、頑張ってね」
私のこれまで、どの『頑張って』よりも気持ちに熱がこもっているような感覚。実感を伴ったそれに、空閑君は勝ち気な笑顔で「おう」と応えてくれたのだ。